征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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皆様、大変お待たせしました!
最近、トラブルがあって7年来の友人を1人失ったり、ベッドで寝ようとしたら布団の中に黒くて小さい隣人がいたり、色々なことがありまして…。少々心に余裕がなくなっておりました。
それはそうと、E.H.のイベント目茶苦茶いいですね。エンターヘブンを単なるテロ組織として描かないあたりが、やっぱりメガニケだなあと感じます。


矜持を胸に

 

 

 焦げたようなオイルの匂いが漂う路地裏を、六つの人影が進んでいく。

 先頭を行くのはカウンターズ指揮官。彼の背中を、ラピ、アニス、ネオンの三人が扇状に囲んで護衛している。そして、その少し後方をソフィーとリアが続いていた。

 遠くで銃声らしき乾いた音が響くが、一行の歩調は変わらない。瓦礫を踏みしめる音と、装備が擦れ合う微かな金属音だけが、一定のリズムで刻まれる。

 

「……あの、お二人に質問してもよろしいでしょうか」

 

 不意に、眼鏡を指で押し上げながらネオンが振り返った。歩みを緩め、後衛の二人に並ぶ。

 ソフィーが視線だけを彼女に向ける。

 

「なに?」

「今回の作戦、どうして08さんたちの方ではなく、私たちについて来たんですか?」

 

 ネオンの問いに、ソフィーの足がわずかに止まりかけた。彼女は前を行く指揮官たちの背中を一瞬だけ見つめ、すぐに視線を足元へと落とす。

 

「……情けない話だけど、少し前、あいつらに攫われたことがあるのよ」

 

 ソフィーの唇が微かに歪む。

 

「エキゾチックにですか?」

「そう……」

「何もできなかったの。手も足も出ずに拘束されて……」

 

 隣を歩くリアが、背中に担いでいたショットガンのベルトを強く握り直した。

 ソフィーは言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。

 

「08とイスカンダル、それにジャンヌさんが助けに来てくれて、なんとか命拾いはしたけど。結局、あいつらを取り逃がした」

「…………」

「私たちが無力だったせいで、08に迷惑をかけた。……それが、どうしても許せなくて」

「なるほど、そんな事情が……」

 

 ネオンが神妙に頷く。

 その時、前方を歩いていたアニスがくるりと首を回した。

 

「まあ、あいつらときたら、四方八方で迷惑かけてるってことね」

「アニスさん?」

「私たちも、今回の事件とは別にちょっと因縁があってね」

 

 アニスはうんざりしたように肩をすくめ、ちらりと指揮官の横顔を見た。ネオンが思い出したように声を張り上げる。

 

「そうです!地上で後ろ弾されたんですから!」

 

 ネオンの放った言葉に、リアが目を見開いた。

 

「……後ろ弾?」

「ええ!私たちがラプチャーと戦って弱っていたところを、ドカンとやられたんです!」

 

 ネオンはそう言いながら頬を膨らませた。

 アニスは眉間の皺を深くしつつ、親指で指揮官の背中を指した。

 

「それだけじゃないわ。その時に、指揮官様も撃たれたのよ」

「えっ……」

 

 ソフィーとリアの視線が、一斉に指揮官へと集中する。彼は何も言わず、ただ黙々と前を見据えて歩き続ける。

 

「でも、NIMPHがある限りは人間を攻撃できないはずでは……?」

「基本的にはそう。でも、NIMPHによる制限は個体差が大きいの」

 

 ラピが前方から視線を外さずに答えた。

 

「クロウの場合、死なない程度に、直接的ではない手段で人を傷つけることができるみたいね。だから、跳弾を使って指揮官を撃ったの」

「跳弾……」

 

 ソフィーは、信じられないものを見る目で指揮官の背中を見つめた。

 

「……本当なんですか?クロウに撃たれたって」

 

 指揮官は足を止めずに振り返り、困ったように眉を下げてみせた。

 その反応を見て、ソフィーの眉間に深い皺が刻まれる。

 

「やっぱり、あいつらは生かしておけない」

 

 ギリッと、ソフィーはサブマシンガンのグリップをきつく握りしめた。

 その隣で、リアも行く手の暗がりを射抜くように見据えた。

 

「……絶対に、あいつらにはきっちりツケを払わせましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モラン曰く、エキゾチックはエンターヘブンの本拠地へ頻繁に出入りしていたという。そのため、手掛かりを得るためにはそこへ行くのが良いだろうとのことであった。

 アウターリムの住人から聞き出した座標を目指して歩き続け、一行はようやく目的の建物にたどり着いた。だが……。

 

「……本当に、ここがエンターヘブンの本拠地?」

 

 アニスが腰に手を当て、疑わしげに声を漏らした。

 そこにあったのは、今にも崩れ落ちそうなバラック小屋だった。窓は板で打ち付けられ、周辺には人影ひとつない。

 ラピは端末に視線を落とし、表示された座標を再度確認した。

 

「座標上は、そうね」

「うーん……静かすぎませんか?」

 

 ネオンが眼鏡のフレームをつまみ、首を傾げた。

 

「悪の組織の本拠地っていうから、もっとこう、それらしい雰囲気なのかと思ってました。旗とか銅像とか、そういうのがあるのかなって」

「まあ、ネオンの言うことも分かるわ。拍子抜けするくらい何もないわね」

 

 アニスが軽口を叩くのを横目に、ラピは警戒を緩めることなくゆっくりと建物入り口へ近づく。

 指揮官もそれに続き、静かに鼻を鳴らした。

 

「……微かだが、火薬の匂いがする」

「本当?」

 

 アニスが後ろから指揮官の顔を覗き込む。

 

「じゃあ、やっぱりここが本当に本拠地ってこと?」

 

 アニスが周囲をきょろきょろと見回す一行、後方に立っていたリアが不意に口元を手のひらで覆った。

 

「……うっ」

「リア?」

 

 隣にいたソフィーが心配そうに覗き込む。指揮官も足を止め、リアの方へ振り返った。

 

「どうした?」

「……いえ、あの。少し、匂いませんか?」

「え?アウターリムなんて、そこら中ゴミと下水の匂いまみれじゃないですか」

 

 ネオンがきょとんとして瞬きする。

 

 

「そうじゃなくて!鉄の匂いです。それも、少し生温い感じの……」

「鉄……?」

 

 ネオンが首を傾げたその時、ラピが目を見開いた。

 

「ッ!」

 

 言葉を発する間もなく、彼女は弾かれたように小屋の入り口へと疾走した。

 ラピが腐りかけのドアを蹴り砕く。激しい破砕音とともに、木片が屋内へと散らばった。

 

「ラピ!?」

 

 指揮官が慌ててその後を追う。アニスとネオン、そしてソフィーとリアも続いて中へ踏み込んだ。

 しかし、中に入った瞬間、全員の足がその場で凍り付いた。

 

「――っ!?」

 

 視界を埋め尽くしたのは、壁や床をべっとりと染め上げる朱の色だった。

 狭い部屋の中は家具が散乱している。

 そして、その上に――およそ10人ほどの男たちが、乱雑に()()()()()()()()()

 

 入り口に最も近い男は、右肩から左脇腹にかけて斜めに分断されていた。上半身が滑り落ち、露出した断面からは臓器と骨の断面が覗いている。

 部屋の中央では、椅子に座ったままの男が首を落とされていた。切断された頭部はテーブルの上にゴロリと転がり、見開かれた瞳が虚空を見つめている。

 ある者は腹を真横に薙ぎ払われ、またある者は防御しようとした両腕ごと頭部を縦に割られていた。

 壁に、床に、家具に。

 ありとあらゆる場所に赤い液体がぶちまけられ、生暖かい鉄錆の臭いが室内に充満している。

 

「うっ……」

 

 リアが膝から崩れ落ちた。耐えきれずに胃の中身を床にぶちまける。

 

「リア!しっかり!」

 

 ソフィーが慌ててリアの背中に手を回し、震える体を支えた。ソフィー自身の顔色も蒼白で、必死に視線を死体から逸らしている。

 

「な、なによ、これ……」

 

 アニスは口元を引きつらせ、わずかに後ずさった。

 そんな中、指揮官は血だまりを避けながら歩を進め、首を失った遺体のそばにしゃがみこんだ。

 手袋の指先で、床に広がる液体を拭う。指と指を擦り合わせると、ぬちゃりとした粘り気が糸を引いた。

 

「……まだ温かい。血も乾ききっていないな」

 

 ラピも周囲を警戒しながら遺体の一つに近づき、傷口を覗き込んだ。

 

「……切創ですね。それも、骨ごと一撃で断ち切られています」

「切創?」

「はい。それに、銃痕もなければ薬莢一つ落ちていません。ここにいた全員が、反撃する間もなく何者かに刃物で殺されたとしか考えられません」

「……クロウたちがやったんじゃないの?」

「エキゾチックがエンターヘブンと敵対する理由がないわ。仲間割れの可能性もあるけど、そもそもこれがエキゾチックのやり口とは思えない」

 

 ラピの言葉に、再び静寂が部屋を支配した。

 嘔吐が収まったリアがふらりと顔を上げた。

 

「……誰が、こんなことを」

 

 その問いに答えられる者はいなかった。

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 

 その時だった。

 

 ――ズズッ。

 

 リアの背中をさすっていたソフィーの背後、積み上げられた木箱の陰が、にゅるりと動いた。

 壁の一部だと思われていた場所が音もなくスライドし、そこから白く細い手が二本、暗闇の中から伸びてきた。

 そして、その手はソフィーとリアの首根っこを掴んだ。

 

「きゃっ!?」

「うわっ!?」

 

 二人の悲鳴が重なる。

 強引な力によって、二人の体が一瞬にして暗がりへと引きずり込まれる。

 

「しまっ……ソフィー!リア!」

 

 異変にいち早く気づいた指揮官が即座に手を伸ばす。同時にラピも反応し、地面を蹴って手を伸ばした。

 指揮官の手がソフィーの腕を、ラピの手がリアの足首を、辛うじて掴む。だが、踏ん張りがきかない姿勢で体重を預けてしまった二人は、抗うこともできずにそのまま引きずり込まれた。

 

「指揮官様!!」

「師匠!!」

 

 アニスとネオンの叫び声が遠くなる。

 重力に引かれる浮遊感と共に、四人の身体は暗闇の中へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ、来ます!」

 

 私が叫ぶのと同時に、イスカンダルが手綱を強引に引き絞った。

 重力に逆らうような急旋回で車体が傾ぎ、視界が天地も分からぬほどに回る。

 直後、さきほどまで私たちが翔けていた軌道を、青白い光の奔流が貫いていった。ジュウッ、という水分が瞬時に蒸発するような音が鼓膜を舐め、肌がひりつくような熱波が頬を撫でていく。

 あれを直に喰らっていたら、私の身体など紙切れのように融解していただろう。

 息を詰めて後方を振り返る。アウターリムの空を、純白の翼を広げたドロシーが猛スピードで追随してきていた。まるで重力など存在しないとばかりに自在に飛行しながら、彼女は手にしたライフル銃でビームを放ち続けている。

 

 ――ん?

 

 瞬きの間、揺れ動く視界の中へ捉えた彼女の姿に、微かな違和感を覚えた。

 視界に写るのは、純白のドレスと翼だけ。

 あの喪服の女が……クリームヒルトがどこにも見当たらない。

 

「イスカンダル!クリームヒルトがいません!彼女一人だけです!」

 

 吹き荒れる風に言葉がかき消されぬよう、声を張り上げて彼に告げる。

 手綱を巧みに操る背中が、わずかに揺れた。

 

「……ほう、マスターが単騎で自ら打って出てくるとはな。彼奴、あの見た目で中々に肝が据わっておるわ」

 

 イスカンダルは前方を睨んだまま、口角を吊り上げた。

 

「でも……それなら、クリームヒルトは今どこに?」

 

 ドロシーとは違い、彼女は空を飛べない筈だ。

 別行動をとっているのだとしたら、地上か、あるいは――。

 私が眼下の町並みへ視線を落とそうとした、その時だった。

 

 ガギンッ!!

 

 何かが激突する鈍い音と共に、戦車の右側の車輪が悲鳴を上げた。

 車輪が止まり、その反動で戦車全体が右側に回転しながら降下していく。

 

「きゃああっ!?」

 

 足場が斜めに跳ね上がり、身体がふわりと浮いた。

 視界がでたらめに回転する中、イスカンダルが私を強引に引き寄せた。

 

「捕まっておれ!」

 

 その直後、全身を叩きつけるような衝撃が走った。

 

 ズドォォォォォンッ!!

 

 激しい土煙を巻き上げながら、戦車が地面に激突した。地面を削り、砂利を撒き散らしながら横倒しになる。凄まじい摩擦音が脳を揺らし、ようやくその車体が停止した。

 しばらくの間、砂利が降り注ぐ音だけが耳に残っていた。

 

「……ッ、ごほッ、ごほ……」

 

 舞い上がる粉塵に咽せながら、私はゆっくりと顔を上げた。

 イスカンダルが私の体を下敷きにならないよう庇ってくれたおかげで、致命的な損傷はない。彼もまた、砂利を払い落として立ち上がろうとしていた。

 

「無事か、マスター!」

「は、はい……なんとか……」

 

 ふらつく足で立ち上がり、墜落の原因となった右側の車輪を見る。

 車軸の部分に、どす黒く脈動するツタのようなものが、幾重にも絡みついていた。生き物のように車輪を締め上げ、回転を物理的に封じている。

 

「これは……」

 

 ぞわり、と肌が粟立つ感覚を覚え、私はそのツタの根元を目で追った。

 絡みついた黒い筋は、すぐそばにある廃屋の屋根へと伸びている。

 錆びついたトタン屋根の上。逆光を背に、黒い人影がこちらを見下ろしていた。

 

「あら、ごきげんよう」

 

 頭上から降ってきたのは、氷のように澄んだ声だった。

 風に煽られ、漆黒のベールと喪服の裾が揺らめく。

 白磁のようになめらかな肌と、どこまでも暗く虚ろな瞳。

 

「……ッ!クリームヒルト!」

 

 彼女は自身の身長ほどもある巨大な黒剣を片手で構え、切っ先をだらりとこちらへ向けていた。

 刀身からは、あのツタのような何かと同じ赤黒い炎が揺らめき、鍔元に埋め込まれた不気味な眼球がギョロリとこちらを射抜いていた。

 

 思考するよりも早く、私は背中のスナイパーライフルへと手を伸ばしていた。グリップを握り、銃口を屋根の上へ向けようと構える。しかし……

 

 ――パァン!

 

 乾いた破裂音が響いた刹那、強烈な衝撃が手を襲った。

 

「ぅあ!?」

 

 まるで巨人の指で弾かれたかのようにライフルが弾き飛ばされ、地面の上を転がっていく。

 ジンジンと痺れる右手を抑えながら、射線が通った方角を睨む。

 クリームヒルトが立つ屋根とは反対側。古びた給水塔の上に、白い影が降り立っていた。

 

「無駄ですよ。そもそも、あなたの銃では私たちに傷一つつけられないでしょう?」

 

 ドロシーはライフルの銃口から立ち昇る白煙を優雅に払いながら、慈愛に満ちた、それでいて凍えるほど冷ややかな微笑みを浮かべていた。

 純白のドレスには煤ひとつなく、その背に広がる翼は神々しいまでの光を放っている。

 

 前方にクリームヒルト。後方にはドロシー。……完全に挟まれた。

 イスカンダルがマントを翻し、私を背に庇うようにして前に出た。彼は腰のスパタを引き抜き、こちらを見下ろす二人を交互に睨み据える。

 

「おうおう、挨拶も無しに奇襲した挙句、果てには珍妙な技を用いて足を掬い取るとはな。随分と薄汚い真似をしてくれるではないか」

 

 彼は忌々しげに鼻を鳴らし、足元で蠢く赤黒いツタを剣先で斬り払った。

 しかし、ドロシーは心底おかしいとばかりに肩を竦める。

 

「あら、それは心外ですわ。聖杯戦争とは本来、マスターとサーヴァントが生き残りを懸けて死力を尽くす殺し合い。……それを、何か崇高な試合か何かと勘違いされているのは、あなたの方ではなくて?」

 

 イスカンダルはドロシーを正面に見据え、彼女を睨みつけた。

 

「だとしても、だ。初手から小細工に走り、己の力のみでねじ伏せる気概すら持たず、搦め手に頼らざるを得ない時点で貴様らの底も知れるというものよ。そんな輩が、本来の聖杯戦争などと講釈を垂れるなど片腹痛いわ」

 

 ドロシーの顔が、僅かに強張ったように見えた。

 彼女はゆっくりとアサルトライフルを持ち上げると、銃口をイスカンダルに向けた。

 

「……そうですか。そんなに私たちの力が見たいというのであれば、お望み通り正々堂々と戦って差し上げましょう」

「ふん、当世の武器で余を殺すことなどできぬぞ」

 

 銃口を向けられてなお、イスカンダルは堂々と胸を張ってみせた。その揺るぎない態度に対し、ドロシーの口元が冷ややかに歪む。

 彼女の視線がイスカンダルを通り越し、背後に立つ私へと突き刺さった。

 

「あなたに大した効果はなくとも、あなたのマスターは……果たして耐えられるでしょうかね?」

 

 その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような悪寒が走った。

 

「――――」

 

 確かに、一度でも彼女の攻撃を受ければ、私の身体など痕跡もなく消し飛ぶだろう。抵抗する間もなく、無惨な肉片と化す未来がありありと脳裏に焼き付く。

 指先が震える。膝が笑う。

 呼吸をするたびに、肺の奥が凍りつく。

 理性が、本能が、今すぐ逃げろとけたたましく警鐘を鳴らしていた。

 ――けれど。

 

 私の目の前には、揺るぎない彼の背中があった。

 燃え盛るような赤髪。はためく真紅のマント。

 彼は笑っていた。強大な敵を前にしてなお、王としての威厳を、覇気を、一ミリたりとも損なうことなく、堂々とそこに立っていた。

 その背中が、私の視界を埋め尽くす。

 

(……ああ)

 

 胸の奥で、燻っていた火種が爆ぜた。

 彼は背中で語っている。「胸を張れ」と。「貴様は余のマスターであろう」と。

 ここで私が膝を屈してしまえば、彼の誇りまで泥にまみれてしまう。

 彼が私を「戦士」と認めてくれたことが、嘘になってしまう。

 

 情けない。

 彼の背中に隠れて、ただ震えているだけの自分が、どうしようもなく惨めで、悔しい。

 彼に、こんな姿は見せられない。……いや、見せてはならない。

 

(……動け)

 

 アスファルトに転がっていたライフルへと手を伸ばした。

 恐怖で感覚がないほど痺れていたが、力任せに鷲掴みにする。

 ざらついたグリップの感触が、掌に食い込む。それが、私を現実に繋ぎ止める楔となった。

 

「……やってやりますよ」

 

 喉の奥から絞り出した声は、風にかき消されそうなほど掠れていた。

 それでも、私は震える膝に鞭を打って立ち上がった。

 重い。いつもは何不自由なく構えられる銃が、今は鉛のように重く感じる。

 けれど、ここで膝を折ることは、彼を……私の王を愚弄することと同義だ。

 

「正々堂々、受けて立ちます」

 

 ジャキン、とボルトを引く。

 乾いた金属音が、張り詰めた空気を切り裂いた。

 私が戦う理由は、勝算があるからではない。

 私が、征服王(イスカンダル)のマスターだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 純白の旗が風にはためき、黄金の粒子がジャンヌを覆い尽くしていた。

 ライフルから放たれた無数の弾丸が見えない障壁に阻まれて弾け飛び、火花を散らす。

 硬質な金属音と硝煙の匂いが空間を満たしていく。

 

「ええい、何をモタモタしている!!」

 

 ドバンが声を張り上げる。彼の顔は朱に染まり、怒りで血管が浮き上がっていた。

 

「たかが一人に手こずるとは何事だ!弾を惜しむな!奴ごと蜂の巣にしてしまえ!!」

 

 そんな中、障壁の内側でジャンヌは歯を食いしばっていた。

 

「くっ……!」

 

 ライフルによる弾幕は、文字通り鉄の雨だ。生身の人間ならばとっくに肉塊に変わっているが、彼女はそれを『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』で防いでいた。

 彼女の旗は、物理的・霊的問わず、あらゆる種別の攻撃に対する耐性が付与されている。しかし、それも無限に続くわけではない。着弾の衝撃が蓄積し、柄を握る腕にじわじわと痺れが広がっていく。事実、攻撃を受け続けていることで旗の一部には損傷が目立ち始めていた。

 さらに不味いことに、隊列の後方から新たな足音が聞こえてきた。

 

「増援です!」

 

 三十機ほどの量産型ニケが駆けつけてきたのだ。

 

「よし!全員火力を集中させろ!」

 

 ドバンの命令を受け、火線の密度が増した。

 無数の銃口から放たれる火花が視界を焼き尽くす。絶え間ない衝撃が波となって押し寄せ、ジャンヌの腕が微かに震える。

 

(くっ……、いつまで保つか……!)

 

 唇を噛みしめ、彼女は旗の柄をさらに強く握りしめた。

 その時だった。

 

「きゃっ!?」

 

 ジャンヌの足首が、強い力で掴まれた。

 視線を落とせば、先ほどの乱戦で彼女自身が気絶させたはずのニケが足首にしがみついていた。

 

「放しなさい!!」

 

 振り払おうとするも、ニケの指は万力のように食い込んでいる。

 

「……放す、もんか!」

「しまっ――!?」

 

 不意を突かれ、彼女のバランスが崩れる。態勢を崩し、ジャンヌは地面に膝をついた。

 彼女の掲げていた旗が大きく揺れ、その瞬間、黄金の障壁に一瞬のほころびが生じた。

 

「今だ!!かかれ!!」

 

 ドバンの指示が飛ぶ。

 銃撃が止まり、前衛にいた十名のニケが一斉にジャンヌへ飛びかかった。

 折り重なるようにして、彼女の上へ十名の量産型が覆い被さる。鋼鉄の肉体が幾重にも重なり、物理的に彼女を地面へと押し付ける。

 

「ぐっ……!くぅッ!!」

 

 ジャンヌは必死に身じろぎをするが、ビクともしない。

 ニケのボディは重い。一機あたり百数十キログラムはあるその体重が、十機分、折り重なるようにしてジャンヌを完全に地面へ縫い付けていた。

 しばらくした後、ドバンは勝ち誇ったように笑い、ジャンヌの目の前まで歩み寄った。

 

「ふん、手こずらせおって」

 

 彼は彼女を見下ろしながら、冷ややかに鼻を鳴らす。

 

「貴様、最初からニケを殺す気などさらさらなかったな?」

 

 ジャンヌは奥歯を噛み締めた。

 図星だった。確かに、彼女は最小限の力でニケたちを無力化することだけを考えていたからだ。その油断が、この結果を招いた。

 

「甘いな。殺す覚悟もない小娘が、戦場で粋がるな」

 

 ドバンは嘲るように言い捨て、踵を返した。

 

「よし!総員、突入開始だ!」

 

 彼の命令に従い、待機していた残りの部隊が一斉に動き出した。

 ニケたちが、次々とゲートへ向かって歩みだす。

 

「ま、待ちなさい……!」

 

 押し潰されながらもジャンヌが叫ぶが、誰もその声に耳を貸そうとはしない。

 先頭の二機のニケがゲートをくぐる。彼女たちがアウターリムへ足を踏み入れた、瞬間。

 

 ――――ザンッ!!

 

 何かが断ち切られる、風切音が響いた。

 

「あ……?」

 

 ゲートを越えた二機のニケが、唐突に足を止めた。

 直後、二人の上半身が、まるで積木を崩したかのようにずり落ちた。

 断面から鮮やかな火花とオイルが噴き出し、どさりと重い音を立てて地面へ落下する。

 

「な、なんだ……!?」

 

 ドバンが目を見開き、凍り付いたように立ち尽くした。彼に続こうとした他のニケたちも、あまりに異様な光景に足を止めていた。

 噴出するオイルの飛沫を背に、ゆらりと一つの影が現れた。

 赤を基調とした、古の武者を思わせる具足。顔の上半分を覆う、不気味な仮面。両手には、鈍く濡れた二振りの刀が握られている。

 

――鏖殺

 

 影が、地の底から響くような声で呟く。

 

遂行

 

 次の瞬間、影が地を蹴った。

 

「う、撃て!!撃ち殺せェェ!!」

 

 ドバンの絶叫が響く。隊列を組んだニケたちが一斉に射撃を開始する。

 無数の弾丸が影へと殺到する。だが、影は常人離れした速度でそれらを躱し、瞬きの間にニケたちの懐へと潜り込んだ。

 

――死に候らへ!

 

 右の刀が閃き、銃を構えたニケの腕を切り落とす。

 銃を取り落としたニケが叫ぼうとした口を、左の刀が逆袈裟に切り裂いた。

 首を跳ねられ、胴を断ち切られ、ニケたちは次々に倒れていく。

 

 逃げようと背を見せたニケの背中に刃が突き刺さり、そのまま抉るように引き抜かれる。

 一太刀で確実に急所を狙い、一切の慈悲なく蹂躙していく様は、まさに殺戮の舞踏だった。

 抵抗しようとしたニケも、怯えて立ちすくんだニケも、等しく解体されていく。

 

「ぎゃあああああッ!?」

「ひぃッ、化け物……!」

「ド、ドバン様!指示を!!」

 

 阿鼻叫喚が広がる。

 赤いオイルの飛沫が舞い、武者の甲冑を赤黒く染めていく。

 返しの刃が三機のニケをまとめて薙ぎ払った。上半身と下半身が分かれ、内臓されていた部品が撒き散らされる。

 武者は止まらない。笑い声ひとつ上げず、ただ機械的に、それでいて激的な殺意を撒き散らしながら虐殺を続ける。

 

「ひっ、あ、あ……!?」

 

 ドバンは顔面を蒼白にして後ずさった。恐怖で足がもつれたのか、彼は足を滑らせて転倒する。

 武者が、仮面の奥からぎょろりとドバンを捉えた。

 

儚きは常。この世はなべて、塵芥!

 

 武者の全身から、どす黒い紫色のオーラが立ち昇る。

 刀身が赤熱し、大気が焼け焦げる臭いが満ちる。

 

「ひぃッ……来るな!誰か、誰か止めろ!!」

 

 ドバンは這いずりながら逃げようとする。だが、恐怖で足が動かない。

 武者は大上段に刀を振りかぶり、高らかに叫んだ。

 

諸行無常!盛者必衰!

 

 刀が振り下ろされた瞬間――。

 

「はああっ!!」

 

 横合いから、白い閃光が走った。

 ジャンヌが拘束を振りほどき、手にした旗を渾身の力で投げつけたのだ。

 槍のように投擲された旗の柄が、武者の振り下ろした刀の側面に激突する。

 ガィィンッ!という高い音が響き、刃の軌道がわずかにズレた。

 

 ――――ザシュッ!

 

「ぎゃあああああああああッ!!」

 

 ドバンの悲鳴が上がった。彼の左腕が、肩口からすっぱりと切断されていた。鮮血と共に腕が宙を舞い、ドバンが地面をのた打ち回る。

 

「ドバン様!?」

 

 ニケたちが駆け寄ろうとする。

 彼女たちが動揺した隙を突き、ジャンヌは立ち上がった。彼女は片膝をつきながら、自分を押さえつけていたニケたちに向かって叫ぶ。

 

「何をしているのですか!早くその人を連れて逃げなさいッ!」

 

 彼女はドバンを背に庇うように立ち、再び刃を向けようとしていた武者を見据えた。

 

「は、はい……!」

 

 ジャンヌの叱咤を受け、生き残っていた数機のニケたちは地面でのたうち回るドバンを抱え上げた。血まみれの彼を引きずりながら、彼女たちは一目散にゲートの外へと逃走していく。

 武者は、逃げていく彼らを追おうとはしなかった。ただ静かに、二本の刀を下げ、彼らの背中をじっと見つめている。

 ジャンヌはよろめきながら旗を拾い上げ、切っ先を武者へと向けた。

 

「……()()()()()()()。藤原秀郷の末裔にして、悪七兵衛の異名でも知られる、平景清ですね」

 

 真名が告げられても、武者――景清は反応しなかった。

 数秒の沈黙の後、景清は突然興味を失ったように背を向けた。

 

塵芥、塵芥

 

 そう呟きながら、彼女はゆらりと、亡霊のような足取りで路地裏へと向かっていく。

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……

「ッ!待ちなさい!」

 

 ジャンヌが旗槍を引き抜き、後を追って路地裏へ駆け込む。だが、視界に写ったのは瓦礫の山と風に舞う紙屑。すでに彼女の姿も、気配すらも、そこには残されていなかった。

 

「一体、どこに……」

 

 彼女の呟きは、黴臭い風に乗って路地裏を吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り登録数の合計が400件に達しました!
二次創作という大きな括りでみれば大した数ではないのかもしれませんが、私の作品がこれだけ多くの人に読んでいただけたことは本当に嬉しく思っています。
それではまた!
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