征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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FGO、綺麗に終わったと思っていたら唐突にぬるっと新ストーリーが始まりましたね。
まあ、個人的には所長が可愛いかったのでヨシ!
メガニケも新章が楽しみですね。多分ヨハン先輩のメンタルが死んでる筈なので、早くちしかんが支えてあげないと()


第三章
侵略者


 腐敗したゴミと鉄錆の匂いを含んだ風が、足元を吹き抜けていく。

 アウターリム―――法も秩序も、光さえも届かぬ掃き溜め。

 頭上からは絶え間なく雨が降り注ぎ、錆びついたトタン屋根を無遠慮に打ち据えている。

 

 その雨脚を避けるように、路地裏の軒下に一つの影が佇んでいた。

 深い焦げ茶色のフードを目深に被り、その奥には白い髑髏の仮面。少年めいた体躯の影―――アサシンは、視界を白く染める雨の幕を見上げていた。

 肩に染みた雨の重さを振り払うように、彼は小さく息を吐く。そしておもむろに懐へ手を入れると、小型の通信機を取り出した。彼はそれを耳元に押し当て、仮面の奥から低く声を絞り出した。

 

「……俺だ」

 

 数瞬の沈黙。

 やがて、スピーカーの向こう側から明瞭な女の声が返ってきた。

 

『はい、聞こえています。報告を』

 

 アサシンは通信機を耳元に当てたまま、誰もいない路地の奥へと視線を巡らせた。

 薄暗い闇の奥で、雨に濡れたネズミが下水へと逃げ込んでいくのが見えた。

 

「魔力の補給は完了した」

『了解しました。では、引き続き任務を遂行してください』

 

 アサシンの報告に対し、声の主は事務的に応える。

 彼は地面に視線を落とし、言い淀むように言葉を継いだ。

 

「……だが、現場をライダーに見られた」

『ライダーに?』

「ああ。それに、ライダーのマスターらしき量産型ニケもいた。幸い顔は見られずに済んだが、俺の存在は認知されたと見ていい」

 

 アサシンは一度言葉を切り、唇を強く結んだ。鉄の味が口の中に広がる。彼の脳裏に焼き付いているのは、ほんの数刻前の出来事だ。

 

「あのタイミング、あの間合い。完璧な奇襲だったはずだ。だが、奴は反応した。防ぎきった」

『………』

「今の俺じゃ、あれと正面からやり合えば勝ち目はない。だから退いた。……すまない」

 

 自らの未熟さを吐露した声は、雨音にかき消されそうなほど弱々しい。

 だが、通信機の向こう側にいる人物は声音一つ変えずに応じた。

 

『謝罪は不要です。寧ろ、彼らの実力が本物であるという確証を得られました』

「……そう言ってくれると助かる」

『そもそも、奇襲を受けた程度で退場されては困ります。彼らには、まだ果たすべき役割があるのですから』

「そうか」

 

 アサシンは短く息を吐き捨てると、濡れたコンクリートの壁に背中を預けた。軒先から滴り落ちた雫がフードを伝い、仮面の表面を滑り落ちていく。

 数秒ほど沈黙した後、彼は喉の奥に引っかかっていた疑問を吐き出した。

 

「……一つ聞いてもいいか」

『何でしょう』

「魔力補給の件だ」

 

 アサシンの視線が、路地の入り口――段ボールとボロ布に包まってうずくまる浮浪者たちの姿へと向けられる。

 

「俺が喰ったのは、ここの住人だ。いくらスラムとはいえ、ここも街の一部なんだろう?それを、体制側のあんたが見逃していいのか」

 

 彼の問いかけに対し、通信機の向こう側から声が途絶えた。雨がトタンを打つ音だけが、路地裏に響き渡る。

 やがて、数秒ほど沈黙を経てスピーカーから抑揚のない声が響いた。

 

『アウターリムは、アークではありません』

「……は?」

『アウターリムに住まう者たちは、自らの意思で市民権を放棄し、法の外で生きることを選んだ者たちです。アークの庇護下にはなく、市民としての権利も有していません』

 

 声の主は、まるで規定された事実だけを抜き取ったかのような言葉を重ねる。

 

『彼らは自由を選び、その代償として保護を失った。貴方が気にする必要はありません』

 

 アサシンは仮面の奥で瞳を細め、雨に煙る灰色の空を見上げた。

 胃の腑に収めたばかりの魔力が、鉛のように腹の底へ沈殿していくような錯覚を覚える。

 

「……そうかよ」

 

 肺に残った空気をすべて吐き出すように、彼は長く息をついた。

 

『他に質問は?』

「……いや、ない。引き続き、未確認のサーヴァントを捜索する」

『了解しました。では、何か報告すべき事態が発生すれば連絡をお願いします』

 

 プツリ、と無機質な音を立てて通信が途絶える。後に残されたのは、世界を濡らす雨の音だけだった。   

 アサシンは通信機を懐に仕舞うと、濡れたフードを目深にかぶり直した。水をたっぷりと吸ったマントが、ずしりと肩に食い込む。

 

「……やれやれ。世知辛い街だ」

 

 彼の独り言は足元の水たまりに吸い込まれ、小さな波紋となって消える。

 黒い影は音もなく身を翻し、再びアウターリムの路地裏へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を埋め尽くしていた瓦礫の山が、ノイズ混じりの粒子となって崩れ落ちていく。鼻をつく硝煙の臭いも、ラプチャーの残骸も、まるで幻であったかのように遠ざかっていく。

 代わりに現れたのは、およそ色というものが一切ない無機質な白い部屋。ここはアークの技術の粋を集めた訓練施設、シミュレーションルームだ。

 

「ふぅ……。なんとかクリア、かな」

 

 リアが手にしたショットガンを下ろし、深々と息を吐き出す。仮想空間での戦闘だったとはいえ、その額にはこれまでの激戦を物語る汗が滲んでいる。

 

「――状況終了!お疲れ様!」

 

 張り詰めた空気を切り裂いたのは、場違いなほど明るく無邪気な声だった。

 目の前のホログラム・ディスプレイに一人の少女が映し出される。鮮やかな緑色の髪をツインテールに結び、特徴的な長い耳をピコピコと動かす少女―――シミュレーションルームの管理者AI、インクだ。

 彼女は画面の中で頬杖をつき、ニシシと笑いながら私たちを見下ろした。

 

「どうだった?今日のシミュレーションは。なかなかよく出来てたでしょ?」

「……ええ、おかげさまで死ぬかと思ったわ」

 

 私が皮肉交じりに答えると、インクは「あはは!」と無邪気に笑い声をあげた。

 

「そりゃあね!あなたたちがこれまで蓄積した戦闘データに合わせて、ギリッギリの難易度にしておいたから!簡単に勝てちゃったらつまんないでしょ?」

 

 彼女は画面の中でくるりと一回転し、挑発的に指を突きつけてくる。

 

「でもまあ、今回のタイムは悪くないかな。やるじゃない」

「……ねえ、インク」

 

 その時、それまで黙って呼吸を整えていたソフィーが一歩前に進み出た。彼女はまだ興奮冷めやらぬ様子で、手に持ったサブマシンガンを強く握りしめている。

 

「次のセッション、設定を変えてほしいんだけど」

「んー?どんな風に?もっと難しくしてほしい?」

「違うわよ。……近接戦闘のプログラムを追加して」

 

 ソフィーの言葉に、インクがキョトンと目を丸くした。

 その隣で、リアも「えっ?」と驚きの声を上げる。

 

「ソフィー、何を言って……」

「私、もっと強くなりたいの。銃だけじゃなくて、接近戦でも戦えるように」

 

 彼女の脳裏にあるのは、おそらくアウターリムでクロウに一方的に組み伏せられた記憶だろう。ニケとしての性能差を見せつけられ、為す術もなく踏みにじられた。その経験が、彼女を焦燥へと駆り立てているのかもしれない。

 だが、インクはソフィーの言葉を聞き終わった瞬間、ぷっと吹き出した。

 

「あはははは!何それ、冗談でしょ?」

「……私は本気よ」

「だーかーらー!無駄だってば」

 

 インクは画面の縁に腰掛けるような動作をして、呆れたように足をぶらぶらさせた。

 

「人間を相手にするならまだしも、あなたたちの相手はラプチャーでしょ?装甲も質量も桁違いの鉄の塊相手に、素手で殴り合いでもするつもり?」

「だ、だって……!いざって時に、懐に入られたら銃だけじゃ対処できないし、それに……!」

 

 反論しようとするソフィーの声が上擦る。

 しかし、インクは興味なさげに口元に手を当てて、あくびを噛み殺した。

 

「却下。そんな暇があったらエイムの練習でもしてなよ。そもそも近接戦闘が発生するような状況になった時点で、あなたたちの負けよ」 

「で、でも……!」

「……ソフィー、インクの言う通りだよ」

 

 見かねたリアが、ソフィーの肩に手を置いた。

 

「悔しいのは分かる。私だって、あの時何もできなかった自分が許せない。……でも、無茶をして壊れちゃったら元も子もないよ」

「リア……」

「私たちは量産型なんだから。個人の力には限界がある。だからこそ、こうして分隊(チーム)で連携を磨くしかないんだよ」

「分かってる。分かってるけどさぁ……」

 

 ソフィーはしばらく俯いていたが、やがてガシガシと乱暴に頭をかきむしった。

 

「あーもう!分かったわよ!私が悪かった!……インク、今のリクエストは取り消し!通常のプログラムでいいわ!」

「りょーかい!物分かりが良くて助かるわ」

 

 インクが画面いっぱいにニカっと笑う。

 

「とはいえ、今日のところはこれでおしまい!また遊んであげるから、ちゃんと整備してきてね」

 

 プツン、という音と共にモニターの電源が落ち、インクの姿が消える。静寂が戻ったシミュレータールームの中で、私たちは互いに顔を見合わせ、長い息を同時に吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シミュレーションルームを後にして、兵舎への帰路につく。

 人気のない通路には、空調設備の低い駆動音だけが響いている。人工的な冷気が汗で背中に張り付いた服を冷やし、熱を持った肌から体温を奪っていく。 

 

「……結局、地道にやるしかないってことね」

 

 ソフィーが肩を回しながら、ぼやき交じりに呟いた。

 アウターリムから帰還して一週間。ジャンヌから受けた忠告は、二人の心に重くのしかかった筈だ。身の安全を第一とするならば、私やイスカンダルとは距離を置くのが最も賢明な判断だろう。けれど、彼女たちが選んだのは「共に征く」という道だった。

 

 『08が心配だから』

 『家族を見捨てるなんてできない』

 

 ソフィーとリアが口にした理由は拍子抜けするほど単純で――何よりも揺るぎないものだった。

 だが、精神論や理想だけで生き残れるほど戦場は甘くないことも、彼女たちは痛いほど理解している。だからこそ、こうして連日シミュレーションルームに通い詰め、泥臭い訓練を繰り返しているのだ。

 

(……ありがたいな)

 

 前を歩く二人の横顔を見つめ、私は喉の奥が熱くなるのを覚えた。自分の身を守るなら、私のような不安定要素など切り捨てればいい。それなのに、二人は危険など全く顧みることもなく、当たり前のように隣を歩いてくれている。こんなにも頼もしい仲間を得られた私は、どれほどの果報者だろうか。

 

「……とはいえ、流石に疲れた」

「そうね。今日は泥のように眠れそう……」

 

 ソフィーとリアが呻くように言葉を交わす。

 私は二人の背中を見送りながら、少しだけ歩調を緩め、背後の虚空へと意識を向けた。 誰もいないはずの空間。だが、そこには確かな熱が存在している。

 

「……イスカンダル。今日の私たちはどうでしたか?」

 

 小声で問いかける。

 すると、黄金の粒子が螺旋を描いて舞い上がり、どこからともなく巨躯が実体化した。

 

「うわっ、出た!」

「もう……相変わらず神出鬼没なんだから」

 

 突然背後に現れた気配に、ソフィーとリアが肩を跳ねさせた。

 イスカンダルは腕を組むと、私たちに向かって満足げに頷いた。

 

「うむ。始めたばかりの頃に比べれば、見違えるほど良くなっておるぞ」

「本当ですか?……インクにはまだ鼻で笑われるレベルですけど」

「何、あの箱の中の妖精は口が悪いだけよ。戦果は数字だけで測れるものではない」

 

 彼は豪快に笑い飛ばしたが、ふと口元から笑みが消えた。燃えるような真紅の瞳が、前を歩くソフィーたちの背中と私をじっと見据える。

 

「……だが、貴様らの練度が上がれば上がるほど、一つ懸念が拭えぬのも事実だ」

「懸念?」

「うむ。……いかに連携を極めたとて、貴様らはあくまで『歩兵』に過ぎんということだ」

 

 イスカンダルの言葉に、私は足を止めた。

 彼は厳しい顔つきで、無機質な廊下の天井を仰ぐ。

 

「歩兵のみ、それもたった三人で構成される部隊……。いかに個々の性能が人間を凌駕していようと、戦術的な柔軟性には限界がある。敵が圧倒的な質量で押し寄せてきた時、あるいは遠距離からの砲撃に晒された時、貴様らにはそれを打開する手札がなかろう」

「……まあ、そうですよね」

 

 彼に言われずとも、分かってはいたことだ。ハーベスターやグレイブディガーとの戦いで勝利できたのは、結局のところイスカンダルやメティスという規格外の戦力が傍にいたからこそだ。私たちだけの力では、敵の懐に入ることさえ叶わず消し炭にされていただろう。彼の言う通り、どれだけ練度を高めた所で、私たち量産型ニケだけの編成では限界があるのは事実だ。

 

「勘違いするな、マスター。これは貴様らのせいではない」

 

 私が落胆したのを察したのか、イスカンダルは指を立ててそう言い放った。

 

「どういうことですか?」

「そもそも、歩兵だけで戦闘を行わせておるこの街の軍略そのものが狂っておるのだ」

「……はい?」

「「え?」 」

 

 前を歩いていたソフィーとリアが、キョトンと首を傾げて振り返る。

 イスカンダルは私たち三人を交互に見渡すと、何かを諭すように、ゆっくりと語り始めた。

 

「よいか。そもそも軍というものは単一の兵科のみで成り立つものではない。例えば、余が率いたマケドニアの軍勢において主力を担ったのは『重装歩兵』であった。長槍を掲げ、鉄壁の陣を敷く彼らこそが軍の中核であり、無くてはならぬ要だ」

 

 彼は空中で何かを掴むように拳を握った。

 

「だが、重装歩兵の役割はあくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎん。いわば、敵の主力と押し合い、時間を稼ぐ『盾』のようなものだ。……では、その間に敵を粉砕する『矛』の役割は誰が担う?」

 

 問いかけと共に、彼の真紅の瞳が私を射抜いた。

 ……きっと、彼に試されているのだろう。

 私は脳内の記憶をまさぐり、『イリアス』や歴史書で読んだ知識の断片を繋ぎ合わせた。歩兵が正面から敵を受け止めている間に、側面や背後から敵を食い破る存在といえば――。

 

「……騎兵(ヘタイロイ)ですか」

「然り!」

 

 イスカンダルは我が意を得たりとばかりに頷いた。

 

「敵の側面や背後を突き、陣形を崩壊させる『騎兵』。他にも、騎兵の側面を守りつつ道を切り開く『精鋭歩兵』、遠距離から敵を撹乱し機動力を削ぐ『軽装歩兵』や『弓兵』。……それら異なる特性を持つ兵科が地形や戦況に合わせて連動し、歯車のように噛み合ってこそ、軍は十全な破壊力を発揮する」

 

 彼は深く息を吸い込むと、頭上の照明を見上げた。

 人工的な白い光が、彼の顰め面を照らし出す。

 

「だが、このアークの軍勢はどうだ?見渡す限り、戦場に立つのは貴様らのような『歩兵』のみ。戦車もなければ騎兵もおらぬ。ただひたすらに、歩兵が敵と正面から殴り合うだけの消耗戦を強いておるではないか」

 

 ……言われてみれば、その通りだった。  

 ニケは基本的に銃火器を扱う歩兵だ。火力型、防御型、支援型といった区分はあるものの、それはあくまで歩兵という小さな枠組みの中での役割分担に過ぎない。戦車のような装甲兵力や上空からの航空支援との連携など、これまで一度も経験したことがなかった。

 人類は地下に潜って以来、対ラプチャー用の決戦兵器であるニケの開発に全リソースを注ぎ込んできた。結果、アークの軍隊はニケという「万能歩兵」に全てを丸投げする形になってしまったのだろう。彼に指摘されるまで当たり前の光景として受け入れていたが、数千年の時をかけて人類が積み上げてきた用兵の歴史と照らし合わせれば、確かにその在り方はあまりにも偏っているといえる。

 

「兵器としての性能がいかに高かろうと、万能な兵など存在せん。機動力が無ければ簡単に包囲されるし、交戦距離が短ければ遠方から嬲られる。歩兵だけで戦場を支配しようなど、片手落ちも甚だしい。……まったく、この街の将共は何を考えて軍を構築しておるのやら」

 

 イスカンダルは呆れたように肩をすくめた。

 ソフィーとリアは、ぽかんと口を開けてその言葉を聞いていた。彼女たちにとって……いや、この地下で生まれ育った者ならば誰であろうと、ニケが戦場の主役であることは疑いようのない常識だ。それを「狂っている」と断じられたことに、思考が追いついていないのだろう。

 だが、私には妙にストンと落ちるものがあった。私たちは常に「ニケだから」という理由で、あらゆる不条理を押し付けられてきた。火力不足も、装甲の薄さも、全ては「個体性能」や「根性」の問題にすり替えられてきた。けれど、数多の戦いを制覇してきた彼の目には、それは「性能」の問題ではなく「運用」の欠陥として映っているのだ。

 

「……じゃあ、どうすればいいのよ」

 

 沈黙を破ったソフィーの声は、縋るように震えていた。

 

「騎兵も戦車も、私たちには用意できないわ。私たちにあるのは、この身体と銃だけなのよ」

「うむ、その通りだ」

 

 イスカンダルはあっさりと肯定した。

 

「無い袖は振れぬ。ならば、どうする?」

「それは……」

 

 イスカンダルのどこか試すような眼光に射抜かれ、ソフィーは言葉を詰まらせた。視線が泳ぎ、答えを求めて宙を彷徨う。

 私は今一度、彼の言葉を自分の中で反芻した。彼が言いたいのは、単に「お前たちは弱い」という事実確認ではないはずだ。そんなことは他でもない私たち自身が痛感しているし、そもそも彼はいたずらに他人の急所をつくような人物ではない。

 彼は現状を分析し、私たちという限界を示した。だが、決して「努力しても無駄だ」などとは言っていない。それは即ち―――。

 

「……つまり、『自分たちが万能ではないことを自覚しろ』ということですね?」

 

 私が顔を上げると、イスカンダルがニヤリと口角を吊り上げた。

 

「ほう?」

「私たちは歩兵(ニケ)です。敵を釘付けにする『盾』にはなれても、敵を粉砕する『矛』にはなり得ないかもしれない。……だからこそ、自分たちができる役割に徹し、できないことは潔く諦める、あるいは他の手段で補う必要がある」

 

 乾いた喉を鳴らし、私は彼を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「無理に背伸びをして単独で敵を倒そうとするのではなく、自分たちの“弱さ”と“役割”を理解した上で、最も効率的に動ける状況を作り出す。……それが、今の私たちが目指すべき強さだと」

 

 言い終えた瞬間、イスカンダルの顔がくしゃりと歪んだ。それは、威圧感すら覚えるほどの満面の笑みだった。

 

「はっはっは!!やはり、貴様は理解が早いな!それでこそ余のマスターだ!」

 

 バンッ!!

 

 破裂音と共に、背中に凄まじい衝撃が走った。

 丸太で殴られたかのような重みがフレームをきしませる。

 

「ぐえっ!?」

 

 肺の中の空気が強制的に弾き出され、私は無様に前のめりによろめいた。

 ガハハハハ!と豪快な笑い声が通路の空気を揺らす。背中が火傷したように熱い。

 

「……もう、叩くなら優しくしてくださいよ」

「ハッハッハ!軟弱なことを言うでない!」

 

 ジンジンと痺れる痛みで涙目になりながら睨みつけると、彼は相変わらず悪びれる様子もなく、太陽のように眩しく笑っていた。

 

「無いものを嘆くのは愚者のすること。真の覇者とは、手持ちの駒の真価を見抜き、それを盤上で最も輝かせる者のことを言うのだ」

 

 彼はそのまま視線を動かし、ソフィーとリアを力強く見据えた。

 

「貴様らは弱い。だが、弱いが故に、強者には見えぬ勝機を拾うこともできよう。……己が分を知り、その上で足掻くが良い。その先にこそ、勝利と栄光は待っておるぞ」

 

 私はヒリつく背中をさすりながら、自然と口元が緩むのを止められなかった。

 やはり、この人はいつだって豪快で、乱暴で、理不尽で、どうしようもなく頼もしい。

 

 

 

 

 

 ――――――だが、私たちの間に漂い始めた温かな空気は、唐突な轟音によって寸断された。

 

 ズゥゥゥゥゥゥンッ――!!

 

 腹の底を突き上げるような、重く、凄まじい爆音が響き渡った。

 大気が震え、堅牢なはずの中央政府軍の建物全体がガタガタと揺れる。

 

「きゃっ!?」

「な、なに!?」

 

 ソフィーとリアが悲鳴を上げ、咄嗟に壁に手をついて身体を支えた。

 揺れが収まる、通路に設置された全ての照明が消え、完全な暗闇が訪れた。非常灯の赤い光だけが、明滅しながら頼りなく足元を照らしている。

 

「停電……?」

 

 リアの呟きが、静まり返った廊下に吸い込まれる。

 

 ―――違う。

 

 背筋を駆け上がる悪寒が、私の理性に警鐘を鳴らした。

 今の振動、そして腹の底に残る不快な爆発音。

 きっと、ただの事故などではない。

 

 心臓が早鐘を打ち、嫌な予感が冷たい指となって首筋を這い上がってくる。

 私はソフィーとリアに声をかける間もなく、廊下の突き当りにあるテラスへと走り出した。

 

「ちょっと、08!?」

「待ってよ!」

 

 背後から二人の焦った声が追いかけてくるが、足は止められない。

 軍靴が床を叩く音が、やけに大きく響く。

 衝動に突き動かされるまま、私はテラスの重い鉄扉に体当たりするようにして押し開けた。

 

 途端、吹き込んできたのは生温かい風と鼻をつく異臭。……何かが焼ける臭いだ。

 そして、眼前に広がっていたのは―――アークの終わりを告げるような光景だった。

 

「嘘……でしょ……?」

 

 追いついてきたソフィーが掠れた声を漏らす。

 リアは青ざめた顔で口元を押さえ、言葉を失っていた。

 

 頭上を見上げれば、そこにあるはずの“空”が砕け散っていた。

 エターナルスカイ。地下に住まう私たちに偽りの安らぎを与えるための巨大な天蓋。

 その映像パネルの一部が剥がれ落ち、ぽっかりと空いた大穴から、黒い噴煙が吐き出されている。その穴から――黒い雨のような何かがボロボロと市街地へ零れ落ちていた。

 

 ―――ラプチャーだ。

 

 無数のラプチャーが、蟻の大群のようにアーク内部へと雪崩れ込んできている。ほどなくして、遠くの区画で連続した爆発音と銃声が聞こえてきた。

 ほんの数分前までは平和そのものだった地下都市へ、瞬く間に戦火が広がっていく。

 

「そんな……アークが、攻め込まれてる……?」

「どうしよう、どうしよう08……!」

 

 パニックで呼吸を荒げる二人を横目に、私は震える指先で携帯端末を取り出した。  

 この惨状を報告しなければ。

 早急に指示を仰がなければ。

 でなければ―――――アークが滅びる。

 

 画面をタップする指が汗で滑る。

 もどかしさに歯噛みしながら、アンダーソン副司令官への回線を開く。

 

『…………』

 

 ――繋がらない。コール音すら鳴らない、完全な沈黙。

 唇を血が滲むほど噛み締め、今度はアウターリムにいるはずのジャンヌのアカウントを叩いた。彼女とはしばらく行動を共にしていたが、ちょうど3日ほど前、キャスターやアサシンの足取りを掴む為に単身調査へ赴いていたのだ。 

 彼女なら……救国の聖女と謳われたあのルーラーならば、例え聖杯戦争とは関係のない事態であったとしても助けになってくれるかもしれない。

 

『…………』

 

 ……ダメだ。こちらも応答がない。砂嵐のようなノイズが聞こえるだけだ。 大規模な通信障害。あるいは、敵による広域ジャミングか。端末を握りしめる手に力が入り、筐体がきしむ音がした。

 眼下では、落下したラプチャーが建造物を蹂躙し始めているのが豆粒のように見える。

 

 どうすればいい?

 どこへ行けばいい?

 私たちのような量産型ニケだけで、一体何ができる?

 

「……この街には、あやつらを食い止めるだけの戦力はあるか?」

 

 不意に、重々しい声が鼓膜を揺らした。

 ハッとして顔を上げると、イスカンダルが手すりに片足をかけ、燃え盛る市街地を睨みつけていた。先ほどまでの豪快な陽気さは消え失せ、その双眸には怜悧な光が宿っている。

 

「……分かりません。アブソルートやメティス、それにカウンターズ……。彼女たちが万全の状態でアークにいれば、多分食い止められます。けれど……」

 

 私の声は情けないほど震えていた。

 メティスは先日復帰したばかり。カウンターズは地上の奥深くへ調査に出ていると聞いた。アブソルートも基本的にはアークから遠く離れた地上へ遠征しているはずだ。今、彼女たちがどこにいるのか、確かな情報は何一つ手元にない。

 もし、アークの主力が不在の隙を突かれたのだとしたら――。最悪の想定が脳裏に浮かぶ。

 

「もし、あの人たちがアークにいなかったら……アークは終わりです」

「ふむ」

 

 イスカンダルは短く鼻を鳴らすと、マントを翻して踵を返した。

 

「征くぞ」

「えっ?」

「待ってください!どこへ行くつもりですか!?」

 

 私は反射的に彼の手首を掴んだ。その腕は岩のように硬く、ビクともしない。

 

「決まっておろう。敵が攻め込んできているのだ。迎撃せねばなるまい」

「で、でも!命令も出ていないのに勝手に動くなんて……それに、侵入したラプチャーの数も分かりません!」

「命令など待っていては、守れるものも守れんぞ!」

 

 一喝。

 大気が震えるほどの声量に、私は思わずたじろいだ。

 

「民草が蹂躙されておるのだ。であれば、戦う者は一人でも多い方が良いだろう。例え聖杯戦争とは関係無かろうが、余は一人の王として、眼前で繰り広げられる惨劇を見過ごすわけにはいかん」

 

 彼は制止しようとする私の手を、容易く振りほどいた。その顔には一切の迷いがない。……彼は本気だ。私の静止を振り切ってでも、あの戦火の中へ飛び込もうとしている。

 だが、いくら彼が強力無比な英霊だとはいえ、指揮系統が寸断され、敵の規模も分からぬ戦場へ飛び込むのは自殺行為だ。それに、もしこんな場所で彼が派手に暴れれば、今度こそ中央政府に彼の存在が露見してしまう。そうなれば、例えこの地獄を生き延びたとしても、私たちに待っているのは「処分」という未来だけだ。

 

「ですがっ……!」

 

 私がなおも食い下がろうとした、その時だった。

 

『――お待ちください』

 

 どこからともなく、感情の乗らない無機質な声が響いた。

 イスカンダルの足が止まる。反射的にその視線の先を追うと、そこにいたのは白い装束を纏った女性だった。

 腰よりも下まで届く豊かな銀髪。顔の上半分を覆う黒いヴェール。そして何より異質だったのは――――頭上に音もなく浮遊する()()()()()

 

()()()()……」

 

 乾いた唇から、その名がこぼれ落ちた。

 アークの最高意思決定AI。この地下都市の全てを司る絶対的な管理者。

 イスカンダルは眼前に現れた彼女のホログラムを、値踏みするような鋭い眼光で睨みつけた。

 

『初めまして、()()()()()()()()()

 

 エニックは、一切の淀みなくその名を告げた。

 その場にいた全員が凍りついた。

 

「……貴様、何故余の名を知っておる」

 

 イスカンダルの声のトーンが落ちる。彼の殺気が、周囲の空気をピリピリと震わせる。

 だが、エニックは動じなかった。ヴェールの奥から放たれる視線は感情など欠片も含まず、ただ彼の姿を捉えている。

 

『私はアークの管理AI。アークで起きる全ての事象を把握しているのは当然のことです』

「……この街に来てからずっと何者かの視線を感じてはいたが、貴様だったのか」

『はい。あなたが召喚された瞬間から、私はあなたを観測していました』

「フン。覗き見とは趣味の悪い」

 

 イスカンダルは不快げに鼻を鳴らし、太い腕を組んだ。

 一方、私の背中には冷たい汗が伝い落ちていた。

 

 ―――完全にバレていたのだ。最初から、何もかも。

 マクスウェルに見逃してもらったことなど、何の意味もなかった。

 アークの全てを司るエニックの前で、隠し事など成立しようがなかったのだ。

 

(処分される……!)

 

 指先が震える。どんな処罰が下されるかは分からないが、アークの管理人であるエニックから見れば、私たちは紛れもない「異分子」だろう。どうあがいても処罰は免れない。良くて記憶消去、最悪の場合は廃棄処分……。

 最悪の想像に身を竦ませていると、エニックはそんな私の内面を見透かしたように、ゆっくりと首を巡らせた。

 

『ご心配には及びません。私にあなたたちを処分する意思はありません』

「え……?」

 

 間の抜けた声が漏れる。断罪の宣告を覚悟して身構えていただけに、その淡泊な返答に思考が追いつかない。

 

『そのことについては、後程詳しく説明します。……それよりも、今は非常事態です。すぐに私の元へ来てください』

「ど、どうして……?」

『アーク防衛のため、今は少しでも実力のある部隊を集める必要があります。あなた方の力は、今の状況において有用であると判断しました』

 

 ……エニックの言っていることは合理的だ。ラプチャーがアークに侵入してきた以上、何としてもそれを食い止める必要がある。だからこそ、現時点で即応可能な戦力をかき集めなければならない、というのも理解できる。

 だが、あまりにも唐突すぎる。

 

「えっと、私たちの上官はアンダーソン副司令官なんですけど……勝手に持ち場を離れるわけには……」

 

 リアが尻込みしながら反論する。軍において命令系統の無視は重罪だ。たとえエニックの指示であっても、直属の上官を無視して動くことには抵抗があった。

 だが、静かにエニックは首を横に振った。

 

『現在、アーク内の通信網は全面的にダウンしており、中央政府の指揮系統が麻痺しています。その場合、緊急プロトコルに基づき、アーク内に存在する全ニケ部隊の指揮権は一時的に私へ移譲されます』

 

 ヴェールの奥に秘められた彼女の双眸が、私たちをじっと見つめる気配がした。

 

『指揮系統を無視したとして罪に問われることはありませんので、ご心配なく。……では、後程お会いしましょう』

 

 一方的にそう告げると、エニックのホログラムは霧散した。

 後に残されたのは、遠くで響く爆発音と焦げ臭い風。そして、途方に暮れる私たちだけ。

 

「……どうする?08」

 

 ソフィーがおろおろと視線を彷徨わせる。

 エニックの指示に従うべきか。それとも、あくまでアンダーソンとの合流を模索すべきか。   

 ……いや、そもそも最初からイスカンダルの存在が露見していたのなら、のこのこ出向いた先で捕縛される罠という可能性だってある。

 

「……」

 

 思考の迷宮に入り込みかけた私の頭に、ポン、と大きな掌が置かれた。

 

「落ち着け」

 

 見上げると、イスカンダルがニカっと笑っていた。

 

「あれは、この街の支配者ということで良いのだな?」

「は、はい。アークの全てを管理しているAIです」

「……少々気に食わんが、今はあれに従うべきであろう」

「どうして……?」

 

 ソフィーが眉を顰めると、イスカンダルは燃える街を一瞥し、深いため息をついた。

 

「あれがどういった類の存在なのかは知らん。だが、こちらの事情を全て見抜いていそうな輩に、この状況で逆らうのは愚策だ。それに……」

 

 イスカンダルはエニックのホログラムがあった空間を睨みつけた。

 

「あれが一体どういう意図で余や貴様らのことを見ているのか。……その真意を、直接会って見極める必要がある」

 

 毒を食らわば皿まで。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 彼の行動原理はいつだってシンプルだ。リスクを恐れて立ち止まるのではなく、自らの足で真理へと踏み込む。……ならば、私も腹を括るしかない。

 

「……分かりました。行きましょう、エニックの元へ」

 

 街が燃えている今、立ち止まっている時間はない。

 私たちはテラスを後にし、混乱と喧騒に包まれたアークの中枢へと駆け出した。

 

 

 




さて、皆さんお待ちかねのアークテロ事件でございます。
次回から本格的にドンパチが始まりますので乞うご期待!
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