ニケもアニメ化されないかな……と淡い期待を抱いていますが、当面は無理そうですよね。
エニックの部屋を支配したのは、呼吸すら忘れてしまいそうになる程の重苦しい沈黙だった。
誰もが言葉を失っていた。あのヘレティックを、アークが総力を掛けてやっと倒せる程の力を持つ強大な敵を、突如出現した喪服の女がまるで紙屑のように切り捨ててしまったのだから。
ただ立っているだけで肌を刺すような威圧感を放つ彼女を前に、私たちは立ち尽くすことしかできなかった。
「……あれ、もしかしなくても」
乾ききった唇を無理やり動かし、背後に向かって小声で呟いた。
『ああ、間違いない。―――サーヴァントだ』
脳内に、イスカンダルの重々しい声が響く。
ニケでもヘレティックでもない。そもそも、存在としての格が違う。あの女から漂うのは、イスカンダルやキルケーと同じ『英霊』の匂いだ。
喪服の女はふとこちらを振り返ると、虚ろな瞳でその場にいる全員をゆっくりと見回した。ガラス玉のように透き通った灰色の双眸が、私たちを順に映していく。
「あ、あのー……こ、こんにちは?」
「お、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうかっ?」
張り詰めた空気に耐えかねたのか、アニスとネオンが引きつった笑顔を貼り付けて声をかけた。
だが、女は彼女たちに目を留めることなく無視した。その視線は獲物を探す捕食者のように揺らめき――――そして、私を捉えた。
「――――」
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような悪寒が走る。
全身から冷や汗が噴き出す。
本能が警鐘を鳴らす。
私は恐怖に突き動かされるまま、令呪の宿った右手を背中へ隠した。
―――だが、それが致命的だった。
私の動きを見た女の口元が、ふと三日月のように吊り上がった。
「……あなた、マスターね?」
次の瞬間、女の輪郭がブレた。
「ッ!?」
反応などできるはずもなかった。
黒い疾風。そう形容する時間さえ与えられず、瞬きの間に距離を詰められる。
眼前に迫る、白磁のように整った顔。そして、私の首を刈り取るべく、巨大な黒剣が閃く。
(死ん―――)
ガキィィィィィィィンッ!!!
鼓膜を劈く轟音と共に、視界がオレンジ色の火花で埋め尽くされた。
強烈な衝撃波を受け、私の身体はなす術もなく弾き飛ばされる。
「きゃあッ!?」
そのまま、私は数メートル後方の瓦礫の山へと叩きつけられた。
何が起きたのか分からない。ただ、首がまだ胴体に繋がっていることだけは理解できた。
もうもうと立ち込める砂煙の向こう。つい先ほどまで私の立っていた場所には、真紅のマントを翻す巨影が立ちはだかっていた。
「―――いきなり現れておいて、マスターを奇襲か」
イスカンダルは喪服の女が振り下ろした大剣を、自らの剣一本で受け止めていた。
ギリギリと鋼同士が悲鳴を上げ、噛み合う刃の間から猛烈な火花が散る。
「今度は何ぃ!?」
アニスの悲鳴が遠く聞こえる。
鍔迫り合いの最中、イスカンダルは眼前の女を睨み下ろし、低く唸った。
「その装い、生前は高貴な生まれであったのであろう。ならば、戦を仕掛ける前に、せめて正々堂々と名乗りを上げるのが道理ではないか?」
「…………」
女は無言のまま大きく跳躍し、後方へと距離を取った。
ふわりと喪服の裾を優雅に翻して着地すると、彼女は忌々し気に鼻を鳴らす。
「これから殺し合う間柄だと言うのに、何を腑抜けたことをおっしゃるのかしら。どこの英霊かは知りませんが、あなたこそ聖杯戦争を騎士の一騎打ちか何かと勘違いされているのでは?」
女の嘲笑を含んだ言葉に、イスカンダルは不快げに眉をひそめた。
「確かに、ここは戦場。勝つためには手段を選ばぬという理屈も、分からぬではない。……ならば、是非もなし」
彼は嘆息交じりに首を振ると、構えていたスパタを高く掲げた。
彼の周囲で、紫色の稲妻が弾け始めた。
「貴様の流儀に合わせよう。礼節を解さぬ無粋者には、力をもって答えるのみ。――余も、マスターを不意打ちされた借りを返さなければなるまい」
肌が粟立つほどに大気が振動する。
イスカンダルの身体から膨れ上がった魔力が、物理的な圧力となって空間を軋ませていた。
―――宝具を開放しようとしているのだ。
対する喪服の女もまた、ゆらりと黒剣を構え直す。
「バルムンク、お願いね……」
女が愛おしそうに、まるで恋人に囁くかのように剣へ語り掛けた。
剣の鍔に埋め込まれた眼球のような意匠が、ギョロリと不気味に充血する。
刀身から噴き出したどす黒い炎が生き物のように彼女の周囲を包み込み始めた。
ニヒリスターを一撃で葬ったあの攻撃が、再び放たれようとしているのだ。
「もう、何が起きてるのよー!?」
「ああああ、ポ、ポリぃ~!!助けてくださぁい!!」
私たちの後ろでアニスとミランダの悲鳴が響き渡る。
「指揮官!!指示を!」
ラピがアサルトライフルを構えたまま叫ぶ。冷静沈着に状況を見据えていた彼女でも、現状が全く把握できないせいか焦りが全身から滲み出ている。だが、指示を乞われた指揮官自身も、互いに宝具を展開しようとする二人を前に立ち尽くしていた。
そんな中、瓦礫に埋もれた私のもとへリアが駆け寄ってきた。
「08!!大丈夫!?」
彼女の顔は蒼白で、私の肩に触れる手は小刻みに震えていた。それでも、彼女は私の身体を抱き起し、必死に首元を確認してくる。
「平気……。彼が、守ってくれたから……」
私はガクガクと震える手で、自分の首元をなぞった。
熱い。まだ生きている。
あの時、彼が間に合わなければ、今頃私の頭部は床を転がっていただろう。
私はリアに支えられながら、イスカンダルの背中を見上げた。
揺るぎない、巨大な背中。
あのヘレティックさえも一方的に蹂躙したサーヴァントの攻撃を、彼はこうも容易く防いでみせた。
やはり、彼もまた規格外の存在なのだと、改めて認識させられた。
「イスカンダル!!」
「おう、案ずるなマスター!貴様はそこで見守っておれ!」
豪放な笑い声と共に、イスカンダルが筋肉を隆起させる。彼の全身から迸る魔力が、紫色の雷光となってパチパチと大気を焦がした。恐怖で凍り付いていたはずの私のコアが、彼の熱にあてられたように再び力強く脈打ち始める。
相手はヘレティックを一撃で屠った得体の知れない怪物だ。けれど、私の心には不思議と安堵が満ちていた。
彼ならば――――最強の征服王である彼ならば、どんな理不尽な暴力も、その豪腕でねじ伏せてくれるはずだと。
根拠など無い。けれども、ここまで彼と共に歩んできたという事実が何よりの証左だった。
だからこそ、気が付かなかったのかもしれない。
互いの宝具が激突せんとする中、二人の頭上――エターナルスカイに空いた大穴から、もう一つの影が迫っていたことに。
「――――」
次の瞬間。
世界を白く塗りつぶすような一筋の閃光が、天から突き刺さった。
ズドォォォォォォンッ!!!
瞬きする間もなかった。
天から突き刺さった光の柱は、イスカンダルと喪服の女を強引に弾き飛ばした。
「ぐぅッ……!?」
あの巨躯さえもが、木の葉のように宙を舞う。
もうもうと立ち込める粉塵が視界を遮った。
「げほっ、ごほッ……!イス、カンダル……ッ!」
口の中に入った砂を吐き出しながら、私は霞む目をこすって立ち上がった。そして、なりふり構わず彼の方角へと駆け出した。
瓦礫の中に片膝をつく王の姿が見えた。だが、彼は私の足音に気づくと、何でもないことのようにマントを翻して立ち上がった。
「大した傷ではない。余の心配よりも、今のは何だ?」
イスカンダルはマントについた埃を豪快に払い落としながら、険しい視線を頭上へ向けた。
彼の問いに答えるように、
背には光り輝く純白の翼。ピンクと白を基調とした、戦場には不釣り合いなほど豪奢なドレス。
粉塵舞う灰色の世界に、そこだけ鮮やかな色彩が宿っている。
それは、戦場に降り立った一輪の花――――まさしく、絵画に描かれた天使そのものだった。
「こんにちは、アークのみなさん」
その声はどこまでも穏やかに、心地よく響き渡った。
だが、その姿を認めた瞬間、私の背後でアニスが引きつった声を上げた。
「ドロシー!?なんであなたがここにいるのよ!?」
ドロシーと呼ばれたニケは、アニスの動揺など意に介さぬ様子で、優雅に周囲を見渡した。
「大したことではありません。……少し、ご挨拶をしておこうかと思いまして」
まるで聖母と見まがうかのような慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ドロシーは愛らしく小首を傾げた。
そんな彼女の背後で、瓦礫の山が崩れる音がした。先ほどの衝撃で吹き飛ばされていた喪服の女が、黒剣を杖代わりにしてゆらりと立ち上がったのだ。その全身からは、隠しきれない殺意が湯気のように立ち昇っている。
「……何故、私の邪魔をしたの?」
地を這うような怨嗟の声で、彼女はドロシーを睨みつける。
だが、ドロシーは眉一つ動かさず、ただ困った子供を諭すように言葉を返した。
「私があなたに
――――今、なんと?
ドロシーの口から出た単語に、私の思考回路が一瞬凍り付く。
あの喪服の女……つまり、サーヴァントに対して『命じた』?
……聞き間違いではない。彼女は確かにそう言った。
ドロシーの言葉に、女の肩がぴくりと震えた。
女は何かを噛み殺すように深いため息をつくと、手にした黒剣を光の粒子に変えて霧散させた。
「……分かったわ、マスター。私が悪かった」
――――決定打だった。
彼女は、ドロシーを『マスター』と呼んだ。
それは単に主従を現す敬称ではない。こと聖杯戦争においては、その言葉が意味する関係性は一つしかない。
「……ねえ、あなた達、今何の話をしてるの?」
「そうですよ。というか、お二人はお知り合いだったのですか?」
アニスとネオンが、理解が追いつかないといった様子で二人の顔を交互に見ている。
その反応を楽しむかのように、ドロシーは唇の端を吊り上げ、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、紹介していませんでしたね。彼女はバーサーカー、私の頼れるパートナーです」
「「……はい?」」
アニスとネオンが同時に首を傾げた。
当然だろう。何も知らない彼女たちが、その単語の意味を理解できるはずがない。
その様子を見て、ドロシーは心底可笑しいとばかりに目を細める。
「あら?ご存じありませんでしたか?今、このアークで何が起きているのかを」
彼女は芝居がかった仕草で驚いてみせた後、まるで無知な生徒に真理を説く教師のような口調で問いかけた。
その傲慢な態度に、カウンターズの指揮官が眉をひそめてドロシーを見据える。
「……今は絶賛ラプチャーに侵略されているな」
「いえいえ、私が言っているのはそんな
ドロシーはひらりと手を振り、アークの存亡に関わる危機を「些事」と切り捨てた。
信じられない……と言いたいところだが、彼女がもし
「……まあ、真実を隠すのはアークの十八番でしょうから、あなた達が知らなくても当然でしょうか」
ドロシーの双眸が、部屋の隅で沈黙を守るエニックを射抜いた。先ほどまでの聖母のような微笑みは消え失せ、その瞳からは凍てつくような敵意が滲み出ている。
だが、エニックは何も語らなかった。無表情のまま、ただ静かにドロシーの姿を観察している。
張り詰めた沈黙の中、ふとドロシーが視線を巡らせ――私のところでピタリと止めた。
「…………」
彼女の美しい顔が、私を凝視している。
心臓が早鐘を打つ。まるで蛇に睨まれた蛙のように、足がすくんで動かない。視線だけで物理的な圧迫感すら感じる。
「あなたが、そこの大男のマスターですか?」
「……」
喉が張り付き、声が出ない。
きっと、彼女の瞳は全てを見透かしている。私が聖杯戦争の参加者であることも、恐怖に震えていることも。
――――これは、絶対に誤魔化せない。
私は唾をごくりと飲み込み、必死に顎を引いて頷いた。
それを見たドロシーは、再びあの完璧な満面の笑みを浮かべた。
「そうですか」
花の蕾が綻ぶような笑顔。だが、今の私には、それが死神よりも恐ろしく見えた。
「では改めて、ご挨拶をいたしましょう」
ドロシーはドレスの裾を摘まみ、私とイスカンダルに向かって優雅にお辞儀をした。姿勢はそのまま、彼女は顔だけを上げて私を見据える。
「私はドロシー。地上を彷徨うピルグリム、といえばお分かりでしょうか。この度は
完璧な所作だった。
けれど、その行動や言葉の端々から、彼女の隠しきれない「歓喜」が見え隠れしている。
彼女の笑顔は、その心を雄弁に物語っていた。
――――『ようやく、敵を見つけた』と。
「――そこまでです」
張り詰めた空気を、凛とした涼やかな声が断ち切った。
その場にいる全員の視線が、声の主へと吸い寄せられる。
瓦礫の山頂に立ち、私たちを見下ろす影が一つ。
闇を切り裂くような黄金の髪に、白銀の鎧。その手には、金字の紋様が施された純白の旗が握られていた。
「ジャンヌさん!」
「来てくれたんですね!」
私の横で、ソフィーとリアが歓喜の声を上げた。
ジャンヌは二人に優しく微笑みかけると、瓦礫の斜面を軽やかに滑り降りた。
「ラプン、ツェル……?」
ふと、ドロシーの唇が微かに動き、ポツリと誰かの名前を呟いた。
彼女は目を丸くし、呆気に取られたようにジャンヌの顔を凝視している。
だが、程なくして彼女は小さくかぶりを振り、目を細めた。
「……いえ。違うお方のようですね」
ジャンヌはその呟きに反応することなく、まっすぐに喪服の女を見据えた。
「バーサーカーの反応を感知して来てみましたが……まさか、あなたが召喚されていたとは」
「…………」
「ブルグントの姫にして、英雄ジークフリートの妻―――クリームヒルト」
ジャンヌが厳かにその名を告げる。
ジークフリート……『ニーベルンゲンの歌』における竜殺しの英雄。そしてクリームヒルトは、その物語におけるもう一人の主人公だ。愛する夫であるジークフリートを殺され、その復讐のためだけに国を滅ぼし、自らも破滅の道を歩んだという悲劇の王妃。
彼女が纏う陰鬱な空気と、禍々しいまでの殺意の源泉が、奇妙なほどに腑に落ちた。
「あら、ルーラーが私たちに何の用かしら。別に、聖杯戦争のルールに反するようなことは何もしていないわよ」
真名を暴かれたバーサーカー……クリームヒルトは、どこ吹く風とばかりにため息をついた。態度は倦怠そのものだが、全身から放たれる殺気は少しも揺らいでいない。
だが、その横で―――ドロシーだけは違っていた。
「ルーラー……?」
ドロシーの視線が、吸い寄せられるようにジャンヌへと釘付けになっていた。
「……」
ジャンヌはクリームヒルトへの警戒を解かず、切っ先をわずかにドロシーへと向ける。
ドロシーは小首を傾げ、値踏みするような視線を返した。
「……お名前を、お聞きしても?」
「我が真名はジャンヌ・ダルク。此度は聖杯戦争の裁定者、ルーラーとして召喚されました」
ジャンヌは胸を張り、毅然と名乗った。
その瞬間、ドロシーの動きが止まる。彼女は「ジャンヌ・ダルク……」と、その名を舌の上で転がすように繰り返した。
やがてフッと息を吐き出すと、どこか皮肉めいた笑みを浮かべた。
「オルレアンの乙女。英仏百年戦争でフランスを救ったという、あの
「ええ」
ジャンヌは短く頷いた。
すると、ドロシーは静かに瞼を伏せた。
「……その二つ名を持つ人と会うのは、久々です」
「?」
ジャンヌが怪訝そうに眉を寄せる。
ドロシーの顔からは、先程までの貼り付けたような笑みは消えていた。憎悪も、敵意もない。まるで、何か大切なものを懐かしんでいるかのような、そんな色が浮かんでいた。
しかし、それも一瞬のことだった。次に彼女が顔を上げた時には、再びあの完璧で冷徹な微笑みが貼り付いていた。
「さあ、あなた方の目的は一体何なのですか?」
ジャンヌが切っ先を突きつけるように鋭く問う。
ドロシーは優雅に肩をすくめてみせた。
「何と言われましても。ただ、聖杯戦争に参加しに来ただけですわ」
「これまで姿を現さなかった理由は?」
「時期を見計らっていたのです。他のマスターやサーヴァント同士が潰し合って消耗したところを突こうと思っていたのですが……どうも状況が膠着していたようですので」
ドロシーはちらりと私とイスカンダルへ流し目を送ると、冷ややかに言い放った。
「私たちの方から、直接蹴りを付けに来ました」
「……つまり、聖杯戦争のルールそのものを覆そうとは考えていないのですね?」
「あら」
ドロシーの美しい眉が、不快だと言わんばかりに歪んだ。
「私たちのことを何だとお思いで? そんな小細工をせずとも、私たちは最初から己の実力だけで聖杯を勝ち取るつもりでしたよ。……この街に巣食う、
彼女の瞳が、昏い輝きを帯びる。
「力なき卑怯者たち」……。それが一体誰を指すのか、どうしてそこまでして憎むのか、私には分からない。けれど、その言葉には底知れぬ嫌悪が渦巻いている。少なくとも、彼女がアークに向ける感情は決して友好的なものではない。そのことだけは、はっきりと分かった。
ジャンヌは深く息を吐くと、旗槍を構え直した。切っ先がドロシーとクリームヒルトを捉える。
「……失礼しました。ですが、それでも疑いが完全に晴れた訳ではありません。ここに至るまでにどのような経緯があったのか、じっくり聞かせていだたきます」
「嫌です」
即答だった。
「私たちは、私たちの為だけに戦います。何者にも邪魔はさせません」
ドロシーの背中で、純白の翼がふわりと大きく広げられた。ただ静かに、神々しいまでの光の粒子を撒き散らす姿は、まさしく天から遣わされた天使そのもの。
けれど、その顔から笑みは完全に消え去っていた。ドロシーが右手を掲げる。その手には、優美な装飾が施されたアサルトライフルが握られていた。
そして、その銃口が真っ直ぐにジャンヌへと向けられる。
「っ!?」
次の瞬間、銃口から閃光が放たれた。高出力のビームが一直線にジャンヌへ殺到する。
彼女は瞬時に旗の布地を展開し、光の奔流へ立ちはだかった。
――――ジュウウゥッ!
布が焼ける音と、強烈な閃光が視界を埋め尽くす。
舞い上がった土煙が視界を覆った。
閃光が収まるや否や、ジャンヌは前方の土煙に向かって声を張り上げた。
「お止めなさい!私を排除する意味などありません!私はただ、あなた達が……」
だが、ジャンヌが言葉を言い終える前に、煙の向こうから影が弾けた。
「そこよッ!」
―――クリームヒルトだ。
ドロシーの攻撃を目眩ましに使い、地を滑るような姿勢でジャンヌの懐へと肉薄してきたのだ。
彼女が握っていた黒剣が、どす黒い軌跡を描いて薙ぎ払われる。裂帛と共に振り下ろされた一撃を、ジャンヌは辛うじて旗の柄で受け止める。
だが、ドロシーの攻撃を防いだ直後の体勢では、その剛力を殺しきれなかった。
衝撃波が生じ、ジャンヌの身体は木の葉のように吹き飛ばされる。
「きゃあ!?」
私のすぐ横、ソフィーとリアのいる場所までジャンヌが転がってきた。
「ジャンヌさん!!」
「だ、大丈夫ですか!!」
「え、ええ……私は平気です……」
彼女はソフィーとリアに庇われるようにして立ち上がる。
その様子を、クリームヒルトは黒剣を片手でぶら下げながら見下ろしていた。
「じゃあ、そういうことだから。悪いけど、あの子の邪魔をする者は誰であろうと挽き潰すわ」
「お待ちなさい!」
ジャンヌが叫ぶが、彼女たちはもう聞いていなかった。
羽ばたきと共に浮上したドロシーが、クリームヒルトの身体を抱き寄せて回収したのだ。
二人分の体重など物ともせず、ドロシーは空へと高度を上げていく。
「それでは皆様、ごきげんよう」
ドロシーはこちらを見ることなく冷淡に告げると、颯爽とアークの空へ飛び去って行った。
「――――――」
彼女たちの姿が完全に見えなくなった瞬間、限界まで張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
全身の力が嘘のように抜け、私はその場へへなへなと座り込んだ。瓦礫のゴツゴツとした感触がお尻に伝わるが、今はそれすら気にならない。
呼吸が荒い。喉の奥が鉄の味がする。
身体の芯から泥のような疲労感が押し寄せてくる。
「厄介な敵が増えたな」
イスカンダルは太い腕を組み、ドロシーとクリームヒルトが飛び去った天井の穴を睨み上げていた。眉間に刻まれた皺は深く、その表情はいつになく険しい。
あの豪放磊落を絵に描いたような王が、ここまで警戒心を露わにするなんて。
「……あのサーヴァント、確かバーサーカーって言ってましたけど」
「ええ……」
私は強張った首をゆっくりと動かし、傍らに立つ聖女を見上げた。
ジャンヌは旗槍を抱きかかえるように持ち直し、深く頷いた。
「本来、バーサーカーのクラスには『狂化』という特性が付与されます。理性を代償に身体能力を爆発的に向上させる……それが
「理性を残したままの、バーサーカー……」
「それに、あのドロシーというマスターとも奇妙なほどに連携が取れていました。本来ならば制御困難なはずのバーサーカーを完全に御し切っている……本当に、底が知れません」
ジャンヌの言葉に、背筋がぞくりと凍るのを感じた。
ラプチャーのように力押しだけの敵ならば、まだどうにかなったかもしれない。けれど、圧倒的な力と理性、そして明確な殺意を併せ持った敵など、悪夢以外の何物でもない。
重苦しい空気が場を支配し始めた、その時だった。
「……ねえ、ちょっといい?」
背後から掛かった不機嫌そうな声に、思考が真っ白になった。
振り返ると、カウンターズのアニスが腕を組み、得体の知れない生物を見るような目でこちらを指さしていた。
「あ」
口から、間の抜けた声が漏れた。
完全に忘れていた。
あまりにも状況がカオスすぎて、彼女たちの存在が頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「誰なのよ、あなたたち」
アニスの視線は、私ではなく、私の両隣――イスカンダルとジャンヌに向けられていた。
「ニケ……じゃないわよね?剣とか旗を持ってるのはいいとしても、それであんな化け物とやり合うなんて聞いたことないわよ」
「服装もアークでは見かけないものですね。コスプレ……には見えませんし」
ネオンも眼鏡の位置を直しながら、イスカンダルを凝視している。
「……そもそも、そちらの男性の方、何もないところから現れましたよね?」
ネオンの指摘に、その場の空気が凍り付く。
……そうだった。あの時だって彼女たちは見ていたのだ。イスカンダルが私の窮地を救うために、霊体化を解いて現れた瞬間を。
「そ、そうですよぉ!それに、あの黒い服を着た怖い女の人を前にした時も、雷みたいなものを放ってませんでしたか!」
「そもそも、人間……なんですか?」
ミランダが両手を広げて、その時の状況を必死に訴える。
ポリは手にしたショットガンを下げようともせず、引きつった顔でイスカンダルを見上げていた。
「あっちの女の子もよ!あのビーム、旗で防いでたじゃない!ドロシーの攻撃を正面から受けて傷一つないなんて、あり得ないでしょ!」
……アニスの叫びはもっともだ。ただの旗で高出力のビームを防ぐなど、物理的にあり得ない。
そして、それは私の隣にいるイスカンダルも同様だ。生身の人間が雷を操るなどオカルトもいいところだ。
普通ならば絶対にあり得ない現象が、あまりにも多く起きてしまっていた。
ニケでもない、人間でもない。アークの常識では説明がつかない行動ばかりを見せた謎の二人。
常識で考えれば、「異常」以外の何物でもない。
「……もう何が何だかさっぱり分からないが」
混沌とする場を制したのは、カウンターズの指揮官だった。
彼は疲労の色が濃い顔を上げ、私とイスカンダル、そしてジャンヌを真っ直ぐに見据えた。
「とりあえず、その二人が何者なのか教えてくれないか」
彼が向ける視線は真剣そのものだ。
嘘は吐けない。誤魔化すことも、きっと今の彼には通用しないだろう。
私は口をぱくぱくと動かし、必死に言葉を探した。喉が渇いて、うまく声が出ない。
「えっと、それはですね……」
「―――私から説明しましょう」
その時、部屋の奥から無機質な声が響いた。
全員の視線が集まる。
これまで沈黙を守っていたエニックが口を開いたのだ。
「え?」
私は困惑しながら彼女を見た。
白いヴェールに包まれた顔は能面のように動かない。
「……おい、アークの管理者よ。聖杯戦争に関する情報は秘匿するのではなかったのか?」
イスカンダルも怪訝そうに片眉を上げる。
彼の問いかけに、エニックは事務的に答えた。
「ええ、その予定でした。ですが、バーサーカー:クリームヒルト、そしてピルグリム:ドロシーの出現によって、もはや秘匿は意味を為さなくなりました。目撃者も多数おり、これ以上情報を統制するには無理があります」
……確かに、その通りだ。
これだけ派手にカウンターズとA.C.P.U.の前で宝具や魔術が飛び交ったのだ。
今更「何もありませんでした」「見間違いです」で押し通すのは不可能だろう。
「苦渋の決断ではありますが、彼らにも真実を共有しておく方が、今後の対応もスムーズに行えるでしょう」
エニックはそう締めくくり、私の方へ視線を向けた。
「……ですが、その前にまずはあなた方の意志を確認しておきましょうか」
アニスとネオンが、何かとんでもない話が始まろうとしているのを察してか、不安げに顔を見合わせている。カウンターズの指揮官も腕を組み、静かに次の言葉を待っている。
コアの鼓動が早まる。
私はおそるおそる、傍らに立つイスカンダルを見上げた。
「……話しても、いいのでしょうか」
私の問いに、イスカンダルはニカっと白い歯を見せて笑った。
「何を迷う必要がある。余をこの地に呼んだのは貴様であろう?ならば、余の処遇を決めるのもまた、貴様の役目だ」
彼は大きな掌で、私の頭を乱暴に撫で回した。ゴツゴツとした手のひらの感触と、彼の体温が伝わってくる。その温もりが、冷え切っていた心に熱を灯した。
「……」
次に、反対側に立つジャンヌへと視線を向けた。彼女は困ったように肩をすくめると、ふわりと微笑んでみせた。
「私も同じ意見です。もう、隠せるような状況ではありませんから。それに……」
彼女はまっすぐな瞳で、カウンターズのニケたちと指揮官を見つめた。
「本当に何となくですけど、彼らは信じるに値する人たちのように見えます。あなたが判断するなら、私は従いますよ」
二人の言葉が、私の背中を優しく、力強く押した。
私のような量産型が、こんな重大な決断を下す。その重圧に押し潰されそうになるけれど、両隣に彼らがいてくれるなら――――きっと大丈夫だ。
私は右手の甲に刻まれた令呪をギュッと握りしめた。
深く息を吸い込み、早鐘を打つ胸を押さえながらエニックを見据える。
「……意志は固まったようですね。では、彼らに事情を伝えてもよろしいですか?」
私は彼女に向かって、一つ大きく頷いた。
最近のメガニケのストーリーを見ていると、ラピ太郎がボケ担当にシフトし始めた影響か、カウンターズの中ではネオンが一番の頭脳派になってきてますよね。最新章でもかなり賢く立ち回ってましたし、なぜかD.E.E.P.の眼鏡持ってますし、実は一番底が知れないのはネオンだった……?
それではまた来週!