征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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投稿が遅れてしまい申し訳ありません!
色々詰め込んだ結果、今回は過去一で文章量が多くなりました。
加えて、前話のバイパーとジャッカルの容姿に関する描写を修正しました。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。



ラ・ピュセル

 

 

 天井の梁から剥がれ落ちた影はコンテナの上へと着地し、眼下の私たちを見下ろしている。

 張り詰めた静寂が倉庫内を支配する。舞い上がった埃が、タクティカルライトの光条の中で雪のようにきらめいていた。

 

 白い髑髏の仮面。顔の上半分を覆う不気味な面が私たちを射抜く。深く被った焦げ茶色のフードの隙間からは鮮やかな紫色の短髪が覗き、ライトの光を吸い込むような褐色の肌が闇の中に浮かんでいる。体躯こそ少年そのものだったが、露出した腹部に刻まれた筋肉とそこに描かれた金色の文様が、彼が只人ではないことを雄弁に物語っていた。

 何より異質なのは両手に握られた武器だ。大きく湾曲した黒い双剣。その異質な形状は、ただ命を刈り取るためだけに研ぎ澄まされているとしか思えなかった。

 

「……ほう」

 

 イスカンダルが低く唸り、剣を正面に構え直す。

 彼ほどの武人が、僅かに油断なく眉をひそめているのが分かった。今の奇襲は、防いだとはいえ紙一重だったのだ。

 

「貴様……()()()()だな?」

 

 イスカンダルの問いかけに対し、影――アサシンは何も答えなかった。

 

「その出で立ちと力から察するに、山の翁に連なる者か?」

 

 肯定も、否定もない。山の翁と呼ばれた彼は、無言を貫いている。

 そして次の瞬間、風切り音すら置き去りにしてアサシンの姿が掻き消えた。

 

「――――ッ!」

 

 ニケの動体視力を持ってしても、その初速には追いつけなかった。

 

「シッ!」

 

 吐息のような鋭利な呼気と共に、黒い斬撃がイスカンダルの首元へと奔る。

 

「――ぬんっ!」

 

 イスカンダルが大剣を振るい、斬撃を弾き返した。

 だが、アサシンは止まらない。弾かれた反動すら利用し、空中で身体を捻ると、今度は足元の死角から二撃目、三撃目を繰り出した。

 

 火花が散り続ける。

 速い。あまりにも速すぎる。

 『戦車』という圧倒的な火力と質量を操るイスカンダルに対し、このアサシンは『個』としての速度が極まっていた。

 イスカンダルは私を背に庇っているため、大きな動きが取れない。防戦一方だ。

 

(援護しなきゃ……!)

 

 私がライフルを構えようとした時だった。

 ふと、アサシンがバックステップで大きく距離を取った。

 

「?」

 

 彼は双剣をだらりと下げると、私たちを一瞥もしないまま背後の闇へと身を翻した。

 

「なッ!」

 

 私が叫ぶよりも早く、彼の姿は倉庫の深い闇へと溶けるように消えていた。まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、気配そのものが絶たれていた。

 

「……退いたか」

 

 イスカンダルは剣を収めると、ふうと息を吐き出した。

 

「追わないんですか?」

「『気配遮断』を持つアサシン相手に鬼ごっこは分が悪すぎる。それに、深追いは禁物だ。奴の狙いが何かも分からん以上な」

「アサシン……さっきのサーヴァントですか?」

「うむ。能力から見て間違いなく暗殺者(アサシン)だ。正面切っての戦いには向かぬが、このように闇に紛れて標的を仕留めることに関しては他のクラスの追随を許さん」

 

 イスカンダルは忌々しげに鼻を鳴らすと、床に転がっていた作業員の遺体に視線を落とした。

 

「……それにしても、妙だな」

「何がですか?」

「この死体のことだ。恐らく、アサシンの仕業であろうが」

 

 イスカンダルは痛ましげに目を細めた。

 

「これは『魂食い』の跡だ」

「魂食い……」

 

 以前、イスカンダルが魔力供給の手段の一つとして語っていた行為だ。

 

「人間の生命力を直接啜ることで魔力を得る……そう言っていましたよね」

「うむ。実際に目にするとは思っておらなんだ…」

 

 イスカンダルは苦々しげに頷いた。

 背筋が冷たくなるのを感じた。この人はただ殺されたのではない。魂ごと生命力を啜られ、食糧として消費されたのだ。目の前の彼は、その『搾りカス』としてそこに転がっている。

 戦場で死には慣れているつもりだったが、これは質が違う。己が生き延びるために他者を喰らう――()()の跡だ。

 

「だが、解せん」

 

 イスカンダルは顎髭を摩りながら首を傾げた。

 

「魂を効率よく魔力に変換し自身の糧とするのは、本来魔術に長けたキャスターのクラスの領分だ。魔術的な素養に劣るアサシンがこれを行ったところで、得られる魔力などたかが知れておる」

「じゃあ、なんで……」

「分からん。単にマスターからの魔力供給が足りないのか、あるいは――」

 

 イスカンダルが言いかけたその時、私の携帯端末がけたたましい着信音を鳴らした。

 慌てて端末を取り出し、画面に表示されている名前を確認した。

 

『Jeanne』

 

 嫌な予感がした。心臓が早鐘を打つ。

 私は震える指で通話ボタンを押した。

 

「……はい」

『08さんですか!? 大変です!』

「…どうしたんですか?」

 

 スピーカーから飛び出してきたジャンヌの声は切羽詰まっていた。

 だが、次に彼女の口から飛び出した言葉に、私の頭は真っ白になってしまった。

 

『ソフィーさんとリアさんが攫われました!』

「――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上すると同時に、強烈な吐き気と頭痛がソフィーを襲った。

 重たい瞼をこじ開ける。視界は酷くぼやけていたが、自分が硬い床ヘ転がされていることだけは分かった。身体を起こそうとして、手足が自由に動かせないことに気付く。後ろ手で結束バンドによって拘束されていたのだ。

 

「う……っ」

「おはよう、お姫様たち」

 

 頭上から降ってきたのは感情の読めない冷たい声だった。

 顔を上げると、薄暗い部屋の中に三つの人影があった。ブラインドが降ろされた窓を背に、ゆらりと紫煙を燻らせる黒いコートの女。その傍らで携帯電話を弄る派手な恰好の女。そして獣のように床に座り込み、ニコニコと満足げにこちらを見つめている少女。

 

「ここは……」

 

 隣で同じように拘束されていたリアも目を覚ましたようだった。彼女は青ざめた顔で周囲を見渡し、目の前の三人に気付いて息を呑んだ。

 

「引き取り人が来るまでここで待機だ。……バイパー、ジャッカル、お前たちは見張ってろ」

「…ラジャー♡」

「はい~!」

 

 黒いコートの女が短く命じると、バイパーとジャッカルと呼ばれた二人のニケは扉の方へと移動した。

 一人部屋の中へ残った黒いコートの女は、おもむろにソフィーとリアを見下ろした。その瞳は、ただそこに転がる物品を確認するかのように冷ややかだった。

 

「どうして……私たちを攫ったの?」

 

 ソフィーが震える声を絞り出した。恐怖を押し殺し、なんとか相手を睨みつける。

 だが、黒いコートの女は鼻で笑うことすらしなかった。

 

「人質が口を開くな」

「……ッ」

「……あなた、エキゾチック部隊のリーダーよね?」

 

 そんな彼女の態度を物ともせず、今度はリアが意を決したように声を上げた。

 

()()()……。噂でしか聞いたことがないけど、エンターヘブンの元リーダーだって……」

「………」

「あなたたち、こんなことするなんて正気?犯罪からは手を引いたんじゃないの?」

 

 黒いコートの女……クロウは、無言で煙草の灰を床に落とした。肯定も否定もしない。だが、リアの指摘を聞いた彼女の様子は、先ほどまでとは先らかに変化していた。

 

「口をテープで塞いで欲しいか?」

 

 地を這うような低い声だった。

 リアは肩を震わせて口を噤む。

 だが、その様子を見たソフィーは我慢ならないといった様子で噛みついた。

 

「ニケとして生まれ変わった以上は更生したのかと思ってたけど、所詮はアウトローなんだな。一度悪事に染まった者は、簡単には足を洗えないって訳ね」

 

 所詮は元犯罪者のならず者かと、ソフィーは内心で彼女たちを侮蔑していた。

 分隊名エキゾチック。アウターリム出身のニケで構成された分隊であり、全員が1級犯罪に関わってニケになったという経緯を持つ。アウターリムを監視し、アークに対するテロや暴動を未然に防ぐための部隊……ということにはなっているが、その実態は見ての通りである。

 しかし、それを聞いたクロウの口元が微かに歪んだ。

 

「そういうお前たちは、こんな場所(アウターリム)で何をしていたんだ?」

「え……?」

「普通のニケであれば、そもそもこんな場所に用事ができるとも思えないが」

 

 彼女はゆっくりと屈みこみ、ソフィーの目の高さに視線を合わせた。

 

「そ、それは……!」

 

 ソフィーは言葉に詰まった。決して疚しい事情があった訳ではない。けれども、まさかエキゾチックのリーダーに対して『聖杯戦争の調査』などとは言えない。平気で誘拐をするようなニケに情報を渡すわけにはいけないし、そもそも信じて貰えないだろう。

 言い淀むソフィーに対し、クロウは淡々と言葉を続けた。

 

「まあ、どんな言い訳をしようが結果は変わらない」

 

 クロウがソフィーの顎を強引に掴み、上を向かせた。

 

「お前たちはアウトローが蔓延るアウターリムに自ら足を踏み入れ、その結果アウトローに掴まった。……正気(まとも)じゃないのはどっちだ?」

 

 淡々と繰り出された指摘に、ソフィーは何も言い返すことができなかった。

 クロウの言う通りだった。ここはアウターリム。アークの法も倫理も通用しない、力こそが全ての場所。猛獣の檻に自ら入った人間が食い殺されたとして、猛獣を責めることができるのか。クロウの瞳は、そう語っていた。

 

「………ちっ」

 

 ソフィーは悔しげに顔を背けた。

 その沈黙を敗北と受け取ったのか、今度はリアが叫んだ。

 

「……あなた、いつまでも調子に乗ってられないわよ!私たちには仲間がいるんだから!」

「へえ?」

 

 クロウが興味なさげに眉を上げた。

 

「あんたと違って、私たちの仲間はタイラント級のラプチャーだって簡単に倒しちゃうくらい強いんだから!あんたたち三人なんかで勝てる相手じゃないのよ!」

 

 リアの脳裏には、巨大な戦車を駆る巨漢の姿があった。

 ハーベスターやグレイブディガーすら倒した彼ならば、この程度のならず者たちなど鎧袖一触だ。必ず助けに来てくれる。そう信じて叫んだ言葉だった。

 

「そうか」

 

 だが、クロウはゆっくりと立ち上がると、動じるどころか憐れむような目でリアを見つめた。

 

「……お前はいつから()()()()()()()()()()()()勘違いしてた?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソフィーたちの行方を追うため、私とイスカンダルはアウターリムの路地裏を駆け抜けていた。ジャンヌと連絡を取った結果、ひとまず互いに合流した後、二人の救出へ向かうということになったのだ。

 だが、先ほど受けた通信の内容が頭から離れない。

 ソフィーとリアが攫われた。アウトローが蔓延るこのアウターリムで。

 あの二人が一体どんな目に遭っているか、想像したくない。焦燥感が足取りを狂わせる。

 だが、錆びだらけのコンテナが並ぶ一角を曲がった時だった。突如として建物の影から武装した男たちが姿を現した。

 

「いたぞ!あいつらだ!」

 

 怒号と共に、前方から武装した男たちが姿を現した。―――アウトローの集団だ。

 彼らは私たちの姿を認めるなり、警告も何もなく手にした自動小銃の引き金を引いた。

 乾いた銃声が狭い路地に反響し、火花がアスファルトを叩く。

 

「っ……!」

 

 衝撃を覚悟して目を瞑った瞬間、巨大な影が視界を遮った。

 

「伏せろ!」

 

 イスカンダルが私を強引に抱き寄せ、自らの背中で弾丸の雨を受け止めたのだ。全身に強烈な衝撃が走る。私を抱えたまま、イスカンダルは通路脇のコンテナの陰へと転がり込んだ。

 すぐ耳元で、コンテナの鉄板を銃弾が弾く音が連続して鳴り響く。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 私を庇って銃撃を受けた彼の背中を見て、思わず息を呑んだ。

 赤いマントが数か所破れ、そこから赤い鮮血が流れ落ちていた。いかにサーヴァントといえど、これほどの至近距離から連射を浴びれば無傷では済まなかったようだ。

 

「案ずるな。傷は受けたが霊基に影響はない」

 

 イスカンダルは眉一つ動かさずに言ったが、血の量は決して少なくない。

 

「すぐに治療を…!」

「落ち着け、サーヴァントはこれぐらいの傷で死にはしない。それよりも、今は目の前の敵に集中する時だ」

 

 イスカンダルはそう言って笑ってみせた。サーヴァントの傷がどのくらい深刻なものなのかは分からないが、今は彼の言うことを信じるしかなかった。

 私は動悸を抑えながら、物陰から声を張り上げた。

 

「銃を収めてください!私たちに戦うつもりはありません!話を――」

 

 私の叫びを嘲笑うように、再び銃弾の雨が降り注いだ。コンテナの角が削れ、砕けた鉄片が私の頬を掠める。

 

「うるせえ!死ねば話を聞いてやるよ!」

「こんな場所に入り込んだ自分たちの不運を呪うんだな!」

 

 こちらを罵倒しながら迷わず引き金を引く姿からは、明確な殺意が滲み出ていた。

 

(こいつら……ソフィーたちを攫った奴らの仲間だ)

 

 確信があった。彼らは私たちの姿を見るなり問答無用で銃を撃ってきた。縄張り争いや追い剥ぎの類じゃない。私たちを殺す、もしくは足止めをするという明確な目的があるとしか思えない。

 物陰から彼らの様子を窺う。服装こそみすぼらしいものの、全員が自動小銃で武装している。あそこまで装備を整えられるのはアウトローの中でも限られるだろう。アンダーワールドクイーンの傘下にある集団か、あるいはエンターヘブンの構成員。そのどちらかだろう。

 そうやって彼らを観察していると、イスカンダルが静かに問いかけてきた。

 

「……マスターよ、どう切り抜ける?彼奴等、退く気はないようだが」

 

 イスカンダルの手は既にスパタの柄にかかっていた。

 唇を噛みしめる。私たちニケはNIMPHによって人間へ危害を加えることを禁じられている。これまで戦ってきたのは、いずれもラプチャーやサーヴァントだった。一度たりとも「人間」を相手に武器を向けたことはない。「人間と戦う」という選択をすれば、何か戻ることのできない一線を越えてしまうような気がしていた。

 それでも、今ここを突破してジャンヌと合流しなければソフィーとリアの命が危ない。

 見も見知らぬ人間の命か。家族同然の仲間の命か。

 ――――考えるまでもなく、天秤が傾く方は決まっていた。

 

「……戦いましょう」

 

 俯いたまま、絞り出すように告げる。

 

「今は一刻も早く二人の元へ行きたい。回り道をして、手遅れになるのは嫌なんです」

 

 そう言って、私は自分の身体が震えているのに気付いた。頭は仲間のためと分かっていても、身体はまだ「人間と戦う」ということの重大さを受け止め切れていないのだろう。

 そんな私の様子に気が付いたのか、イスカンダルは私の肩へ静かに手を置いた。

 

「うむ。……さすれば、彼奴等には道を譲ってもらおう」

 

 彼は徐に立ち上がると、キュプリオトの剣を天へと掲げた。

 直後、虚空から紫色の電光が走り、大気を震わせる轟音と共に『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』が姿を現した。

 

「な、なんだぁ……!?」

 

 男たちの当惑した声が響く。突如として出現した二頭の神牛と巨大な戦車に、アウトローたちの顔から余裕が消え失せた。

 

「何なんだよあれ!ば、化け物か!?」

「か、雷が……っ!?」

 

 腰を抜かして慄く者に、恐怖を紛らわそうと狂ったように引き金を引き続ける者。

 だが、神秘を宿した戦車に鉛の玉が通用する筈もない。キン、キンと乾いた音を立てて弾かれる弾丸を見て、彼らの絶望が深まっていくのが分かった。

 

「乗り込め、マスター!」

 

 イスカンダルに引き上げられるようにして、私はチャリオットの御者台へと飛び乗った。イスカンダルは私を自身の背中に隠すように立たせると、手綱を力強く振るった。

 

「推参ッ!!」

 

 神牛の咆哮と共に、鼓膜を劈くような雷鳴が響いた。

 次の瞬間、戦車は凄まじい勢いで男たちに向かって突進していった。

 

「う、うああああああッ!!」

「逃げろ!轢き殺されるぞ!」

「待て、押すな!どけ、どけぇッ!」

 

 先ほどまでの殺意は霧散し、我先にと走り出した。無様なまでに生存本能をむき出しにて、男たちは互いを突き飛ばしながら必死に逃げ惑っている。だが、人間の脚でチャリオットの疾走から逃げ切れるはずもない。

 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)にはハーベスターをも正面から吹き飛ばす程の衝撃力がある。このまま追突すれば、人間の身体がどうなるのかは火を見るよりも明らかだ。

 だが、仕方のないことだ。彼らを排除しなければソフィーとリアの命が危ない。

 これでいい。―――いや、このまま突き進むしかないのだ。

 

 背中を向け、必死に腕を振って逃げ惑う男たちの後姿が間近に迫る。私はたまらず目を瞑った。

 鋼鉄の車輪が肉を潰す不快な音が響くのを覚悟した瞬間――。

 

「―――我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!」

 

 凛とした、けれど苛烈な叫びが戦場に響き渡った。

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 刹那、逃げ惑う男たちの背後から、溢れんばかりの金の粒子が光の壁となって競り上がった。  

 

 ――――ドォォォォォンッ!!

 

 正面から光の壁に激突した神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、その凄まじい突進力を強引に逸らされ、路地の側壁へと弾き飛ばされた。

 

「ぐっ……!?」

 

 激しい揺れと共に、私は御者台に身体を強く打ち付けた。

 もうもうと立ち込める砂塵と、雷鳴の名残である紫の火花が視界を覆う。戦車が弾き飛ばされた衝撃で、私の思考は一時的に停止していた。御者台の縁を掴み、ふらつく足取りでイスカンダルと共に地面へと這い出る。

 金の粒子が舞う中、聖旗を掲げたジャンヌが私たちの道を塞ぐように立っていた。その先では、アウトローたちがクモの子を散らすように路地の奥へと逃げ去っていくところだった。そんな彼らの背中を、ジャンヌが静かに見届けている。

 

「……ルーラーよ、何故余の宝具を止めた」

 

 イスカンダルの声は、これまでに聞いたことがないほど低く、怒りを孕んでいた。傷から滴る血を拭うこともせず、彼はジャンヌへと鋭い視線を突きつける。

 だが、ジャンヌはあからさまと呼べるほどあっけらかんとした態度で答えた。

 

「聖杯戦争に関係のない人間を虐殺することは許されません」

「彼奴等は明確に余とマスターを敵と認識して攻撃してきた。血を流したのはこちらだ。その時点で、もはや無関係とは言えぬのではないか?」

 

 イスカンダルの言っていることは正しい。何も知らない一般人を虐殺するのならばまだしも、彼らは明確に私とイスカンダルを敵と認識していた。イスカンダルの言う通り、その時点で彼らに自覚はなくとも聖杯戦争へ関わってしまっている。

 けれど、ジャンヌは一歩も退かなかった。

 

「それでも、彼らを殺す理由にはなりません」

 

 ジャンヌはそこで一度言葉を切り、私の方へと視線を向けた。その瞳は、こちらの心を見透かすように透き通っていた。

 

「それに……あなたのマスターを見なさい。今の彼女に、人を殺す覚悟があるとお思いで?」

「………」

 

 イスカンダルが言葉を詰まらせ、私を振り返った。

 私は、自分の手がまだ細かく震えているのを隠すことができなかった。仲間のために彼らを殺すことは「仕方がない」と考えていた。けれど、もしジャンヌが止めなければ、私の目の前は今頃「元人間」だった肉塊の山になっていたはずだ。……それを想像しただけで、喉の奥がせり上がるのを感じる。

 

「あなたが征服王として数多の人々を『蹂躙』してきた過去を戒めるつもりはありません。ですが……彼女が今を生きる者であることは、忘れないように」

 

 ジャンヌの言葉は、釘のように場を静めた。

 イスカンダルはしばらくの間沈黙を守っていたが、やがてバツが悪そうに大きな手で後頭部をポリポリと掻いた。

 

「……確かに、おぬしの言う通りだ。余が手段を急いてしまった。……すまぬな、マスター」

「……いえ、謝るのは私もです。ジャンヌさんの言う通り、私にはまだ迷いがありました」

 

 そう言って肩を落とした私の前へ、ジャンヌがゆっくりと歩み寄ってきた。

 彼女は私の前に立つと、優しく、どこか諭すような手付きで私の頭を撫でた。

 

「あなたが仲間想いであることはよく分かります。けれど、覚悟もできていないのに『人殺し』という罪を背負うことは、あなたの心に昏い陰を残すことになります」

「………」

「ご自分の魂を、もっと大切に扱いなさい」

 

 その手の温もりが、張り詰めていた心を少しだけ解かしてくれた。

 ジャンヌの言うことは、あまりにも青臭い理想論かもしれない。けれど、その言葉に救われた自分がいることも事実だった。

 

「……止めていただいてありがとうございます、ジャンヌさん」

「いいえ、これくらいお安い御用です」

 

 私を見つめながら、ジャンヌは柔らかく微笑んだ。

 

「……それでルーラーよ。あの小娘どもの居場所は掴んだのか?」

 

 少し居心地が悪そうなイスカンダルの問いに、ジャンヌは一点の曇りもない笑顔で頷いた。

 

「ええ。彼女たちを攫った者たちの仲間と思わしき人間から、情報を聞き出しました」

「ほう、どうやって?」

「それは勿論、これを使って」

 

 そう言って、ジャンヌは右手に握った旗槍を誇らしげに掲げた。

 ……さっき、無用な殺生は控えろと言っていませんでしたっけ。

 

「……余が言うのもおかしな話ではあるが、おぬしも相当『力』で物事を解決してきたな?」

「否定はしません。そうでもしなければ、フランスを救うことなどできなかったでしょう」

「それに、戦闘ではその旗で戦うのであろう?それもどうかとは思うが……」

 

 イスカンダルのもっともな指摘に、ジャンヌは「何をおかしなことを」とばかりに眉をひそめて首を傾げた。

 

「穂先には槍がついています。つまり、この旗で殴れという啓示に他ならないでしょう?」

 

(それは聖女としてどうなんだ……!?)

 

 私は内心で全力のツッコミを入れた。殺してはいないのかもしれないが、相当派手に「殴って」吐かせたのは間違いなさそうだ。

 ジャンヌはそんな私の戸惑いなどどこ吹く風で、旗を力強く振り抜いた。

 

「ともかく、まずはお二人を救出することが先決です。ついてきてください」

 

 ジャンヌは旗を翻して走り出した。

 その後ろ姿を追いながら、私は「聖女」という存在に対する認識を少しだけ修正することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、私たちの仲間がお前たちの言う大事な『仲間』と鉢合わせているだろう」

 

 クロウが吐き出した紫煙が、澱んだ空気の中に溶けていく。

 リアは縛られた手首の痛みを堪えながら、必死に声を絞り出した。

 

「そ、それでも、私たちの仲間は強いわ……!あんたたちなんかに……」

「大体、お前たちは何だ?」

 

 クロウの冷たい声が、リアの言葉を遮った。

 

「自分では何をすることもなく、大事なお仲間の威を借りているだけじゃないのか?」

「え……?」

「もしそのお仲間がいなくなったら、お前たちはどうなる?お前たちだけでは、そのたかが『アウトロー』にすら勝てない。哀れで、惨めで、もちっぽけなただの量産型ニケだ。涙が出てくるな」

 

 クロウの言葉は淡々と、けれど確実に急所を突いていた。

 リアは反論しようとしたが、唇を嚙み締めることしかできなかった。クロウの言うことが「正論」だったからだ。自分たちはただの量産型だ。特別な武装も、比類なき力も持っていない。

 

「リア、耳を貸すな!こいつの言うことなんて真に受けるんじゃない!」

 

 ソフィーが叫ぶが、クロウは興味を失ったように視線を外した。

 

「お前も黙れ。現実を見たくない気持ちは分かるが、虚勢もほどほどにしておかないと口を縫い合わすぞ。依頼主からは、完璧な状態でお前たちを譲渡しろとは言われてないからな」

 

 その言葉を最後に、クロウはソフィーとリアへ背を向けた。

 リアは俯き、自分の膝を見つめた。

 

「私たちって……何なのかな」

 

 ポツリと、独り言のような呟きが漏れる。

 

「あの子のことを放っておけないって息巻いてたけど、実際はあの子におんぶ抱っこ。役に立ったことなんてこれっぽっちもない。……そんなの、分かってた。私たちは所詮、量産型だから」

 

 リアは奥歯を噛みしめた。瞳に涙が溜まるが、それを溢れさせまいと必死に耐える。

 

「でも……あの子が心配だって気持ちを抱くことは、間違ってるのかな。放っておいたらどこか遠くへ行っちゃいそうなあの子を案じるのは、身の程知らずなのかな……」

 

 その言葉に、ソフィーの瞳が揺れた。

 

「……違う」

「あの子は私にとって、家族みたいな存在なの。夢見がちで、危なっかしくて、ちょっとトラブルメーカーな妹」

「……妹だなんて言ったら、あいつは怒るだろうな」

 

 ソフィーが自嘲気味に笑う。

 

「ふふ、そうね。背伸びしたい欲が強すぎて、英雄なんかに憧れちゃう困った子だから」

 

 二人のやり取りを背中で聞いていたクロウが、鬱陶しそうに舌打ちをした。彼女の手には、いつの間にか銀色のダクトテープが握られている。

 

「はあ……忠告を聞いてなかったのか。ここまで聞き分けが悪いとは思ってなかったぞ」

 

 クロウが二人に向かって歩み出す。ソフィーは顔を上げ、不敵に笑ってみせた。

 

「ふん……いずれ私たちの妹がここを突き止めるさ」

「そうか。まあ、見つけた所でお前たちは依頼主に引き渡した後だろうがな」

「それはどうかな?きっと今にも、この場所を目指して駆けつけているかもよ!」

 

 リアの叫びと同時に、クロウがダクトテープを「ビッ」と引き延ばした。

 だが、その直後。鉄製の重厚な扉が、内側に向かって凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 

「――うわあっ!?」

「きゃああっ!?」

 

 それと同時に、見張りに行ったはずのバイパーとジャッカルが、扉と共に部屋の中へと吹き飛んできた。

 

「……は?」

 

 クロウが信じられないとばかりに目を見開いている。

 元々扉があった部屋の開口部に、赤のマントを翻す巨大な影が立っていた。

 

「汝等、無事であったか?」

 

 白い歯を見せながら、剣を肩に担いだイスカンダルは不敵に笑った。

 その姿を見た瞬間、ソフィーとリアの顔に輝きが戻った。彼の背後からは、肩で息をしながら一人のニケが飛び出した。

 

「二人とも無事!?」

「「――08!!」」

 

 ようやく状況を理解し始めたクロウは、即座に懐からサブマシンガンを取り出そうとした。

 しかし―――

 

「――させません!」

 

 照準を合わせるよりも早くジャンヌが影のように滑り込んだ。閃光のような旗槍の一撃が、クロウの手から銃を叩き落とした。

 クロウは舌打ちをして即座に後方へ飛び退くと、床に座り込んで咳き込むバイパーとジャッカルの前に立ち塞がった。

 その隙に、私は二人の元へ駆け寄りナイフで拘束を断ち切った。

 

「08……!」

「ごめん、遅れちゃった」

「謝るのはこっちだよ!助けに来てくれてありがとう!」

 

 リアが勢いよく私に抱き着いてくる。その温もりに、ここへ来るまでずっと続いていた身体の震えがようやく収まっていくのを感じた。

 イスカンダルは私たちの様子を穏やかな顔で見守っていたが、やがて鋭い眼光をクロウたちに向けた。

 

「さて。すぐにでも汝等を叩きのめしたいところだが、その前に聞かねばならんことがある」

 

 イスカンダルが一歩踏み出す。

 

「何故こやつらを攫った?」

 

 彼の圧倒的な覇気と怒りを前に、バイパーとジャッカルは身を縮めた。

 

「た、隊長~!ど、どうするどうする!?」

「お前たち、どうしてそんな醜態を晒しているんだ?見張りを任せていただろう?」

「しっかり見張ってたわよ!でも、いきなりあの赤いマントを羽織った奴が目の前に現れて、剣で私たちを吹き飛ばしたの!」

「そんな筈があるか」

「で、でもでも、本当にいきなり現れたんだよ~!」

 

 バイパーとジャッカルは目に見えて怯えていたが、クロウだけは未だに涼し気な表情のままだった。

 そんなエキゾチックの三人を前に、イスカンダルは更に一歩詰め寄った。

 

「答えぬというのであれば……」

「おや?ライダーとルーラーじゃないか。どうしてこんな所にいるんだい?」

 

 イスカンダルの言葉を遮るように、どこか場違いなほど能天気な声が響き渡った。

 全員の視線が、扉のあった開口部へと向けられる。

 そこに立っていたのは、白い薄衣を身に纏い、片手に杖を持った女だった。

 頭にはピンと尖った長い耳、そして背中には黒と橙色が混じり合った巨大な“翼”があった。

 

「ッ!?()()()()()()()!?」

 

 彼女を視界に収めたジャンヌは、血相を変えて旗槍の矛先を向けた。

 ()()()()と呼ばれた女は、それこそテヘペロという効果音が似合いそうなウィンクをした。

 

「ああ、バレてしまったか。もう少し正体不明の神秘的な魔女でいたかったのだけれどねえ」

 

 見紛うはずもない。あの夜、私たちの前に現れた()()()()()がそこに立っていた。

 




ジャンヌさん、史実でどんな感じだったのかと調べてみた所、びっくりするくらい脳筋で味方を狂戦士に変貌させる猛将タイプだったと知ってビビったのは私だけではないはず…。
これまで定期的に更新していきたいと思っていましたが、最近少し厳しくなってきました。
来週も投稿予定ですが、今回のように曜日がズレるかもしれません。
それではまた!
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