征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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 最新章、読みました。
 いやあ、まさか火力の所以があんなものだなんて思ってませんでした……。やはり、シナリオを担当されているあの御ハゲ様は凄いですね。
 それから、ついに劇場版の『魔法使いの夜』が進展しましたね!三年前にPVが公開されてからずっと放置されてたので、これは嬉しい!
 ……ところで、月姫Rの裏側はいつになったら進展するんでしょうかね?


手向けの涙

 

 

 アウターリムの入り口に到着すると、火薬の燃え滓と鉄錆が混じったような、重く澱んだ空気が鼻腔を突いた。

 

「……あれ?師匠、防壁が開いてますよ?」

 

 静まり返った空間に、ネオンの声が響く。彼女の言う通り、眼前にそびえる巨大な防壁はぱっくりと口を開けていた。

 

「なんで開いてるの?お偉いさんの許可がないと、開けられないんじゃなかった?」

 

 アニスがグレネードランチャーのグリップを握りながら周囲を見回す。

 確かにおかしい。いつもなら喧騒や怒声が聞こえてくるはずのアウターリムが、今は耳鳴りがするほどの静寂に包まれている。

 隣を歩くラピが、鋭く息を吸い込んだ。

 

「指揮官。どんな理由であろうと、防壁が開いているということは、ラプチャーがアウターリムの中へ入った可能性もあるという意味です」

「そのせいでこんなに静かなのかもね。アウターリムにはシェルターとかないはずだから」

「……とりあえず入ろう。入って確認するんだ」

 

 指揮官の言葉に頷き、私たちは薄暗い開口部へと足を踏み入れた。

 瓦礫と廃材が積み重なった通りに出た瞬間だった。

 

「弟~~!!」

 

 突然、鼓膜をびりびりと震わせる大声が響いた。

 

「おとうとぉぉぉ~~!!」

 

 声の発生元に視線を向けると、黒と金を基調とした装束を纏った人影がこちらへ向かって駆けてくるのが見えた。

 

「お~い、弟~!!」

「モラン……」

 

 指揮官の前に勢いよく立ち止まったのは、牡丹会のボス、モランだった。

 大きく息を弾ませる彼女の後ろから、更に二つの影が歩み寄ってくる。

 

「ご苦労様です、指揮官」

「遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ」

 

 和服を思わせる漆黒の衣装に身を包んでいるのは、清明会の当主、サクラ。

 そして、白い毛皮のコートを羽織り、ジャケットの胸元を大胆に露出させているのは、ヘッドニアのボス、ロザンナだ。

 

「すまない、待たせてしまったな」

「いいや、別に気にするな!それよりも、また会えて嬉しいぜ!」

 

 そう言って、モランは指揮官の肩をバシバシと叩いて笑った。

 だが、その視線が指揮官の背後――私たちの方へと移った瞬間、彼女の眉間がぐっと寄った。

 

「その二人が、マスタングの言ってた『助っ人』ってやつか?」

 

 空気が、ざらりと逆撫でされたように張り詰める。隣に立つサクラとロザンナの視線も、真っ直ぐに私の背後へ向けられていた。その先にいるのは、イスカンダルとジャンヌだ。

 サクラとロザンナが、スッと目を細める。

 

「……随分とファンキーな見た目してんじゃない。コスプレパーティーの帰りってわけでもなさそうだし」

「ええ、話には聞いていましたが……あなた方、堅気ではありませんね?どことなく、立ち振る舞いから血の匂いが漂ってきます」

 

 ……まあ、当然と言えば当然の反応か。事前に「特殊な同行者がいる」と聞かされていたとしても、それが筋骨隆々の巨漢に白銀の甲冑を着込んだ少女とくれば、誰だってこうなる。だが、それにしても想定より強く警戒されてしまっている。

 彼女たちはアウターリムを牛耳る裏社会のボスだ。一歩でも対応を間違えれば、協力関係を結ぶどころか潰し合いに発展しかねない。それに、もしイスカンダルがアブソルートの時と同じように突拍子もないことを口にすれば、今度こそ蜂の巣にされるかもしれない。

 銃を握る手のひらに、じっとりと汗が滲む。

 そんな中、ふとイスカンダルが一歩前へ出た。モランたちが僅かに身構える。

 

 ―――不味い、止めないと。

 

 そう思い、私は咄嗟に手を伸ばしかけた。

 だが、彼は大声を上げる訳でもなく、豪快に笑うでもなく、ただ静かに、淀みない所作で片手を胸に当て頭を下げた。

 

「余は征服王イスカンダル。またの名を、アレクサンドロス三世と言う。見知らぬ土地の王たる貴殿らに、かくもまみえ得たことを光栄に思う」

 

 思わず目を瞬かせた。誰だ、この紳士は。

 いつもは豪快に笑い飛ばして我が道を往くような彼が、こんなにも恭しい態度をとるなんて。

 その隣で、ジャンヌも彼に倣って静かに歩み出た。彼女はガントレットに包まれた手を胸に当てると、三人に向かって深く一礼した。

 

「ジャンヌ・ダルクと申します。……私たちを怪しい者と疑って当然のことと思います。ですが、今は事態が深刻です。これ以上、無関係な人々が巻き込まれるのを防ぐためにも、どうか協力をお願いいたします」

 

 凛とした声が、淀んだ空気の中に広がっていく。

 サクラとロザンナが互いに顔を見合わせ、「ほう」と感心したような息を漏らした。

 

「見た目に合わず、随分と礼儀正しいね。いいよ、そういう筋を通す奴は嫌いじゃない」

「ええ。少なくとも、言葉の通じぬケダモノではないようですね」

 

 ロザンナはニヤリと唇の端を歪め、サクラもふっと口元を緩めた。

 一方、モランはまんざらでもないといった様子で頬を赤く染めて頭を掻いていた。

 

「なんだよ、お前ら!急に固苦しい挨拶なんかしてきやがって。調子狂うぜ!」

 

 ……うん、何というか、この人は他の二人よりも分かりやすくて助かる。

 場の緊張がふっと緩んだのを感じ、私は肺に溜まっていた息をこっそり吐き出した。だが、それにしても彼の行動が意外すぎる。

 そっとイスカンダルの側に寄り、彼の陰に隠れながら小声で囁いた。

 

「……やけに丁寧ですね。あまり、あなたらしくありません」

 

 イスカンダルは視線を落とし、くぐもった声を漏らした。

 

「何、郷に入っては郷に従えだ。どの国でもそうだが、裏社会というものには独自の権力構造と掟がある。物事を円滑に進めたいのならば、敬意を示しつつ、こちらから歩み寄るべきなのだ」

「……なるほど」

 

 豪放磊落に見えて意外と狡猾というか、立ち回りが上手い。さすがは大帝国を築き上げた王様というべきか。

 

「覚えておいて損はない。お主もマスターとして、しっかり学ぶがいいぞ!」

 

 そう言って、彼はバン!と私の肩を叩いた。……お願いだから、そろそろ加減というものを覚えてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、カウンターズの指揮官は、彼女たちにエニックの部屋で起きた事を詳らかに語った。

 

 突如、アークに飛来したヘレティック・ニヒリスター。

 それを赤子の手をひねるように切り伏せた喪服の女、バーサーカー・クリームヒルト。

 そして、そんな彼女を従えるピルグリム・ドロシーの出現。

 さらに、このアークでは以前から『聖杯戦争』という儀式が進行しており、現状、ライダー、キャスター、アサシン、そして件のバーサーカーの四騎が四つ巴の状況にあるということ。

 

 彼が語り終えると、重苦しい沈黙がその場を支配した。

 サクラは扇子を閉じたまま口元を覆い、ロザンナは眉間にしわを寄せながら宙を睨んでいた。

 

「なんだってんだよ、そりゃあ!」

 

 真っ先に声を上げたのはモランだった。彼女は両拳を固く握り締め、勢いよく一歩前に踏み出した。

 

「アークの中に、そんな化け物が二人もいるってのか!?」

「ああ、そうだ」

「だったら俺たちがどうにかしねえと!」

「落ち着きなさい」

 

 声を荒げるモランを、サクラが冷ややかな声で制した。

 

「ヘレティックを単騎で屠る力を持った存在に、長年地上を放浪していたという伝説のピルグリム。それが手を組んでアークのどこかに潜んでいる……厄介という言葉では到底足りませんね」

「ええ、全くシャレになんないわよ。まともにぶつかって勝てる相手じゃない」

 

 ロザンナが腕を組んで、忌々しげに舌打ちした。

 

「本当にそうよ。……あの喪服の女、思い出すだけでも寒気がするわ」

「はい。正直私の火力を以てしても、傷一つつけられる気がしません……」

 

 アニスが自分の両腕を抱きかかえるようにして身震いした。ネオンも帽子を深く被り直し、視線を落とす。

 私自身、あの時、エニックの部屋でバーサーカーに睨まれた瞬間……それを思い返すだけで、心臓を鷲掴みにされたような悪寒が背筋に蘇ってくる。

 場が静まり返る中、指揮官が軽く咳ばらいをした後に口を開いた。

 

「とにかく、人口密集地で暴れられたら甚大な人的被害が出る。その上、聖杯戦争という儀式の存在が明るみに出れば、アーク中がパニックに陥るだろう」

「……事態の深刻さは分かったわ。で、具体的な対策はあるのかしら?」

 

 ロザンナが顎をしゃくり、真っ直ぐに指揮官を見据えた。

 

「エニックは『可能な限りアーク市民の目から遠ざけつつ、万が一戦闘が発生した場合も被害を最小限に抑えられる場所に誘導しろ』と……」

「どうやって?」

 

 ロザンナが即座に切り返す。指揮官は、ぐっと言葉に詰まった。

 そんな彼の様子に、サクラが切れ長な目をスッと細める。

 

「まさか、そんな物を相手に無策で挑めなどという気ではありませんわよね?」

 

 再び、張り詰めた空気が場を支配した。アークの裏社会を束ねる彼女たちの圧力は、本物の凶器のように鋭い。……どうしよう。このままじゃ協力どころか軋轢を生みかねない。

 じっとりと掌に汗が滲む。私は助け舟を求めるように、隣に立つイスカンダルを見上げた。

 彼も私の視線に気づいたのか、無骨な顔をこちらへと向けて見下ろしてくる。

 

「……何か、策は思い付きませんか?」

 

 すがるような思いで尋ねると、イスカンダルは顎に手を当て小さく首を傾げた。

 

「何故、貴様は余に尋ねるのだ」

「え?」

 

 予想外の返答に、思わず間の抜けた声が漏れる。

 

「貴様はマスターであろう。ならば、まずは貴様なりに現状を整理してみよ」

 

 ―――いやいや、丸投げですか!?

 

 私は彼を見上げたまま、パチパチと瞬きを繰り返した。だが、彼は私を試すようにこちらをじっと見据えている。

 全員の視線が、私に突き刺さる。肌がヒリヒリと粟立つような感覚に、息を呑む。隣に立つ王は答える気がないらしい。……やるしかないか。

 私は一つ深く息を吸い込み、散らばった情報を搔き集めるように思考を巡らせた。

 

 まず、アーク内部に侵入したラプチャーについては考えなくていい。あれはエニックが対処すると言っていた。アークに駐屯しているニケ部隊と自律兵器があれば、ラプチャーの対処自体は問題ないと。私たちが今すぐに対処すべきなのは、エニックの手には負えないイレギュラーたちだ。

 まず、今回のテロを首謀したエキゾチック部隊。そしてヘレティックを瞬殺し、そのまま行方をくらませたドロシーとクリームヒルト。それに加えて、この混乱に乗じてアウターリムの制圧に乗り出してきたというドバン副司令官。

 どれも厄介だが、脅威度で言えばドロシーとクリームヒルトのペアが群を抜いている。次点で何をしでかすか予想できないエキゾチックだ。

 対して、こちらの戦力はカウンターズに、私たちサリッサ。そしてアンダーワールドクイーンの三人と、傘下の組織を構成する人員。それに加え、ウルトラCとしてイスカンダルとジャンヌだ。

 ……うん、いけるかもしれない。適材適所でぶつければ。

 

 乾いた唇を舐め、私はおもむろに口を開いた。

 

「……主戦力は、ドロシーとクリームヒルトの対処に当てるべきです。つまり、イスカンダルを擁する私たちサリッサが彼女たちに対処しましょう」

 

 自分で言いながら、ぞっと背筋に冷たいものが走った。あの化け物じみたバーサーカーの前に、自分から進み出るなんて正直もうしたくない。だが、私がイスカンダルのマスターである以上、逃げるわけにはいかない。

 そこで一度言葉を切り、チラリとサクラたちを見た。

 

「ただ、人口密集地で戦闘になれば被害が大きすぎる。アウターリムのどこかを戦場に設定して誘導するなら、土地勘のあるアンダーワールドクイーンの皆さんの協力が不可欠です」

 

 彼女たちは黙って私の言葉に耳を傾けている。

 

「エキゾチック部隊の追跡は、カウンターズの皆さんが適役かと。彼女たちが何をするのかが一番未知数ですし、対処するなら実力も人脈も十分なカウンターズが一番でしょう」

 

 視線を向けると、指揮官の隣にいたラピが静かに頷いたのが見えた。

 

「そして、ドバン副司令官が率いてくるという部隊は……ジャンヌさん。あなたにしか任せられません」

 

 そう言い放ち、私は隣に立つジャンヌへと向き直った。

 彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばし、己の背の高さほどもある旗槍を握る手にぐっと力を込めた。アメジストのように透き通った瞳が、私を真っ直ぐに見据える。

 

「ええ、元からそのつもりです」

 

 一気に言い終え、私は肩をすくめた。

 

「これで、どうでしょう?」

 

 沈黙が落ちる。誰も口を開かない。……しまった、やっぱり一介の量産型ニケが出しゃばりすぎたか。

 そう思ったのもつかの間、カウンターズの指揮官が目を丸くしながら呟いた。

 

「……君、本当にただの量産型ニケなのか?」

「え?」

「私もそう思います。何というか、一般のニケにしては少々戦況の把握が的確すぎます」

「……あなた、これまでどんな任務してきたの?」

 

 ネオンが眼鏡のブリッジを押し上げ、アニスは眉を顰めながらも好意的な面持ちだった。

 

「何かよく分からなねえけど、お前頭いいんだな!」

 

 モランがガハハと笑いながら、私の背中をバンと叩いた。肺から空気が押し出されて軽くむせる。

 痛む背中を抑えていると、ロザンナが私を上から下まで舐め回すように見つめてきた。

 

「あんた、もしかしてニケになる前は指揮官だったりした?」

「えっと、それは……」

「ふふっ」

 

 サクラは小さく笑うと、閉じていた扇子をパチンと開いた。

 

「概ね、あなたが言った通りで問題ないでしょう」

 

 ―――えっ、通った?

 

 裏社会のボスたちや歴戦の指揮官を前にして、私の素人考えの作戦がすんなりと採用されてしまった。

 あっけに取られて立ち尽くす私の頭上に、不意に大きな影が落ちた。

 

「わっ……」

 

 イスカンダルが、私の頭をワシャワシャと乱暴に撫で回してきた。

 

「や、やめてください。髪が……」

「何を呆けとるのだ。余が口出しせずとも、貴様一人で考えられておるではないか」

 

 腹の底に響くような笑い声が聞こえる。抵抗しようと試みたが、彼はちっとも止める気配がなかった。

 身体にギュッと入っていた力が、ふっと抜けていくのが分かった。同時に、頬にじわじわと熱が集まってくる。

 

 ……なんでこんなことで褒められるのだろうか。これぐらい、別に大したことじゃないのに。

 

 私は彼の顔から逃げるように視線を逸らし、俯いた。

 

「あ、あまり人前で子ども扱いしないでください。恥ずかしいですから……」

 

 消え入りそうな声でそう呟くと、イスカンダルはさらに機嫌よく高笑いを上げた。

 顔の熱を持て余していると、カウンターズの指揮官がおもむろに口を開いた。

 

「では、担当は君の言った通りにするとしよう。だが一番問題は、最大の脅威であるドロシーとクリームヒルトを、どこに、どうやって誘導するかだ」

 

 ……確かにその通りだった。こちらの戦力をどう割り振るかが決まっても、肝心の敵を都合の良い場所へ連れて行けなければ意味がない。そもそも、どうやってあんな化け物たちのヘイトを買い、誘導すればいいのだろうか。

 再び、空気がざらりと張り詰める。あの圧倒的な力を持つ二人を、周囲に被害を出さずに特定の場所まで引っ張っていく。言葉にするのは簡単だが、一歩間違えればこちらが全滅しかねない綱渡りだ。

 胃の奥がきりきりと軋み出した矢先、頭上の気配が動いた。

 

「その役目、余が引き受けよう」

「……イスカンダル?」

「あのドロシーとかいう小娘は、空を飛んでおった。であれば、同じく空を飛べる余の戦車が役に立つであろう」

 

 彼は腕を組み、ニカッと白い歯を見せた。

 

「空を飛ぶ……?マジで?」

 

 アニスが信じられないというように両目を見開いた。その隣で、ネオンがパァッと顔を輝かせる。

 

「おお~!戦車というのは、馬が引っ張る方の戦車ですよね!しかも空を飛べるなんて!私、一度乗ってみたかったんですよ!」

 

 ―――馬じゃなくて牛だけどね。

 心の中でこっそりと訂正しつつも、ネオンの反応にイスカンダルはすっかり気を良くして笑い声を上げた。

 

「ガハハハ!そうかそうか、余の戦車に興味があるか!」

 

 和みかけた空気を引き締めるように、指揮官が「コホン」とわざとらしく咳払いをした。

 

「……ならば、彼女たちの追跡や誘因はイスカンダルさんに任せても?」

「うむ、大船に乗ったつもりで任せるが良い!」

 

 イスカンダルが自身の厚い胸板をドンと叩く。

 それを確認すると、指揮官はアンダーワールドクイーンの三人へと向き直った。

 

「では場所だ。アウターリムで、どこか派手に戦闘しても大丈夫な場所はないか?」

 

 尋ねられたサクラとロザンナは、微かに眉を寄せて互いに顔を見合わせる。

 

「……アウターリムなんて、どこもかしこも人で溢れてるわ」

「ええ。アークとは違って人口密集地帯はさほどありませんが、その分、薄く広く分散しているのです。完全に無人のエリアを見つけるのは難しいでしょう」

 

 そう言って、二人は静かに首を横に振った。……やはりそう簡単に見つかるわけがないか。

 こみ上げてくるもどかしさに奥歯を噛みしめた、その時。

 

「あ」

 

 唐突に、モランが間の抜けた声を漏らした。

 全員の視線が一斉に彼女へと集中する。モランは少し驚いたように仰け反った後、口を開いた。

 

「そういえば、この前うちで(牡丹会)使わなくなった倉庫を引き取ったんだ」

「……あんた、また廃墟同然の建物掴まされたんじゃないでしょうね?」

 

 ロザンナがジロリと半眼で睨みつける。モランは慌てて両手を顔の前で振った。

 

「い、いやいや!ちゃんと屋根は付いてたし、多少柱は錆びてボロくなってたけど、まだまだ使えるはずだ!」

「それ、倒壊寸前じゃないの」

 

 呆れたようなロザンナの突っ込みに、モランがぐぬぬと唸り声を上げる。

 そんな二人のやり取りを遮るように、指揮官が身を乗り出した。

 

「その倉庫、大きさは?」

 

 モランは指先を唇に当て、天を見上げながら数秒考え込む。

 

「詳しくは分からねえけど……タイラント級のラプチャーくらいなら、余裕で一体収まると思うぞ」

「周囲に人や建物は?」

「いや、昔は倉庫街として使われてた区画だから、今はほとんどいないはずだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、指揮官は満足げに深く頷いた。

 

「完璧だ」

「そ、そうか?」

 

 思いがけず称賛を受けたからか、モランは照れくさそうに頬をかきながら、にへらと口元を緩めた。……うん、本当に分かりやすい人だ。

 指揮官はそのまま視線を滑らせ、真っ直ぐに私を見た。

 

「と、言うわけだ。これで場所は確保できたのではないか?」

 

 ―――凄い。まさに、バラバラだったピースがカチリと音を立てて組み合わさった感覚だった。

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 私は反射的に背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げた。

 すっかり冷えてしまっていた指先に、少しずつ温かい血が巡っていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦の方針は定まった。

 カウンターズはエキゾチックの追跡へ向けて。ジャンヌはドバン副司令官の阻止へ向けて。そして、アンダーワールドクイーンは配下の者たちへ指示を飛ばし、ドロシーとクリームヒルトを迎え撃つための準備を始めていた。

 まさに、それぞれが各々の目標に向かって動き出そうとしていた時だった。

 

「……08」

 

 ふと、背後からひどく硬い声が鼓膜を打った。

 振り返ると、これまで一歩引いた位置で沈黙を守っていたソフィーが、真っ直ぐに私を見据えていた。彼女の傍らでは、リアが落ち着かない様子で自身の腕を擦っている。

 

「どうしたの、ソフィー」

「私……カウンターズと一緒に、エキゾチックを追いたい」

「……え?」

 

 予想だにしていなかった言葉に、私は息を吸い込んだまま硬直した。

 

「何を……言ってるの?エキゾチックには、カウンターズの皆さんが……」

「分かってる。分かってるけど、それでも私はあいつらを追いたいの」

 

 ソフィーは、ぎゅっと拳を握りしめた。その指先が、微かに震えているのが分かる。

 彼女の脳裏に、あの時の記憶がよぎっているのは明らかだった。抗うことすら許されず、クロウたちに叩き伏せられたあの時……。

 

「私、クロウから受けた借りを、どうしても返したいの。……このまま何もしないで、お前と王様の後ろに隠れてるなんて、もう嫌」

「……私も、ソフィーと一緒に行く」

 

 リアが、ソフィーの隣に並び立つようにして一歩前へ出た。彼女は下唇をきつく噛み締め、震える声を必死に押し殺している。

 

「ここまで、私たちはずっと役立たずだった。あなたとイスカンダルに助けられてばっかりで……でも、せめて一発くらい、あいつらに蹴りを入れてやりたいのよ」

「ち、ちょっと待ってよ!私たちは同じ部隊でしょう!?なら、一緒に動かないと……!」

 

 気がつけば、私の声は焦燥で上擦っていた。指先から急速に体温が奪われていく。足の裏が地面から浮き上がったような浮遊感に襲われ、私は慌てて二人の前に進み出た。

 何を言い出しているんだ。相手は今回の事件を首謀したあのエキゾチックなんだ。カウンターズが同行するとはいえ、彼女たちが何をしでかすか分からない。あまりにも危険すぎる。

 私がさらに言葉を重ねようとした時、イスカンダルの声がそれを遮った。

 

「待てマスター。少しは、こやつらの気持ちも考えてやれ」

 

 彼は腕を組んだまま、静かにソフィーたちを見下ろしている。

 

「己を踏みにじった相手を放置したまま、別の戦場へと赴くのは心苦しいものだ。武人の道においても、それは決して誉れとは言えん」

「でも……!」

「幸いにも、今は戦力が充実しておる。無理にこちらに留めて後顧の憂いを残すよりも、己が因縁に決着をつけさせに行ってもよいのではないか?」

 

 彼は至って真面目な表情で、私を諭すように見据えていた。

 ……どうして。ソフィーとリアは、私にとって数少ない大切な仲間だ。一緒に死線を潜り抜け、互いの背中を預け合った。もはや、家族と呼んでも差し支えない存在だ。そんな二人と、こんな状況で別行動をとれと言うのか。もし、万が一のことがあったら。もし、また私の目の届かないところで彼女たちが傷つけられたら。

 

 ―――ふと、両手が柔らかい何かに包み込まれた。

 

 弾かれたように顔を上げると、ソフィーとリアが私の両手を包み込むように握りしめていた。冷え切っていた指先が、二人の体温でじんわりと温まる。

 

「一人で考え込むなよ、バカ」

 

 ソフィーが、少しだけ眉を下げて私を覗き込む。

 

「私たちの命が、全部お前の手に掛かってるなんて調子に乗らないでよね。……私たちは量産型ニケだ。いくらでも代わりの利く、ただの消耗品として生み出された。けど、その生をどう使うかは、せめて私たち自身で決めたい。誰かに守られて生き延びるんじゃなくて、自分の足で立って、自分の意志で戦いたい」

 

 リアもコクリと頷き、私の手を握る指先にぐっと力を込めた。

 

「私たちは『家族』である前に、一人の『人間』であるべき。……あなたも、そうは思わない?」

 

 その言葉が、鈍器の如く脳髄を揺さぶった。

 

 

『――友よ、もし我らがこの戦いを避けて、いつまでも老いることなく死ぬこともなく生き永らえるならば、私も戦場の最前線で戦ったりはしないだろう』

 

 

 脳裏に、かつて夢中で読み耽った『イリアス』の一節が蘇る。

 

 

『……だが、死の運命は数え切れぬほど我々を取り巻いている。人間である以上、これを逃れることはできないのだ。いざ行かん、敵に栄誉を与えるか、我らが栄誉を勝ち取るか』

 

 

 ……ああ。私はなんてバカなんだろう。

 視界がじわじわと滲んで、目の前に立つ二人の輪郭が歪んでいく。喉の奥に、苦く熱い塊が込み上げてくる。

 私が二人を何とかしなければ。私が守らなければ。だから、私たちは互いに助け合うべきなのだと、常に一緒にいるべきなのだと、そう信じ込んでいた。けれど、私たちが本当に求めていたのは、そんな窮屈な「家族」という枠組みではなかったはずだ。

 

 消耗品としてではない。代わりの利く機械でもない。

 限りある命を燃やして戦う、一人の『人間』として扱われたかったはずだ。

 

 二人を守りたいと、一緒にいるべきだと安全な場所に縛り付けようとしていたのは、他でもない私だ。

 「たった一度しかない命をどう使うか」それを決める権利を奪い、否定しようとしていたのは、私自身だ。

 

「……っ」

 

 ガクンと、首を垂れた。

 足元のひび割れたアスファルトに、ポタ、と濃い色の染みが一つ落ちる。

 滲む視界の先で、二人の手が私の手を強く握り返してくる感触だけが、ひどく鮮明だった。

 

 ――――これ以上、二人を縛り付ける訳にはいかない。

 

 震える息を、細く長く吐き出す。

 

「……絶対に」

 

 掠れた声が、喉を擦り上げるようにして漏れる。

 

「絶対に、生きて戻ってきてね」

 

 私の手を握る彼女たちの指先から、脈打つような熱が伝わってくる。

 おもむろに顔を上げる。滲んだ視界の中に、ソフィーとリアが映る。二人はまるで憑き物が取れたと言わんばかりに、これ以上ないほどの穏やかな笑みを浮かべてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アウターリムの何処か。崩れかけた建物の陰で、数人の男たちが息を殺して身を潜めていた。

 

「……アークの方で馬鹿でかい爆発があってから、E.H.とまったく連絡がつかねえ」

 

 男の一人が、苛立ちに任せて乾いた地面をブーツの踵で蹴りつけた。土埃がふわりと舞う。

 

「おまけに、どこから湧いたのか分からねえラプチャーの群れまで押し寄せてきやがった。どうなってんだ、クソッ」

「落ち着け。今は動くべきじゃない。下手に表に出れば、ラプチャーの的にされるだけだ。もうしばらくは、ここでじっとしていた方が良い」

 

 リーダー格の男が、手にしたアサルトライフルを弄りながら応じた。

 不満げな舌打ちが暗がりに響く。遠くから微かに、銃声や爆発音が風に乗って届いていた。

 そんな折、ふと、路地の奥から声が聞こえた。

 

――――遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱异、唐の祿山

 

 男たちは弾かれたように顔を上げ、一斉に銃口を闇の奥へと向ける。

 

「誰だ!」

 

 リーダー格の男が鋭く声を張り上げた。

 だが、返事はない。一定の抑揚を保った奇妙な声だけが、暗闇の向こうから近づいてくる。

 

これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふる所を知らざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり

 

 足音が、瓦礫を踏み砕く。

 淀んだ空気を抜けて姿を現したのは、異様な出で立ちの人影だった。

 赤を基調とした装束。古めかしい具足。顔の上半分は奇妙な面で覆われている。 

 影は銃口を突きつける男たちに一瞥もくれることなく、ただ一定の歩幅で進み続ける。

 

「無視してんじゃねえぞ、おい!」

 

 そんな影の態度が気に食わなかったのか、血気盛んな若い男が吠え、影の前に立ち塞がってナイフを振りかぶった。

 刃が影の首筋へと振り下ろされる、その瞬間。

 

 ――斬。

 

 何かが断ち切られる、鈍い音が響いた。ナイフを振りかぶった男が不自然に停止する。

 次の瞬間、男の胴体が斜めにずり落ちた。内臓のひしゃげる音と共に、大量の血液が勢いよく噴き出す。上半身と下半身に分かたれた肉塊が、どさりと音を立てて地面へ崩れ落ちた。

 赤い飛沫が撒き散らされる中、男の背後に立っていた影の姿が露わになる。

 その両手には、べっとりと鮮血に濡れ、鈍い光を放つ()()()()が握られていた。

 

「な、なんだこいつッ……!?」

「撃て!!撃ち殺せェ!!」

 

 半狂乱に陥った男たちが、一斉に引き金を引いた。

 アサルトライフルのマズルフラッシュが、薄暗い路地裏をストロボのように激しく明滅させる。

 無数の弾丸が影へと殺到する。だが……

 

――近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼

 

 影は常人とは思えぬ速度で次々に弾を躱し、男たちの懐へと潜り込む。

 

これらは猛き心も奢れる事も、皆とりどりにこそありしかども

 

 右の刀が閃き、銃を構えた腕が宙を舞う。

 返しの左の刀が、絶叫を上げようとした別の男の首を刎ね飛ばす。

 

まぢかくは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ、心も言葉も及ばれね

 

 まるで舞を踊るかのような淀みない動きで、影は瞬く間に男たちを肉の塊へと変えていく。命乞いをする暇も、逃げ出す隙も与えられない。

 最後に残ったリーダー格の男が、空になった弾倉のまま虚しく引き金を引き続けた。影がゆっくりとその前を通り過ぎる。二つの白刃が交差する。

 

 ――――斬。

 

 男の首から赤い飛沫が上がり、その身体が崩れ落ちた。乾いた風が、咽せ返るような血の匂いを路地の奥へと運んでいく。

 影は何事もなかったかのように二本の刀から血を振るい、再び歩き出した。

 

――その先祖を尋ぬれば、桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王九代の後胤、讃岐守正盛が孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男なり。かの親王の御子、高視王、無官無位にして失せ給ひぬ』

 

 声の主の姿は、暗闇の奥へと溶けていく。

 

その御子、高望王の時、初めて平の姓を賜はつて、上総介になり給ひしより、たちまちに王氏を出でて人臣に連なる。その子鎮守府の将軍義茂、後には国香と改む。国香より正盛に至るまで六代は、諸国の受領たりしかども、殿上の仙籍をばいまだ許されず――――

 

 血だまりの路地を背に、呪詛の如く繰り出される詠唱は遠ざかっていった。

 

 

 

 




 最近ようやく執筆の時間をしっかり確保できるようになってきたので、来週は金か土に投稿できそうです。
 それではまた!
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