征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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お待たせしました!後編になります!
前回は中途半端な所で切ってしまいましたので、もし焦れったく感じた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。


烈火 : 後編

 指揮官は私が頷いたのを見ると、再びエニックへと視線を向けた。

 

「さっきの質問に答えてくれ」

「勝算があるのかという質問ですね」

 

 エニックのヴェールが、さざ波のように微かに揺れた。

 

「これから6時間後に、すべての状況が解決します」

「…えっ?」

 

 ネオンが眼鏡を指で押し上げ、間の抜けた声を喉の奥から漏らした。

 

「穴が空いた場所にはマイティツールズが緊急投入され、現在補修中。その付近でアブソルート部隊とメティス部隊が追加のラプチャーの侵入を防いでいます。各地では戦闘可能な全ニケがラプチャーと応戦中であり、そのうちニケ52機が小破、114機が中破状態です。大破および死亡処理がなされたニケは、まだいません。戦力および各種インフラは迅速に復旧中であり、5分後にアーク内の通信がすべて回復します。状況整理後、34日後に全被害を復旧可能です。そのためのプランを確認されますか?」

 

 エニックは、明日の天気予報でも読み上げるような平坦な抑揚で言葉を紡いでいく。

 

「……奇襲に等しいのにどうやって対処を」

「アーク内部に自律型武装を内蔵し、いつどこでも補給できるよう環境を整えておきました。私は常に、最悪の事態を想定しています。そして、この事態は最悪ではありません。そのため、比較的スムーズに対応できます」

「…すごいわね」

 

 アニスが呆れたように、けれど吐息に感嘆を滲ませて呟く。

 確かに、エニックが語った内容は圧倒的だった。まるで神の視点から現実を見下ろしていたかのような、完璧な危機管理能力だ。  

 だが、ラピだけはその双眸を細め、エニックを見据え続けていた。

 

「…なら、指揮官を呼んだ理由は?」

「そうね。事態が収束に向かっているなら、わざわざ指揮官様がすべきことがあるって言ってたのは何?」

 

 ラピとアニスの追及に、エニックの纏う空気がわずかに変化した。

 

「―――ヘレティック・ニヒリスターが来ます」

「!!」

「なっ…!」

 

 その単語が鼓膜を震わせた瞬間、思考回路が凍り付いた。

 

 ―――ヘレティック。

 

 ロード級やタイラント級をも越える、ラプチャーの上位種。

 ニケの形をした、人類の裏切り者。

 単騎で一つの都市を灰燼に帰すことすら可能だという、文字通り生ける災厄だ。  

 

 ついこの前にも、アークはヘレティック・モダニアとの死闘を繰り広げたばかりだ。あの時ですら、カウンターズに加えてアブソルートやカフェ・スウィーティーをはじめとした精鋭部隊が結集して、ようやく撃破することができたと聞いている。そんなものが、アークの中に侵入しようとしているのか…?

 指先から体温が急速に奪われていく。胸の奥に埋め込まれたコアが早鐘を打つ。

 

「追加の侵略兵力を確認するために地上をスキャンしていたところ、空中から超高速で接近している巨大なエネルギー源を感知しました。速度とエネルギー源の大きさから見て、ヘレティック・ニヒリスターと完全に一致します。現在の速度を維持した場合、メティスとアブソルートの武装では阻止できません。侵入を許すことになるでしょう」

 

 エニックがそう告げると、指揮官は深く息を吐き出した。

 

「じゃあ、私がすべきことは…」

「ここをバンカーとして、ニヒリスターと交戦してください。私が囮となり、ここまでおびき寄せます。あなたには、ヘレティックとの交戦経験があり、かつ生還しています。現時点では、あなたが唯一の対抗手段です」

「は……?」

 

 乾いた声が漏れた。この場所を――よりにもよってアークの頭脳であるエニック自身の部屋を、ヘレティックを迎え撃つ戦場にするというのか?

 とても正気とは思えない。だが、エニックの表情はピクリとも動かない。

 

「あなたには、ヘレティックとの交戦で勝利した経験があります。現時点では、あれに対抗手段できる手段はあなただけです。そして、万が一の場合は……」

 

 エニックの視線が、部屋の隅で硬直する私へと滑った。

 ……私たちをわざわざこの部屋へ呼んだ理由も、そこにあったのだろう。私にはイスカンダルがいる。サーヴァントという規格外の力があれば、あるいはヘレティックの矛を止める盾になるかもしれないと。

 だが、彼女が情報を操作してイスカンダルの存在を隠そうとしてきたように、サーヴァントの存在は秘匿されなければならない。それに、いかに英霊といえど、ラプチャーの中でも最強を誇るヘレティックにどこまで通用するかは未知数だ。本命はあくまでカウンターズ。万が一、カウンターズが迎撃に失敗した時の保険としての私たち。きっと、そんな所だろう。

 指揮官は短く息を吸い込み、迷いを断ち切るように顔を上げた。

 

「分かった。やってみよう」

 

 その言葉が引き金となった。

 

「ヘレティック・ニヒリスター、アークへの侵入を確認。――疑似コーリングシグナルを展開。誘導を開始します」

「も、もう!?」

「ふぅっ!ふぅっ!」

 

 アニスが慌てふためく横で、ネオンが自身の武器を点検しながら、過呼吸気味に深呼吸を繰り返している。

 

「指揮官。念のためアンチェインドをご用意ください」

 

 ラピが静かに進言すると同時に、アサルトライフルのチャージングハンドルを引く。

 ジャキン、という硬質な金属音が、凍り付いた空気を切り裂いた。その音を皮切りに、カウンターズが放つ気配が一変した。肌を刺すような、研ぎ澄まされた殺気が滲み出ている。先ほどまでのどこか気の抜けた空気は消えていた。

 これが、何度もヘレティックと渡り合い、死線を越えてきた者たちの空気。ただそこに立っているだけで肺が圧迫されるような重圧に、呼吸の仕方を忘れそうになる。

 ――――その時、誰かが背後から私の肩を叩いた。

 

「……や、やるしかないわよね!ここまで来たら!」

 

 振り返ると、ソフィーが今にも泣きだしそうな顔で私を見据えていた。サブマシンガンを構える手が小刻みに震え、マガジンとフレームがぶつかってカチャカチャと小刻みな音を立てている。    

 それでも彼女は、恐怖で強張る首を無理やり上げ、潤んだ瞳で前を見据えていた。

 

「08……。どんな敵が来ても、私たちが付いてるから」

 

 ソフィーの隣では、リアもショットガンの安全装置を解除していた。その横顔は死人のように蒼白だったが、瞳の奥には揺るぎない光が宿っている。

 ぎこちなく、無様で、カウンターズとは程遠い。けれど、二人は武器を構えている。歴戦の猛者たちが醸し出す圧迫感に押しつぶされそうになりながらも、逃げ出す様子など一切見せず、必死にて踏み止まろうとしている。

 二人の姿が、視界に焼き付く。もう、膝の震えは止まっていた。

 

「……うん、分かってる」

 

 スナイパーライフルのグリップを強く握り直し、二人の隣へ歩み出る。

 私たちはただの立ち尽くす案山子じゃない。王の槍(サリッサ)なのだから。

 彼と……征服王イスカンダルと共に歩む者として、胸を張って戦場に立つのだ。

 

「3秒後、接触」

 

 エニックのカウントダウンが無慈悲にゼロを刻んだ瞬間、世界が赤く染まった。

 

―――ドゴォォォォォォォォォンッ!!

 

 鼓膜を食い破るような破砕音が脳髄を揺らした。

 頭上の天井が、飴細工のようにドロリと歪む。

 分厚い特殊合金の壁がまるで紙屑のように弾け飛び、紅蓮の炎が螺旋を描いて部屋を蹂躙した。   

 肌を焼く熱波。呼吸すら困難なほどの熱量。肺に吸い込んだ空気が、熱湯のように気管を灼く。

 そして、渦巻く爆炎と黒煙の中から、揺らめく陽炎のように一つの影が降り立った。

 

「なーんだ。誰かに呼ばれたと思って来てみりゃあ、お前らかよ?」

 

 露出度の高い深紅の鎧が、返り血を浴びたようにヌラヌラと赤く輝く。

 背中から生えた巨大な二つの竜首が、飢えた獣のように鎌首をもたげている。

 そして何より―――その顔に張り付いた笑み。

 見る者すべてを狩りつくし、灰に還すことだけを至上の喜びとする捕食者の相貌。

 

 ――――ヘレティック・ニヒリスター。

 

 彼女は退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、私たちを見下ろした。

 

「つーかお前ら、いいとこに住んでんじゃねえか。上の世界は壊滅状態だってのに、お前らはこんなとこで遊んで暮らしてたのかよ?あァ?」

 

 その一言だけで、室内の温度がさらに数度跳ね上がったように錯覚した。

 さながら、質量を持った『暴力』そのものが、人の形をしてそこに立っているかのようだ。

 

(……これが、ヘレティック)

 

 ごくりと、乾ききった喉で唾を飲み込む。音が鳴ってしまいそうで怖かった。

 本能が、全身の細胞が、今すぐここから逃げ出せと警鐘を鳴らしている。

 だが、足は恐怖で床に縫い留められたように、ピクリとも動かなかった。

 

「……何の用だ」

 

 そんな中、カウンターズの指揮官がニヒリスターの前に一歩に出た。

 ……信じられない。彼はただの生身の人間だ。熱風に煽られればひとたまりもない筈なのに、彼の声には微塵の震えもない。

 

「上で大きな爆発が起きたから、何事かと思って来てみたのさ」

 

 ニヒリスターは爪を弄びながら、事もなげに答えた。

 

「よく見たら、地面に穴が空いててよお。アークってのがどんな所か、一度この目で見たくて来てやったのさ」

「そうか。じゃあ見物が終わったら早く帰ってくれ」

 

 思わず耳を疑った。

 彼の返答は、まるで玄関先に居座るセールスマンを追い払うかのように淡々としていた。だが、相手はあのヘレティックだ。単騎で都市一つを壊滅させうる、歩く災害そのものだ。それに対し、ここまで平然とした態度を取れるものなのか。この男の神経は、恐怖という回路が焼き切れているのではないか。そう勘ぐってしまう程に、彼は余裕綽々な様子だった。

 

「……」

 

 ニヒリスターの目がすわり、口元に張り付いた笑みが深くなる。

 

「そうしようかと思ったが、遠慮するぜ。思ったよりいい場所じゃねえか。気に入った。住み着くのも悪くねえよな」

「あはは。数日暮らしてみたら考えが変わるはずよ」

 

 アニスが間髪入れずに軽口で応酬する。あまりの軽薄さに、私の隣でソフィーとリアが信じられないものを見る目で顔を見合わせた。

 

「それに……この感じ」

 

 ニヒリスターが鼻をひくつかせ、視線を虚空へと彷徨わせた。

 

「ここにいるんだな?情けねえトーカティブと、インディビリアが」

「インディビリアですか?」

「……マテリアルHの原型となる名前よ」

 

 ネオンが首を傾げると、ラピが銃を構えたまま短く補足した。

 

「来たついでにもらってくぜ。俺のた~いせつな仲間なんだ。ハハッ」

 

 ニヒリスターが哄笑する。

 ―――仲間を救出する。その言葉自体の聞こえはいいが、彼女にあるのが仲間愛などではないことだけは確かだ。ソフィーとリアという仲間ができた今だからこそ分かる。あれは断じて、真の意味で『仲間』を求める顔ではない。己の欲求を満たすことしか考えない、独善的な欲望が滲み出ている。

 アニスがニヒリスターに向かって、挑発的に鼻を鳴らした。

 

「あんたにできるかしら?」

「…ハァ?」

「この間、一発当たっただけでヘロヘロになってたじゃない?今回は助けてくれるお友だちもいないみたいだけど、大丈夫?」

 

 その一言で、ニヒリスターの表情から余裕という薄皮が剥がれ落ちた。

 こめかみに青筋が浮かび、呼応するように背後の竜頭がギチギチと音を立てて顎を開く。

 

「……この間は世話になったな。あの『毒』を体から抜くのに俺がどんだけ苦労したか分かるか? 今回はうざってえ指揮官も、ピルグリムもいねえからな。すぐに灰にしてやるよ」

 

 地を這うような低い唸り声と共に、彼女の殺気が膨れ上がる。

 一触即発。彼女が指一本動かせば、この空間は瞬時にして灼熱地獄と化すだろう。

 恐怖で足がすくみ、膝が震えだす。私の隣で、ポリとミランダがガチガチと歯を鳴らしている音が、耳障りなほど鮮明に聞こえた。

 だが、その張り詰めた空気を切り裂いたのは、アニスの場違いな絶叫だった。

 

アンチェインド(・・・・・・・)発射!!」

 

 その単語が放たれた瞬間。

 

「!!」

 

 ニヒリスターの身体が、ビクリと大きく跳ねた。

 あからさまな動揺だった。彼女は反射的に身を屈め、防御態勢を取ろうと腕を交差させる。  

 だが、何も起きない。

 彼女の目の前では、ただアニスが意地の悪そうな笑みを浮かべて立っているだけだ。

 

「冗談よ、冗談。そんなにビビらないで」

「……ッ、お前は徹底的に痛めつけてやる」

 

 騙されたと悟ったニヒリスターの顔が赤く染まる。屈辱に震えるその姿は、とてもラプチャー側の存在とは思えぬほど人間臭い。だが、カウンターズの悪ふざけはそこで終わらなかった。

 

()()()()()()()発射!!」

 

 今度はネオンが叫んだ。

 

「!!」

 

 再び、ニヒリスターの身体が強張る。

 ……何が起きているのだろうか。あのヘレティックが、「アンチェインド」という言葉を聞くたびに怯えている。

 

「わあ!これ、効果抜群ですね!」

「アンチェインド発射!シュンシュン!ダダダーッ!」

「発射発射!ドドドドー!バンバーン!!」

 

 アニスとネオンが、口で銃撃音を真似しながら指鉄砲を乱射する。

 あまりにも幼稚で、滑稽な光景だった。子供同士の喧嘩でも、もう少し品があるだろう。

 だが、その効果は絶大だった。ニヒリスターは彼女たちが叫ぶたびに過剰反応し、攻撃のタイミングを完全に見失っている。

 

「……」

 

 ラピだけは無言のまま、冷静に隙を窺っていた。彼女だけが、このふざけた空間の中で唯一冷静に状況を俯瞰している。

 一方、私たちの隣ではミランダが目をキラキラと輝かせていた。

 

「すごいです!ヘレティックが身動きを取れずにいます!」

「……はぁぁ」

 

 ポリが深いため息をつき、頭を抱えた。

 私自身も呆気にとられていた。本当にこれが、ニュースで『人類の希望』と称される部隊の戦い方なのか?確かにヘレティック相手に全く動じない姿は英雄そのものだが、彼女たち……特にアニスとネオンがニヒリスターを煽る姿は、私が思い描いていた像とはかけ離れていた。

 しかし――猛獣を檻の外から揶揄うような真似が、いつまでも通じるはずがない。

 

「…………」

 

 不意に、ニヒリスターの動きが止まった。

 動揺が消え、代わりに底知れない静寂が彼女を包み込む。

 

「――――燃やしてやる」

 

 彼女の背中にある二つの巨大な竜首が、ギギギと不快な駆動音を立てて鎌首をもたげる。

 その口腔内で、灼熱の炎がメラメラと輝き始めた。

 

「心も体も、全部燃やしてやるよ!!このクソ人間もどきが!!」

 

 激昂と共に、竜の顎から凄まじい熱波が吐き出された。

 もはや、冗談も小細工も通じないだろう。部屋の空気が焼かれ、空間そのものが蜃気楼のように歪んで見え始めた。

 

『……来るぞ、マスター』

 

 脳裏に響くイスカンダルの声は、いつになく鋭く張り詰めていた。

 喉の渇きを覚えながら、音にならない声で問いかける。

 

「……あなたなら、勝てますか?」

『分からん』

「えっ?」

 

 呼吸が止まった。

 あの豪放磊落な王が、迷いなく「分からない」と断じたのだ。

 

『あの女、ただの道化ではない。身体に宿す魔力……いや、エネルギーの量が尋常ではない。これまで戦ってきた奴らとは比べ物にならんぞ』

 

 これまで、どんな巨大なラプチャーを前にしても不敵に笑っていた彼が、一切の油断なく警戒している。英霊である彼からしても、ヘレティックは純然たる脅威らしい。その事実に、背筋が凍り付くような戦慄を覚えた。

 

「……万が一の時は、頼みます」

『分かっておる。おぬし等に命の危機が迫れば、直ぐに実体化しよう』

 

 彼の後ろ盾を得たのを確認した後、私は汗ばんだ手でライフルのグリップを握り直した。

 指先の震えを、力ずくでねじ伏せる。

 隣では、ソフィーとリアが同じように震えを抑えながらニヒリスターを睨め付けていた。

 正直、私たちがヘレティック相手にどこまでやれるかは分からない。

 できることなら今すぐにでも逃げ出したい。

 ―――それでも、ここでイスカンダルに情けない姿を見せたくない。

 

 腹を括り、攻撃態勢に入ったニヒリスターを見据えたその時。

 視界の端、エターナルスカイに空いた大穴から、一筋の()()()が降り注いだ。

 

 ――――ズガァァァァァァンッ!!

 

 直撃を受けたニヒリスターの身体が、巨大な杭に打たれたかのように垂直に床へと叩きつけられた。

 分厚い鋼鉄の床板が悲鳴を上げてひしゃげ、同心円状の亀裂が部屋の隅々まで走り抜ける。その衝撃で、銃を構えていた私たち全員が吹き飛ばされた。

 

「な、何ですか!?」

 

 ネオンが身体を起こしながら悲鳴を上げ、ラピが反射的に銃口を爆心地へと向けた。

 舞い上がった土煙と粉塵が、ゆっくりと晴れていく。

 クレーターの中心では、ニヒリスターが無様に地べたへ這いつくばっている。

 その背中を見下ろすようにして、()()()()が立っていた。

 

「………」

 

 その姿は、息を呑むほどに美しかった。

 喪服を思わせる、漆黒のロングドレス。首元まで覆われた豪奢なレースと、ヘッドドレスから垂れる黒いベールが、彼女の表情を薄暗い影の中に隠している。

 熱風に煽られ、波打つプラチナブロンドが幽鬼のように揺らめいた。その隙間から覗く肌は、死人のように蒼白く、陶器のように滑らかだ。

 そして何より目を引くのは、華奢な右手に握られた巨大な黒剣。その鍔元には、ギョロリとした「眼球」の意匠が埋め込まれている。

 

「何が、一体……?」

 

 ニヒリスターがよろめきながら身体を起こそうとする。

 その動作を見下ろしながら、女は吐息交じりに囁いた。

 

この世全てを呪うわ。この世全てが疎ましいの……

 

 一切の淀みなく、澄み渡った美しい声。だが、その音色は氷のように冷たい。

 ニヒリスターが顔を上げ、焦燥と憎悪に満ちた目で女を睨みつけた。

 

「なんだてめえ!!」

 

 女は答えなかった。

 ただ無造作に、羽虫でも払うかのように大剣を振るった。

 

 ――ザンッ!!

 

 刹那、ニヒリスターの肩口から鮮血――いや、真っ赤なオイルが噴水のように噴き出した。

 

「がはっ!?」

 

 ヘレティックの強固な装甲が、まるで濡れた紙切れのように切り裂かれている。

 ニヒリスターが態勢を立て直す隙すらも与えず、女はゆらりと一歩踏み込んだ。

 

殺してやるわ……殺してやるの……だって憎いんだもの……!!

 

 囁くような口調で呪詛を吐き出しながら、女は剣を乱舞させた。

 

「ぐ、ぅ……!?」

 

 一撃。防御のために掲げられたニヒリスターの剛腕ごと、その肩口が叩き割られる。金属がひしゃげる不快な破砕音と共に、赤熱した装甲の破片が飛び散った。切断面から露出した内部フレームから、体液がドロリと垂れ落ちる。

 ニヒリスターが苦悶の声を漏らす間もなく、返しの刃が脇腹を深々と抉り取った。斬るというよりは、巨大な鉄塊で肉をこそぎ落とすような斬撃だ。ニヒリスターは即座に傷口を再生しようとしているが、それよりも速く、深く、傷が彼女の身体を侵食していく。

 たたらを踏むニヒリスターの膝へ、更に容赦ない一閃が見舞われる。バキリ、と何かが砕ける音がして、彼女がガクンと体勢を崩す。暴風雨のような連撃が、絶対強者であったはずのヘレティックを一方的に打ちのめしていく。

 

「このやろ……」

 

 ニヒリスターが反撃しようとするが、女の動きはそれよりも速い。

 

死ね!!!

 

 怨念のこもった絶叫と共に、大剣が横薙ぎに閃く。

 

 ――ドゴォッ!!

 

 直撃を受けたニヒリスターが、ボールのように吹き飛ばされた。数メートル滑って壁に激突し、ようやく止まる。

 その姿はあまりにも無惨だった。肩、脇腹、脚。斬られた箇所から装甲がボロボロと崩れ落ち、断面からは鮮血の如きオイルが止めどなく漏れ出し、床に赤い水溜まりを作っていく。

 女はゆらりと、幽鬼のような足取りでニヒリスターへと歩み寄る。

 

殺さないと……ジークフリート……ジークフリート……!

 

 彼女はうわ言のように誰かの名前を繰り返す。カッと見開かれた瞳孔は、目の前の敵ではなく、どこか遠い幻影を見つめているようだ。

 

「な、なんなんだ……!?てめえは……!?」

 

 ニヒリスターが後ずさる。

 ガリッ、ガリッ。靴底で床を削りながら、尻餅をついたまま距離を取ろうとしている。

 背中から生えた二つの竜首までもが、怯えた犬のように小さく萎縮し、シューシューと蒸気を漏らして震えている。

 

「来るな……!寄ってくんじゃねえ……!!」

 

 ニヒリスターの顔が、得体の知れない恐怖で引きつっていた。

 唇が痙攣し、傲慢な笑みは見る影もなく崩れ去っている。

 

 ―――――あのヘレティックが、怯えている。

 

 女はニヒリスターの懇願など耳に入らぬ様子で、その眼前で足を止めた。

 ゆらり、と。

 彼女は愛し子を抱くように、あるいは処刑人が斧を振り上げるように、慈しみすら感じる手つきでゆっくりと大剣を構えた。

 剣の鍔元にある眼球が、ギョロリと濡れた音を立てて動き、ニヒリスターを見据える。

 それと同時に、刀身からどす黒い赤色の炎が燃え上がった。

 

邪悪なる竜は地を這い、我が憎悪は炎の如く!!

 

 女の口から紡がれたのは、言葉というよりは呪詛そのものだった。

 大気中のマナが、悲鳴を上げながら彼女の剣へと吸い込まれていく。

 鍔元の眼球が血管を浮き上がらせて見開き、刀身を覆う黒炎が、この世の全てを焼き尽くさんとばかりに膨張する。

 

「待っ……!?」

 

 ニヒリスターが腕を伸ばし、懇願するように何かを叫ぼうとした。

 だが、女は慈悲など欠片も持ち合わせてはいなかった。

 彼女は虚空へ向けて、高らかにその真名()を歌い上げた。

 

流離魔剣・聖妃失墜(バルムンク・クリームヒルト)!!

 

 剣が、振り下ろされた。

 熱波も、音も、光さえも置き去りにして、剣から放たれた衝撃波が一直線に奔る。

 

 ―――ズンッ。

 

 大気が両断される重低音と共に、ニヒリスターの動きが硬直した。

 彼女の胴体、その中心に、一本の赤い線が走っていた。

 

「あ……」

 

 ニヒリスターの口から、間の抜けた音が漏れた。

 彼女はゆっくりと視線を落とし、自らの腹部を見る。

 赤い線が、ずるりと左右に広がった。

 次の瞬間、彼女の上半身が重力に従って斜めに滑り落ちた。

 

「あ、ガ……?」

 

 ニヒリスターは、何が起きたのか理解できていないようだった。

 半身を失った彼女の体はバランスを失い、そのままアークの底へと吸い込まれるように落下していった。

 

「…………」

 

 後に残されたのは、耳が痛くなるほどの静寂だった。

 誰もが言葉を失い、その光景に見入っていた。

 アークを滅ぼしかけた厄災が、一瞬にして葬り去られたのだ。あまりにも現実味のない光景に、思考が追いつかない。

 ―――ただ一人。剣を振り抜いた喪服の女だけが、ゆらりと肩を震わせていた。

 

……うふっ

 

 可憐な、鈴を転がすような声。

 だが、それに続くのは慟哭にも似た哄笑だった。

 

うふふ、あははははっ!!アハハハハハハハッ!!!

 

 狂気的な笑い声が、破壊された部屋に反響する。

 彼女は虚空を見上げ、嗤い続けていた。

 返り血一つ浴びていないその白磁の肌はあまりにも美しく、

 ――――魂が凍り付くほどに禍々しかった。

 

 

 

 

 

 




彼女、パイセンよりギャグ堕ちが早かった+ギャグ適正が高すぎるせいであまり実感が湧きませんが、本来なら相当なシリアス枠ですよね。狂化EXですし…。
ちなみに、弊デアにおいて初めて宝具5になった星4鯖が彼女でした。
それではまた来週!
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