あれだけ長引いた第2部にもようやく終わりが来るのかと思うと感慨深くなります。
対して、メガニケの三周年は「最終決戦!クイーン討伐!勝利の女神:NIKKE『完』」と思わせてからの急降下で、寧ろ終わりが見えなくなりましたね()
一体完結はいつになるのやら…
轟音と共に、景色が後方へと飛び去っていく。
砂塵の荒野も、廃墟のビル群も、まるで早回しの映像のように一瞬で視界の端へと消えていく。
私たちは今、かつてない速度で地上の空を駆けていた。
「ひ、ひぃぃぃッ!?な、なんなのよコレぇぇぇッ!?」
「牛が!牛が空飛んでるし、雷出してるし、もう訳が分かんないぃぃッ!!」
私の背後で、ソフィーとリアが悲鳴を上げながら、必死に手すりにしがみついている。
無理もない。彼女たちは今日初めて、この“神威”を目撃したのだから。
紫電を撒き散らして疾駆する二頭の神牛。それらが牽引する、重厚にして絢爛な戦車。
『
古代の王が愛用したというこの宝具は、アークの輸送機など比較にならないほどの速度で空を駆けていた。
「はっはっは!よい反応だ!やはり戦車というものは、同乗者の絶叫があってこそ興が乗るというものよ!」
「「悪趣味ぃぃッ!!」」
手綱を握るイスカンダルは、強風を物ともせずに高笑いしている。彼の身体は一切微動だにせず、まるで嵐そのものを御しているかのような安定感があった。
私は悲鳴を上げるソフィーとリアに苦笑しつつ、風に飛ばされないよう足を踏ん張った。
「……それで、昨日話していた計画についてですが」
私は風切り音に負けないよう、声を張り上げた。
今回の出撃は単なる資源回収ではない。より大きな目的があった。
「うむ。先日の戦いで確信したが、通常のラプチャーから得られるコアダスト……あれは、数こそ集まるが一個一個の魔力の密度が低い。この戦車を走らせる分には申し分ないが、余の切り札……
彼は真紅のマントを翻し、御車台の側面に括り付けられたコアダストの袋を見下ろした。
「あれを行使するには一度に膨大な魔力を消費する。故に、もっと純度が高く、出力の大きいコアダスト――あるいは、無傷のコアそのものが必要となるであろう」
その言葉に、後ろにいたソフィーとリアが顔を引きつらせた。
「ま、まさか……」
「嘘でしょ……?」
イスカンダルはニヤリと、凶悪なまでに好戦的な笑みを浮かべて振り返った。
「そうだ。今回は大物……奴らの上位個体を狙うぞ」
―――上位個体。
その単語だけで、二人の表情が凍りついた。
「マスターよ。ラプチャーの中にも、とりわけ強い個体はいるのであろう?」
「それは勿論いますけど……どうして分かったんですか?」
「以前狩った雑兵どもの中にも、頭領とおぼしき図体の大きい輩が混じっておったからな。群体で行動し、統率された動きを見せる以上、それを束ねる“将”がいると推察するのは自然であろう」
…鋭い。確かに、ラプチャーはクイーンを頂点としたヒエラルキーと指揮系統を持っている。
「……まあ、その通りです。以前よりも大きな個体を狙うのであれば、候補となるのはマスター級かロード級……あるいはタイラント級ですが、最後のは流石に無理がありますね」
「ほお」
私が名前を挙げると、イスカンダルの瞳が興味深げに輝いた。
だが、ソフィーが真っ青な顔で私の肩を揺さぶる。
「ちょ、ちょっと!いくら何でもマスター級かロード級を狙うなんて無茶よ!正気!?」
「む?そんなに強いのか?」
「当たり前よ!」
リアも悲鳴交じりに叫んだ。
「マスター級だって私たちじゃ荷が重いのに……ロード級なんて、殲滅には最低でも五部隊は必要なんだよ!?私たちみたいな量産型が三機で挑むなんて、自殺行為もいいところだよ!」
五部隊。分隊の編成にもよるが、およそ十数機による集中砲火と連携が必要となる戦力だ。
とはいえ、それも最低限必要な量でしかない。たとえ五部隊を用意したとしても、勝てずに敗走することだってザラにある。
それを聞いたイスカンダルは、「ほほお!」と嬉しそうに声を上げた。
「なんで嬉しそうなのよ……」
「そのロード級とやら、それ程の強さを誇り、多数の軍勢を要するというのであれば……中々に倒し甲斐のある将ではないか?」
彼は愛剣の柄を撫で、獰猛な猛獣のように目を細めた。
恐怖など微塵もない。彼にあるのは、強敵への渇望と己が武勇への絶対的な自信だけだ。
「……まあ、貴方は一人でラプチャー百機を倒しちゃいましたからね。ロード級くらいならいけるかもしれません」
私は、先日の一方的な蹂躙劇を思い出しながら言った。
英霊の力は常識で計れない。彼ならば、私達の常識など軽々と踏み越えてしまうかもしれない。
「であろう?数の多寡など、王の威光の前では無意味よ」
「……分かりました。ではロード級の討伐を目指しましょう。タイラント級はさすがに荷が重いので、ひとまずロード級と戦って様子を見るのが良いかと」
「うむ、心得た。まずは手頃な将を血祭りにあげ、余の糧とするとしようではないか!」
イスカンダルが高らかに宣言し、手綱を振った。
戦車がさらに加速し、雷鳴が轟く。その背中で、ソフィーとリアが力なく呟いた。
「ねえ、二人とも冗談だよね……?」
「嘘だと言って……」
彼女たちの嘆きは空を切る風の音にかき消され、荒野の彼方へと吸い込まれていった。
「う、嘘……」
「本当に……?」
二時間後、戦闘が終わった荒野に呆然とした声が漏れた。
ソフィーとリアは各々の武器を力なく手にしたまま、地面にヘナヘナと座り込んでいた。彼女たちの視線の先には、スクラップと化したロード級の残骸が転がっている。
通常ならば、いくつもの分隊が集まってようやく討伐できる強個体だ。それが、ものの数分で鉄屑へと変えられてしまったのだ。
「何だ、大したことないではないか。全く歯ごたえのない」
イスカンダルは退屈そうに剣を鞘に納めた。その鎧には傷一つ、煤一つついていない。
「貴方の基準で言わないでください。私たちだって必死に戦ってるんですから」
私はため息をつきつつ、まだ煙を上げている残骸へと歩み寄った。
驚くよりも先に、まずは成果の確認だ。ひしゃげた装甲の隙間から、動力炉の中心部をこじ開ける。そこには、バレーボールほどの大きさのコアがあった。
「どうですか?」
「うむ」
私が差し出したコアをイスカンダルは片手で持ち上げ、まじまじと観察した。
だが、その表情はすぐに険しいものへと変わった。
「……悪くない。以前狩ったラプチャー共のものに比べれば、幾分かマシな魔力を帯びておる。だが、足りないな」
「そうですか……」
私はがっくりと肩を落とした。
ロード級でも駄目となると、ハードルは一気に上がる。
「どうしましょう。とりあえず、他のロード級を探して回るべきでしょうか」
「試してみる価値はあるだろう。ロード級と呼ばれる存在はこれだけではないのだろう?」
「はい。これはビッグマウスという個体なので、他にも数十種類はいます。」
「……ねぇ」
淡々と今後の方針を話し合う私たちを見て、ソフィーが引きつった顔で口を挟んだ。
「なんで08はそんなに落ち着いてるのよ。ロード級だよ?それをたった一人で倒しちゃった人が目の前にいるんだよ?」
彼女のツッコミに、私は苦笑いを浮かべた。
確かに異常だ。けれど、ここ数日で起きたことはどれも非現実的なものばかりだった。
感覚が麻痺しているのかもしれない。あるいは――この王の背中にいる限り、どんな困難であっても「乗り越えられる試練」くらいにしか思えなくなっているのか。
―――だが。
その慢心を打ち砕くように、事態は急転した。
「……む?」
戦車に乗り込もうとしていたイスカンダルが、ピタリと動きを止めた。
その視線は、瓦礫の山の向こう……地平線の彼方へと向けられている。
「どうしたんですか?」
「……聞こえる」
「え?」
「地響きだ。こちらに近づいている。……それも、とてつもなく巨大な何かがな」
彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、私の聴覚センサーが微細な振動を拾った。
ズウン……ズウン……。
それは次第に大きくなり、地面を伝って私の足を震わせるほどの震動へと変わっていく。
瓦礫が崩れ落ち、小石が跳ねる。
「……ちょっと、これマズいんじゃ」
リアが青ざめた顔で立ち上がる。
エブラ粒子の濃度計が、警告音と共に振り切れた。
「……皆、急いで出発するぞ!」
イスカンダルの鋭い号令。
それを契機に、私たちは弾かれたように御者台へと飛び乗った。
私も回収したロード級のコアを積み込んだ。
その時だった。
―――目の前に聳え立っていたビルが倒れた。
廃墟となっていた高層ビルが豆腐のように粉砕され、その向こう側から“それ”が姿を現した。
「ヒッ……!?」
リアが小さく悲鳴を上げ、喉を詰まらせた。
現れたのは、悪夢を具現化したような異形だった。
天を衝く長大な四本の脚。その脚が支えるのは、赤黒く腫れ上がった球根のような腹部と無数のセンサーが埋め込まれた頭部。
蜘蛛のような外見。そして――圧倒的に巨大な身体。
先ほど倒したロード級が、まるで玩具に見えるほどの威容だった。
「た、タイラント級……!」
ソフィーの口から、震えた声が零れ落ちた。
それに応えるかのように、タイラント級ラプチャー『ハーベスター』の頭部から、大気を引き裂くような咆哮が放たれた。
――グオオオオオオオオオッ!!!
衝撃波が砂塵を巻き上げ、鼓膜を叩く。
頭部に埋め込まれた複数の赤いレンズが、殺意を伴って私たちを見据えた。
そして鎌のような前脚をゆっくりと上げ―――私たちを目掛けて振り下ろした。
「っ!お前たち、掴まっておれッ!」
イスカンダルの咆哮と同時に、戦車は爆発的な加速でその場を離脱した。
ズオォォォン!!
直前まで私たちがいた地面が圧倒的な質量によって粉砕された。
岩盤が悲鳴を上げ、衝撃波が瓦礫を弾き飛ばす。
「ひぃッ!?」
「あわわわわ……!」
背後でソフィーとリアが悲鳴を上げる。
だが、安堵する暇などない。先ほどハーベスターが倒壊させたビルの残骸が障壁となり、戦車の進路を塞いでいた。右往左往と回避行動を取る間にも、ハーベスターの頭部ではエネルギーの収束が始まっていた。 赤黒い閃光が徐々に大きくなっていく。
「イスカンダル!」
「分かっておる!飛ぶぞ!」
彼が手綱を引き絞ると同時に神牛が虚空を蹴った。
重力の楔を断ち切り、戦車が空へと舞い上がる。
その直下を、極太のレーザーが薙ぎ払った。
――轟!!
レーザーが着弾した地面が瞬時に溶解し、マグマのように赤熱する。
巻き上がった熱波と土煙が、私たちの足元を舐めるように通り過ぎていった。
「ひいぃぃっ!?」
死を肌で感じた二人が、身を寄せ合って震え上がる。
「イスカンダル!逃げられますか!」
「当然であろう。
イスカンダルは不敵に笑い、さらに高度を上げた。その言葉通り、鈍重な巨体を持つハーベスターとの距離はみるみる遠ざかっていく。このまま行けば安全圏への離脱は確実だ。
ひとまず危機を脱したことに、私とソフィーたちは胸を撫でおろした。
だが――イスカンダルは背後を振り返り、目を細めた。
「……とはいえ、あれ程の巨体だ。さぞや強大な力が蓄えられているに違いない」
彼の独り言を聞き、私も同じところへ視線を向けた。
遠ざかる巨影。球根状に膨れ上がった胴体の中央に、禍々しくも鮮烈に輝く“赤”が見えた。
―――コアだ。タイラント級の巨体を駆動させ、あれほどの熱量を放出するエネルギーの源泉。
「……もし、あれを回収できたとすれば、貴方の“切り札”だというもう一つの宝具は発動できるようになるんですか?」
「恐らくはな。勿論、現物を見ない限りは推測の域を出んが……あの輝きだ、尋常な魔力量ではないぞ」
それを聞いた瞬間、私の腹は決まった。
パン、と両手で自身の頬を叩く。乾いた音が、迷いを断ち切った。
「――倒しましょう。どの道、今の私たちには力が必要です」
イスカンダルはニヤリと獰猛な笑みを深めた。
「良い
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「はて、あいにくと心当たりは無いな」
軽口を叩き合う私たちを、ソフィーとリアが信じられないものを見るような目で見上げていた。
「は?二人ともマジで言ってるの!?」
「駄目だって!あんなの勝てるわけない!絶対返り討ちにされちゃうよ!」
彼女たちの恐怖はもっともだ。常識的なニケならば、あんな敵は誰もが回れ右をして逃げ出す相手だ。だが、私は二人の顔を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「大丈夫、策はあるよ。それに……」
私は隣に立つ巨漢を見上げた。
「私たちには、征服王が付いてるんだから」
その信頼に応えるように、イスカンダルはそっと私の背中に大きな掌を添えた。
熱が伝わる。決して揺らぐことのない、王の熱が。
「さあ、往こうぞ!」
「はい!」
私と彼の声が重なる。
イスカンダルが手綱をさばくと、空を駆ける戦車は強引に急旋回し、その切っ先を再び敵へと向けた。
「いやあああ!」
「やめてええええ!!」
……ソフィーとリアの悲痛な絶叫をたなびかせながら、雷を纏った戦車は一直線にタイラント級へと突撃を開始した。
私たちの接近を脅威と判断したのか、ハーベスターの頭部から再び鼓膜を震わす咆哮が放たれた。 衝撃波が戦車を揺さぶる中、王は手綱を握りしめたまま不敵に口元を歪めた。
「それで、策というのは?」
イスカンダルの問いに、私は眼前で暴れ狂う巨影を見据えながら答えた。
「ハーベスターの構造は蜘蛛に酷似しています。巨大な脚部に比して本体は小さく、そして地上から非常に高い位置にある」
「それで?」
「奴は
「…なるほど、見えてきたぞ」
我が意を得たりとばかりに、イスカンダルがニヤリと笑う。
「まず、脚を一本優先して破壊しましょう。支えを失えば、奴は必ずバランスを崩して倒れ込む」
「そこを余の戦車で轢くのだな?」
「いえ、脚を破壊するだけでは不十分です。奴の能力ならば、最悪三本脚でも持ち直してしまうでしょう。なので……」
私は背中からスナイパーライフルを取り出した。
「奴が体勢を崩した瞬間、頭部を狙撃します。視覚センサーを潰せば、ハーベスターはしばらくの間、完全に身動きが取れなくなる。――貴方は、その隙を突いて突撃してください」
「……万全を期すというのだな?」
「はい。相手はタイラント級。一撃で確実に仕留めなければ、次は私たちが消し炭です」
イスカンダルは私の瞳を覗き込み、そして満足げに頷いた。
「ならば、その策で問題あるまい。
「ありがとうございます」
私は視線を外し、今度は震えながら銃を握りしめている二人に向き直った。
「ソフィー、リア。二人とも手を貸して」
「な、何をすればいいの!?」
「あなたたちは、奴の右前足……その関節部分を集中して攻撃して」
「でも、タイラント級の装甲なんか私たちの武器じゃ…」
「そうじゃない。脚が動いた瞬間に露出する
冷静に指示を出す私を見て、二人は顔を見合わせ……そして、覚悟を決めたように声を上げた。
「うぅ……わ、分かったわよ!やればいいんでしょ!」
「もうここまで来たら、一蓮托生よ!」
二人が各々の火器を構えたのを確認し、私は正面を見据えた。
ハーベスターはこちらの再接近を感知し、頭部のレンズを赤熱させている。
高密度のエネルギー反応。―――再び、あの光が来る。
「来るぞッ!」
イスカンダルが叫んだ瞬間、極太のレーザーが虚空を焼き尽くさんと放たれた。
彼は神速で手綱を引き絞った。神牛が宙を蹴り、戦車が直角に近い機動で死の光線を回避した。
「チッ……!」
再び戦車を水平に戻した時、ハーベスターの巨体は目と鼻の先にあった。
ギギギ、と駆動音を唸らせ、長大な右の前足が鎌のように振り上げられる。私たちを空中で叩き落とすつもりだ。
装甲がスライドし、関節の駆動部が露わになった。
「ソフィー!リア!今だッ!」
私の号令に合わせ、二人のサブマシンガンとショットガンが火を噴いた。
ダダダダダッ!!
ズガンッ!!
無数の銃弾が、ハーベスターの関節部めがけて吸い込まれていく。
火花が散り、関節のシリンダーが破裂する音が響いた。
しかし、ハーベスターは構いなしで前足を振り下ろした。
「させるかァッ!」
イスカンダルは再び手綱を引き、紙一重でその一撃を回避した。
空を切った前足は、そのまま勢いを殺せず地面へと激突し……
――バキィッ!!!
凄まじい破砕音が響き渡った。
数百トンにも及ぶ自重、重力に任せて叩きつけた衝撃、そしてソフィーとリアによる攻撃。
それらが重なり、ハーベスターの脚部は無残にも逆方向へと折れ曲がった。
支えを失い、巨体が大きく傾いた。
重心のバランスが崩壊し、ハーベスターは胴体ごと地面に倒れ込む。
土煙が巻き上がる。
その衝撃で、頭部の装甲の一部に亀裂が走るのが見えた。
――その隙を、私は見逃さなかった。
私は素早くボルトを引き、一発の銃弾を装填した。
以前の回収任務で偶然手に入れた、対物用の炸裂弾。
虎の子の一発だ。外せば――次は無い。
スナイパーライフルのスコープを覗き込み、ハーベスターの頭部を視界に収める。
「イスカンダル!奴の頭部を狙えるように旋回してください!」
「応ッ!」
戦車が滑らかに空を滑る。
先ほどまではユラユラと不気味に揺れていたハーベスターの頭部は、落下の衝撃で地面に打ち付けられ、完全に静止していた。残った脚を動かし、何とか体勢を立て直そうとしているが、泥に足を取られて上手くバランスが取れていない。
「ふぅ……」
肺の中の空気をすべて吐き出し、スコープの中を覗き込む。
戦車は高速で移動している。足場は空中の御者台。
本来ならば狙撃など不可能な状況。だが、照準はピタリと吸い付いたまま微動だにしなかった。イスカンダルが私の呼吸に合わせ、完璧な
―――これならば、外す道理がない。
指先に力を込める。
ゆっくりと、
――ドンッ!
乾いた銃声と共に放たれた弾丸は一筋の線となって虚空を走り、ハーベスターの赤い眼へと吸い込まれるように突き刺さった。
パリン、とガラスが砕ける音。
一瞬の遅延の後、内部で弾頭が炸裂した。
ギョオオオオオオオオオオッ!!!
視界を奪われ、脳髄を焼かれたハーベスターの絶叫が、荒野一帯に響き渡った。
「完璧だ!マスター!」
狙撃の成功を見届けるや否や、イスカンダルは手綱を猛然と振るい、絶叫し悶えるハーベスターの正面へと戦車を躍らせた。
回避行動など不要。
小細工も不要。
あとはただ、真正面から粉砕するのみ。
王は高らかに剣を掲げ、世界を震わせる咆哮を上げた。
「
その叫びに呼応するように、二頭の神牛の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、今までに見たこともないほどの高密度の雷気が迸った。
紫電の奔流が戦車を包み込み、戦車を巨大な雷の塊へと変貌させる。
「『
その名が紡がれた瞬間、神威の車輪は物理法則の枷から解き放たれた。
神速の突撃。
雷光を纏った戦車の質量と神牛の脚力が一点に集中し、ハーベスターの胴体へと激突した。
――ズガァァァァァァァァンッ!!!
閃光と衝撃波が荒野を薙ぎ払う。
次の瞬間、信じ難い光景が広がった。数百トンに及ぶであろうハーベスターの巨体が、まるで蹴り飛ばされたボールのように宙へと高く弾き飛ばされたのだ。
数十メートル…いや、百メートル近い高さまで吹き飛んだ。
戦車がその下を駆け抜け、急制動とともに静止した瞬間―――遥か上空で停止していた質量が、重力に従って落下を開始した。
ズズ……ズウウウウンッ……!
大地が悲鳴を上げるような轟音と共に、ハーベスターが背中から地面に叩きつけられる。
もはや断末魔の悲鳴を上げることすらなく、その赤い瞳からは光が消え失せていた。
完全なる沈黙。
タイラント級ラプチャーは、もはやただの巨大な鉄屑のオブジェへと変わり果てていた。
「え、えっと……」
濛々と立ち込める土煙の中、ソフィーが恐る恐る御者台から顔を覗かせた。
その視線の先にあるのは、破壊されたタイラント級の残骸だけだ。
「嘘……」
リアもまた、信じられないといった表情で口元を押さえている。
私たちは勝ったのだ。
あの怪物を、正面からねじ伏せて。
「やりましたね!イスカンダル!」
私は湧き上がる興奮を抑えきれず、輝く瞳で王を見上げた。
イスカンダルは剣を鞘に納め、満足げに頷いた。
「ああ、やったとも。見事な采配であったぞ」
「そういえば、先ほど何だか聞きなれない言葉を口にしていませんでしたか?ヴィア・エクス……?」
「ああ、あれは“真名解放”だ」
「真名解放?」
「多くの宝具は、その真名を呼ぶことで本来の力を解放することができるのだ。名は即ち、その存在を定義する鍵であるが故にな」
「……つまり、
「まあ、そういうことになるだろう。その名は宝具というよりは、余の愛用する武装の通称という方が正しい」
事もなげに言うが、彼はさらりととんでもないことを口にしていた。
今まで見てきたあの雷撃すら、彼にとっては“武装”の通常使用に過ぎなかったということだったらしい。
「そんなことよりも、だ」
イスカンダルはニカッと笑うと、突如として私の頭にその大きな掌を乗せた。
そして、ワシワシと乱暴に、けれど慈しむように撫で回した。
「あ!ちょっと!何するんですか!」
「出会った時には瓦礫の中で死にかけておった小娘が、よもや数日でこんなにも立派な“戦士”へと成長するとはな。その雄姿を見せつけられれば、余とて感慨にふけりたくもなるわい」
ガハハハ!と、イスカンダル豪快に笑った。
私は「もう……」と文句を垂れつつも、髪をくしゃくしゃにされるその感触に、まんざらでもない心地よさを感じていた。
―――認められたのだ。
この偉大な王に、"戦士"として。
その事実の重みと歓喜は、計りようがなかった。
しかし――その温かな時間は、唐突に切り裂かれた。
「あ、あれ!」
リアが上空を指差し、素っ頓狂な声を上げた。
見上げれば、一機の黒塗りのヘリコプターが爆音を立ててこちらに急接近してきていた。
「どこの部隊だろう。こんな場所に輸送機を飛ばすなんて……」
瞬く間にローター音が周囲を支配し、強烈なダウンウォッシュが土煙を巻き上げた。
そして、着陸した機体から三つの人影が降り立った。
全身を黒と赤で統一したタクティカルギア。一糸乱れぬ所作。
その姿を見た瞬間、ソフィーとリアの顔が凍りついた。
「
私の口から、乾いた言葉が漏れる。
その名が意味するのは、エリシオン最強の部隊。
そして、アーク最高の戦力、その一角を担う部隊に他ならなかった。
先頭を歩いてくるのは、小柄ながらも冷徹な威圧感を放つ少女だった。
長い黒髪に、特徴的な赤いベレー帽。
背中には、身の丈ほどもある巨大な対物ライフルを背負っている。
その瞳は私たちを見ているようでいて、ゴミを見るような冷たさを宿していた。
――ウンファ。
アブソルートのリーダーにして、完璧主義の化身。
彼女は私たちの前で足を止めると、ジロリと鋭い視線を向けた。
まずは破壊されたハーベスターの残骸へ。
次いで、神牛に牽かれた戦車へ。
そして最後に―――私の隣に立つイスカンダルへと目を向けた。
「おい」
低く、抑揚のない声。
「タイラント級がアークの近くに出現したと聞いて駆けつけてみれば……これは一体全体どういうことだ?」
それは問いかけというより、尋問に近いものだった。
彼女の射貫くような視線に晒され、首筋に冷や汗が伝ったのを感じた。
個人的にタイラント級ではハーベスターくんがお気に入りです。攻撃モーションと撃破後のモーションがカッコいいので…。
閑話休題。
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