ここ一週間ですっかり寒くなりましたね。冬の訪れをしみじみと感じます。
それと同時にメガニケでも冬イベントが開催!
初っ端ブランのあんまりにもあんまりなコスチュームに気を取られたのも束の間、ストーリーを読み進めるとまーた鹿が出てきて笑いましたね。
このゲームやたらと鹿が出てきますが、SHIFT UPのスタッフには鹿好きの人でもいるんですかね…
裁定者
私たちの分隊が『特殊遊撃部隊』へと昇格したことに伴い、正式な部隊名を登録する必要が生じたのは数日前のことだった。それまではリプレイス分隊、あるいは単なるアルファベットと数字で識別されていた私たちの部隊に、初めて固有の名が与えられることになったのだ。
私は迷うことなく、ある一つの名を申請した。
ソフィーとリアは「なにそれ?」と首を傾げていたが、イスカンダルだけは「自ら王の“槍”を名乗るか!」と豪快に笑い、私の背中を叩いて喜んだ。
サリッサとは、かつて古代マケドニアの重装歩兵が振るったという長槍の名だ。個としての武勇ではなく、集団としての鉄壁を成すための武器。王と共に道を切り拓く、無数の穂先の一つ。
かくして特殊遊撃部隊『サリッサ』は、アンダーソン副司令官直属の部隊として、華々しい戦果を上げるべく新たな戦場へと――
「――って、なるわけないでしょぉぉぉぉッ!!」
ソフィーの叫びが、鉛色の荒野に虚しく木霊した。
彼女が蹴り飛ばした空き缶が、カランカランと乾いた音を立てて瓦礫の山へと転がっていく。
見渡す限りの廃墟。錆びついた鉄骨。そして、足元に散らばるガラクタの山。
眼前に広がる景色は、これまでと何一つ変わっていなかった。
「はあ……はあ……。なによこれ、なんなのよ!副司令官直属って言われたから、もっとこう……極秘任務とかさ、そういう格好いいのを期待してたのに!」
肩で息をするソフィーの背中には、相変わらずスクラップ回収用のコンテナが背負われている。
事の顛末はこうだ。 意気揚々とアンダーソンの元へ出頭した私たちに告げられたのは、「現状、君たちに任せられる任務はない」という無情な一言だった。
『――そもそも、部隊として正式に配備し、運用を開始するための手続きを完了するには時間が必要だ。それまでは、これまで通り資源回収任務に勤めてくれ』
そう言って追い返され、私たちはこうして再び
「はぁ……。まあ、なし崩し的に栄転したのは分かってるけどさぁ。もう少しこう、マシな任務が欲しかったなぁ」
露骨に落胆するソフィーに対し、黙々とジャンクパーツを選別していたリアが「どうだろうね……」と小さく呟いた。
「なに、リア。あんたは不満じゃないの?」
「不満っていうか……逆に不安なのよ。ほら、特殊別働隊『カウンターズ』って知ってる?」
「ああ、今アークで一番戦果を挙げてるっていう例の部隊?指揮官が変わり者だって噂の」
「そうそう!あの分隊も、私たちと同じアンダーソン副司令官直属の部隊なんだよ」
「それが?」
ソフィーが小首をかしげた。
リアは呆れたようにため息をつき、回収した基盤をコンテナに放り込んだ。
「分からない?彼女たちが戦果を挙げてるってことは、それだけ
「あ、確かに……」
「正直、アンダーソン副司令官は私たちのことをあまり良くは思ってないはずだから……もしかすると、正式配備されたら危険な任務ばかり押し付けられちゃうかもよ」
「うぇ……。縁起でもないこと言わないでよ……」
リアの冷徹な分析に、ソフィーは顔を引きつらせた。
二人の会話を聞きながら、私は眉をひそめて灰色の空を見上げた。リアの懸念はもっともだが、事態は彼女が考えるよりもさらに根深い方向へ進展している。警察署での件にしても、今回の栄転にしても、何者かが私たちの行動に干渉していることは間違いない。問題は、それがいったい誰で、何を目的なのか、ということ。
これまでは私たちにとっても都合の良い方向での介入であったが、そもそもその二つが分からない以上は決して油断できない。ある日突然、最悪の事態に嵌められる可能性もあるのだから。
『案ずるな、マスターよ』
私の不安を見透かしたように、霊体化していたイスカンダルの野太い声が脳裏に響いた。
『どのような死地であろうと余が道を切り開く。それに、この程度の逆境、貴様が始めた“物語”の序章としては、いささか退屈なほどではないか?』
「……そうですね」
私は小さく呟き、足元の瓦礫を拾い上げた。
いつもと変わらない、退屈な日常。
けれど、その裏では確実に歯車が回り始めている。
日が傾き、アークへと帰還する頃には身体はずっしりと重くなっていた。
唯一の救い――と言えるかどうかは微妙だが、待遇の変化は確かにあった。それは、私たちに分隊専用の個室が与えられたことだ。
これまでの詰め込み大部屋とは違い、三人だけのプライベートな空間。
シャワーも完備され、一応はプライバシーが守られた場所だ。
「ただいまー!ああもう、クタクタ!」
「……ふふ、やっぱり自分たちの部屋っていいね」
新しい部屋の扉を開けた瞬間、ソフィーとリアの声が弾んだ。
殺風景だった三人用の個室は、わずか数日で様変わりしていた。壁にはアイドルのポスター、棚には可愛らしい小物やぬいぐるみ。ソフィーが集めた装飾品と、リアが持ち込んだ観葉植物。部屋の中は既に、彼女たちの色で完全に染め上げられていた。大部屋にいた頃はベッドの周辺だけが自分だけのスペースだったが、個室となれば制限は無い。私も私物が多い訳ではないので、最低限荷物を置く為のスペース以外は二人の自由にしても良いと伝えていた。
二人とも自分たちだけの部屋というものに相当な憧れがあったらしく、こちらに来てからというもの、部屋を自分色へ染めることに夢中になっていた。
(……イスカンダルには狭苦しい思いをさせてしまうかもしれないけれど)
霊体化している彼に心の中で詫びつつ、私は最後尾から部屋へと足を踏み入れた。
だが、一歩踏み込んだ瞬間、肌を刺すような違和感に襲われた。
―――空気が違う。
普段は柔軟剤や生活臭の漂う部屋に、凛とした冷気が混じっていた。
「……え」
ソフィーとリアが扉から入ってすぐの場所で硬直していた。
彼女たちの視線の先―――私たちの部屋の真ん中に、見知らぬ女が立っていた。
輝くようなプラチナブロンドの三つ編み。
銀色に光るヘッドギア。
身に纏うのは紫紺の衣と、磨き上げられた白銀の甲冑。
腰には剣が佩かれ、手にはガントレットがはめられている。
中央政府の軍人ではない。ニケにも見えない。
まるで中世の宗教画から抜け出してきたかのような、異質な人物だった。
侵入者。けれど、不審者のようには見えなかった。
あまりにも堂々としていたからというのもあるが、そもそも彼女が纏う雰囲気が異様だった。
清廉で、静謐で、しかしどこか厳格そうで。
そう、言葉で言い表すならば……
―――聖女。
そんな言葉が、場違いにも脳裏をよぎった。
彼女はゆっくりとこちらを向き、紫水晶のような瞳で私たちを静かに見据えた。
「――――」
言葉が出ない。
ソフィーも、リアも、そして私も。
ただ、その場の空気が、張り詰めた弦のように震えていた。
「……貴女が、ライダーのマスターですね?」
静寂を破ったのは、鈴を転がすような凛とした声音だった。
紫水晶の瞳が私を射抜くように見据えている。
金縛りにあったかのように身体が動かない。
敵意や殺気とは違う。
あまりにも澄み切った“聖性”とでも言うべき圧力が、私の思考を縛り付けていた。
だが、その硬直を破るように私のすぐ隣で空間が歪んだ。
「――何の用だ、ルーラー」
黄金の粒子が渦を巻き、イスカンダルが実体化した。
彼は私を背に庇うようにして立ちはだかり、大剣の柄に手を掛けた。
彼の背中から放たれるピリピリとした緊張感に、ソフィーとリアが息を呑んだ。
「……ルーラー?」
聞き慣れない単語に、私は思わず問い返した。
セイバー、アーチャー、ランサー……。彼から教わった七つのクラスの中に、そんな名は無かったはずだ。
彼は目の前に居座る『ルーラー』を見据えながら答えた。
「聖杯戦争の裁定者、あるいは調停者としての役割を与えられた英霊だ。通常の七クラスのどれにも該当せぬ、
エクストラクラス。
その言葉を反芻する私に、目の前の少女――ルーラーは厳然と告げた。
「そう、私は聖杯戦争の裁定者。そして、我が真名は
「――っ!?」
その名が鼓膜を震わせた瞬間、脳裏に過去の知識が蘇った。
―――ジャンヌ・ダルク。
彼女を知らぬ者など、アークに……いや、人類に存在しないだろう。
英仏百年戦争。
オルレアンの奇跡。
神の啓示を受け、国を救い、そして業火に焼かれて散った悲劇の乙女。
まさに『聖女』という言葉の代名詞とも言える存在だ。
彼女が、あのジャンヌ・ダルクだというのか?
突如として現れた伝説の聖女を前にして、私の処理能力は限界を迎えかけていた。
――ドンッ!
「あうっ!?」
不意に背中に走った衝撃に、私は現実へと引き戻された。
見上げれば、イスカンダルが呆れたように私を見下ろしている。
「マスター、しっかりせんか。他のサーヴァントが目の前にいるのだぞ。呆けている場合か」 「あ……は、はい!」
そうだ。今は感傷に浸っている場合ではない。
ここは戦場ではないが、聖杯戦争という闘争の只中だ。
相手が誰であろうとサーヴァントである以上は警戒を解いてはならない。
私は居住まいを正し、震える声を必死に抑え込んで名乗り出た。
「え、えっと……私が、イスカンダルのマスターです」
私の言葉を聞き、ジャンヌ・ダルクは表情を緩め、そして深く頭を下げた。
「無礼をお許しください。本来ならば正式な手順を踏んで接触すべきところですが……あなた方とは、誰にも知られず内密に接触する必要があったのです」
予想外なほどに謙虚な態度だった。
先日襲撃してきたキャスターとは全く違う。
「えっと……それで、協力を求めに来たって、どういうことなんですか?」
彼女が敵意を持っていないことは分かった。
だが、そもそも聖杯戦争の審判役だというルーラークラスのサーヴァントが、一体私に何の協力を求めているというのだろうか。
私の問いに、ルーラーはおもむろに顔を上げた。
「この街で起きている聖杯戦争……その『歪み』を正すためです」
「場所を変えましょう」というルーラーの提案に従い、私たちは兵舎からほど近いカフェへと移動していた。テトラライン系列の落ち着いた色調のチェーン店。円形のテーブル席を囲むのは、私服に着替えた私たち三人――私、ソフィー、リア――と、ルーラー『ジャンヌ・ダルク』だ。
彼女も私たちと同様に服装を着替え、学生服のようなブラウスとスカートという出で立ちに変装している。その姿はアーク市民の中に紛れても違和感はないが、背筋の伸びた所作や纏う気品だけは隠しようもなく、周囲の客からチラチラと視線を集めていた。
「……なんで、わざわざここに来る必要があったんですか?」
私は手元のメニュー表を眺めながら、小声で問いかけた。
密談をするなら、他人の目があるカフェよりも兵舎の方が適していたはずだ。
「
ジャンヌは湯気の立つ紅茶に口もつけず、静かに答える。
その言葉に、ソフィーが眉を吊り上げた。
「それって、私たちの部屋が散らかってるって言いたいわけ?」
ソフィーは腕を組み、ジャンヌを挑発的に睨みつけた。確かにあの部屋は彼女たちの趣味で雑多な空間になっているが、それを余所者に指摘されるのは面白くないのだろう。
だが、ジャンヌは困ったように首を横に振った。
「いえ、そんなつもりで言った訳ではありません。ただ……少し、
「それって、どういう……?」
私が問い返そうとしたが、彼女はそれを遮るように手で制した。
「いえ、それよりもまずは本題に入りましょう」
彼女の紫の瞳が、真剣な光を帯びて私たちを見渡した。
場の空気が変わったのを察し、ソフィーもリアも口をつぐんで彼女の言葉を待った。
「初めに、ルーラークラスについての説明は必要ですか?」
「……通常の七騎には該当しない、
イスカンダルからの受け売りをそのまま返すと、ジャンヌは小さく頷いた。
「その認識で間違いありません。ですが、もう少し補足しておきましょう」
彼女はテーブルの上で指を組み、私たちに向かって語り始めた。
「ルーラーとは聖杯自身によって召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く、いわば管理者です。規約に反する行いをした者に注意を促したり、場合によってはペナルティを与えたりもします」
聖杯戦争の管理者。殺し合いの儀式に、そんな役職が存在すること自体が驚きだった。
「つまり、聖杯戦争そのものが破綻し、成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァントといえるでしょう。故に、ルーラーにはあなたのようなマスターはいません。あくまでも『中立』として、どの陣営に与することもありません」
「……でも、あなたは私たちに協力が欲しいと言いましたよね?特定の陣営に肩入れするのは、その中立性に反するのじゃ…?」
私が疑問を投げかけると、ジャンヌは悲しげに目を伏せた。
「……先ほど、ルーラーは『聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐため』のサーヴァントといいましたよね?」
「はい…」
「そもそも、聖杯戦争が正しく成り立っているのならば、私はいないはずなのです」
ハッとして、私は息を呑んだ。
彼女が語った言葉が全て真実だとするなら、ルーラーが現れるのは管理が必要な時――つまり、聖杯戦争にとっての異常事態が起きている時だ。
「私が召喚されたからには、聖杯戦争の根底を覆す『歪み』が起きているからに他なりません」
重い沈黙が、テーブルを包み込んだ。
『歪み』―――その言葉が、脳裏にあった疑念と結びつく。
イスカンダルがアークを『静かすぎる』と評したこと。
本来ならば七つのサーヴァントが召喚されて争いを繰り広げているはずなのに、戦いの気配が不自然なほどに希薄であること。
そして何よりも―――これまで私たちが遭遇したのが
しかも、ルーラーに関しては本来の七騎には含まれないイレギュラーだ。実質的に、私たちが接触した「敵」のサーヴァントはただ一騎。……あまりにも少なすぎる。
「……何か、異常事態が起きているんですね。私たちの知らないところで」
私の呟きに、ジャンヌは静かに頷いた。
「はい。そしてその歪みの源泉は……恐らく、この街のどこかに潜んでいます」
『……そもそも、なぜ我々なのだ?』
霊体化して私の隣に待機していたイスカンダルが、声だけでジャンヌに詰問した。
『聖杯戦争の管理者たるルーラーであれば、特権として全サーヴァントの気配を感知し、その真名すら看破できるはず。そのような案件、貴様単騎で解決できる問題ではないのか?』
ジャンヌは痛いところを突かれたように一度視線を落とし、かぶりを振った。
「いえ……それが、無理なのです」
『何故だ?』
「この街にいるサーヴァントとマスターの反応が、
「――っ!?」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
見つからない?
反応がない?
そんな馬鹿な。
「え、でも!私たちは確かにキャスターと戦いましたよ!?」
私がそう食い下がると、ジャンヌは静かに頷いた。
「ええ、存じています。微弱ながら魔力の残滓も確認しました。……けれども、いくら探知をかけても、キャスターとそのマスターの居場所が特定できないのです。まるで、この街の空間から完全に切り離されているかのように」
彼女はそこで言葉を切り、私を諭すように見つめた。
「それに、あなた方も厳密にはキャスター本人と戦った訳ではないのでしょう?」
「あ……」
先日の記憶が蘇る。
あの日、イスカンダルの宝具でキャスターを粉砕したが、その残骸は量産型ニケのフレームだった。…そうだ。私たちはまだ、敵の本体の影すら踏んでいない。
動揺する私を横目に、ジャンヌは話を続ける。
「……ここ数日ほど、あなた方の行動を観察させていただきました」
「ちょっと!何してんのよ!」
ソフィーが柳眉を逆立てて抗議するが、ジャンヌは悪びれることなく頭を下げた。
「勝手なことをして申し訳ありません。ですが、ルーラーの責務として、まずはあなた方がこの異常事態の元凶であるか否かを見極める必要があったのです」
彼女は顔を上げ、きっぱりと断言した。
「ですが、その疑念は晴れました。あなた方は歪みの原因ではありません。私はルーラーとして、あなた方は信頼の置ける『正しき参加者』であると確信しています」
『……ふむ。自分だけでは敵の尻尾すら掴めんから、我らに助力を願ったというわけか』
イスカンダルの声に、呆れと納得の色が混じる。
「そういうことです。あなた方はこの街の住人であり、軍属でもある。もしかすると、外部から召喚されただけの私には知りえない、地の利や情報をお持ちなのではないかと」
『……具体的には、どういう形での協力を求めておるのだ?』
「キャスターとそのマスターの共同捜索。そして……もし存在するのであれば、キャスター以外のサーヴァントに関する情報共有です」
『……だそうだ。マスター、どうする?』
彼が私に判断を仰いている。
私は口をつぐみ、目の前の聖女を見つめた。
ジャンヌが提示した条件は、互いに不足している情報を補い合う対等な取引だ。
誰が敵なのか不透明な現状において、味方はできるだけ多い方が良い。
彼女と協力することができれば、こちらにも多大な利はある。
……だが、信じていいのだろうか。
昨日の今日だ。キャスターの甘言に騙されかけ、殺されかけた記憶がまだ新しい。
そんな疑念が、浮かんでは消えるのを繰り返している。
「……08」
思案に沈み込んでいた私の袖を、リアがくいくいと引いた。
「私、あんまり難しい事情はよく分からないけどさ……。少なくとも、この人が言っていることは信じていいと思うよ?」
「リア?」
「何というか、私たちを騙そうとしてる感じが全然しないもん」
リアの言葉には根拠などない。
けれど、野生の勘とでも言うべきか。彼女の言っていることには不思議な説得力があった。
『ルーラーの提案は我々にとっても利がある。敵の正体も居場所も分からぬまま消耗するよりは、ルーラーの権限を借りて捜索網を張る方が効率的だ。少なくとも、キャスターの居場所を突き止めるまでは同盟を組む価値はあるのではないか?』
イスカンダルも、彼の視点からジャンヌの提案を肯定している。
仲間たちの後押しを受けて、私は改めてジャンヌと向き合った。
彼女のアメジストのような瞳が、瞬きもせず私を見据えている。
綺麗な瞳だ。こんなにも澄んだ瞳は、アークの人間には――いや、ニケですら見たことがない。
目は口ほどに物を言う。悪意を持った人間は大抵淀んだ瞳をしているか、あるいはその奥底を隠すように貼り付けた笑みを浮かべているかのどちらかだ。かつて、私からコアダストを奪おうとしたあの指揮官たちのように。
けれど、彼女はどちらでもない。
媚びるような笑顔も、見下すような苛立ちもなく、彼女の瞳は湖面のような静謐さを湛え、私だけを映している。
まるで、私という存在の在り方を、魂の形そのものを見極めようとしているかのように。
――この眼差しに、嘘はない。
数秒ほど沈黙した後、私はゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。協力しましょう」
そう告げた瞬間、ジャンヌの表情がパッと花が咲くように明るく輝いた。
「ありがとうございます!」
聖女の仮面が剥がれ、年相応の少女の素顔が覗いた。
彼女は弾かれたように席から立ち上がると、身を乗り出して私の両手をギュッと握りしめた。
「これでようやく、解決に向けて一歩前進できました!本当に感謝します!」
「あ、えっと……はい」
手の温かさとあまりの無邪気な喜びように、私は少なからず毒気を抜かれてしまった。
さっきまでの厳粛な雰囲気はどこへやら。目の前の彼女は、ただ協力者を得られたことが嬉しくてたまらないといった様子だ。
(ああ……この人は、こんな風に笑うんだな)
握られた手から伝わる熱を感じながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。
カフェを出て、兵舎への帰路につく。
既に日は完全に落ちきっており、歩道に当間隔で並び立つ街灯の光が足元に長く伸びた影を作り出す。
私は歩きながら、携帯端末の画面を親指でなぞった。
アイコンは初期設定のまま。名前はシンプルに『Jeanne』とだけ記されている。
(……ジャンヌ・ダルク、か)
画面の中の文字列と、先ほどまで目の前にいた聖女の姿が、どうにも結びつかない。
歴史の教科書に記された救国の英雄とメッセージアプリで繋がる。
そんなシュールな現実に軽く眩暈がした。
「それにしても、綺麗な人だったよね~」
道を歩きながら、唐突にリアが呟いた。
彼女は思い出すように空を見上げ、ほうと溜息をつく。
「あんな人、ニケにもいないよ。なんていうか……作り物めいた美しさじゃなくて、もっとこう、内側から光ってるみたいな」
「……そういえば」
ソフィーが顎に手を当て俯いた。
「伝説のゴッデス部隊にも、“聖女”って呼ばれてる人がいたような……」
「あ!言われてみれば確かにいたわ!」
リアがポンと手を打つ。
「名前が上手く思い出せないんだけど……確か、童話のお姫様みたいな名前だった筈。あの人と比べたらどうなんだろうなって」
「うーん……気にはなるけど、ゴッデス部隊をそういう目で見るのは良くないんじゃない?」
リアはたしなめるように首を横に振った。
「だって、活躍した時代が違いすぎるもの。容姿にしても功績にしても、比較するのは失礼じゃないかしら」
「……それもそうね」
二人の会話を聞きながら、私は胸の内で苦笑した。
神話の住人。
伝説の英雄。
遠い物語の中の存在である“それ”が、今まさに私たちの隣人となり、あるいは敵となっている。頭では理解できても、やはり根っこの部分で納得しきれていないなと感じる。
『ひとまずは別行動としましょう。私の方でも調査を進めますので、何かあればこのアカウントに連絡をお願いします』
別れ際の、ジャンヌの凛とした声を思い出す。
彼女は言った。この街のどこかに歪みがあると。
絶対的な権限をもつルーラーですら欺く程の歪み。
だが、彼女なら――あの澄んだ瞳を持つ聖女なら、きっと真実へと辿り着いてくれるはずだ。
根拠もないのにそう信じてしまう不思議な魅力が、彼女にはあった。
私は端末を懐にしまい、前を行く二人の背中を追った。今はただ、嵐の前の静けさを噛み締めながら、束の間の日常へと戻るのだ。
建物の隙間。光の届かぬ路地裏の闇に、三つの影が潜んでいた。
「ねえねえ隊長〜!あの子たちじゃない?」
闇の中から響いたのは、餌を見つけた犬のようなけたたましい声だった。その声の主は通りを歩く三人組を指差している。
その隣に立つ影は、手元の端末と照らし合わせるように頷いた。
「……ビンゴだ。でかしたぞ」
そう言って、彼女は報告してきた小柄な影の頭を、乱暴にワシャワシャと撫でた。
「えへへ!撫でられるの嬉しい~!」
撫でられた影は心地よさそうに目を細め、尻尾でも振るかのように全身で喜びを露わにする。
「ねえ、あんな量産型ニケを探して何の意味があるの?」
二人の奥から、甘ったるく、どこか退屈そうな声が掛かる。
彼女は長い爪を弄りながら、眼下の三人組を一瞥した。
「あんな奴ら、私たちにとっては価値などないさ。……だが、あれを欲しがる『依頼主』がいる」
“隊長”と呼ばれた影は暗闇の中で目を細め、冷徹な声で答えた。
「私たちにとってはそれで十分だ。それ以上の価値を見い出す必要はない」
「はいはい、了解〜」
気怠げな声で答えた影の指先が、端末の画面をスワイプする。
そこに表示されたのは、I-DOLL・オーシャンとソルジャーF.Aの顔写真と識別番号。
写真の横には、それぞれ『Sophie』『Lia』という文字が添えられていた。
暗闇の中で、タバコの紫煙がゆらりと揺らめいた。
「―――さて、まずは手ごろな所から攻めていこうじゃないか」
影の唇が、三日月のように吊り上がった。
投稿を休んでいた間にも沢山の方に評価、お気に入り登録をしていただきました。
本当にありがとうございます!
これからの更新日時は、基本的に金曜日20時台にしようと思っています。
週二回投稿できそうな時については、月曜か火曜の同じ時間帯にポンと上げるかもしれません。
可能な限り継続して投稿していくつもりですので、これからもよろしくお願いします!