それから、いつも誤字報告をしてくださる方々、本当に助かります!毎回推敲はしているのですが、どうしても確認抜けや思い込みなどが影響して全部は修正しきれないんですよね……。
私の場合、FGOの修練場をずっと『修羅場』だと思い込んでいたり、異聞帯の読み方を『いかんたい』だと思ってたりしたので、まだまだそういう勘違いが山ほどありそうです()
今後とも、気が付いた箇所があったらよろしくお願いします。
靴の先が、硬い何かにめり込む。
鈍い打撃音が、静まり返ったオフィスに反響する。
「――っ、ぐ、ぅ……」
床に転がるピンク色の髪の塊が、小さく空気を吐き出す。
呼吸を荒らげ、乱れた前髪を払うのも忘れて、私は足元の鉄屑を見下ろしていた。
右足の指先がじんじんと熱を持って痺れている。ニケのボディは硬い。生身の人間が蹴りつけたところで、痛むのはこちらの方だ。
分かっている。そんなことは百も承知だ。だが、体の内側で煮えたぎるマグマのような熱をどこかに逃がさなければ、私の頭がどうにかなってしまいそうだった。
「なによ……何なのよ、あれは!」
喉の奥から絞り出した自身の声が、ひどく耳障りに響いた。
あの、見上げるような巨躯が。赤々と燃える鬣のような髪と、私を路傍の石ころのように見下ろしてきた真紅の双眸が、脳裏にこびりついて離れない。
『余のマスターは断じて鉄屑などではない。王たる余と共に戦場へ立ち、大志を抱いて戦う戦士である』
首筋に突き付けられた、冷たく、ざらついた鋼鉄の感触が蘇る。
あの時、ほんの数ミリでも切っ先が動いていたら、私の命は容易く刈り取れていた筈だ。
その事実を思い返すだけで、肌が粟立つ。
『次に余のマスターを侮辱することがあれば、マケドニアと我が戦友たちの名誉にかけて、貴様をハデスの元へ送ってやろう』
「ふざけるな……ッ!」
衝動に任せ、私は再び足元のユニを蹴り飛ばした。
今度は鳩尾だ。彼女の体がくの字に折れ、床を滑る。
そうだ、ニケなんて所詮この程度の存在なのだ。人間の手によって作られ、人間に支配され、人間のために消費されるだけの紛い物。
それを、あの男は。
あの筋肉だるまは。
あろうことか、量産型如き……代わりなどいくらでも利く最底辺の鉄屑のために、ミシリスのCEOたる私に刃を向けた。
この、私に。三大企業の一角を統べる、選ばれし人間に……!!
「量産型ニケなんて、鉄屑じゃない。せいぜい人類のために消費されてナンボの道具じゃないの!」
ユニはただうずくまり、呻き声を上げるだけだ。
抵抗しない玩具。本来なら、それだけで溜飲が下がるはずだった。けれど今は、その無抵抗さが余計に神経を逆なでする。
そして、あの量産型の後ろにいた小娘。白銀の甲冑をまとった、聖女気取りの女。
『多少手荒ではありますが、彼女の名誉を守るための行動であったと思います。今回は見逃しましょう』
あの女は、もはや憐れみすら含んだような目で私を見下ろしてきた。
まるで、聞き分けのない子供の悪戯を許す母親のような態度。
それが、どうしようもなく癇に障る。
腹立たしい。吐き気がする。
「お前らが……!私の何を知っているっていうのよ!?」
爪が食い込むほどに拳を握りしめ、今度はユニの顔面へ拳を振り下ろした。
硬い。骨が砕けそうな衝撃が腕を走る。
それでも止まらなかった。痛みが、このどうしようもない屈辱を塗りつぶしてくれる気がして、何度も、何度も拳を振り下ろした。
「お止めください」
不意に、横から伸びてきた手が私の手首を掴んだ。
顔を上げれば、ミハラが苦虫を嚙み潰したような表情で私を見ていた。
「これ以上は、ユニが壊れてしまいます」
「放せ!」
反射的に掴まれた手を振り払い、その勢いでミハラの頬を張り飛ばした。
パァン、と乾いた音が響く。彼女の白い頬が腫れ上がり、口の端から細く赤い線が流れた。
「どいつもこいつも……!」
荒い息を吐きながらデスクにしがみついた。
メティスを英雄に仕立て上げ、ミシリスの地位を盤石にする。そのためだけに、私がどれだけの神経をすり減らしてきたと思っているのだ。
それなのに。私の努力を、権威を、あの男は「まともでない」と一蹴した。
「……これ以上、ミシリスの信頼を崩すわけにはいかない。絶対に」
震える指先で、デスクに置かれた書類の山をなぞる。
そうだ。挽回しなければならない。
あの生意気な指揮官や得体のしれない英霊だとかいう奴らよりも先に、私が事態を収束させて主導権を握るのだ。
そのためには――エキゾチックだ。あの裏切り者のドブネズミどもを、私の手で始末する。それが一番手っ取り早い。
「おい、携帯は?」
振り返らずに問うと、背後で衣擦れの音がした。
「……こちらに」
ミハラが恭しく差し出した携帯電話を、ひったくるように受け取る。画面には、あいつらの首輪と連動した起爆アプリのアイコンが並んでいた。
指先が画面に触れる。
これで終わりだ。ボタン一つで、あの裏切り者どもの頭はスイカみたいに弾け飛ぶ。
「ハハ……!バッカみたい!」
そう、簡単なことなのだ。道具は使い潰すもの。壊れたら、新しいものを調達すればいい。
口元が歪むのを感じながら、親指に力を込めてアイコンをタップした。
――――反応がない。
画面には「接続待機中」のサークルが回るばかり。
タップする。連打する。爪先で画面を叩く。
動かない。繋がらない。
「何よこれ。どうなってんの!」
焦りと苛立ちが、指先から全身に伝播する。
「ミシリス専用回線が繋がりません」
「ハァ?全部復活したんじゃなかったの?」
エニックは通信網は復旧したと言っていたはずだ。現に、携帯電話のネットワークは問題なく機能している。
「先ほど、ミシリスのメインハブが壊れたようです。修理には時間がかかるため、しばらくミシリス専用回線は使えません」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「何ともなかったハブが、なんで壊れんのよ!」
「歯形がどうとか言っていたような気がします」
「歯形?」
意味が分からない。何かが物理的に、サーバーを噛み千切ったとでも言うのか?
「なんでそんな事になってんのよ!」
「さあ…私もそこまでは…」
ミハラが眉を顰めながら首を振る。
使い物にならない道具。期待通りに動かない現実。
全てが、私の神経を削り取っていくようだった。
「ホンット最悪…!!」
携帯電話をデスクに叩きつけようとして、寸前で思いとどまった。
起爆できないなら、物理的に捕まえるしかない。幸い、手駒はここにある。少し傷んではいるが、捕獲のプロフェッショナルとして作った猟犬どもが。
「……おい、お前ら」
そう呼びかけると、ミハラが倒れていたユニの肩を抱き起こし、優しく背中をさすっていた。ユニは虚ろな目でミハラに身を預けている。
互いを庇い合うようなその姿が、また無性に神経を苛立たせた。まるで、あの会議室に出席していた量産型どもが身を寄せ合っていた姿と重なるようで。
「エキゾチックを捕まえてきなさい。何があっても、あいつらより先に」
「はい」
「…うん」
ミハラに続き、ユニが小さく頷く。
あいつら。あの生意気な指揮官のいるカウンターズ。そして、サリッサとかいう量産型の部隊に赤いマントの男。……絶対に、あいつらの手に渡すものか。
「見つけたらどうしますか?」
「殺して」
もはや迷うまでもない。生かしておけば、あいつらは余計な口を利くに違いない。
死人に口なしだ。
「鉄くず用リミットを解除しておくから見つけて殺しなさい。分かったわね?」
「…はい」
「…うん」
二人の瞳に、暗い光が灯る。
そうだ、それでいい。道具は何も考えず、主人のために動けばいいのだ。
「行って。何か見つけたらすぐ連絡すること」
「専用回線が繋がりませんが、どうしましょう?」
「専用回線を使ってるのは頭部の破壊時だけ。あとはエリシオンとテトラのを混ぜて使ってるから問題ないわ。だから、何かあったら連絡して」
「…分かりました」
ミハラがユニを支えながら立ち上がる。足を引きずるユニを甲斐甲斐しく気遣いながら、二人は扉へと向かう。
そのもたつく動きを見ているだけで、胃液が逆流しそうだった。
「何ボーっとしてるのよ!さっさと行きなさい!」
手の中で握りしめていた携帯電話を、二人の背中に向かって投げつけた。
端末がユニの背中に当たり、硬質な音を立てて床へ転がり落ちる。
二人は振り返りもしなかった。ただ無言で転がった端末を拾い上げると、逃げるように部屋を出ていった。
バタン、と扉が閉まる。
再び、静寂が戻ってきた。
広すぎるCEO専用の部屋に、私一人の呼吸音だけが響く。
足の爪先が痛い。手のひらが痛い。
汗が服の中で冷たく張り付いている。
「…………」
大きく息を吸い込み、乱れた呼吸を整えた。
まだだ。まだ終わっていない。私が負けることなどあり得ない。いや、あってはならない。
「……あの筋肉ダルマ」
誰もいない空間に向けて、呪詛を吐く。
「今に見てなさいよ。私を敵に回すということが何を意味するのか、思い知らせてあげるわ」
轟、と大気を裂く音が耳をつんざく。
雷を纏った二頭の神牛が宙を駆け、その後ろに繋がれた戦車が風を巻き上げる。
「振り落とされるなよ、マスター!」
「……ッ、はい!」
吹き荒れる風圧に耐えながら、私は目を凝らした。
見渡す限り、錆びついたトタンと汚れたコンクリートの海。高低差のある入り組んだ路地は、アークの市街地よりも遥かに死角が多い。身を隠すにはうってつけの場所だ。
風景が飛ぶように後ろへと流れていく。
「……見つからない」
焦りで自分の声が上擦るのが分かった。
探しているのはドロシーとクリームヒルトだ。天使の如き翼に漆黒の喪服。二人とも目立つ格好をしているのだから、上空からであれば容易に見つかるはずだと踏んでいたのだが……。
『――おい、聞こえてるか!』
唐突に、耳元のインカムから大音声が響いた。
鼓膜が破れるかと思った。慌ててボリュームを調整しながら応答する。
「はい、聞こえています。モランさん、状況は?」
『おう!こっちはバッチリだぜ!例の倉庫はちゃんと確保した。今はジンが周辺に人が残ってねえか、しつこいくらいチェックして回ってるところだ』
通信機越しでも彼女が胸を張っている姿が目に浮かんだ。張り詰めていた肩の力が、少しだけ抜ける。
「助かります。他のみなさんは?」
『ロザンナはコンシリエーレと一緒に武器を搔き集めてる最中だ。どこまで通用するかは分からないが、できるだけ強力な奴を持ってくるってさ』
「……サクラさんは?」
『サクラなら、逃げ遅れた住民たちを非難キャンプへ移動させてる。……あとな、何かよく分からねえんだけど武装解除をさせてるらしいんだ』
「
その言葉に、思わず眉をひそめた。
ここはアウターリムだ。自分の身は自分で守るのが鉄則の世界。ましてや、今はドバン副司令官が部隊を引き連れてアウターリムに向かってきている最中。丸腰になるなど、自殺行為に等しい。
「どうしてそんなことを?武器を持たせた方が、いざという時の力になるんじゃ……」
『だよな!俺もそう言ったんだが……あいつ、「アウターリムは被害者である必要がある」とか何とか』
被害者である必要がある?
私が首をひねっていると、手綱を握るイスカンダルが横目でこちらを見て、ニヤリと笑った。
「なるほど。あの女、中々に優れた手腕を持っておるようだな」
「えっ?」
「つまり、そのドバンとかいう将に『大義名分』を与えないためということだ」
イスカンダルは眼下のアウターリムを見下ろしながら言葉を継いだ。
「いかにこの場所が法も治安も行き届かぬ場所で、掃き溜めと言われているのだとしてもだ。武器も持たぬ、抵抗の意思も見せぬ無辜の民を殺したのと、武器を手にいつ暴れだすかもわからぬ暴徒を殺したのでは、世間の受け止め方は全く異なるであろう?」
「……あ」
目から鱗が落ちる思いだった。
ドバン副司令官は、この混乱に乗じてアウターリムを「掃除」しようとしている。だが、アーク市民や世論を味方につけるには、そもそも相手が「危険分子」でなければならない。
もし、アウターリムの住人が武器を捨て、無抵抗の状態で殺されたとしたら。それは「鎮圧」ではなく「虐殺」となる。ドバンの行為は正義ではなくなり、彼の政治的な立場を危うくする汚点として残るだろう。
「……すごいです。まさか、そこまで考えて」
『まあ、俺にはよく分からねえけど、サクラがそう言ってんだから間違いねえってことだ!』
インカムの向こうで、モランが豪快に笑い飛ばした。
「こちらも引き続き、上空から捜索を続けます」
『おう、頼んだぜ!いつでも迎え撃てるように準備をしておくからな!』
通信が切れるのと同時に、イスカンダルが双眸を細めた。
「……さて、肝心のバーサーカーとそのマスターはどこにおるのだ?」
彼の視線は、虚空を彷徨っていた。
サーヴァント同士は互いに気配を察知できるというが、彼も未だに気配を掴めずにいるようだ。ゴルディアス・ホイールで上空から探してはいるものの、この広いアークの中で本気で雲隠れを決め込まれては手の打ちようがない。
とはいえ、幸い私たちにはアーク全土を見通す
「エニック」
私の呼びかけに応じるように、空中にホログラムウィンドウが展開された。
黒いヴェールを被ったエニックの姿が、御者台の上に投影される。
『はい』
「二人の位置は分かりますか?」
『データを照合中。少々お待ちください』
エニックが一瞬だけ言葉を切る。
『現在、ピルグリム・ドロシー及びバーサーカー・クリームヒルトの反応は消失しています。つい先ほどまでは、アウターリムに近い郊外の区画にて姿を確認できていました。侵入した大型のラプチャーを狩り、そのコアを回収していたようです』
「……やはり、先ほどの戦いで宝具を開放した分の魔力を補給しておったか」
イスカンダルが納得したように唸った。
ニヒリスターを一撃で葬ったあの大技。あれほどの威力だ。相当な量の魔力を消費したはず。おそらくは、再びあれを放つためのエネルギーを現地調達で賄っていたということか。
「なら、今はどこに?」
『不明です』
「……まさか地上に戻ったわけではないですよね?」
『いいえ。もし地上へ出たのであれば、開口部付近で防衛戦を展開しているアブソルートやメティスなどの部隊から目撃情報が上がるはずです』
アーク内部にはいない。地上へ出たわけでもない。だが、エニックの監視が直接届かない場所など、この都市では限られている。消去法で考えれば、答えは一つしかない。
背筋を冷たいものが走り抜けた瞬間、視界の端で何かがきらめいた。
無秩序に積み上げられたコンテナの谷間、暗い影の中に、眩いまでの光が収束している。
あれは、ドロシーがジャンヌに向けてビームを放った時と同じ――。
「……ッ!」
思考よりも早く、喉が裂けんばかりに叫んでいた。
「イスカンダル!!右下!!」
その直後、光の奔流がこちらへ向かって迸った。
「ぬんっ!」
イスカンダルが手綱を強引に引き絞る。神牛が嘶き、戦車が急角度で傾斜した。
車輪のすぐ横を、高出力の粒子ビームが通過していく。
ジュッ、と大気が焼ける音がして、熱波が頬を焦がした。
「おのれ、挨拶もなく下から狙い撃つとはな……!」
イスカンダルが体勢を立て直しながら、光の放たれた方角を睨みつける。
砂塵の舞うコンテナの頭上に、翼を広げた純白の影が小さく見えた。
アウターリムへと続く巨大なゲートの前。対人用の銃を装備した量産型ニケの部隊が整列していた。
乾いた風が吹き抜ける中、チャージングハンドルの甲高い金属音が幾重にも重なって響く。
部隊の最後尾に立つ巨漢――ドバン副司令官が、片手を高く上げた。
「全員、よく聞け」
野太い声が、整列したニケたちの頭上に降る。
「アウターリムの中にいる生きている者はすべて、テロリストだと考えろ。全部ぶち殺せ。全員、突撃――」
彼が号令を発しようと、腕を振り下ろそうとした時だった。
――――ドォォォォォォンッ!!!
大気を切り裂くような轟音が降り注いだ。
部隊の最前列からわずか数メートル先の地点に、巨大な何かが落着する。
「ぐわっ!?」
「きゃああっ!?」
前衛にいた数人の量産型ニケが、紙切れのように後方へ吹き飛ばされる。アスファルトが砕け散り、舞い上がった粉塵が視界を遮る。
「な、なんだ!?」
「敵襲!?」
混乱するニケたちの声が響き渡る。
もうもうと立ち込める砂煙の向こう。クレーターの中心に、一つの影が揺らめいていた。
煙が風に流され、徐々にその姿が露わになる。
そこに立っていたのは、戦場に似つかわしくない、あまりにも可憐な少女だった。
白磁の肌に、編み込まれた黄金の髪。その頭上には金属製の額当てが輝いている。
身に纏うのは、汚れ一つない白銀の甲冑と、群青のドレス。そして何より目を引くのは、彼女が右手に携えた巨大な旗。金糸の紋章が刺繍された純白の旗が、勇壮にはためいている。
煤けた景色が広がる中で、彼女だけが、まるで切り取られた宗教画のごとき、神聖なまでの輝きを放っていた。
「……聖女?」
一人のニケが、呆然と唇を動かした。
「貴様は何者だ!これは一体何の真似だ」
静寂を破るように、ドバンの怒声が飛んだ。
甲冑の少女――ジャンヌ・ダルクは、伏せていた長い睫毛をゆっくりと上げ、ドバンを見据えた。
「ドバン副司令官ですね。一体、これから何をなさるおつもりで?」
ドバンは顔をしかめ、軍靴で地面を踏み鳴らした。
「質問しているのはこちらだ。所属と名を名乗れ」
「我が名はジャンヌ・ダルク。とある方から、あなた方を一人も通さないようにと頼まれています」
ジャンヌは旗の柄を握り直し、澄んだ声で告げた。
ドバンの顔に、あからさまな嘲笑が浮かんだ。
「ジャンヌ・ダルクだと?何を戯言を。……おい、そいつを拘束しろ」
彼が指を鳴らすと、両脇に控えていた二人のニケが小走りで前へ出た。
「は、はい!」
二人は構えていたアサルトライフルを下げ、ジャンヌの両腕を掴もうと手を伸ばす。
「……大人しくしてください。動かないで」
だが、ニケたちの手が触れる寸前、ジャンヌの手首がしなやかに返った。
「えっ――!?」
風切り音と共に、巨大な旗が水平に薙ぎ払われた。
槍の柄が、二人のニケの足首を正確に刈り取る。
「あっ!?」
足場を失った二人は、重力に従って盛大に背中からアスファルトへ叩きつけられた。
ドバンの目が大きく見開かれる。
「な、何をしている!さっさと捕まえろ!!」
後方に待機していた四人のニケが一斉に駆け出した。
対するジャンヌは、慌てる様子もなく旗を構え直す。
――ヒュン。
警棒を振り下ろそうとしたニケの懐に、滑るように入り込む。旗の石突が、最短距離で鳩尾を突いた。
「ぐふっ!」
衝撃でくの字に折れ曲がったニケの体を軸に、ジャンヌはクルリと回転する。
その遠心力を乗せ、迫りくる別のニケの側頭部へ、旗の柄を叩き込んだ。
――ガギンッ!
硬質な打撃音。殴られたニケが回転しながら吹き飛ぶ。
さらに背後から組み付こうとした二人に対し、ジャンヌは跳躍した。
ふわりと旗の布地が舞い、ニケたちの視界を塞いだ。
「目が……!?」
動揺して足を止めた隙を逃さず、着地したジャンヌは旗竿を旋回させ、二人の足を同時に払った。
――ドサッ!
ものの数秒。誰一人としてジャンヌに触れられぬまま、ニケたちは地面に転がされていた。
ジャンヌは切っ先を突きつけたまま、何の感情も映さぬ瞳で周囲のニケたちを見回した。
「ば、化け物……!」
一人のニケが、後ずさりながら呟いた。
その場にいたニケたちの間に、瞬く間に動揺が伝播していく。
ギリリと、ドバンは奥歯を噛み締めた。
「ええい、どいつもこいつも腑抜けおって!」
彼は顔を朱に染め、額に青筋を浮かべている。
ジャンヌは倒れたニケたちから距離を取り、彼らの進行方向――防壁のゲートの真正面に立った。そして、手にした旗を高く掲げると、アスファルトの地面へ勢いよく突き立てた。
――――ガァンッ!!
コンクリートが砕け、旗竿が大地に深く食い込む。
風に煽られ、旗がバタバタと音を立ててはためく。
「この旗より内側に入った者には容赦しません。これ以上の無益な争いを望まぬのならば、今すぐ立ち去りなさい」
その宣告に、前列のニケがさらに一歩後ずさった。
後列でも、ニケたちは互いに顔を見合わせ、すでに戦意を喪失しかけていた。
「……ふざけるな」
ドバンは低く唸り声を漏らすと、右手を高く挙げた。
「銃の使用を許可する!あの女をハチの巣にしろ!!」
「し、しかし……相手は人間かも……」
「人間があんな動きをするか!命令に従わなければ処分の対象とするぞ!」
ニケたちは一瞬だけ躊躇するような視線を交わしたが、『処分』という二文字を前に次々とアサルトライフルを構えていった。
カチャリと、安全装置が解除される音と共に、数えきれない程の銃口がジャンヌただ一人へと向けられた。
ドバンは口の端を歪め、勝ち誇ったように顎を上げる。
「……どうだ?今ならば更生館送りで済ませてやろう。さあ、そんな旗など捨てて投降しろ」
だが、ジャンヌは旗を手放そうとはしなかった。
彼女の口元が、フッと緩む。
「……そうですか。あくまで、力で踏みにじろうというのですね」
彼女は旗の柄を強く握りしめると、銃を向けるニケたちと、その奥にいるドバンを真っ直ぐに見据えた。
恐怖や絶望など、微塵もない。彼女の瞳には、ただ燃えるような闘志のみが宿っている。
「ならば、望み通りお相手しましょう」
風が、逆巻くように吹き荒れた。
「この旗が欲しいのであれば――――来たりて取りなさい」
気が付いたら評価数が30件になってました。上には上がいることは重々承知していますが、やっぱりこれだけ多くの人に読んでもらえたということは本当に嬉しいですね。
そして、お気に入り数もそろそろ400件に到達しそうです。本当に気が向いたらで良いので、面白いなと思っていただけたらお気に入り登録もしていただけると励みになります!
それではまた!