征服王のマスターになった量産型ニケの話   作:福梅

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誤字報告していただいた方、ありがとうございます!
それはそうと、気が付いたらUAが4000近くにまで伸びてて目が飛び出そうになりました。
い、一体何が起きてるんや……。


魔女の戯れ

 アークの繁華街。その一角に、周囲の景観とは一線を画す極彩色の店舗があった。

 三大企業の一つ、テトララインが経営するファストフード店『コスモバーガー』

 ミントグリーンを基調とした内装に、煌びやかなネオンサイン。天井には巨大なシーリングファンが回り、最新のヒットチャートが大音量で流れている。まさに、娯楽と消費を是とするテトラらしい空間だった。

 

「いらっしゃいませぇ!ご注文はお決まりですかぁ?」

 

 テンションの高い店員が満面の笑みで問いかけてくる。

 私はカウンターの前で居心地の悪さに身を縮こまらせながら、震える声で注文を告げた。

 

「……ハ、ハンバーガーを単品で」

「おいくつになさいますかぁ?」

「…………に」

「に?」

「二十個で」

 

 店員の笑顔がピタリと凍りついた。店内のBGMが一瞬だけ遠のいた気がした。

 

「……えっと、お客様?二十個でお間違いないですか?」

「はい……コーラも単品でお願いします」

「あー、し、少々お待ちくださぁい!」

 

 店員は笑顔を取り繕い、バックヤードへとオーダーを通した。

 厨房から「マジで?」「在庫足りるか?」といったざわめきが聞こえてくるのを、私は「何も聞こえない」という顔でやり過ごすしかなかった。

 

 数分後。私は両腕に抱えきれないほどの紙袋の山を積み上げ、店を出た。漂ってくるのは強烈なスパイスと油脂の匂い。すれ違う市民たちが、ギョッとして振り返る。

 

 『おい見ろよ、あのニケ』

 『あの子、あんなに食うのか?』

 『食べ盛りなのかしら…』

 『いや、どうせ何かのパシリだろ』

 

 ひそひそ話と好奇の視線が矢のように突き刺さる。私は顔面から火が出そうなほどの羞恥を感じていた。

 ……これも全てあの王の胃袋を満たすためだ。そう自分に言い聞かせ、私は逃げるように路地裏へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 アーク外縁部に位置する夜の公園。

 照明の幾つかが明滅し、遊具も錆びついたまま放置された寂れた場所だ。

 人通りは皆無。ここならば、誰に見咎められる心配もない。

 私はベンチに紙袋の山を置くと、周囲を警戒しつつ小声で呼びかけた。

 

「……いいですよ、イスカンダル」

 

 その言葉に応じ、空気が揺らぐ。

 黄金の粒子が収束し、ベンチの隣に巨漢の英霊が実体化した。

 

「うむ!待ちかねたぞマスター!」

 

 イスカンダルは鼻を鳴らし、紙袋から漂う匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「ほう、これがこの時代の民草が食する糧か。なんとも野趣あふれる、暴力的な香りではないか」

「……どうぞ」

 

 私が一つ差し出すと、彼は包み紙ごと鷲掴みにして豪快に齧り付いた。

 咀嚼する音が、静かな公園に響く。

 

「むっ……」

 

 一口飲み込み、彼は真紅の瞳を細めた。

 

「……妙な味だ。肉のようで肉にあらず。パンのようでパンにあらず。まるで、無から無理やり有を捏ね上げたような……虚飾の味がする」

 

 ―――鋭い。

 私は苦笑いしながら説明した。

 

「それは人造肉と“パーフェクト”を合成して作られたものですから」

「パーフェクト、とな?」

「アークの完全栄養食品です。現物は漆喰みたいな無味無臭の食品なんですけど、加工や味付けを経て様々な食品になるんです」

「つまり代替食品ということか」

「はい、本物の食材なんて一部の富裕層しか手に入れられませんから」

「なるほどな。地下に閉ざされた世界ゆえの代用食か」

 

 彼は納得したように頷き、しかし食べる手は止めなかった。

 二口で一つを平らげ、次々と新しい包みを開いていく。

 

「素材の貧しさを強烈な香辛料と調味料で強引にねじ伏せておるわ。舌を麻痺させるごとき濃い味付け……。だが、それもまた一興!」

 

 ガハハと笑い、彼はコーラでバーガーを流し込んだ。

 

「本来の味を誤魔化してでも、民に胃袋の充足と幸福を与える。それもまた、この街を統べる者なりの苦肉の策、あるいは慈悲か。……悪くないぞ、このジャンクな味わいもな!」

 

 山のように積まれていたハンバーガーが見る見るうちに消えていく。

 私はその様子をぼんやりと眺めていた。このハンバーガーは、日中回収したコアダストの一部を換金して購ったものだ。彼曰く、一部を切り崩しても現界維持や宝具使用に影響はないとのことだったが、それをたった一度の食事で使い切ってしまった。

 無駄遣いと言われればそれまでだ。サーヴァントは魔力さえあれば飢えることはないのだから。

 けれど…。

 

『せっかく見慣れぬ地に来たのだからな。その地ならではの食も味わっておきたいというのが、征服者たる余の性分よ』

 

 そう言って笑った彼の顔を思い出す。

 助けてもらった礼だ。これくらい、安いものだ。

 そう自分を納得させていたが――

 

(……不思議だ)

 

 目の前でおいしそうに、豪快に食事をする王を見ていると、私の胸の奥、コアのあたりがじんわりと温かくなるのを感じた。

 彼が満たされれば、私も満たされる。

 彼が笑えば、私も嬉しくなる。

 さながら恋でもしているようだと、我が事ながら呆れている。

 

「……まだありますよ」

 

 私は残りの紙袋を彼の方へ押しやった。

 イスカンダルはニカリと笑い、太い指でケチャップを拭った。

 

「うむ!では遠慮なく、この街の食文化、余の胃袋にて征服してくれよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、あらかた腹は満ちた。なれば次は腹ごなしと行こうか」

 

 心身ともに充実したイスカンダルは、公園のさらに奥、アークの外壁にほど近い広場へと足を運んでいた。人工灯の光も届かぬ暗がり。聳え立つ隔壁が、私たちを外界から隔絶している。

 

「……ここであれば、多少の騒ぎを起こしても人目につくことはないだろう」

 

 イスカンダルは不敵な笑みを浮かべ、腰に佩いたの剣を引き抜いた。

 ジャリ、と彼が足を踏みしめる音が静寂に響く。

 

「これより披露する威容こそが、征服王イスカンダルの覇道の具現。マスター、とくと見よ」

 

 彼は剣を掲げ、虚空を見据えた。

 その瞬間、彼を中心として大気の密度が変質した。

 肌を刺すような静電気―――いや、もっと根源的な、世界そのものが軋むような圧迫。

 

「――征服王イスカンダルが、この一斬にて覇権を問う!」

 

 高らかな絶叫とともに、刃が振り下ろされた。

 何も無い空間を剣閃が走る。

 刹那、世界に亀裂が走った。

 

 バリバリバリバリッ!!

 

 鼓膜を劈く轟音。

 切り裂かれた虚空の傷口から、紫電の魔力が奔流となって溢れ出す。

 渦巻く雷光の中、その“神秘”は顕現した。

 

「――――」

 

 息をするのも忘れて魅入ってしまった。

 先日、倉庫で見た時とは違う。あの時は死の淵で朦朧としていたが、今ははっきりとその細部を視認できる。

 まず現れたのは、筋骨隆々たる二頭の神牛。蹄が宙を掻き、鼻孔から紫電を噴き上げている。

 そして、それらが牽引するのは重厚な装飾が施された戦車(チャリオット)

 青銅の輝き。血と鉄の匂い。

 現代の科学技術の粋を集めたニケの兵装とは、設計思想からして決定的に異なる。

 

「これぞ『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』!かつてゴルディアス王がゼウス神へ捧げた供物にして、余がその覇道の足とした伝説の具現よ!」

 

 その圧倒的な質量が、音もなく広場のアスファルトに着地した。

 ただそこに在るだけで、周囲の空気が歪むほどの存在感。

 

 ―――規格外。

 

 その言葉の意味を、私は改めて骨身に感じていた。

 神話に語られる神への供物を、己が足として駆る男。

 …やはり、彼は常識の範疇で語れる存在ではない。

 分かってはいたことだが、それをまじまじと突きつけられた。

 

「ふははは!どうだマスター!この雷鳴、この蹄の音!血が滾るであろう!」

 

 イスカンダルは軽々と御者台に飛び乗ると、手綱を握りしめ、愛おしげに神牛の首を撫でた。

 その顔はまるで新しい玩具を手に入れた子供のように無邪気で、誰よりも誇らしげだった。

 自信に満ち溢れた王の姿。いかなる敵であろうと粉砕し、蹂躙するであろう絶対的な確信。

 まさに、"王の威厳"というものを感じずにはいられなかった。

 

 ―――だが。

 

「そんなものを出せるなんて、流石は"征服王"だねぇ。アキレウスの子孫というのも伊達じゃないようだ」

 

 その威容に酔いしれる静寂を、場違いな笑い声が切り裂いた。鈴を転がすような、それでいてどこか妖艶な響きを含んだ女の声。

 私とイスカンダルは弾かれたように振り返った。

 

「誰!」

 

 私の叫びに答えるように、広場の入り口にある街灯の上へひとつの影が舞い降りた。

 

「やあ!ご機嫌よう、ライダー。それに……可愛い子豚ちゃん?」

 

 街灯の上から軽やかに舞い降りたのは、神話の挿絵から抜け出してきたような少女だった。

 透き通るような白い肌に、ふわりと広がる淡紅色の長髪。あどけない顔立ちに、ピンと尖った長い耳。身に纏うのは古代の神官を思わせる白き薄衣一枚のみで、その背中には夜闇に溶け込む黒と鮮やかな橙色が混じり合った巨大な“翼”が羽ばたいている。

 可憐で、幻想的で――底知れぬ雰囲気が溢れていた。

 

 間違いない――――サーヴァントだ。

 

「……ふん。その鼻につく魔力の臭い、貴様『キャスター』だな?」

 

 イスカンダルが御者台から見下ろし、油断なく言い放つ。

 少女――キャスターは、悪びれる様子もなくクルリと空中で一回転して着地した。

 その動作一つ一つが舞踏のように愛らしい。

 

「ご名答!いやはや、こんな場所で同郷(ギリシア)のサーヴァントと会えるなんて嬉しいよ」

「何の用だ?名乗りも上げずに高みの見物とは、感心せぬぞ」

「喧嘩を売りに来たわけじゃないんだよ?ただ……」

 

 彼女はトテトテと軽い足取りで歩み寄ると、イスカンダルではなく、私の前で立ち止まった。

 甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 彼女は背中に手を回して上体を屈め、覗き込むように私を見つめてきた。

 大きな瞳が、興味深げに輝いている。

 

「君のマスターと、ちょっとお話がしたくてね?」

「……私ですか?」

 

 私が困惑して問い返すと、彼女は花が咲くような笑顔を浮かべた。

 

「そうそう!私のマスターがね、貴方にすごーく興味があるみたいなんだ。だからさ、ちょ~っとだけでいいから、ついてきてくれないかい?」

 

 まるで友人を遊びに誘うような、無邪気な声音。

 敵意も殺気も感じられない。

 ただ純粋な好意と好奇心だけでこちらに話しかけてきてる。そうとしか思えなかった。

 だが、唐突に視界を太い腕が遮った。

 

「惑わされるな、マスター」

 

 イスカンダルが私を背に庇うように割り込む。

 その背中からは、ピリピリとした緊張感が溢れ出ていた。

 

「聖杯戦争において、裏切り、騙し討ち、不意打ちは常套手段。しかも相手は『キャスター』と来た。その言葉、鵜呑みにするほうが無理というものよ」

「むぅ、人聞きの悪いこと言わないでおくれよライダー。私はただお茶でもどうかなって…」

 

 イスカンダルの背中越しに彼女を見る。

 …確かに怪しい。けれど、私にはどうしても彼女が敵だとは思えなかった。今が聖杯戦争という特異な状況であることも、サーヴァントとマスターは殺し合うものだということも理解している。

 けれど、彼女から漂うどこか気の抜けた雰囲気だけは、作り物ではないと感じるのだ。

 

「……本当に話があるだけなんじゃ?」

 

 私の迷いを見透かしたのか、キャスターは「んー」と小首を傾げた。

 そして――――ふっと、表情から温度が消えた。

 

「……まあ、マスターも本人の同意が必要とは言ってなかったし。別にいっか」

 

 ゾクリ、と背筋が凍った。

 次の瞬間、彼女が背中に回していた手から何かが放たれた。

 深皿に入ったスープのような料理だった。

 だが、それが地面に落ちて砕けた瞬間、ただの料理とは思えない現象が発生した。

 

 ボシュッ!

 

 ―――毒々しい紫色の煙が爆発的に膨れ上がった。

 甘ったるく、脳髄を直接痺れさせるような強烈な芳香が、瞬く間に周囲を包み込む。

 

「げほッ……!?」

 

 防ぐ間もなく、私はその煙を吸い込んでしまった。

 視界がぐにゃりと歪む。足の力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。

 

「じゃ、マスターだけ頂いていくよ!」

 

 意識が混濁する中、翼を広げたキャスターが猛禽類のような速さで突っ込んでくるのが見えた。

 その手が、私の首筋に伸びる。しかし…。

 

 ――ガキィンッ!!

 

 硬質な金属音が響き、キャスターの身体が横へと弾き飛ばされた。

 

「おっと!」

 

 咄嗟に手にした杖を盾にして衝撃を受け流し、キャスターは地面を滑って距離を取った。 

 私と彼女の間には、スパタを手にしたイスカンダルが仁王立ちしていた。

 

「マスター、無事か!?」

 

 その呼びかけに答えようとした。だが、口元が痺れてうまく動かない。

 

「あ……う、ぅ……」

 

 視界が明滅し、平衡感覚が狂っている。

 思考回路に霧がかかったようで、正常な判断ができない。

 

「あーもう!邪魔しないでくれよ!せっかく傷つけずに連れて行こうと思ったのに!」

 

 キャスターは頬を膨らませ、駄々っ子のように地団駄を踏んだ。その姿はやはり愛らしい少女のままだが、やっていることは拉致未遂だ。彼女にとって、毒を盛って連れ去ることは「傷つけない」慈悲の範疇らしい。

 彼女は杖を高く掲げると、足元に幾何学模様の魔法陣を展開させた。

 先ほどまでの遊び半分な空気は消え、大気がビリビリと震えるほどの魔力が渦巻き始める。

 

「毒を盛って闇討ちする輩などに、余のマスターを渡すわけにはいくまい」

 

 イスカンダルは剣を構え直し、私を完全に背後に隠した。

 

「ふーん……。交渉決裂ってわけか」

 

 キャスターは妖艶に目を細め、杖の先端をこちらに向けた。

 

「それなら――遠慮なく行くよ!」

 

 無邪気な掛け声とは裏腹に、杖から放たれたのは容赦のない攻撃だった。

 夜闇に引かれた緑と青の光条が次々とイスカンダルへと殺到する。

 彼は剣を一閃させ迫り来る光刃を薙ぎ払う。魔術と闘気が軋み合うような輝きが散る。

 

「まだまだ、踊り足りないでしょう?」

 

 中空で舞うキャスターの周囲に、突如として緑色の暴風が渦巻いた。

 彼女はその暴風を衣のように纏い、重力の楔から解き放たれたかのような機動で宙を翔け、死角から雷撃を突き出してきた。残像を追うのがやっとという程の速度だ。

 

「小癪な!」

 

 イスカンダルは防戦に回ることなく、鋭い剣戟で竜巻を切り裂き迎撃する。

 だが、キャスターとイスカンダルの攻撃が衝突するたびに衝撃波が拡散し、その余波だけで私の身体は木の葉のように揺さぶられた。

 先ほど吸い込んだ毒煙が神経系を侵食し始めているのだろう。手足の感覚は泥のように重く、立っていることさえままならない。

 

「おや?マスターの顔色が優れないねぇ」

 

 キャスターが上空で静止すると同時、その背後に禍々しい紫色の魔法陣が展開された。

 

「……なら、これでトドメと行こうか!」

 

 幾重にも重なる紋様が回転し、膨大な魔力が一点に収束していく。

 

 ――熱線照射。

 

 直感した瞬間、極太の光の柱が放たれた。

 

「させるかッ!」

 

 咆哮と共に、イスカンダルが私の視界を塞ぐように立ちはだかった。彼は大剣を盾として掲げ、真正面から破壊の光を受け止めた。

 

 ジュウウウウッ!!

 

 大気が焼ける音が鼓膜を打ち、強烈な熱波が肌を焦がす。

 彼のマントが焼け付く臭いが鼻をつく。

―――拮抗している。だが、このまま防戦していてはジリ貧だ。

 イスカンダルは背後の私を一瞥し、瞬時に決断した。

 

「掴まっておれ、マスター!」

 

 太い腕が私を抱え上げ、巨体に見合わぬ軽やかさで跳躍した。

 着地したのは広場に待機していた神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の御者台だった。

 主人の意思を汲んだ二頭の神牛が、鼻孔から紫電を噴き上げて嘶く。

 

「征くぞ!」

 

 手綱が振るわれると同時に雷鳴が轟いた。

 神獣の健脚がアスファルトを削り取り、戦車(チャリオット)が爆発的な加速を見せる。

 紫電を撒き散らしながら空へと駆け上がる。

 

「あはっ!追いかけっこ?望むところだよ!」

 

 キャスターは楽しげに笑うと、懐から怪しげな椀を取り出し、中身を一息に飲み干した。

 彼女の全身から桁違いの魔力が噴き上がり、杖の先端から広範囲へ向けて雷撃が放出された。

 青、紫、赤…。色とりどりの雷が網の目のように空間を埋め尽くし、逃げ場を塞いだ。

 

「無駄だァッ!!」

 

 だが、イスカンダルの進撃は止まらない。

 戦車が纏う神威の雷がキャスターの放つ魔術を相殺し、弾き飛ばしていく。

 雷の嵐の中を一直線に突き進む轟音。爆風と閃光が視界を焼き尽くす中、私は必死に手すりにしがみつき、揺るぎない彼の背中を見つめ続けていた。

 

「捕らえたぞ!!」

 

 攻撃の僅かな間隙。 キャスターが次の術式を編もうとした一瞬の隙を、彼は見逃さなかった。

 神牛が角を振りかざし、トップスピードで突撃する。

 回避は不可能。戦車の車輪と蹄が空中に浮かぶ少女を捉えた。

 

 ――グシャアッ!!

 

 だが。激突の瞬間に響き渡ったのは肉が弾ける音ではなかった。

 硬質な金属と合成樹脂がひしゃげ、砕け散る無機質な破壊音。

 粉々に粉砕されたキャスターの破片が、アスファルトにばら撒かれる。

 そこに転がっていたのは――――歪んだ金属のフレームと千切れた人工筋肉のケーブル。 

 アークの廃棄場であればどこででも見かける、量産型ニケのボディだった。

 

「……やはり、写し身(デコイ)だったか」

 

 戦車を停止させ、イスカンダルが苦々しげに吐き捨てた。

 魔術による幻影と、科学による人形を組み合わせた精巧な替え玉。

 敵は最初から、自身の安全圏から高みの見物を決め込んでいたようだ。

 こちらはそれを知らず、まんまと踊らされたということになる。

 

「おのれ――む、マスター!?」

 

 慌てた様子の王の声が、遠くから聞こえる気がした。

 私は御者台に崩れ落ちていた。

 傷はない。だがあの毒煙の効果か、それとも神代の魔力に晒され続けた負荷か、意識が急速に深い闇へと沈んでいく。

 ノイズ混じりの視界の向こう、私を覗き込んでくる赤髭の巨顔だけが最後まで焼き付いていた。

 

(ああ……本当に、大きい人だ……)

 

 そんな場違いな感想を最後に、私の意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークの最深部。M.M.R.地下研究所。

 青白いモニターの光だけが満たす暗闇に、不満げな声が響いた。

 

「マスター、駄目だったよ……」

 

 粒子となって帰還したキャスターが、ソファの上へ大の字になって寝そべった。

 

「あら、左様ですか」

 

 白衣の主は、手元のホログラムキーボードを叩く手を止めず、さも興味なさげに応じる。

 その素っ気ない態度に、キャスターはむくりと起き上がり、唇を尖らせた。

 

「……怒らないのかい?せっかく写し身の素体の用意してもらったのに」

「予想通りではありますえ。相手は英霊、そう簡単にいくとは思ってまへんでしたから」

 

 白衣の主は、モニターに表示されたデータを冷静に解析している。

 

「とはいえ、流石に写し身の依代はもっと良い素体を使いたいものだね…」

「何か問題がおありで?」

「移動も戦闘も問題はなかったけど、やっぱり出力が不足していた。やっぱり、ちゃんとした魔術回路が無いと駄目だねえ。術式の展開が一呼吸遅くなってたし、宝具の展開なんて到底無理だよ」

 

 キャスターのぼやきに、主は「ふむ…」と顎に手をやった。

 

「なるほど……。では、もっと出力の高い素体が手に入り次第、貴女に提供させてもらいまひょ」

「本当かい?!」

 

 機嫌を直したキャスターに、白衣の主は椅子を回転させ、向き直った。

 暗がりの中で、艶やかな紫色の長髪が揺れる。彼女は切れ長な瞳を細め、キャスターに問うた。

 

「それで――神代の大魔女『キルケー』である貴女から見て、彼はどうでした?」

 

 真名を呼ばれた魔女は、ニヤリと口角を吊り上げた。

 

「やっぱり強い。征服王という名は伊達じゃないね。まともにやり合えば、私の魔術障壁ごとすり潰される。でも……」

 

 彼女はそこで言葉を切り、楽しげに瞳を輝かせた。

 

()()()()()()()()()()。特に、マスターの方が足を引っ張っている」

「ほう?」

「中々に芯のある子ではあったけど、身体がそれに追いついていないという感じかな。……勿体ないなあ、と思うけどねえ」

 

 その分析を聞き、白衣の主は満足げに頷いた。

 

「分かりました。では、方針はこれまで通り『マスターを先に攻略する』で問題なさそうですね」

「うん、それがいいと思う。あの出鱈目な王を相手にするより、弱った子豚ちゃんを料理する方が簡単だろう」

 

 キルケーは軽やかにソファから飛び降りると、実験室の奥にある隔離区画の方を向いた。

 

「さて、それじゃあマスターからの用事も済んだし、私は愛豚(ピグレット)たちの様子を見てくるよ。お腹空かせてるかもしれない」

「ほどほどにしておいてくださいね。それと取って食べたりもしないように。貴重なサンプルなんですから」

「もちろん、分かっているさ!」

 

 ウキウキとした足取りで去っていくキルケーの背中を、白衣の主は見送った。

 静寂が戻った研究室で、彼女は一人小さく息を吐く。

 

「……最初はどうなるかと思いましたが、何とか事態を収拾できそうで何よりどすな」

 

 彼女は自身の手のひらをじっと見つめた。

 その手にはまだ何もない。

 だが―――この儀式の果てに、必ず掴み取るべきものがある。

 

「……必ず、“聖杯”をこの手に」

 

 彼女の瞳には、暗く重い光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 




「ああ、そうだ!マスターもこれ食べるかい?」
「…なんですの?これは」
「私特製のキュケオーンさ!マスターから貰った食材で作ってみたんだよ」
「……遠慮しときますわ」
「ええ!?どうしてさ!?」
「うまいこと説明できまへんけど、なんとなく邪な気配を感じますさかいに」
「ピグレットたちのために丹精込めて作ったんだよ!マスターは大魔女()の誠意を無下にするつもりかい!」
「なおさら、口にする理由が無うなりましたわ」
「もう、マスターったら!」
「はあ……キャスターいうクラスのサーヴァントが皆こうなんどすか、彼女だけが特異なんか、判断のしようがありまへんな」








08ちゃんも大変ですが、キルケーを制御しないといけないあの人も大変そうですよね…(小並)
閑話休題。
毎度の事ながら、感想を書いてくださった方々、評価を付けていただいた方々、そしてお気に入り登録をしていただいた方々、本当にありがとうございます!
本当に、これだけ多くの方に読んでいただけるなんて夢にも思っていませんでした!
それでは、また明日!
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