ギターヒーロー   作:右から左へ

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STARRY NIGHT

 

 

「赤黒血染さん……でいいのかな」

 

「ああ」

 

 スターリーの事務室。

 

 人払いをして二人の人物が相対していた。一人はスターリーの店長である伊地知(いじち) 星歌(せいか)。もう一人は赤黒(あかぐろ) 血染(ちぞめ)と名乗る長身の男。

 

 両者とも椅子に座り、いわゆるアルバイトの面接中だった。提出された履歴書を確認しながら、星歌が質問をする。

 

「31歳ね……今までの職歴は?」

 

「非正規の日雇いと、清掃(・・)ボランティアを少々といったところだ」

 

「……住所が空欄になっているのは、何故?」

 

「根無し草なもんでな。ビジネスホテルや廃屋などを間借りしている」

 

「……いったい、何の用でウチに?」

 

「アルバイト募集の張り紙を見たからだが。電話でもそう伝えただろう」

 

 星歌が咥えていた煙草から、一気に肺の奥まで吸い込み、ゆるやかに煙を吐いて、燃えかすを灰皿へ落とす。

 

 そして身体を膨張させ、

 

 金色に輝く虎に変化すると、

 

 煙草を握り潰しながら赤黒を睨みつけた。

 

 

「血の匂いをプンプンさせたヴィラン野郎が、何しにウチに来たのかと聞いてンだよ」

 

「……俺は、ヴィランではない」

 

 星歌がそう凄んだ瞬間、互いに殺気が膨れあがる。

 

 が、赤黒がすぐさま矛をおさめた。

 

「争いに来た訳では無い……断られるならそれまでだ」

 

「そういくと思うか? これでもヒーロー免許持ちなんでね。極悪ヴィランの容疑者を、みすみす逃す訳ないだろう……表へ出ろ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「お姉ちゃん大丈夫かな……」

 

「店長強いし、大丈夫だよ。それに、ぼっちが雄英に連絡してくれたんでしょ?」

 

「あ、はい。相澤先生がすぐ来てくれると……」

 

 私たちがスターリーのスタジオでバンド練習していると、不審者が来たから至急避難してくれと、血相を変えたPAさんから通達があった。なので、こっそりと裏口から抜け出して、少し離れたファミレスに避難中だ。

 

 まだヴィランかどうかは分からないが、店長さんの勘から、相当ヤバい相手がアルバイトに応募してきたらしい……何でアルバイト?

 

 ライブの日は護衛として相澤先生やオールマイトが護衛についてくれているけど、平常ではそれはない。とりあえず相澤先生には連絡済みだが、雄英とスターリーはそこそこ離れているから、到着にはまだ時間がかかるだろう。

 

 そう気を揉んでいると、突然爆発音が鳴り響いた。

 

「きゃあああぁ!!!」

「何だ、いったい!?」

「うわああぁぁぁ、ヴィランだあぁぁぁ!?」

「た、助けてくれぇぇ!!」

 

 あちこちから火の手があがり、人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

「ヴィ、ヴィランの襲撃です! みなさん慌てず、走らず、階段から避難してください!」

 

 学校で習った通りに避難誘導をする。学生の私はヴィランと戦える資格は無いし、そもそもそんな戦闘力もない。誘導をしながら、私達もファミレスがあったビルから避難して外に出る。

 騒動から遠ざかるように逃げるのが鉄則だけど、多数の場所から火の手と爆発、そして人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

 駅の方は燃えている。なら逆方向に逃げた方がいいかと逡巡していると、ドスンと、地響きをたてて黒光りする巨体が目の前に降り立った。

 

 割れたアスファルトから砂埃が舞っている中、ゆっくりとヴィランが立ち上がる。

 

 筋骨隆々の黒光りする3mほどの巨体と、脳味噌が剥き出しの異形は、USJ襲撃の時にいた「脳無」と呼ばれていたヴィランだ。

 

 その脳無が、獲物を物色するように辺りを見回す。

 

 その姿に、USJ襲撃の時の恐怖が蘇り、思わず体が硬直してしまう。

 

「ひぃ!?」

 

「君たち、早く逃げなさ……グハァ!?」

 

 そんな脳無の前に、見知らぬヒーローが立ち塞がった。と同時にワンパンで吹き飛んでしまった。

 

 私の真横をもの凄い速さで通り過ぎ、後ろのビルの壁へ、ドガンッと、盛大な音を立てて突き刺さる。

 

 手足が変な方向に折れ曲がっているが、かろうじて生きているようで、めり込んでいた壁から這い出ると、

 

「に、逃げろ……」

 

 そう言って力尽き、動かなくなってしまった。

 

 そのまま脳無が襲いかかってくるかと身構えていると、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。

 

 あれ? 私を狙いに来たんじゃないのかな?

 

 と、不思議に思ったが、そういえば私は変装していた。

 

 気が付かれない内にこのまま逃げないと……

 

「し、刺激しないように、逃げま……」

 

「きゃああ!?」

 

 ゆっくりと後ずさりして遠ざかろうとすると、逃げ遅れた小学生くらいの子供が捕まっていた。

 

 わし掴みにされ、苦しそうに藻掻いている子供を、甚振(いたぶ)るようにゆっくりと握りしめている。

 

 それを見て、手に持っていたバッグを、思っきり脳無に投げつけた。

 

「こ、こ、こ、こっちだ!」

 

 ウィッグと眼鏡を投げ捨ててアピールすると、脳無が私に気付いたようで、子供をポイッと放り投げてこちらに向き直る。

 

 それを確認して、反転してダッシュで逃げる。

 

「こ、こいつを引き付けるので、みんなは逃げてください!」

 

「ぼっちちゃん!?」

 

 徹底的に相澤先生に走り込みをやらされているし、毎朝のジョギングの距離も増やしているから、今の私は逃げ足に自信がある。

 

 

 と、思っていたけど甘かった。

 

 筋肉はパワーだ、パワーはスピードだ。

 

 脳無が道路を踏みしめ、その脚力でアスファルトを割ると、弾丸のように跳んでくる。

 

 一瞬で背後に迫られ、

 

 反射的にしゃがむと、

 

 ブォンと頭上を腕が通過する。

 

 急ブレーキをかけて反転しつつ、二撃目をギターケースで受け流す。

 

 鈍器としても盾としても使えるように鉄板入り。

 

 だけど脳無相手に正面から受けるのは自殺行為なので、角度を付けて受け流す。そのまま力に逆らわないように自ら回転して地面を転がった。

 

 地面を転がっていると、上から脳無の拳が私の脇を掠めて、アスファルトに突き刺さった。ひぇっ。

 

 脳無は逃げ道を塞ぐように回り込んでくる。後ろにはみんながいるから、そっちには逃げられない……退路を絶たれてしまった。

 

 逃げようと足に力を入れると鈍い痛みが走る。避けた時に足首を捻っていたようだ。

 

 痛みでしゃがみ込んでいる私に、ゆっくりと脳無が迫ってくる。

 

 付近に他のヒーローは見当たらないし、もはやこれまでかと諦めかけていたら、そんな私をかばうように、虹夏ちゃんが割り込んできた。

 

 

「リョウ、ぼっちちゃんを連れて逃げて」

 

 そう言って振り返った虹夏ちゃんの横顔は、いつもの明るさは鳴りをひそめ、悲壮めいた覚悟が完了している。

 

「……二度とヴィランに、大切な人を奪わせないッ!」

 

 そう虹夏ちゃんが叫ぶと、頭にぴょこんと丸いケモ耳が生えた。

 

 そして全身から体毛が生え、髪と同じ色、黄色い毛が身体を覆う。そして身体が変化すると、150cmくらいのツキノワグマに変化した。

 

 えっ、かわいい、プーさんかな。

 

 と思ったのは一瞬だけ。みるみる内に身体が膨張し、スリムだった体格が筋骨隆々になり、着てきた服が破けると、見上げるほどの高さへと変わっていく。

 

 そして変化がおさまると、そこには巨大なヒグマが仁王立ちしていた。

 

 脳無の倍近い、5メートルを超える巨熊だ。

 

 虹夏ちゃんの名残は、ちょこんと生えているアホ毛のみ。

 

「ひぇっ……」

 

「グルァアアアァァァッ!!」

 

 虹夏ちゃんだった熊が、腹の底まで響く咆哮をあげる。

 

 そして勢いよく脳無に飛びかかると、丸太のような前脚を叩きつけた。

 

 脳無がその攻撃を両腕で受けた瞬間、鋭い爪が骨ごと裂き、腕がちぎれて吹き飛ぶ。

 

「わァ……ぁ……」

 

「ぼっち、郁代、危ないから離れるよ」

 

「え、でも、虹夏ちゃんが……」

 

「アノ状態の虹夏の近くにいると危険。すぐ理性を無くして、動くモノ全てに襲いかかる獣になるから。だから早く離れるよ」

 

 山田に引きずられるように離れた物陰に隠れ、様子をうかがうと、瞬く間に超再生で腕を治した脳無と、巨熊の虹夏ちゃんがガチの殴り合いをはじめた。

 

 脳無の、常人が受けたら全身骨折する威力の殴打も、虹夏ちゃんのふさふさの毛皮と皮下脂肪、そして盛り上がった筋肉に阻まれて、大してダメージを受けてるように見えない。

 逆に虹夏ちゃんが腕を一振りするだけで脳無の四肢が千切れるが、その度に超再生で治している。

 

 互いに譲らず、足を止めて、ひたすら殴り合う。重量級同士の殴り合いは、下北沢の路上に盛大に鈍い打撃音を響かせ、エイトビートを刻んでいる。

 

 千日手の様相だが、いくらなんでも超再生をノーコストで発動させられるわけがない。再生しなくなるまで削り続ければ、いずれ勝てるだろう。

 

「不味いね……このままじゃヤバイかも」

 

「えっ、虹夏ちゃんが優勢じゃないんですか?」

 

「あのヴィランには勝てるだろうけど、もう理性が残ってなさそうだから、ヴィランの代わりに虹夏が暴れるようになるよ」

 

「ひぇっ……」

 

「……昔、暴れた時には、ヴィランを半殺しにした後、ヒーローを3人病院送りにして、麻酔銃を撃たれまくってようやく静まったらしいから」

 

 暴れる脳無を倒した後に、より強大な虹夏ちゃんが無差別に暴れるようになるとか、事態悪化してない……?

 

 ワルプルギスを倒した後に、魔女化して世界を滅ぼす、別作の主人公みたいだ。

 

 だけど、虹夏ちゃんが変化してくれなかったら、今ごろ私は死んでいた。私を助けたせいで、虹夏ちゃんを犯罪者(ヴィラン)にさせたくない。

 

「も、元に戻す方法はないんですか……?」

 

「ハチミツを舐めさせれば元に戻るらしいけど、それも理性が吹っ飛んだ後だと難しいって店長が言ってた。押さえ付けて無理やり口に突っ込む必要あるんだって」

 

 そう言って山田が懐からハチミツのボトルを取りだして、ペロリと舐める。

 

「あ、アレを押さえ付けるんですか……」

 

「無理だよね」

 

 だんだんと超再生が弱まってきたようで、回復が追いつかなくなった脳無を、虹夏ちゃんがサンドバッグにして遊んでいる。逃げ出そうと這い回る脳無の足を掴み、ドラムスティックのように振り回してアスファルトに叩きつけ、地面にクレーターを量産していく。どったんばったん大騒ぎだ。

 

 騒ぎを聞きつけた他のヒーロー達もどんどん集結してきたが、大怪獣バトルを遠巻きに眺めるだけで、誰も手を出そうとしない。

 

 脳無が動かなくなったら、虹夏ちゃんは周りのヒーローたちに襲いかかるだろう。その前に何とかして止めないと。

 

 

「ぼっち、何か理性が戻りそうな曲弾ける?」

 

「理性が戻りそうな……えっと」

 

 何かあったかな……「おさかな天国」とか弾けば頭が良くなる……? けど、あれは昔スーパーでバイトしていた時に、鮮魚コーナーでエンドレスで流されてたせいでノイローゼになりかけた曲だ。デバフは与えられるけど、逆に気が狂って大暴れされそう。BabySharkは拷問にも使えるんだ。

 

「特に思い当たらないですね……バラード系のリラックスする曲でも弾きましょうか」

 

「なら、この前ライブで演った、虹夏の好きな曲弾いてよ。ハイスタの」

 

「あれはパンクな激しい曲……いえ、それがいいですね」

 

 ケースからギターを取りだし、最近はいつも持ち歩くようにしている、小さなアンプに接続する。

 

 超再生の個性が発動しなくなり、四肢がもげたまま動かなくなった脳無に興味を無くしたのか、虹夏ちゃんは新しい玩具を探すかのようにゆっくりと辺りを見回す。

 

 そして周囲のヒーローに襲いかかろうとする虹夏ちゃんを止めるために、

 

「ま、マイクは無いので、みんなで歌いましょう……『STARRY NIGHT』!」

 

 

 私は思っきりギターをかき鳴らす。

 

 

 虹夏ちゃんに元に戻って欲しいと、願いを込めて。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「何だあのバケモンは……」

 

 下北沢にあるビルの屋上、死柄木と黒霧が騒動を見下ろしていた。

 

 ギターヒーローが拠点としているライブハウスが判明したため、警備が手薄になった時を見計らって襲撃を実行した。

 

 USJ襲撃時に使っていた脳無と同等のものを三体。パワー型、スピード型、飛行型と、タイプが異なる脳無を同時に運用して、ギターヒーローを狙い撃ちにする。

 

 飛行型に撹乱のために被害を浅く広く拡大させ、地域のヒーローを分散させる。その隙にパワー型とスピード型でライブハウスに襲撃をかけて一気に潰す。

 

 ギターヒーローを確実に殺すために、オールマイトが出向している地方にも足止めのために追加で脳無を送り、雄英にも教師共の足止めに脳無を送った。

 

 雄英のガキ共も、周囲にはいない。

 

 ギターヒーローが変装しているのは想定外だったが、何故か自分から脳無の前に姿を現した。

 

 護衛のヒーローは真っ先に潰した。

 

 撹乱のせいで周囲のヒーローは遠方に救助に向かい、手薄になっている。

 

 こんな警備が手薄なライブハウスにいるなら簡単に始末できると愉悦にひたっていたところで、連れのガキが巨大な熊に変化した。

 

 巨躯の脳無と比較してもなお巨大。大人と子供ほどの体格差まで肥大し、オールマイト並と言われる脳無の攻撃をものともしない。そして、対ショック耐性を持たせた個体を、鋭利な爪と牙でバラバラにしてくる。

 

 しかし、そのバケモンも脳無にかかりきりだ。

 

 後方からスピード型の脳無でギターヒーローを挟撃させようとしたが、ライブハウスでヒーローと遭遇して交戦中。たった2人相手に劣勢になっている。

 

 そしてパワー型脳無は、巨熊に圧倒的な膂力で蹂躙され、超再生が機能しなくなるまで嬲り削られた。

 

「クソが……何なんだよ、あの熊は……脳無なんかより余程バケモンじゃねえか……」

 

「……撤退しますか、弔」

 

「バカヤロウ、何も成果を出せずに逃げるかよ。隙をついてギターヒーローを殺るぞ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ── 少し時間が巻き戻り、STARRYの裏路地

 

 濃い血の匂いをさせていた赤黒を、店長の星歌が怪しみ、とりあえずぶん殴って確かめようと裏路地に連れ出した。

 

 そして地上に出たところで、別なヴィランに挟み撃ちにされた。筋肉質だがひょろりとした長身、剥き出しの脳に、眼が四つもある異形。

 

 イレイザーヘッドから警戒すべしと忠告されていた、ヴィラン連合の脳無だ。

 

「やっぱり罠かよ……」

 

 ヴィランの一味だったかと、星歌が身構えると、

 

「違う」

 

 そう返答し、赤黒が脳無の前に立ちはだかった。

 

「……お前のお仲間じゃないのか?」

 

「こいつはヴィラン連合の脳無と呼ばれているヤツだろう……俺はヴィランを狩る者、世間で言うヴィジランテをしている」

 

 そう言うと、背負っていたクラブケースから刀を抜き、懐から仮面を取り出して被る。

 

「断罪者スタンダールかよ……ヴィラン殺しのイカれたヴィラン野郎じゃねえか」

 

「ヴィランに生きる価値などない、それが道理だ……そして、俺はヴィランではない」

 

 そう言い、赤黒が脳無に一気に間を詰めて斬りかかる。

 

 長身の脳無はそれをヒラリと躱し、距離を空けた。

 

「速いな……」

 

「お前がトロイんだろう、私がやるから引っ込んでろ」

 

 変化型の虎系。速さは豹系に劣るが、パワーとスピードのバランスが良い。

 

 星歌は瞬時に間合いを詰め、脳無に殴りかかった。軽くワンツーでジャブを入れて、フェイントを挟んでからのアッパー。駆け引きの出来ない脳無はあっさり引っかかり、顎を強打されて身体が浮く。

 

 そのまま、がら空きになったボディへ、渾身の右ストレートを叩き込む。

 

 脳無は積んであった空き瓶のケースまで吹き飛び、派手な音を立て、アスファルトに転がった。ガラスが割れ、破片が四方へ散る。

 

 だが脳無はダメージを受けた様子もなく、ゆっくりと立ち上がると星歌に向き直る。

 

「ふん、タフだな……いや、超再生ってヤツか」

 

 脳無の姿がかき消えると、壁を蹴り、三角飛びの要領で瞬時に星歌の死角へ回り込む。

 

 その脳無の腕が振り下ろされるより早く、反転した星歌の左足が地を蹴る。

 

 カウンターの膝蹴りが、脳無の鳩尾に突き刺さった。そして、一瞬、脳無が動きを止めたと同時に、赤黒が背中から斬りかかる。

 

 肩から袈裟斬りにして、血が舞い飛ぶ。

 

 普通なら致命傷だが、超再生の個性で瞬く間に傷が塞がっていく。

 

「きりがねぇなこりゃ」

 

「そうでもない。こういう輩は動けなくしてから拘束すれば良い」

 

 そう言って赤黒が刀に付着した血を舐めると、脳無が糸が切れた操り人形のように脱力した。

 

「なんだ……お前の個性か?」

 

「そうだ。血を舐めた相手の動きを、数分間だけ止める事が出来る。今のうちに拘束しろ」

 

「おい、PAッ! 拘束具とワイヤー持ってきてくれ!」

 

 スターリーの入口から様子を伺っていたPAに拘束具を持ってきてもらい、装着させるとワイヤーも念入りに巻き付けていく。そして拘束が済むと、凝血の個性が切れた脳無が暴れようとしたが、ミノムシ状態のまま転がることしか出来ていない。

 

「よし、問題ないな。PA、警察に連絡して引き取りに来させろ。私は虹夏のところへ行く」

 

「この襲撃はギターヒーローを狙った可能性が高い……急ぐぞ」

 

「あっちは虹夏がついているから大丈夫だとは思うが……まぁ、急がないとヤバいな」

 

 未だ周囲から破壊と戦闘の音が聞こえてくる。他にも襲撃者がいるのだろう。

 

 先程の戦闘中に、虹夏の鳴き声*1も聞こえてきたから、変化して戦っているようだ。

 

「その前にハチミツとってくる……お前は先に行け」

 

「何故ハチミツ……?」

 

 赤黒の疑問の声を無視し、スターリーの事務室に急ぐ。ハチミツは常備しているが、不審者をぶん殴るつもりだったので持ってきていなかった。

 

 一応、山田には常に持ち歩くようにさせているが、あいつの事だからすでに自分で飲んで無くなっている可能性もある。

 

 事務室に保管してあったハチミツを手にすると、再び外に出て戦闘音が鳴り響く方向に向かう。スターリーから少し離れたファミレスの前、そこで5m超えの熊と、3mほどの筋骨隆々の脳無が闘っていた。

 

 いや、すでに争った後だった。

 

 脳無の四肢はもがれ、再生はしなくなり、芋虫のように這いずり回っているだけ。そして動きを止めた脳無に興味を失くしたのか、次のターゲットを探すように周囲を見回している。

 

「なんだ、あの化け物は……」

 

「私の妹だ。ヴィランじゃないから無闇に傷付けるなよ……個性の副作用で我を忘れているだけだ。私が正気に戻す」

 

「……お前と同じ変化型か」

 

「さっきと同じように動きを止めてくれ、傷は最小限、後は私がやる」

 

 周りを取り囲んでいる他のヒーローに被害が及ばないよう、虹夏の注意を引こうと星歌が飛び出すと、

 

 

 ── エレキギターの旋律が響いた。

 

 そして、唄の三重奏(ハーモニー)が聞こえてくる。

 

 

 

『Let me wish shooting star

 流れ星に 願わせてほしい

 

 This is really from my heart

 本当に心から そう思ったんだ

 

 Stop the thoughts spinning in my head

 頭の中で渦まく声を そっと止めて

 

 Wish I could just feel

 ただ感じられたらいいのに』

 

 

 

 虹夏が好きだと言っていた曲だ。

 

 私が経営しているライブハウス『STARRY』と同じ名前が付いた曲。『STARRY NIGHT』。

 

 虹夏はライブハウスを自分(星歌)の名前からもじって命名したと思っていたけど、それは違う。

 

 いずれ組むだろう虹夏のバンドが、天国にいる母さんに届くくらい、輝きを放てるように。

 

 そしてこのライブハウスが、そんなバントの拠り所になりますようにと、願いを込めた名だ。

 

 

 

『Let me wish shooting star

 流れ星に願わせてほしい

 

 This is really from my heart

 本当に心からそう思ったんだ

 

 Differences that I feel inside

 心の矛盾を

 

 Wish I could let go

 全て手放せたらいいのに

 

 What was it I left behind

 何を置き去りにしたのか

 

 And forgot to bring along

 持ち帰ることも忘れて

 

 What was is Shining bright

 過ぎ去ったものが 今もなお輝いて

 

 I saw that night

 あの夜に見たんだ』

 

 

 

 虹夏の目の前で、母さんはヴィランに襲われて死んだ。

 

 凄惨な現場だったらしい。

 

 そのショックで、子熊に変化するだけだった虹夏の個性が暴走し、巨大なヒグマに変化して、そのヴィランをミンチにした。

 

 それでも暴走は収まらす、駆けつけたヒーローを3人ほど病院送りにしてしまった。

 

 

 そしてそれ以降、変化すると事件の事がフラッシュバックして、理性を失い暴れるようになってしまった。

 

 

 

『Let me wish shooting star

 流れ星に願わせてほしい

 

 This is really from inside my heart

 本当に心の底からそう思った

 

 From now on I wanna enjoy my life more

 これからは もっと人生を楽しみたいんだ

 

 Starry night

 星降る夜に』

 

 

 

『お、お姉ちゃん……』

 

 歌に聞き入っていた巨熊が我に返ると、可愛らしい虹夏の声が聞こえた。

 

 目には理知的な光が見え、理性が戻ったようだった。

 

『ぼっちちゃん……無事でよかった……』

 

 まだ演奏を続けているぼっちゃん達を見つめて、虹夏がそう呟く。

 

「虹夏、とりあえず戻れ」

 

 星歌がハチミツのボトルを投げ渡すと、パクリと口でキャッチしてそのまま噛み砕いて飲みこむ。

 

 すると、みるみるうちに小さくなり、体長150cmほどのツキノワグマになった。

 

「スタンダール。上着をよこせ」

 

 赤黒が無言で上着を脱ぐと、星歌に手渡す。そして力尽きて膝をついている虹夏に、赤黒のジャケットをかけた。

 

「個性用の服を着ろと言っただろ」

 

「だってアレ、可愛くないんだもん……」

 

 星歌が、ぐったりしている虹夏を抱き抱えると、すっかり元の人間の姿に戻っていた。巨熊に変化した時に服は破けていたので当然全裸だ。

 

「裸になるよりはマシだ」

 

「……インナーは着るようにする。かわいくないけど」

 

 巨大化する個性用に服を特注できる。しかし高価であり、デザインも限られる。ヴィランの襲撃があるかもと言われた時には念の為に着ていたが、最近はその兆候もなく、平和だったのですっかり油断していた。

 

 

「「「虹夏ちゃん!」」」

 

 星歌に抱きかかえられ、人間に戻った虹夏の元へ演奏を終えた3人が駆けつけた。

 

「ぼっちちゃん、大丈夫……?」

 

「わ、私は大丈夫ですけど、虹夏ちゃんが……」

 

 かけられたジャケットから覗く肌に、無数の青アザが出来ている。毛皮で隠れていただけで、虹夏も着実にダメージは受けていた。平気に見えていたのは、怪我を負っても怯む理性がなかっただけだ。

 

 常人が受けたら全身骨折する打撃を受けても、打撲で済むのはどうかと思うが。

 

「これくらい何ともないよ……ぼっちちゃんが無事で良かった……ちょっと疲れたから休むね……今度は護れたよ、ママ……」

 

 そう言うと、目を閉じて寝息をたて始めた。

 

「虹夏ちゃん!?」

 

「疲れているだけだ。変化するとこうなるだけだから、心配いらない」

 

 寝入った虹夏を、慈しむように抱き抱える星歌。変化には多大なエネルギーが消費されるのか、元に戻ると糸が切れたように昏睡する。

 

「じゃあ、スターリーに戻るぞ」

 

「店主ッ!!」

 

 もう戦いは終わったと、踵を返そうとしたその時、スタンダールが警告を発すると同時に、翼が生えた脳無が飛来した。

 

 そして、ひとりを鷲掴みにすると、空高く舞い上がる。

 

「きゃあぁぁぁぁ!?」

 

「ぼっちちゃん!?」

「ひとりちゃん!?」

「ぼっち!!」

 

 近くにいた星歌は、虹夏を抱きかかえていたせいで対応が出来なかった。スタンダールも少し離れたところから周囲を警戒していたせいで、空からの襲撃には間に合わなかった。しかし──、

 

「血を貰うぞ、店主」

 

 広域に被害をバラ撒いていた飛行型のヴィランは、他のヒーローとの交戦ですでに手負いだった。血を撒き散らしながら強襲してきたせいで、近くにいた星歌に脳無の血が降りかかっていた。

 

 その血をスタンダールが舌で舐めとると、飛行型の脳無が硬直してフラリと落下する。すぐさま落ちてくるひとりを受けとめ、着地と同時に脳無の脳髄に刀を突き立てた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「油断大敵だ……ヴィランは狡猾。残心を忘れるな」

 

 礼を言うひとりにそう忠告をすると、そっと地面に降ろす。

 

 そして、脳無が再生しない事を確認すると、役目は終わったとばかりに立ち去ろうとするスタンダールに、星歌が声をかけた。

 

 

「待て、スタンダール……もう一度聞くぞ、何でウチに来た?」

 

「……言葉で世界は変えられなかった。だが、音楽でならこの腐りきった世の中を変えられると思ってな。その為にも、ギターヒーローを薄汚いヴィラン共の餌食にさせる訳にはいかん」

 

 拝金主義の腐敗しきったヒーロー社会に絶望していた赤黒は、英雄回帰を訴えて街頭演説活動を繰り返していた。しかし、その演説には誰も足を止めず、耳を貸さなかった。

 

 だから、極悪ヴィランを狩るヴィジランテとなりスタンダールを名乗っていた。

 

 赤黒にとってヒーローとは「偉業を成した者にのみ許される称号」だ。

 

 そして自己犠牲の果てに得られる称号でもある。

 

 人助けは目的であって、名声や収入を得るための手段であってはならない。

 

 しかし、世の中には拝金主義の贋作のヒーローが多すぎた。

 

 贋作の粛清と選別を行い、世間にヒーロー回帰の是非を見せつけてやろうと決意しかけた時もあったが───

 

 そんな折に台頭してきたのがギターヒーローだ。

 

 ギターヒーローの配信するヒーローソングを聞き、感化されて思いとどまった。

 

 

 そして、雄英体育祭を見に行き、ギターヒーローのライブに遭遇し、

 

 「ピースサイン」を生で聴いてしまった。

 

 

「……それと、店員になればギターヒーローのライブをまた聞けるんじゃないかと期待していた。STARRY NIGHT……最高だった……友を思うその心、それもまたヒーローだ」

 

 仮面の奥でひとりと虹夏を見据え、そう噛み締めている。何かしら赤黒の琴線に触れたようだ。

 

「赤黒。ヴィジランテ(犯罪行為)を辞めるなら雇ってやる。その気があるなら、明日来い。15時から開店準備だ。……ヒーロー共に見つかる前にとっとと行け」

 

 騒ぎが収まり、周囲で救助活動をしていたヒーロー達が集まりつつある。

 

 ヴィジランテとして殺人も厭わない凶悪犯であるスタンダールは、ヒーローにとって逮捕すべき対象だ。見つかると厄介な事になる。

 

 

 しっしと、追い払う仕草をする星歌に軽く会釈すると、赤黒は下北沢の裏路地の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ─── 翌日

 

 事件後の傷跡がまだ残る下北沢は、壊れたビルや家屋にビニールシートがかけられ、残骸を撤去されている真っ最中だ。この世界は個性のせいでよく建物が破壊されるが、個性のお陰で復旧も早い。数日後には元通りになっているだろう。

 

 鉄筋やコンクリートを直接こねくり回せる個性とか、ほんとチートだ。

 

 そんな被害の中心地に近いスターリーだったけど、ほとんど被害もなかったし、土曜のかきいれ時なので通常営業。

 

 

 そして、フロアでは新しく入ったバイトの人が紹介されていた。

 

「新しくバイトに入った赤黒さんだ。とりあえずフロア清掃から仕事を教えてやってくれ」

 

「赤黒血染だ、よろしく頼む」

 

 そう言って、軽く会釈する。

 

 私たちはアルバイトじゃなく、スターリーを拠点にしているバンドマンになるけど、今日はスタ連は出来ないので店内でだべっていたら、ちょうど良いからとPAさんや他のスタッフと一緒に紹介された。

 

「お前たちはもう面識あるだろ」

 

「え? 誰??」

 

 こちらに話を振られた虹夏ちゃんが混乱してるけど、気絶していたので面識があるはずもなく、私達も仮面を被った姿しか知らない。

 

 けど、そのカタギとは思えない雰囲気と、長身で鍛え抜かれた筋肉質な身体、そして長い髪を総髪にしている姿は、間違いなく昨日の仮面の人だ。

 

 なにより店長が雇うって言ってたし、間違えようが無い。

 

「あぁ、虹夏は寝てたから分からないか。昨日話しただろう」

 

「あ、助けてくれたって人? 私、疲れて寝ちゃってたみたいで……昨日は助けてくれてありがとうございました」

 

「……ただの成り行きだ、気にするな」

 

 礼を言ってお辞儀をする虹夏ちゃんに、端的に応える赤黒さん。けど、助けて貰ったのは虹夏ちゃんじゃなくて私だ。

 

 昨日はお礼をいう間もなく立ち去ってしまったので、私も礼を言わないと。

 

「あ、助けて貰ったのは私なので……赤黒さんも、虹夏ちゃんも、昨日は本当にありがとうございました」

 

「……気にするな」

 

「ぼっちちゃんが無事で良かったよー」

 

 そう言ってにこやかに笑っている虹夏ちゃんの手足には、素肌が見えないほど包帯がぐるぐる巻きにされている。

 

 あの後、救援に駆けつけた雄英の教師陣にリカバリーガールもいたので、私の捻挫は治して貰えた。だけど、虹夏ちゃんは変化で体力を使い果たしていたので「癒し」の使用は見送られ、体力が回復してから改めて診てもらえることになった。

 

 だから虹夏ちゃんが治るまではバンド練習はお休み。体力なら数日で回復するだろうとの事なので、次のライブまでにはリカバリーガールに治してもらえる予定だ。

 

 本当に、2人には感謝しかない。

 

 結束バンドを組んでから、ひたすらバンド練習に明け暮れていたから、数日はスターリーでゆっくりするのもいいだろう。

 

 いや、これこそ結束バンドの本来の在り方だ。うん。

 

 それに、襲撃を受けたばかりなので、相澤先生からも今日は無理せず休めと厳命されているし。

 

 挨拶が終わると、スタッフと赤黒さんは開店準備に入った。そして、教えて貰いながら赤黒さんはキビキビ働いている。

 

 そんな赤黒さんを見ていると、ヒーロー殺しのステインに似ている気がするんだよね……脳無を麻痺させた個性もステインと一緒だし、背格好とか得物が刀とかまんまな気がする。

 

 けど、漫画だともっと人相悪くて、髪ももじゃもじゃだった気もしたけど……

 

 もしヒーロー殺しだったら、私なんて「力無きヒーローなんぞ認めんッ!」とか言われて、刀でずんばらりんと殺られそうだ。グェー!

 

 

 気になって仕方ないので、掃除が終わって一息ついている赤黒さんに近寄って、思いきって聞いてみた。

 

 

「あ、あの、ステインさん……ですよね?」

 

「……? いや、違うが」

 

 何言ってんだコイツ、みたいな目で見られた。

 

 

 うーん、嘘を言っている風でもないし、本当に違うみたいだ……なら、ちゃうのか……

 

 

 

 

*1
5m超えの熊の咆哮






虹夏ママ、原作では交通事故で死んでたのを、せっかくのヒロアカ世界なのでヴィランに殺された事に変更しました

変化型はリューキュウみたいにドラゴンに変化できたり、ビルより巨大化する奴もいる(マウントレディ、ヴィジランテの敵など)から、5m超えの熊くらいなら普通の範疇かなと

暴走前(進化)前は、身長と同じくらいのツキノワグマに変化。子供時代は黄色い子熊だった(アホ毛有りのプーさん)
母親が目の前で殺されたショックで、ヒグマに進化
当時は虹夏ちゃん8、9歳くらいだから、その時の暴走では3mくらいのヒグマで、それほど被害は出なかった想定(ヴィラン1+ヒーロー3で済んだ)

この事件の後に、店長はヒーロー免許を取得しました


暴走後のデメリットは
1、母親が殺された場面がフラッシュバックして、すぐ理性が振り切れる
2、変化後はハチミツを舐めないと戻れない(これは以前から)
3、一度元に戻るとしばらく変化できなくなる

ピーキーな仕様の想定ですが、今後は演奏で1と3は踏み倒せます


Q.虹夏ちゃんに恨みでもあるの?

A.一番の推しキャラだから強化しようと思って……今後、一番才能に伸び悩みそうだし、結束バンドの暴力装置に着任させれば色々と安心かなって


本来ならステインを虹夏ちゃんがミンチ(比喩的表現)にする予定でしたが、アンケートのお陰で命拾いした模様

赤黒さん、ヒーロー殺しまで振り切れずにスタンダールを続けていた世界線。スピンオフのヴィジランテみたくチンピラまで皆殺しにするほど基地外でもなく、チンピラは半分殺し極悪ヴィランのみ全殺しの粛清対象にしていた感じ。

なんか、こねくり回したらこうなった

今回4話更新と言ってましたが、赤黒の後日談を少々&掲示板回を足したくなったので、後1話更新します


「ヴィランと百合の間に挟まる男には、生きる価値など無い」



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