征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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あけましておめでとうございます!
そして投稿が遅れてしまい申し訳ありません!
いやあ、何も言えませんがFGOの第二部終章良かったですね…。あまりにも綺麗な終わりで、逆にどうやってこの後続けていくのか不安になるくらいでした。
NIKKEも正月はスノホワさんの過去イベント!今のところ楽しみながら読んでますが、ゴッデスの話はどうやってもバットエンド確定なのが辛い所ですね()


禁断の狂宴

 アークの最深部に位置する、M.M.R.地下研究施設。

 幾重もの厳重なセキュリティによって閉ざされたその区画は、無機質なまでの静寂と、巨大な電子機器類を冷やす冷却ファンの低い駆動音だけに支配されていた。

 青白い光を放つモニターが無数に並ぶ一室。その中央にあるソファに、一人の女性が優雅に腰掛けていた。彼女は鼻歌混じりに、ひどく古びた書物をめくっている。汚れ一つない白衣を纏ったその姿は研究者そのものであるが、手にした書物が放つ時代錯誤な気配のせいか、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせていた。。

 

「ふふ……なるほど、そう来ますか」

 

 彼女はページをめくる指を止め、面白そうに独りごちた。

 そこへ、電子ロックの解除音と共に、あからさまに気怠げな足音が近づいてくる。

 

「……ふわぁ。あれ?キャスターさんは外出中なんですか?」

 

 白衣のポケットに両手を突っ込み、大きなあくびを噛み殺しながら入ってきたのは、M.M.R.の研究員エーテルだった。

 その問いかけに、本から視線を上げた女性――ジエンは、はんなりとした口調で応じた。

 

「今は『依頼の品』を取りに行かせてます。私はここを離れられまへんから」

「なるほど。……まあ、あの方なら大丈夫でしょうね」

 

 エーテルは納得したように頷くと、部屋の隅にあったパイプ椅子に腰を下ろした。

 

「ところで、何をしているんですか?珍しいですね、あなたがそんな古臭い本を読んでいるなんて」

「『魔術』の勉強を」

「まじゅつ?」

 

 エーテルは目を丸くし、次いで呆れたように肩をすくめた。

 

「ミシリス随一の天才ともあろう方が、一体いつからそんなオカルトに目覚めたんですか?非科学的もいいところですよ」

 

 その言葉に、ジエンは熱心に読んでいた本をパタリと閉じた。

 紫色の瞳を細め、彼女は心外だとばかりに艶然と微笑んだ。

 

「オカルトやありまへん。魔術はれっきとした科学どす」

「そう言われても、『はいそうですか』とは納得できませんよ」

 

 科学の信徒であるエーテルにとって、魔術などという概念は空想上の産物に過ぎないのだろう。懐疑的な視線を向けるエーテルに対し、ジエンは「……分かりました」と立ち上がった。

 

「少し、お見せしましょうか」

 

 彼女は棚の引き出しを開け、実験用の器具の中から二つのU字磁石を取り出した。

 理科の実験で使うような、赤と青に塗り分けられたごくありふれたフェライト磁石だ。

 

「あなたもご存じの通り、磁石は二つの極を持っています。異なる極は引き合い、同じ極は反発しあうものです。S極同士、N極同士は反発しあって、決して結合させることはできまへん」

 

 ジエンは説明しながら、二つの磁石の同じ極同士を向かい合わせた。

 案の定、目には見えない強力な反発力が働き、磁石はお互いを退けようとする。

 

「そんなの当たり前じゃないですか。物理法則の基本です。子供だって知っていますよ」

 

 エーテルが眉をひそめる中、ジエンはフッと不敵な笑みを浮かべた。

 そして、磁石を持つ指先に微かに力を込め、口元で小さく何かを詠唱(ささや)いた。

 

「―――――、――」

 

 その刹那。

 それまで指に食い込むほど激しく反発していたはずの斥力が、突如として消失した。

 カチン、という硬質な音と共に、二つの磁石はまるで最初から一つの物体であったかのように、同じ極同士でピタリと吸着してしまったのだ。

 

「……は?」

 

 エーテルは眼鏡の奥の瞳を見開き、絶句した。

 接着剤を使ったわけでも、留め具を使ったわけでもない。ただ触れ合わせただけで、物理法則をあざ笑うかのような結合が成されたのだ。

 

「これが『魔術』どす。神秘や奇跡を人為的に再現するための行為」

 

 ジエンは同じ極同士でピタリと張り付いたままの磁石を、放り投げるようにエーテルへと手渡した。

 エーテルは慌ててそれを受け取り、まじまじと観察した。強い力を加えても磁石は離れない。まるで分子レベルで融合してしまったかのようだ。

 

あの子(キルケー)によると、あらゆる存在には『起源』いうもんが定められとるそうです。私たち人間は知ろうが知るまいが、この『起源』に従って人格を形成している。私の場合は『結合』いう起源が色濃く出てるおかげで、物を結合させるいう魔術に関しては比較的容易に行使できる」

「………」

 

 エーテルは言葉を失い、手の中に収まるあり得ない物体を見つめ続けている。

 その沈黙を楽しみながら、ジエンは先ほどの本を指先でなぞった。

 

「しかし、これはあくまでも『魔術』であって『魔法』ではない。なぜなら、強力な接着剤や磁力を上回る圧力を加えれば、同じ極同士の磁石を合わせること自体は科学でも可能やからです」

 

 ジエンは淡々と、確信に満ちた言葉を紡ぐ。

 

「時間と資金をかければ科学技術で実現可能なこと。それを、個人の魔力でショートカットして実現するのが『魔術』。対して、どれほどのリソースを注ぎ込んでも現代の科学技術では実現不可能な奇跡……それこそが『魔法』なんやそうです」

「……それでも、信じられません。こんな現象、目の前で見せられても」

「ふふ、無理もありませんな。科学者(私たち)にとっては、そんな『魔術』ですら立派な『魔法』にしか見えない」

 

 ジエンはクスクスと笑い、ソファに深く背を預けた。

 その余裕の裏に、どれほどの計算と狂気が潜んでいるのか。エーテルにはその底が計り知れなかった。

 

「あの子が愛豚(ピグレット)と呼ぶ子豚たちを増やすのを認める代わりに、私は彼女から魔術の手ほどきを受けています。魔術には、私たちが慣れ親しんだ科学とは別の可能性がある。決してオカルトにハマったわけではないのは、ご理解いただけましたか?」

 

 エーテルは磁石をデスクに戻し、深いため息をついた。

 

「……理解しました。最近、彼女の子豚たちがやけに増えたと思っていましたが、そういう事情があった訳ですか」

 

 M.M.R.所属の研究員として長く勤めてきたエーテルにとっても、未知の技術体系というのは抗いがたい魅力があったようだ。彼女の顔には、懐疑の代わりに好奇の色が混じり始めていた。

 

「まあ、とはいえ私は魔術の素養などない一般人に過ぎまへん。いかに私が知識としての魔術を極めたとしても、せいぜい『魔術使い』になるのが限界なんやそうです」

 

 ジエンは自嘲気味に呟き、再び本を開いた。

 

「真の意味で魔術を自在に行使するためには、自身の身体に生まれ持った『魔術回路』という擬似神経が必要不可欠なんやとか。これは遺伝によって引き継がれるものなので、後天的に獲得することはほぼ不可能。普通であれば、私が『魔術回路』を獲得することは絶対にできまへん」

「………もしかして、あなたが聖杯に託す願いは」

 

 エーテルがハッとして顔を上げた。

 ジエンは本から視線を外し、エーテルを見据えた。その瞳には、科学者としての理性をも上回る、未知への渇望が静かに燃えていた。

 

「そうです。聖杯を手にした暁には、『魔術回路』をこの身体に宿らせることを願います。そうすれば、私は科学と魔術、その二つを同時に極めることができる」

「……ますます末恐ろしいことになりそうですが」

「とんでもありません。あんさんだって、科学とは別の手法で研究を進めることに興味はありまへんか?」

 

 悪魔の囁きのような問いかけに、エーテルは苦笑いを浮かべた。

 

「……困りましたね。否定できません」

「ふふ、なら話は早おす」

 

 ジエンは満足げに頷くと、壁面のモニターへと視線を移した。

 そこには、突如出現したキルケーに対して目を見開くイスカンダルとジャンヌ・ダルク、そして三人の量産型ニケの姿が映っていた。

 

「あの量産型ニケと征服王には、何としてでも退場して貰わなければなりまへん」

 

 ジエンの瞳が、静かに細められる。

 彼女は白衣の裾を翻し、モニターの中の彼らに向かって低く、楽しげに歌うように告げた。

 

「これは私たちの、私たちによる、私たちための戦争。こないな機会、一生に一度あるかどうか。……ああ、胸が高鳴りますなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大魔女(キルケー)?」

 

 乾いた喉で、ジャンヌが口にした真名()を反芻する。

 

 ――ギリシャ神話に登場する半神半人にして、アイアイエー島に住まう魔女。

 ――気に入った人間を動物に変え、自らの島に住まわせたという誘惑と堕落の女神。

 

 彼女はかの有名な叙事詩『オデュッセイア』に登場する、あのキルケーだというのか?

 私と視線が合ったキルケーは、興味津々とばかりにパチクリと大きな瞳を見開いた。彼女は背中の翼を優雅にはためかせ、重力から解き放たれたようにふわふわと宙を舞うと、私の鼻先まで顔を寄せた。

 

「やあやあ、征服王のマスターちゃん!元気にしてたかい?」

「……元気も何も。あなたこそ、どうしてこんな所にいるんですか」

 

 警戒を露わにする私に対し、彼女は悪びれる様子もなく人差し指を口元に当てて小首をかしげた。その仕草は可憐だが、彼女が纏っている空気は神秘そのものだ。

 

「なに、単なるマスターのお使いさ。君のお仲間を、ぜひとも『客人』として招待したいと言うものでねえ」

「何が客人よ!ただの誘拐じゃないの!」

 

 ソフィーが私の背後から叫んだ。隣のリアも、無言のまま射殺さんばかりの視線でキルケーを睨みつけている。

 当然だ。エキゾチックを使って人を連れ去ろうとした手前、どの口で「客」として迎えたかったなどと言うのか。ソフィーとリアの剣幕に、キルケーは「まあまあ!」と大げさに手を振って宥めるような仕草を見せた。

 

「そうカリカリしないでくれよ。そうでもしないと、君たちは私たちの『招待』に応じてはくれなかっただろう?手荒な真似をしたのは謝るけれど、これもお茶会の準備だと思って許しておくれ。とはいえ……」

 

 彼女はそこで言葉を切り、床に転がっているエキゾチックのニケたちと、拘束具を取り外されて身を寄せ合うソフィーとリアを交互に見まわした。

 そこで現状を理解したのか、彼女は呆れたように肩をすくめた。

 

「どうやら身柄の確保は失敗したようだね。サーヴァントがいるとはいえ、君たちはこの場所に関するエキスパートなんだろう?もう少し上手く事を運んでもらいたかったな」

 

 その言葉に、クロウの眉がピクリと跳ねた。

 

「文句を言うな。依頼主から聞いた限り、サーヴァントとやらはそこに突っ立ってる赤ひげの大男だけだったはずだ。あんな甲冑を着た槍使いの女がいるなんて情報は無かったぞ」

 

 地を這うようなドスの利いた声だった。クロウは忌々しげに舌打ちをすると、油断なく旗槍を構えるジャンヌを睨みつけた。

 ジャンヌが同行していたことは、彼女たちにとっても誤算だったようだ。事実、ジャンヌと協力関係を結んだのはついこの間のことであり、本格的な共闘は今回が初めてだ。そして、私たちがこの部屋へたどり着けたのも、ひとえにジャンヌの情報収集能力のおかげだ。私とイスカンダルだけでは、ソフィーとリアを見つけられなかったかもしれない。

 もしもジャンヌとの協力を断り、私とイスカンダルだけで二人を連れ歩いていたら……。その可能性を想像し、背筋に冷たいものが走る。

 

「寧ろ、情報になかった未知のサーヴァント相手に一時的とはいえ人質の確保を成功させたんだ。褒めてほしいくらいだぞ」

「ふーむ……」

 

 クロウの反論に、キルケーは顎に手を当てて思案顔を作った。

 

「確かにルーラーが召喚されていたことは知っていたけど、まさか一緒に行動していたとはねえ。うん、確かにこれは予想外だ」

 

 彼女は納得したように頷いたが、その瞳の奥には冷徹な光が揺らめいていた。

 そんな魔女の独り言を、凜とした声が鋭く断ち切った。

 

「……さて、お話はそこまでにしておいてください」

 

 ジャンヌが旗槍を構え直し、切っ先をキルケーへと向けた。

 その切っ先に宿るのは聖女としての慈愛などではない。裁定者としての、厳格な意志だ。

 

「あなた方には聞かなければならないことが山ほどあります」

「うむ、余もこやつらには用がある」

 

 イスカンダルもスパタの柄に手を掛け、一歩前へと踏み出した。

 ドォォン、と重い足音が部屋を震わせる。

 

「マスターの友に手を出したこやつらに、己が犯した過ちを骨の髄まで思い知らせなければなるまい。覚悟はできておろうな?」

 

 救国の聖女ジャンヌ・ダルクと、征服王イスカンダル。

 二騎の英霊から放たれる圧倒的な威圧と殺意が、室内を支配していた無機質な空気を塗り替えていく。それはもはや、物理的な圧力を伴って室内の空気を軋ませた。

 ジャッカルが「ヒッ」と息を呑んで後ずさった。彼女も本能レベルで二人との“格”の違いを感じ取ったのだろう。

 

 一触即発。

 

 誰もが次の瞬間に始まる殺し合いを予感した、その時だった。

 

「―――それは困るよ」

 

 場の緊張などどこ吹く風とばかりに、キルケーが間延びした声を上げた。

 

「……何?」

 

 イスカンダルが怪訝そうに眉を寄せる。

 キルケーは翼をはためかせてエキゾチックの前へと滑り込むと、彼女たちを庇うように両手を広げた。

 

「この子たちは、私のマスターの大事な『駒』なんだ。ここで壊されると、マスターが悲しむからねえ」

「おい、私たちはあいつの駒になったつもりはないぞ」

 

 背後から、クロウの刺すような声が飛んだ。

 

「まあまあ!細かいことはいいじゃないか」

 

 キルケーは振り返りもせず、クスクスと楽しげに笑った。

 

「私も君たちのことはそれなりに気に入っているんだ。何ならすぐにでも私の手で愛豚(ピグレット)にしてあげたいくらいさ」

「………」

 

 キルケーの冗談めかした口調にクロウは口を開きかけたが、瞬時に閉ざした。

 これ以上この魔女に関われば、人としての尊厳を奪われかねない。そんな直感が彼女にも働いたのかもしれない。

 

「というわけで、君たちには引いてもらいたい」

 

 キルケーは再び私たちに向き直り、ニッコリと微笑んだ。

 しかし、イスカンダルはそれを嘲笑うように鼻を鳴らす。

 

「そのような提案、我らが受け入れるとでも?」

 

 当然である。誘拐犯をみすみす見逃す道理はないし、何よりここで彼女たちを取り逃がせば、またソフィーたちに危険が及ぶかもしれない。

 

「そうですね。私たちにメリットがありません。それに、今戦えば数で勝るこちらに利があると思います。キャスター、あなたは真正面からの力比べで私たちに勝てるとお思いですか?」

 

 ジャンヌも冷静にキルケーの提案を拒絶した。

 戦力差は歴然だ。エキゾチックはアウターリムという無法地帯で活動する強力なニケたちだが、こと対サーヴァント戦においては決定打に欠ける。実質的な脅威はキルケーのみ。対してこちらは、イスカンダルとジャンヌという二大戦力が万全の状態で控えている。誰がどう見ても、どちらに勝算があるかは明白だろう。

 だが、その事実を前にしてキルケーは不敵に口角を吊り上げた。

 

「……それはどうかな?」

 

 ふと、彼女の背中から一振りの杖がふわりと浮き上がり、その手へと収まった。

 途端に、彼女の纏う空気が変質した。

 陽気でふざけた隣人の仮面が剥がれ落ち、その下から神代の神秘を操る大魔女の顔が覗く。

 甘い、胸焼けがするほどの魔力の芳香が室内に充満し始めた。

 

饗宴(きょうえん)の時間だ!宴を張ろう、客人を饗そう!

 

 彼女が高らかに宣言した瞬間、空間そのものが歪み始めた。

 

「っ!!皆さん、伏せ……」

 

 ジャンヌの警告は、間に合わなかった。

 キルケーが杖を天高く掲げ、その真名を紡ぐ。

 

禁断なる狂宴(メタボ・ピグレッツ)』!!

 

 視界を焼き尽くす閃光が収束した直後、虚空に亀裂が走り、そこから雪崩のように溢れ出したのは―――大量の()()だった。

 ほかほかと湯気を立てる山盛りの肉塊、籠から溢れんばかりの瑞々しい果実、そして酒の満ちた巨大な樽。

 それらは濁流となって部屋の中へと降り注ぎ、イスカンダルとジャンヌの頭上へ直撃した。

 

「ぐぬっ!?」

「きゃああっ!?」

 

 二人の悲鳴が食材の雪崩にかき消される。

 瞬く間に二人の姿は食料の山の下へと埋没してしまった。

 

「イスカンダル!?」

「「ジャンヌさん!?」」

 

 私とソフィーたちの叫びを嘲笑うように、宙に浮いたキルケーが杖を指揮棒のように楽しげに振りかざした。

 

さあさあ、待たせたねぇ!私の愛しい愛豚(ピグレット)達!さあ、暴れ飲み、貪食せよ!

 

 魔女の号令に応え、何もなかった筈の空間からファンファーレと共に“それら”は現れた。

 

「ブヒィィィッ!!」

「フゴッ!フゴッ!」

 

 ―――豚だ。

 だが、ただの豚ではない。

 背中に白い鳥の翼を生やした豚に、コウモリのような皮膜の翼を広げた薄紫色の豚。

 更には水色や淡い緑色の小柄な豚たちが津波のような群れを成している。

 その中心には、一際巨大なピンク色の豚がのっしのっしと軽快に地響きを立てて歩いている。

 

 くるりと巻いた渦巻き状の短い尻尾と、体格に対してあまりに短い手足。

 そして何より、何を考えているか読めないつぶらな白い瞳。

 滑らかで弾力のありそうな丸みを帯びたフォルムは、一見すればぬいぐるみのような愛らしくすら感じられる。だが彼らの瞳は、眼前の御馳走への飽くなき喜悦でギラギラと輝いていた。

 

 彼らの狙いは、山と積まれたご馳走。

 そして―――その下敷きになっているイスカンダルとジャンヌである。

 

「ブヒィッ!!」

 

 有翼の豚たちが空からダイブし、地上の豚たちが嬉々として雪崩れ込む。

 彼らは一瞬にして、ひたすらに宴の饗膳を食らい尽くす暴食の化身へと変貌した。

 巨大な豚が我先にとのしかかり、無数の小豚たちがその隙間を埋めるようにわらわらと群がる。

 

「ええい、貴様ら!邪魔だ!!……ぬおおっ!?」

 

 食料の山から這い出ようとしたイスカンダルが桃色の有翼ピグレットの体当たりを顔面に受け、再び果物の山へと沈む。剛腕で払いのけようとするも、その腕に数匹の小豚がしがみつき、あろうことか彼のマントごとムシャムシャと齧りつこうとしていた。

 

「きゃあぁぁっ!!や、やめてください!旗を引っ張らないで!そこは食べ物じゃありません!」

 

 ジャンヌの悲鳴もまた、豚たちの賑やかな鳴き声にかき消される。彼女の周囲には小豚たちが群がり、彼女の頬を鼻先でこねくり回し、甲冑の上を蹄で軽快にタップダンスしていた。

 抵抗も虚しく、二人は圧倒的な数の暴力と乱痴気騒ぎに飲み込まれていく。

 

「……これはこれは。こんなデウス・エクス・マキナを見せられるとはな」

 

 その光景を前に、クロウが口元を歪めて鼻を鳴らした。

 

「凄い凄~い!!何これ何これ!?」

「へえ~、まさに“どんでん返し”って感じね♡」

 

 ジャッカルが目を輝かせて飛び跳ね、バイパーも妖艶な笑みを深めて事の成り行きを楽しんでいる。

 

 ――まずい。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 このままでは、イスカンダルとジャンヌがこんなギャグマンガのような攻撃で無力化されてしまう。

 二人が封じられれば、残る私たちは文字通りまな板の上の鯉だ。

 

(私が戦わないと……!)

 

 凍りつきかけた思考を無理やり叩き起こす。

 私は背中に背負っていたスナイパーライフルをひったくるように構えた。スコープを覗く暇はない。狙うは諸悪の根源――――大魔女キルケーだ。

 だが、私が銃口を持ち上げようとした刹那、視界の端からギラついた獣の影が飛び込んできた。

 

「ガウッ!!」

「え?」

 

 ジャッカルだ。

 彼女は私が引き金に指をかけるよりも速く、恐るべき瞬発力で眼前に肉薄すると、あろうことかライフルのバレルに噛みついたのだ。

 

 ――ガギィッ!!

 

 ライフルの銃身が、まるで飴細工のように砕かれた。

 

「――っ!?」

 

 驚愕する間もなかった。

 ジャッカルは銃身を強靭な顎で咥え込んだまま、首を猛然と振り回した。ニケ一機分の体重などものともしない力で、私の身体を軽々と宙へ放り投げた。

 

「ぐあっ!?」

 

 私は木の葉のように吹き飛ばされ、受け身を取ることもできずに硬い床へと叩きつけられた。

 背中を強打した衝撃で肺の中の空気が強制的に吐き出され、視界が白く明滅する。全身の骨が軋むような激痛に、思わず呻き声が漏れた。

 咳き込む私の視線の先で、ジャッカルが噛み砕いてひしゃげた鉄屑―――かつてライフルだったものをペッと吐き出した。

 

「ワンワン!隊長やったよ~!」

「でかしたぞ、ジャッカル」

 

 クロウが感情の乗らない声で称賛を送った。

 

「お前らよくも!!」

 

 私の窮状を見たソフィーが悲鳴に近い声を上げた。彼女とリアは武器を持たぬままクロウへと飛び掛かった。

 私たち量産型ニケに格闘術の心得などない。だが、大切な仲間へ危害を加えられたことに対する怒りが、恐怖を上書きして彼女たちを突き動かしているようだった。

 

「二人とも、待って!!」

 

 制止しようと必死に叫んだ。だが、逆上した二人の耳には届かない。

 二人がかりでクロウにタックルを仕掛ける。力任せで無謀な突進。普通であれば、ニケの力と体重をもって相手の態勢を崩すくらいはできたかもしれない。

 しかし――。

 

「……フン」

 

 クロウは表情一つ変えず、最小限の動きでソフィーの突進をいなした。流れるように彼女の腕を掴み、その勢いを利用して背後から迫るリアへと投げつける。

 

「きゃあっ!?」

「うっ……!」

 

 もつれ合うように倒れた二人に対し、クロウは容赦なく足を振り下ろした。

 ドン、と鈍い音が響き、二人はまとめて床へと踏みつけられた。

 

「が、あ……ッ」

「お前たちは引っ込んでろ。武器すら持たない量産型ニケなど、脅威にもならん」

 

 クロウの冷徹な眼差しが、足元の二人を見下ろす。

 まるで道端に転がる石ころを見るような眼だった。

 

「くっ……うぅ……!」

 

 ソフィーとリアは必死に身をよじって抵抗を試みてはいるが、指一本動かすことすらできていない。クロウの足は万力のようにソフィーとリアの身体に押しかかっている。

 

 時間にして、わずか数十秒。

 

 神代の大魔女キルケーによって、勝敗が明白だった状況はあまりにも呆気なくひっくり返されてしまった。

 だが、彼女によって引き起こされた乱痴気騒ぎも永遠には続かなかった。

 

「おのれ、ちょこまかと……!!」

 

 ドォォン!!と、積み上がった食料の山が爆ぜた。

 肉片と果汁を撒き散らしながら、イスカンダルが上半身を起こす。その剛腕にはピグレットたちが数匹、果敢にもしがみついていたが、彼はそれを羽虫でも払うかのように煩わしげに振り払った。

 一方、その隣でも食材の山が吹き飛んだ。

 

「ふんっ!!」

 

 ジャンヌが旗槍を棍棒のように振り回し、群がる小豚たちを豪快に叩き飛ばす。

 とてもその小柄な身体から繰り出されるとは思えぬ力技で、周囲を薙ぎ払う。彼女もまた、白銀の甲冑を脂とシロップで汚しながらも、不屈の闘志で立ち上がった。

 二騎のサーヴァントが放つ魔力と怒気が、部屋の空気をビリビリと震わせる。ピグレットたちはなおも突撃しようとするが、剣と槍が巻き起こす旋風を前にして近づくことすらままならない。

 

「……流石に、そろそろ厳しいかな」

 

 その光景を少し高い位置から見下ろしていたキルケーが、諦めたように杖を降ろした。

 彼女はふわりと下降すると、ピグレットの中でも一際巨大なピンク色の豚の背中へと、軽やかに着地した。

 

「エキゾチックのピグレット候補諸君!無事に生きて帰りたいならついてきたまえ!」

「誰がピグレット候補だ」

 

 ソフィーたちを押さえつけていたクロウが、眉を顰め不快感を露わにして睨みつける。

 だが、キルケーは悪びれる様子もなく肩をすくめた。

 

「まあまあ、じっくり話をすれば気も変わるさ。それとも……」

 

 彼女は顎で部屋の中央をしゃくってみせた。そこでは、全身を食材で汚され、憤怒の形相を浮かべた二体のサーヴァントが、今まさにこちらへ向き直ろうとしているところだった。

 

「君は、あの怒り心頭のサーヴァント二騎とお話がしたいのかな?私なら遠慮したいところだけれどねえ」

 

 クロウは数秒沈黙した後、小さく舌打ちをしてから頷いた。

 プライドよりも実利。彼女の判断は早かった。

 

「……分かった。従おう」

 

 クロウは短く告げると、足元のソフィーとリアを無造作に蹴り飛ばした。

 

「ぐはっ!?」

「ふえっ!?」

 

 二人の悲鳴など全く気にも留めず、クロウは身軽な動作で出口の方へと走り出した。

 それを見たキルケーは満足げに頷き、自身が乗っている巨大なピグレットの頭をポンポンと叩いた。

 

「よし!征くよ!」

 

 キルケーを乗せた巨大なピグレットは地響きを立てて助走をつけると、そのまま破壊された扉の開口部から、部屋の外へと豪快に飛び出した。

 

「愛しいピグレット達!そろそろ楽しい宴は終わりだ!我らの家に帰るとしよう!」

 

 キルケーが一度背後を振り返り、部屋の中に向かって叫んだ。

 それを合図に、今までイスカンダルとジャンヌに群がっていたピグレットたちが一斉に動きを止めた。彼らは潮が引くように二人を置き去りにして、我先にと開口部へと殺到していく。

 その波に紛れるように、ジャッカルとバイパーの二人も部屋を飛び出していった。

 

「ま、待って!!」

 

 私は痛む身体を鞭打って叫び、手を伸ばした。

 だが、その手は空を切るだけだった。

 開口部の向こう、走り去る豚の群れの中から、楽しげな魔女の声が残響のように響いてくる。

 

「いいや待たない。今回は私たちの負けだが、次は勝たせてもらうよ!またね、征服王のマスターちゃん!」

 

 それだけ言い残すと、キルケーの気配は急速に遠ざかり、数秒後には無数の蹄の音と共に完全に消え失せていた。

 

 あとに残されたのは、嵐が去った後のような静寂と、無様な姿で床に転がる量産型ニケ三機。

 そして―――甘ったるいソースと果汁まみれになり、行き場のない怒りを抱えた二騎の英霊だけであった。

 むせ返るような食べ物の匂いが、どうしようもない虚脱感と共に鼻腔をかすめていった。

 

 

 




最近予定が詰まっていますので、来週の投稿は日曜日か週明けの月曜日あたりになる予定です。
それではまた次回!
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