征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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今回のエピソードですが、一話あたりの文字数が長くなりすぎてしまったため、読みやすさを優先して前編と後編に分けました。
少し起承転結がおかしなことになりますが、ご容赦ください。
後編は明日の同じ時間帯に投稿する予定です。


烈火 : 前編

 

 呼吸をするたびに、肺が焦げ付くような熱気と鉄錆の味が喉の奥に広がる。

 爆音。ラプチャーの咆哮。そして、何かが圧し潰される不快な破壊音。

 平和そのものだったアークの街並みは、瓦礫と炎の支配する戦場へと塗り替えられていた。

 

「はっ、はっ、はっ……!」

 

 瓦礫を飛び越え、炎を避け、私たちはひたすらに走っていた。目指すはアークの中枢、管理AIエニックのいる部屋だ。

 

「きゃっ!?」

 

 背後で短い悲鳴が上がる。

 振り返ると、崩れ落ちた看板の残骸に足を引っかけたソフィーが倒れ込んでいた。

 

「ソフィー!大丈夫!?」

「う、うん……平気。ちょっと躓いただけで……」

 

 手を貸そうと駆け寄った私の視界に、激しい銃撃戦の光景が飛び込んできた。

 ソフィーが倒れたすぐそば、ショーウィンドウが砕け散ったブティックの前で、数機の量産型ニケが即席のバリケードを築き、迫りくるラプチャーに応戦していた。

 

「撃て!絶対にここを通すな!」

「くそっ、弾が弾かれる!誰か重火器はないか!」

 

 彼女たちの武装は標準的なアサルトライフルやサブマシンガンだ。元々治安維持部隊として駐屯していたのか、あるいは部隊の再編制や整備中に駆り出されたか、彼女たちの大半は明らかにラプチャーを相手にする為の装備が不足していた。

 それでも、彼女たちは退かない。

 一歩も引かず、アークを守ろうと引き金を引き続けている。

 

「……マスター」

 

 立ち止まりかけた私の背中を、野太い声が叩いた。

 見上げれば、イスカンダルが厳しい顔つきで彼女たちを見据えていた。

 

「見逃せぬという気持ちは分かるが、今は他にすべきことがある」

「……はい」

 

 私はソフィーの手を引いて立たせると、再び前を向いた。

 彼の言う通りだ。ここで私たちが加勢したところで、戦局が変わる訳でもない。今は一刻も早く、エニックの元へ行くことを優先すべきだろう。

 だが、混乱を極める市街地の中を移動するのは困難を極めた。崩落した建物を迂回し、火の手が上がるエリアを避けるたびに時間がどんどんと削り取られていく。

 

「あっちからもラプチャーが!」

 

 リアが悲鳴交じりに叫ぶ。

 行く手を阻むのは瓦礫だけではない。砕けた天井の大穴から、今もなお次々とラプチャーが降下してきているのだ。黒い雨粒のような影が着地するたび、新たな爆発が巻き起こる。

 

「――止まれッ!」

 

 突如、先頭を行くイスカンダルが制止をかけた。

 彼の視線の先、十字路の交差点に巨大な影が立ちはだかっていた。多脚戦車のような下半身に、重火器で武装した上半身。赤く明滅する単眼が、ギロリとこちらを捉えた。

 

「ゲェ、ロード級!?」

「こんな市街地のど真ん中に!?」

 

 ソフィーとリアが動揺する。

 ロード級の周囲には、護衛とおぼしき数十体の中型ラプチャーが展開している。完全に道を封鎖されていた。

 

「……強行突破するしかあるまい」

 

 イスカンダルが腰のスパタを引き抜いた。刀身に紫電が奔る。

 彼の力を以てすれば、ロード級の一体や二体、粉砕するのは造作もない。だが、ここは建物が密集するエリアだ。もし彼が宝具を解放すれば、周囲の建造物を巻き込んで倒壊させ、瓦礫の山で道を塞いでしまう恐れがある。ここに至るまで人の姿は見ていなかったが、避難に遅れた人間が建物の中にいる可能性も十分にある。宝具を開放するには、リスクが高すぎる。

 

(どうする……?)

 

 迂回ルートを探そうにも、左右の路地は崩落したビルの瓦礫で埋まっている。

 ここで戦うかべきか、一度引いて別のルートを探すべきか。

 決断を迫られた、その時――

 

『――そこを通れば、あなた方は98.7%の確率で包囲されます』

 

 エニックの声が響き渡った。

 何もない空間に、ホログラム投影された彼女の姿が浮かび上がる。

 

「エニック!?」

『正面の敵と交戦した場合、現在上空から降下中のラプチャーがあなた方の背後へ回り込み、退路を断たれる可能性が極めて高いです』

 

 彼女は淡々と分析結果を告げる。上を見ると、確かにラプチャーの新たな一団が降下してきているのが見えた。

 

「…じゃあ、どうしろと?」

『私の指示に従ってください。……右手の瓦礫の山。その3メートル上に、商業施設の搬入口が見えるはずです』

 

 言われて視線を向けると、積み上がったコンクリート片の隙間に辛うじて人が通れそうな扉が見えた。

 

『あの扉のロックは解除しました。建物内を通過し、地下の整備用通路を経由すれば、敵に遭遇することなく3ブロック先へ移動できます』

「……分かりました」

 

 ここで彼女を疑っている暇はない。

 私はイスカンダルと二人に合図を送った。

 

「こっちです!あの建物の中へ!」

「む?戦わんのか?」

「エニックの指示です!囲まれる前に抜けましょう!」

 

 イスカンダルは不満げに鼻を鳴らしたが、すぐに剣を納めて私の後に続いた。

 ロード級が砲撃態勢に入るのと同時に、私たちは瓦礫の山を駆け上がり、扉の中へと滑り込んだ。

 ガキンッ、と背後でオートロックが作動する音が響く。直後、扉の向こう側で激しい爆発音が轟いた。ロード級の砲撃が、私たちが直前までいた場所を直撃したのだ。

 

「ふぅ……危なかった」

 

 リアが胸を押さえて安堵の息を漏らす。

 建物内部は薄暗いバックヤードだった。非常灯の明かりだけが頼りだが、外の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 再び、虚空にエニックからの通信画面が浮かび上がる。

 

『道なりに進み、突き当りの貨物エレベーターホールへ。左側のシャフトにある梯子を使って地下2階へ降りてください』

 

 まるでカーナビゲーションのように、エニックは淡々と道順を告げる。私たちは言われるがままに廊下を走り、指定されたルートを辿った。

 エレベーターシャフトを降り、地下の配管スペースを抜け、業務用通路をひた走る。複雑に入り組んだ迷路のようなルートだったが、ラプチャーの姿は一匹たりとも見当たらなかった。壁一枚隔てた向こう側からは激しい銃声やラプチャーの駆動音が聞こえてくるのに、私たちの行く手だけは外界の出来事が嘘であるかの如く静寂に包まれている。

 

「……すごい。本当に誰とも会わない」

 

 ソフィーが呆れたように呟く。

 ……これが、アークを支配するAIの力。頼もしい反面、まるでチェス盤の上を動かされる駒にでもなったかのような気分だ。

 

「……ふん。姿は見せずとも、指先一つで敵も味方も思うが儘か。気に入らぬが、指導者としての手腕は見事と言わざるを得んな」

 

 イスカンダルが面白くなさそうに、しかしどこか感心したように喉を鳴らした。

 

「……今は彼女の力に縋るしかありません。急ぎましょう」

 

 私は拳を握りしめ、先を急いだ。

 エニックの導きがある限り、私たちは最短距離で中枢へとたどり着けるはずだ。だが、胸のざわめきは消えない。

 彼女は私たちを「処分しない」と言ったが、彼女がアークの公益を第一とするAIである以上、決して私たちを「無罪放免」にするという意味ではない筈だ。彼女は一体、何のために……。

 薄暗い地下通路の先、非常灯の緑色の光が、不気味に私たちを手招きしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑色の非常灯が、冥府へと続く道標のように明滅している。

 ようやくエニックの部屋の前にたどり着いた私たちは、恐る恐る中へと足を踏み入れた。

 背後で分厚い扉が閉ざされると同時に、完全なる静寂が訪れた。

 カツン、カツン、と。

 鏡面のように磨き上げられた金属の床に、私たちの靴音が硬質に反響する。

 視線の先、部屋の中心に彼女は佇んでいた。

 

「よく来てくれました」

 

 顔の半分を覆う黒いヴェール。

 頭上に音もなく浮遊する、紫色の光輪。

 彼女はまるで機械仕掛けの神殿に奉られた巫女のように、私たちを見下ろしていた。

 

「エニック……」

 

 思わず唾を飲み込んだ。アークに住まう全ての者にとって、彼女は神にも等しい絶対者だ。賞罰を司り、リソースを配分し、その生死すらも握るシステムの頂点。本来ならば、私たちのような量産型ニケなど、一生その顔を見ることすらないだろう。

 ソフィーとリアは彼女の威圧感に気圧されたのか、私の背後へ隠れるように身を縮こまらせていた。だが、私の隣に立つ巨漢だけは違った。

 

「―――ほう。ここが貴様の城か。随分と殺風景で、陰気な場所ではないか」

 

 イスカンダルは太い腕を組み、物怖じするどころか、退屈な観光名所でも品定めするかのように鼻を鳴らした。

 

「王の居城にしては華がない。これでは訪れた客人も退屈するであろうよ」

「私は王ではありません。あくまで、アークというシステムを最適化し維持するための管理者です。客人を招くための場所も、権威を示すための華美な装飾も、私には不要です」

 

 彼女は淡々と彼の呟きに応じると、ヴェールの奥から私へ視線を向けた。

 

「認識番号RR33424……いいえ、0()8()と呼ぶべきでしょうか」

「呼び名は何でも構いません。それよりも、私たちをここへ呼んだ理由を教えてください」

 

 努めて平静を装い答えたが、コアが早鐘を打つのを止められない。

 視線を向けられている。ただそれだけで、自分の思考を全てを丸裸に見られているような錯覚に陥ってしまう。

 

「本題に入りましょう。……私は、あなたがそのサーヴァント……征服王イスカンダルを召喚した瞬間から、あなたを観測していました」

 

 先ほどテラスで告げられた事実を、改めて突きつけられる。

 

「彼によるラプチャーの殲滅、アーク内でのキャスターとの接触、そして先日のアウターリムでの騒動。……あなたと彼が出会ってから起きた出来事は、全て記録しています」

「なら、この街で『聖杯戦争』が行われていることもご存じなのですね」

「ええ、把握しています。―――聖杯戦争。万能の願望機を巡る、七騎の英霊とそのマスターによる殺し合い。アークの平和と秩序を維持する私にとって、看過できない最大級の歪み(イレギュラー)です」

 

 彼女の声色が、わずかに熱を帯びた気がした。

 

「そして、その首謀者も判明しています。……M.M.R.所属の研究員、()()()

 

 ジエン……聞き覚えのない名前だ。

 だが、黒幕の名があっさりと明かされたことよりも、彼女が既にそこまでの情報を掴んでいることに戦慄した。やはりアークにおいては、何人たりとも彼女の目からは逃れられないというのか。

 

「彼女は何らかの方法を用い、アークで聖杯戦争を引き起こしました。その目的は依然として不明ですが、彼女がマスターの一人であることも確認済みです」

「……一つ、聞かせてください」

 

 私は恐怖をねじ伏せ、一歩前へ進み出た。

 

「私が数週間前に警察署で尋問を受けた時、イスカンダルの存在が記録から消去されていました。……あれは、あなたの仕業ですか?」

「はい」

 

 即答だった。隠そうとする素振りすらもなかった。

 

「先日、私たちが特殊遊撃部隊へ昇進したのも?」

「はい。私がアンダーソン副司令官に通達を出しました」

 

 ……やはり。アンダーソンが困惑していた理由も、事態があまりにもスムーズに収束した理由も、すべては彼女の介入によるものだったらしい。

 

「どうして、そんなことをしたんですか。私たちを庇うような真似を」

「庇ったわけではありません。リスクを回避するために、最適な手を打っただけです」

 

 エニックは眉一つ動かさずに言い放った。

 

「もし、あなた方が連行され、征服王イスカンダルやサーヴァントなる存在が公になればどうなると思いますか?『過去の英雄が蘇った』『ラプチャーを一撃で葬る未知の力がある』……そんな情報が拡散すれば、市民の間には動揺が走り、軍部はサーヴァントの力を独占しようと躍起になるでしょう。それは不必要な混乱と動揺を招きます。アークの安定を揺るがすノイズです」

 

 彼女は続ける。

 

「故に、情報を操作し、あなた方を『特殊遊撃部隊』という地位に据え、私の監視が届きやすいアーク中央の兵舎に住まわせることで、聖杯戦争に関連する情報を秘匿する措置を取りました」

「……なるほどな。すべては貴様の箱庭を守るため、というわけか」

 

 私の隣で黙って彼女の話を聞いていたイスカンダルが、つまらなそうに吐き捨てた。

 

「気に入らんな。民の安寧を守るのは統治者の責務だが、真実を隠蔽し、臭い物に蓋をするだけの統治など、いずれ破綻するぞ」

「ご忠告には感謝します、征服王。ですが、今は統治論を語り合う余裕はありません」

 

 エニックはイスカンダルの言葉を受け流し、再び私を見た。

 

「単刀直入に言いましょう。―――私には、聖杯戦争を止める手段がありません」

「え……?」

 

 耳を疑った。

 アークの全能たるAIが、「不可能」を口にしたのだ。

 

「ジエンがどのような方法で聖杯戦争のシステムを構築し、儀式を開始したのか。私の能力もってしても分析できませんでした。また、ジエン本人を物理的に排除しようにも、あるいは法的に封じ込めようにも、私には正当な口実を用意できません。『聖杯戦争を引き起こした』などという罪状で、裁判にかける訳にもいきませんから」

 

 彼女はあっさりと、自分が聖杯戦争もその首謀者であるジエンも止められないと認めた。

 事態は思っていたよりも深刻だったようだ。彼女を以てしても止められないとなれば、そのジエンという研究者がいかに巧妙な計画を練って実行したのかが窺える。そして、そんな人物自身がマスターとして参加しているのだという。

 ……私の敵は、予想よりも遥かに狡猾で手強い存在になりそうだ。

 

「だからこそ、あなたの力が必要なのです。同じ聖杯戦争の参加者であり、征服王イスカンダルという強力なサーヴァントを使役するあなたならば、ジエンの計画を食い止め、最小限の被害で儀式を終わらせることができるかもしれない」

 

 エニックは私に向かってわずかに身を乗り出した。

 

「故に、あなたへ依頼します。聖杯戦争が引き起こされた謎を解き明かし、最悪の事態が発生する前に、ジエンや他のマスターを止めてください」

 

 ヴェールの奥にある彼女の双眸が、私の顔を見据える。

 ……きっと、これは命令ではなく()()だ。私たちの存在を黙認し、自由な行動を保証する代わりに、アークの脅威となる聖杯戦争を解決しろという。

 

「……分かりました。その依頼、引き受けます」

 

 私は素直に頷いた。

 断る理由などないからだ。そもそも私たちは、そのために動いていたのだから。

 ジャンヌとの約束もある。ソフィーとリアの安全を守るためにも、この異常な戦いは終わらせなければならない。

 ――――だが、どうしても喉に引っかかっている事が一つだけあった。

 

「でも、その前に一つだけ聞いても良いでしょうか?」

「何でしょう」

「あなたは言いましたね。聖杯戦争は歪み(イレギュラー)であり、最悪の事態を招きかねないと。……だったら、どうして私たちを野放しにしたんですか?」

 

 黒いヴェールに隠されたエニックの顔を見据える。

 

「私もマスターの一人です。もし私たちが勝ち残って聖杯を手に入れて、それでとんでもない願いを叶えてしまったら……アークにとって『最悪の事態』になるかもしれない。そうは考えなかったんですか?」

 

 私だって聖人君子ではない。もしかしたら、聖杯の力に魅入られて、アークを滅茶苦茶にするような願いを抱くかもしれない。管理AIである彼女が、そんな不確定要素を許容するとは到底思えなかった。

 私の問いかけに、エニックは数秒ほど沈黙した。

 

「……無論、そのリスクは考慮しました。しかし、あなたが征服王を召喚してから現在に至るまでの会話データ、行動パターンを分析した結果……あなたの抱く渇望、聖杯に託すであろう願いは、極めて()()()()()()を出ないと判断しました」

「個人的な……領域?」

「はい。あなたが口にした『何かを成し遂げたい』という願いは、結局のところ自己の確立と承認に帰結します。仮にその願いが聖杯によって成就したとしても、アーク全体のシステムや存続に致命的な影響を与える可能性は極めて低いと判断しました」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 つまり、彼女はこう言っているのだ。

 『お前のちっぽけな願いなど、アークにとっては何の影響力も持たない』と。

 

 ――――カッと頭に血が上るのを感じた。

 馬鹿にされている。見下されている。

 私の人生をかけた切実な願いを、「影響なし」の一言で切り捨てられた。

 それは、私の存在そのものを「無価値」と断じられたに等しかった。

 

「……ですが」

 

 憤る私の思考を遮るように、エニックの声が重く響いた。

 

「万が一、あなたがその『何か』のためにアークへ害を及ぼす選択をしようとした場合。あるいは、聖杯の力が制御不能な暴走を引き起こした場合……私はしかるべき措置を講じます。そのことだけは、決して忘れないように」

 

 明確な警告。いや、宣告だった。

 背筋が粟立つ。利用価値がある今のうちは生かしておくが、将来危険因子になる気配があれば切り捨てる、と。文字通り、私たちは便利な駒程度にしか思われていないのだろう。

 

「……ッ」

 

 唇を噛む。

 悔しい。けれど、反論できない。

 今の私たちには、彼女の庇護が必要だ。彼女に全てを握られていたという事実が分かった以上、今後アークで安全に動き回るためには、彼女の「お墨付き」は必要不可欠だろう。そうでなければ、私たちは彼女に文字通り「排除」されるだろう。彼女の手にかかれば、こんなちっぽけなニケの命運など一捻りなのだから。

 高揚する感情を抑え込むように、拳を強く握りしめる。

 合成皮革の手袋が擦れ、微かな音を立てた。

 

 ―――その時だった。

 

 カツン、カツン、カツン……。

 背後から、複数の足音が近づいてくるのが鼓膜を叩いた。

 規則正しい軍靴の響きと、それとは異なる軽快なラバーソールの足音。そして、何やら言い争うような人の声が扉越しに微かに聞こえてくる。

 

「……どうやら、到着したようですね」

 

 エニックは視線を扉へと向けた。

 

「征服王、あなたは姿を隠してください」

「む?」

「これから、ACPUのポリとミランダ、そして()()()()()()のニケたちが来ます」

 

 ―――カウンターズ。

 

 その名が告げられた瞬間、背後に控えていたソフィーとリアが息を呑んだ。

 アークで今、最も注目されている部隊。

 数々の戦果を上げ、地上奪還の旗手として期待されている英雄たちだ。

 

「彼らにあなたの存在を明かすのはリスクが高すぎます」

「ふん、コソコソ隠れるのは性分ではないが……」

 

 イスカンダルは不満げに鼻を鳴らし、乱暴に顎髭をさすった。

 彼はチラリと私の顔を覗き込んでくる。彼の瞳が『どうする?』と私の判断を問うている。

 私は小さく頷いた。エニックの言う通り、今は無用な混乱は避けるべきだ。アークの英雄たちを前にして英霊などという正体不明の存在を晒せば、その場で銃撃戦にすらなりかねない。

 

「分かりました。……イスカンダル、お願いします」

「うむ。致し方あるまい。しばし、余は霊体化して高みの見物と決め込むとしよう」

 

 イスカンダルはやれやれと肩をすくめると、その輪郭を陽炎のように揺らめかせた。

 次の瞬間、巨躯は黄金の粒子となって弾け、大気へ溶け込んでいった。

 

 その直後。

 

 プシューッ、という重苦しい油圧音と共に、背後の扉が左右へとスライドした。

 解放された空間から、生ぬるい風と共に数人の人影が流れ込んでくる。

 

「ようこそ」

 

 エニックの冷徹な声が出迎えの言葉を紡ぐ。

 先頭を切って足を踏み入れたのは、紺色の制服を着たA.C.P.U.のポリだった。彼女は特徴的な白い犬のような癖っ毛を揺らし、腰に警棒を吊っている。

 

「こんにちはぁ。初めましてですよん」

 

 その後ろから、おどおどとした様子で茶髪のツインテールのニケがついてくる。

 

「ははは、はじっ、はっ、初めまして!」

「……どうしたんですかぁ?ミランダ」

「あああ、アークの主人であるエニックとお会いできて、こ、光栄…!」

 

 ミランダは直立不動で敬礼し、緊張のあまり舌を噛みそうな勢いで叫んだ。

 

「私はアークの主人ではありません。管理A.I.です」

 

 エニックの訂正など耳に入っていない様子で、ミランダはガチガチに硬直している。

 そして、そんな彼女たちの背後から―――アークの希望と呼ばれる者たちが、その姿を現した。

 

 冷静沈着な表情を崩さない、赤と黒の衣装のニケ――ラピ。

 どこか気怠げな表情を浮かべる黄色のジャケットのニケ――アニス。

 大きな赤い眼鏡と水兵帽、そしてセーラー服を纏ったニケ――ネオン。

 そして、彼女たちを率いる一人の男性――指揮官。

 

 ―――本物だ。

 ニュース映像でしか見たことのない英雄たちが、今、目の前に立っている。

 

(……この人たちが、カウンターズ)

 

 少々気の抜けた雰囲気を纏ってはいるものの、どこか静かに研ぎ澄まされた空気が滲み出ている。彼らが部屋に入ってきた瞬間、私たちとの間に目に見えない線が引かれたような錯覚を覚えた。

 住む世界が違う。潜り抜けてきた死線の数が違う。肌で感じるその圧力に、喉が渇く。

 ふと、ポリが部屋を見渡し――――私の姿に気づいて目を丸くした。

 

「あれぇ?あなたは……」

「……お久しぶりです、ポリさん。それにミランダさんも」

 

 私が努めて平静を装い声をかけると、ポリはポンと手を打った。

 

「あっ!この前の暴行事件の時の!えっと、08さんでしたっけ?どうしてここに?」

「ちょっと、エニックに呼ばれまして……」

「あ、あの時の被害者さんですか!ご無事でよかったです!」

 

 ミランダもパッと顔を輝かせる。彼女たちの中では、私はあくまで「悪い指揮官に絡まれた可哀そうな被害者」として記憶されているらしい。その誤解を解くわけにもいかず、私は曖昧な笑みで会釈を返すしかなかった。

 そんな私たちのやり取りを見て、カウンターズのアニスが怪訝そうに眉をひそめた。

 

「―――ちょっと、なんでこんな所に量産型の子たちがいるの?」

 

 彼女の視線は、明らかに場違いな異物を検分する目だった。

 侮蔑ではなく、純粋な疑念だろう。アーク全体を統括するエニックの部屋に、私たちのような量産型ニケがいるのは、よっぽどの事情がない限りは在り得ない光景に違いない。

 ネオンも眼鏡の位置を直しながら首を傾げた。

 

「迷子ですか?それともエニックの護衛……にしては、少々心もとないようですが」

 

 ラピは無言のまま、鋭い視線で私たちの装備や立ち振る舞いを観察している。ソフィーとリアが居心地悪そうに身を縮こまらせる。

 その沈黙を破ったのは、エニックだった。

 

「彼女たちは特殊遊撃部隊『サリッサ』です」

「サリッサ?聞いたことないわね」

 

 アニスが疑わしげな眼差しを私に向けた。

 

「丁度、あなた方が地上への長期任務へ赴いている際に編成された部隊ですから」

「へえ…。でも、()()()()()()なんて名前の割には量産型だけのね。大丈夫なの?」

「ええ。少々、戦力不足感が否めませんね」

 

 辛辣な評価だった。恐らく悪気はないのだろう。けれど、それがアークにおける「量産型」への一般的な認識であり、動かしようのない事実だ。彼女たちは幾多の激戦を生き抜いてきた歴戦のニケたちだ。だからこそ、力不足の者が戦場に立つことの危険性を誰よりも理解しているのだろう。

 とはいえ、悔しいものは悔しい。私たちもカウンターズには及ばずとも、それなりの数の戦場は切り抜けてきたのだと言い返したい。けれど、実績のない私たちが何を言っても遠吠えにしかならないことも分かっている。

 

 私は拳を握りしめ、一歩前へ出た。

 床を踏みしめる音が、やけに大きく響いた。

 

「……足手まといにはなりません。私たちなりに、やれることを全力で完遂するつもりです」

 

 それが、今の私にできる精一杯の虚勢だった。声が震えそうになるのを、腹に力を入れて抑え込む。ここで引けば、私たちはただのお荷物として扱われるだけだ。

 カウンターズの中心に立つ男性……指揮官が、私をじっと見つめた。彼の目には、アニスやネオンのような疑念はなかった。彼はただ、私の顔を静かに見つめていた。まるで、私の心そのものを見極めようとするかのように。

 

「……よろしく頼む」

 

 彼は短くそう言い、私に頷いてみせた。

 不思議な感覚だった。決して好感を向けられている訳ではない。けれど、私を()()()()()()ではなく、()()()()()()として認めてくれているような、そんな奇妙な抱擁感が彼からは感じられた。

 

「はい。こちらこそ……」

 

 私は緊張で強張っていた肩の力を抜き、深く頭を下げた。

 胸の奥で、コアがトクンと小さく跳ねる。

 ……彼がニケたちの間でもてはやされる所以が、少しだけ分かった気がした。

 

 

 




最近、スノホワさんの過去イベでアンダーソン君が非常に一途な男だったと判明しましたが、それによって我らのちしかんがいかに節操のない男かが際立った気がしますね。
彼は一体、どれだけのニケを翻弄したら気が済むのやら。
それではまた明日!
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