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バラバラと空気を叩くローター音が、思考をかき乱す。
揺れる機内。拘束された両手。そして何より、正面から突き刺さる冷たい視線。
「…………」
アブソルートの隊長――ウンファは、腕組みをしたまま無言で私たちを睨みつけていた。その瞳には、得体の知れない事態に対する苛立ちが浮き出ていた。
私とソフィー、リアの三人は、正しく蛇に睨まれた蛙のように完全に萎縮していた。
「ウンファ、そんなに睨まなくてもいいんじゃないかしら?……この子たち、怯えきってるわよ?」
「そ、そうだよ。まだ、悪いことをしたって決まったわけじゃ……」
同乗しているエマとベスティーが、見るに見かねて助け舟を出そうとしている。
だが、その二人にしても私たちを見る目には警戒の色があった。
無理もない。つい先ほどまで、私たちは
「あはは……」
私は乾いた笑いを漏らしながら、どうこの場を切り抜けるべきか脳をフル回転させていた。
どうしてこうなったのか。
それは、つい数十分前の出来事に遡る。
「――ほお。中々に気概のありそうな小娘ではないか」
降り立ったヘリの暴風がまだ砂塵を巻き上げている中、イスカンダルは感心したように喉を鳴らした。
彼がそう言った瞬間、周囲の気温が数度下がったような錯覚を覚えた。
「……は?誰が小娘だと?」
ウンファの眉間に、深いしわが刻まれた。
「うむ、その呼び名が癪に障ったのであれば謝罪しよう。何と呼べばいい?」
「黙れ。質問をするのは私だ」
取り付く島もない拒絶だった。
苛立ちを隠そうともしないウンファに対し、イスカンダルはやれやれと肩をすくめた。
「全く、話をする雰囲気ではないな。無粋なことよ」
「ちょっと!アブソルートのリーダーに何てこと言ってるんですか!」
私は慌てて彼のマントを引いた。
彼が王であることは理解しているが、今は相手が悪すぎる。
「む?その、アブソルートとやらは何なのだ?」
「アーク最強の一角を担う部隊です!ベテラン中のベテランで、これまでの出撃で隊員が一度も破壊されていない“奇跡の部隊”なんて言われてるんですよ!」
私が必死に説明すると、イスカンダルは「ほほお!」と瞳を輝かせ、まるで至極の宝物を見つけたかのように歓喜の声を上げた。
「なるほど!つまり、彼奴等を余の軍勢に加えることができれば、大幅な戦力増強を望めるわけだ!」
「なんでそうなるんですか!!」
私のツッコミも虚しく、征服王の思考はすでに最強戦力アブソルートへ夢中になっていた。
いつの間にか、ウンファの背後には二つの人影が音もなく降り立っていた。
「あら~、そこの赤いマントを羽織った男の人は誰かしら~?」
「……お、大きい」
穏やかな微笑みを絶やさぬ長身の美女、エマ。
そして、小柄な体に似つかわしくないロケットランチャーを背負った少女、ベスティー。
彼女たちから向けられるのは、奇異と警戒の視線。
それを一身に浴びてなお、イスカンダルは揺るがなかった。
彼は真紅のマントを風に靡かせ、荒野の中心で堂々と胸を張った。
「余は征服王イスカンダルである。汝等はアークでも最強と誇り高い戦士たちであるのだろう?」
三人が怪訝そうに首をかしげるのを無視して、彼は両手を広げた。
「汝等、余の軍門に降る気はないか?」
「は?」
その場にいた全員の思考が停止した。
乾いた風だけが、ヒュウと吹き抜ける。初対面の、しかも武装したアーク最強の精鋭部隊に対して、彼は開口一番「部下になれ」と言い放ったのだ。狂気の沙汰としか思えない。
だが、彼の瞳に迷いはない。本気だ。彼は本気で彼女たちを欲しているのだ。
「さすれば余は汝等を朋友として遇し、世界を征する快悦をともに分かち合う所存であるぞ!」
嬉々として述べられた提案に、荒野が静まり返った。
その静寂を破ったのは、ウンファの乾いた舌打ちだった。
「……エマ、ベスティー。この頭のおかしい男を拘束するぞ」
ウンファの号令が下された瞬間、アブソルートの空気が変わった。
弛緩していた雰囲気が霧散し、研ぎ澄まされた刃のような殺気が場を支配する。
それでもなお、イスカンダルは「はて?」とばかりに首を傾げた。
「待遇に不安があるのか?そこは案ずるでない!報酬については汝等とじっくり話し合い、納得がいく形で……」
「黙れ、熊男」
ウンファが吐き捨てるように遮った。
「気が狂っているのかどうかは知らんが……私たちが命を賭すのは、勝利と部隊の仲間だけだ。どこの馬の骨とも知れぬ男に売る忠誠など欠片も持ち合わせていない」
完全なる拒絶だった。
彼女たちは武器を構え、ジリジリと間合いを詰めてくる。
アーク最強の名は伊達ではないようで、一挙手一投足に隙がない。
「……むぅ。こりゃあ交渉決裂か。勿体ないなぁ」
「何してるんですか!アブソルート相手にあんな物言いするなんて!」
私が悲鳴を上げる間にも、包囲網は狭まっていく。
すると、不意に首根っこに強い力がかかった。イスカンダルが、私を子猫のように摘み上げたのだ。
「マスターよ。このままでは仕留めた得物の回収もままならん。しばし、別行動と行くぞ」
「はい?」
次の瞬間、視界が反転した。
私は御者台から放り出され、無様に地面へと転がった。
「うへッ!?…ち、ちょっと!?」
「では、彼奴等への説明は任せたぞ!」
ドスン、と私が尻餅をついたのと同時に、イスカンダルは手綱を振るった。
神牛が嘶き、紫電が迸る。不意を突かれたウンファたちが身構えた一瞬の隙を突き、
「ま、待てッ!!」
ウンファが瞬時に反応し、スナイパーライフルを構える。
だが、神話の戦車の加速は、彼女の神業的な照準速度すらも上回っていた。雷鳴と共に空の彼方へと消えゆく影は、瞬く間に豆粒ほどの大きさになってしまった。
「チッ……!」
ウンファが悔し紛れに舌打ちし、銃を下ろした。
そして――獲物を逃した猛獣のような視線を、ゆっくりと残された私たちに向けた。
「ひえっ!」
リアが小さく悲鳴を上げる。
射抜くような眼光。逃げ場のない重圧。
空気が重い。呼吸をするのさえ憚られるような緊張感に押し潰されそうになる。
「…お前たち。一体あの男は何者だ?」
「……お答えできません」
「ふざけるな。それに、どうやって
「…………」
「……分かった。だんまりを決め込むのならば、仕方ない」
ウンファは無駄な問答を切り上げ、風のような速さで私の背後に回った。
抵抗する間もなく手首を掴まれ、結束バンドで強引に締め上げられた。
「っ!?」
「付いてきてもらうぞ。アークでたっぷり話を聞かせてもらおうじゃないか」
気づけば、ソフィーとリアもエマとベスティーによって拘束されていた。
「な、何するんだ!」
「悪いことなんてしてないよ!」
「ごめんね~、ちょっとお話を聞かせてもらうだけだから~」
「ご、ごめん……痛くないようにするから……」
……こうなってしまえば抵抗しても無駄だ。
戦力差以前に、彼女たちは私たち下位の部隊を統括する権限を持つ部隊でもある。
逆らえば、軍法会議は免れない。
(あの王様、本当に全部私に丸投げしていった……)
私は結束バンドで縛られた手首の痛みを噛み締めながら、清々しい程に晴れ渡る空を見上げた。
アーク中央政府、副司令官室。
ウンファは私たちをこの部屋に押し込むと、デスクの奥に座る男にこれまで起きたことを簡潔に告げた。
「…という訳だ。こいつらの事情聴取と処遇を判断してもらいたい」
「……厄介ごとは私の管轄外だと言いたいところだが、流石にこれは無視できんか」
ウンファは彼に『こんな予想外の事態に対処できるのは貴方しかいない』と告げていた。
それは信頼の証左であると同時に、面倒事の丸投げでもあった。
「分かった。私の方で対処しよう。君たちも多忙の身だろう。任務に戻ってくれ」
「了解した。……行くぞ」
ウンファは敬礼を返すと、エマとベスティーを連れて退出していった。
去り際、ベスティーが何か言いたげな視線を投げてきたが、すぐに前へと向き直ってウンファに付いていった。
カチャリ、と鍵が掛かる音がする。
広大な執務室に残されたのは、私とソフィー、リアの三人。
そして、アークの実質的なトップの一人―――アンダーソン副司令官だ。
黒に近い焦げ茶色の髪に、整った顔立ち。目元には薄っすらと疲労の色が滲んでいる。
漆黒の軍服に身を包み、肩には金色の階級章。彼は副司令官としての威厳を保ちつつも、今はただ、この世の全ての不条理を背負い込んだかのような顔をしていた。
(……終わった。完全に終わった)
私は直立不動の姿勢を保ちながら、内心で絶叫していた。
コアが悲鳴を上げている。
思考回路もオーバーヒート寸前だ。
ここは雲の上の存在がいる場所だ。
本来なら私たちのような量産型ニケは一生足を踏み入れることのない聖域。
そこに、不当な戦闘行為と正体不明の不審者との関与という罪を背負って引き出されたのだ。
待っているのは何か。
即時の廃棄処分か。あるいはM.M.R.にでも送られて脳をいじくり回されるか。
隣のソフィーとリアも、顔面蒼白で震えている。彼女たちを巻き込んでしまった罪悪感と、自身の運命への恐怖が、どす黒い渦となって胸を締め付ける。
「…………はぁ」
静寂を破ったのは、深海から湧き上がるような重い溜息だった。
デスクの向こうで、アンダーソンが頭を抱えていた。
「……報告は聞いた」
彼は手元のタブレット端末を指先で弾き、虚空にホログラムウィンドウを展開した。そこに表示されているのは、ウンファから提出された報告書の文面だった。
「量産型ニケ三機が許可なしに独断で地上へ出撃。そこで、偶然にもアーク近郊に出現したタイラント級ラプチャー『ハーベスター』と遭遇」
彼は淡々と事実を読み上げる。
声は低く落ち着いていたが、語尾には隠しきれない困惑が混じっていた。
「ここまではいい。無謀な部隊が全滅しました、という報告なら日常茶飯事だ。だが……」
アンダーソンは眉間を揉みほぐしながら、私をジロリと見据えた。
その瞳は鋭く、見透かされているような錯覚に思わず息を止めた。
「君たちは生還した。それどころか、ハーベスターを撃破したとある。……赤いマントを羽織った謎の巨漢と、空を飛ぶ
「…………」
「……一体どういうことだ?」
問いかけはシンプルだ。だが、その背後にある意味は重い。
彼は言外に問うているのだ。―――『ふざけているのか?』と。
当然だ。頭を抱えない方がどうかしている。
たかだか量産型3機でタイラント級を倒せるはずがないし、そもそも空飛ぶ
だが、それを報告したのはアーク最強のニケの一人、ウンファだ。
他でもない彼女が、自ら報告書と被告人を伴って来たとあれば、ただの妄想や誤報告と切り捨てることなどできない。故に、アンダーソンはこの信じがたい戦果と報告を"真実"として扱わなければならない。それが、彼の思考を苦しませているのだろう。
「えーっと……それは、その……」
私は唇を震わせ、必死に言い訳を探した。
早く彼に説明しなければならない。
けれど、なんと言えばいい?
古代の王様を召喚しました?―――即座にリペアセンター行きだ。
実は新兵器のテストでした?―――そんな記録はないと一蹴される。
通りすがりのヒーローが助けてくれました?―――ラプラスならともかく、あんな髭面の巨漢のヒーローなどアークにいない。
思考が空転する。
どう答えても詰みだ。私の口から出る言葉は、すべてが信憑性のない戯言にしかならない。
じわり、と背中に嫌な汗が滲む。制服が肌に張り付く不快感が、焦燥をさらに煽り立てる。
「……黙秘か。何か、私に公言できない疚しい事情でも抱えているのかね?」
アンダーソンは鋭い眼光で私の反応を観察している。
怒鳴り散らすわけでも、威圧するわけでもない。
ただ静かに、納得のいく答えを求めている。
それが逆に恐ろしい。
彼は副司令官だ。その地位にたどり着いただけの能力が備わっている。
嘘をつけば見抜かれる。だが、真実を話せば狂っていると思われる。―――八方塞がりだ。
「あの、副司令官!私たちは……!」
耐えきれなくなったリアが声を上げようとした時だった。
――コン、コン。
重苦しい空気を破るように、控えめなノックの音が響いた。
「…入れ」
アンダーソンがそれに応えると、執務室の扉が開かれた。
入室してきたのは一人の女性士官だった。
彼女は早足でアンダーソンへと歩み寄り、一通の封筒を差し出した。
「失礼します、司令部より通達です」
「……後にしろ。今は取り込み中でな」
「ですが、この件に関する決定とのことです」
秘書の言葉に、アンダーソンの眉がピクリと動く。
彼は怪訝そうに封筒を受け取り、封を切った。
中から取り出されたのは一枚の書簡。そこに目を走らせた瞬間――アンダーソンの表情が、石像のように凝固した。
「…………」
彼は数秒間、書面の文字を凝視し続けた。
そして、深く息を吐き出した。
「……分かった。下がってくれ」
「はっ」
秘書がアンダーソンへ敬礼し、足早に退室した。
再び静寂が戻った部屋の中、アンダーソンは疲労困憊といった様子でこめかみを押さえ、私たちに向き直った。
「……お前たちの処遇に関する決定が下った」
重々しい声だった。
いよいよ『処分』が言い渡されるのだと、私は身を硬くした。
思考が加速する。
覚悟を決めるべきかもしれない。
令呪を使ってイスカンダルを呼び出し、強行突破を図るべきか。
ソフィーとリアを庇いながら、ここからの脱出を目指す。
だが、中央政府の中枢でそんな暴挙に出れば、今度こそ逃げ場は無くなる。
最悪の場合―――アークを永久に追われることになるかもしれない。
コアが早鐘を打つ中、彼の口から紡がれたのは予想の斜め上を行く言葉だった。
「――本日付けで、君たちは
「……はい?」
あまりの脈絡のなさに、私は間の抜けた声を漏らしていた。
副司令官の直属?
処分ではなく、
動揺する私たちを無視し、アンダーソンは手元の書簡を感情の読めない声で読み上げた。
「“タイラント級ラプチャー『ハーベスター』を
読み終えた彼は、紙片をデスクに放り出した。
……まただ。また、
私たちの罪状が棚に上げられている。
そして何よりも―――イスカンダルの存在が無かったことにされている。
「………」
「……ということだ。今後は資源回収部隊の指揮系統を離れ、私の指揮下で働いてもらうことになる。兵舎も、アーク中枢に位置する中央政府軍管轄の区画へ移動だ。異動の準備等、やるべきことは多いだろう。……もう、帰ってもらっても構わん」
彼は追い払うように手を振った。
その顔には「もうこれ以上考えたくない」という拒絶の色が浮かんでいる。
だが、「はいそうですか」と納得できるわけがない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私は思わず叫んでいた。
恐怖が私の口を無理やり動かしていた。
「なんで、いきなりそんなことになるんですか!?どうして栄転なんて……」
「私に聞かないでほしい。この措置は全て、この紙切れに書いてあったことだ」
アンダーソンは頭を抱えたまま、呻くように答えた。
「いったい誰が……?」
隣でソフィーが呆然と呟く。
私はアンダーソンに詰め寄った。
「誰からの命令なんですか?」
「……署名は『総司令官』だ。逆らうことはできない」
「総司令官が……?」
アンダーソンは顔を上げ、視線だけを私に向けた。
その瞳は私を見ているようでいて、私の背後にある“何か”を探っているようでもあった。
「……腑に落ちないな」
彼は独り言のように呟く。
「本来なら、量産型ニケの不始末に関する案件など、
彼の指先が、デスクをトントンと叩く。
「それに、君たちがここに来てからまだ30分も経っていない。尋問すら終わっていない段階だというのに、既に『処遇決定』の通達が届いた。……早すぎる」
アンダーソンは目を細め、天井の隅にある監視カメラを一瞥した。
…そうだ。あまりにも
私たちが地上でアブソルートに拘束されたこと。
そしてタイラント級ラプチャー『ハーベスター』を撃破したこと。
それらの情報が総司令官に届き、審議され、決済が下りるまでの時間は、決して30分などという短時間で済むはずがない。
まるで、私たちがここに来ることを見越して、最初からこの結末を用意していたかのようだ。
「一体どこから情報が渡ったのか……」
その言葉に、背筋が凍りつくのを感じた。
私たちの知らないところで、誰かが私たちを見ている。
盤上の駒を動かすように、都合よくルールを書き換えている。
―――私たちは許されたわけでも、認められたわけでもない。
ただ、私たちを監視している何者かによって、
そして、何よりも決定的なのは、私たちはより監視の目が届きやすい場所――アーク中枢という名の檻の中に、丁重に招き入れられたということだ。
その後、私たちは慣れ親しんだ外縁地区の共同兵舎へと戻った。
荷物をまとめ、他の分隊のニケたちに異動の件を告げる。
特殊遊撃部隊への昇格。
副司令官直属という栄転。
そのニュースは、閉塞した日常を送る彼女たちにとって文字通りの『夢物語』だった。
「すごい!本当なの!?」
「やったね08!」
「大出世じゃん!今度会ったら奢ってよね!」
姉妹たちまるで我が事のようにそれを喜び、背中を叩いた。
その無邪気な笑顔が、今の私には少しだけ痛かった。
――――彼女たちは知らない。この栄転が仕組まれたものであることを。
言いようのない不気味さを胸の奥に感じながらも、私は精一杯の笑顔を作り、彼女たちに別れを告げた。
「……元気でね。みんな」
兵舎の外へ出る。
重厚な鉄扉が閉まると、中の喧騒がふっつりと途絶えた。
アークの人工的な夜風が吹き抜ける。
誰もいない路地裏。そこで、空間が陽炎のように揺らめいた。
「――待ちくたびれたぞ」
何もない空間から、黄金の粒子と共に巨躯が実体化する。―――イスカンダルだ。
「ひぃッ!?」
「で、出たぁ!」
ソフィーとリアが条件反射で悲鳴を上げそうになるのを、私は寸でのところで二人の口を塞いで防いだ。
「しーっ!声が大きい!」
「むぐぐ……!」
「ぷはっ……!も、もう!心臓に悪いわよ!」
抗議する二人をなだめつつ、私は彼に向き直った。
「今までどこにいたんですか?心配したんですよ」
「そうカッカするな。余とて遊んでいたわけではない」
イスカンダルはニンマリと悪戯っぽく笑うと、背負っていた巨大な麻袋を地面に下ろした。
ズシン、と重い音が響く。彼が袋の口を開くと、禍々しくも鮮烈な赤い光が溢れ出した。
「「おおッ!!」」
その光景に、ソフィーとリアが目を輝かせる。
そこにあったのは、大人の頭ほどもある巨大な結晶体。
タイラント級ラプチャー『ハーベスター』の動力源、そのコアだった。
「こいつを回収しておったのだ。ちと手間取ったが、成果に見合った報酬は得られたであろう?」
イスカンダルの満足げな笑顔を見て、私は思わず安堵のため息をついた。
あの混乱の中、彼は確実に仕事を果たしていたのだ。
「それで……本命は果たせそうですか?」
「勿論だとも。このコア一つに貯められた魔力の密度……これならば、問題なく余の切り札を発動できる」
彼の言葉に、横で聞いていたソフィーが反応した。
「え?あの戦車以外にも、まだ必殺技みたいなのがあるんですか?」
「応とも。余は征服王であるぞ?宝具が二つ以上あったとて、なんら不思議はあるまい」
「凄い!それってどんな技なんですか!やっぱりビームとか!?」
ソフィーとリアが興味津々といった様子で迫るが、彼はニヤニヤと笑ったままそっぽを向いた。
「それは秘密だ」
「ええ!?何で!?」
「教えてくれてもいいじゃないですか!!一緒に戦場を駆けた仲ですよ!私たち!」
ブーイングを飛ばす二人。
ほんの数日前まではただの他人だったのに、すっかり彼に懐いてしまったようだ。
赤いマントを羽織った赤毛の巨漢に、量産型ニケ二人が文句を垂れている。
その光景はどこかチグハクで、滑稽で、けれど自然と温かく感じた。
「必殺技というものは、ここぞという
「何よそれ!古臭いヒーロー物じゃないんだから!」
「ガハハハ!まあ、然るべき時になれば貴様らにも見せてやろう。そう焦るでない」
そう言って、彼は大きな掌で二人の頭をガシガシと撫で回した。
「やめてぇ!?」「髪がぐしゃぐしゃになるぅ!」と悲鳴を上げる二人を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……あはははっ」
私の笑い声に、ソフィーが目を丸くして動きを止めた。
「あ、08が笑った」
「ホントだ」
リアも気づき、物珍しい生き物でも見るかのように私を見つめてくる。
「ふ、二人とも何?ただ笑っただけじゃない」
「いやぁ……だってさ。08がそんな風に笑ってるところなんて、今まで見たことなかったから」
「そうそう。いっつも地上で拾って来たガラクタか古本と睨めっこして、難しい顔で仏頂面してたもんね」
そう言ってニヤニヤと笑う二人に、私は頬に熱が集まるのを感じた。
「別にいいじゃない!そんなに面白がらなくったって!」
いくら抗議しても、二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合うばかりだった。
けれど、その笑みは決して意地の悪いものではなかった。
「でも、今の08、とっても素敵だと思うよ」
「私もそう思う。だって、前じゃ考えられないくらい、温かい顔をすることが多くなったもの」
そう言われて、私はここ最近の自分を振り返った。
確かに、絶望的な状況の連続だったはずなのに、言われてみれば感情が動くことが多くなった。
怒ったり、泣いたり、笑ったり……。
それもこれも、だいたいはこの豪快すぎる王様のせいだが。
「……」
再び二人の頭を乱暴にかき混ぜているイスカンダルと、抵抗しながらも楽しそうな二人を見て、ふと笑みが零れた。
本当に、以前の自分は馬鹿だった。
孤独だ、空虚だと嘆いてばかりで。
こんなにも大切で、無遠慮で、温かくて、少しだけ憎たらしい『仲間』がすぐ傍にいたことを見逃していたのだから。
正直、これから私たちがどうなるかは分からない。
私たちを陰から監視し介入する謎の存在。
未だに姿を見せない未知のサーヴァントたち。
けれど――
見上げれば、エターナルスカイには既に半分が欠けた青い月が浮かんでいた。
偽りの夜空。この街が創り出した虚構の景色。
けれど今の私には、それはどこまでも続く『彼方』への入り口に見えた。
月光は、新たな戦場へと歩き出す四人の影を、静かに見下ろしていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。今回で第一章完結となります。
昨日もお伝えしましたが、毎日投稿はここで一旦区切りたいと思います。
なるべく一話あたりの質を重視したいので、今後は不定期(恐らく週1〜2回程度)で執筆を続けていくつもりです。
物語はまだ序盤ですので、これからも気長にお付き合いいただければ幸いです!