ギターヒーロー 作:右から左へ
喜多ちゃん失踪後、連絡がつかない状況が続いていた。
バックレられても秀華高校で張り込めばいいしと思っていたが、今は入学前の春休み。張り込んでも会えるわけがない。喜多ちゃんの家は知らないし、LINEは既読マークすら付かずにスルーされている。
したがって、高校の入学式が始まるまで詰んでいた。
とりあえず3人だけで練習を~という流れになったけど、焦燥感にかられて身が入らない。
だって、全く原作と状況が違う。
原作での喜多ちゃんは、ギターを弾けると嘘をついて結束バントに加入し、隠れて練習したけど上達しなかったので練習もライブもバックレ。その罪悪感からフェードアウトしていたのだ。
そのフラグは速攻で折っておいたけど、
私が喜多ちゃんの心を折ってしまった。
喜多ちゃんからしたら、ギターボーカルという同じパートで自分より上手い相手がいたら、バンドにいる意味が分からなくなるのは当たり前だろう。
山田が「私のワンマンになってバンドが潰れる」と、冗談めかして言っていたのが身に染みる。
うーん、配信では歌を封印して、ギター演奏のみにしておくべきだったか……
そんなことを延々と考えていたら、上の空で音の合わない練習が続いてしまい、スタジオの空気は最悪だ。
はやくも結束バンド崩壊の危機である。
どうフォローすればいいんだこれ……
私は悶々とした気持ちをかかえながら、ギターの練習も手につかずに、入学式を待つしかなかった。
◇
── 4月。
憂鬱な気分で雄英高校の入学式を迎えた私は、1年A組の扉の前で立ち往生していた。
教室に入ろうとしたら、何やら中で揉めている怒号が聞こえるのだ。なかなか入る踏ん切りがつかずにいると、
「後藤さん! 受かったんだね、良かった……」
「あ、デク君も受かってたんですね」
見知ったデク君が声をかけてきた。当然デク君が受かるのは知っていたけど、同じクラスに顔見知りがいるのは心強い。
「教室に入らないの?」
「あの、中で揉めてるみたいで、入りづらくて……」
教室で言い争う声が廊下にまで聞こえてくる。その声から誰の怒声か分かってしまうから、なおさら開けるのに躊躇していた。
恐る恐るドアを開けるデク君の後ろから、教室を覗き込むと、
「机に足をかけるなッ! 雄英の先輩方や机の製作者に申し訳ないと思わないのかッ!!」
「思わねーよッ! テメェ、どこ中だッ!!」
やっぱり爆豪と、受験の時にいた生真面目そうなメガネ君がやりあっていた。
「僕は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明だ~~!? 糞エリートじゃねぇか。ブッ殺しがいがありそうだな」
「キミ酷いな! 本当にヒーロー志望か!?」
メガネ君が、爆豪のヤンキーみたいな態度を諌めているが、一向に聞く耳をもとうとしない。説得を諦めたメガネ君がこちらに気がつくと、歩みよってきて自己紹介を始めた。
「君たちは試験会場で一緒だったな。僕は聡明中学出身の飯田天哉だ」
「よ、よろしく飯田くん、僕は緑谷出久」
メガネ君くんもとい、飯田がこっちを見てくるので、サッとデク君の後ろに隠れる。自己紹介するのはやぶさかではないが、教室に他の生徒がいる中で注目されている状況だと、高確率でヒューマンビートボックスになる。入学早々、奇異な目で見られたり、嘲笑の的になるのはゴメンだ。
私が俯いて固まっていると、察してくれたデク君が代わりに自己紹介してくれた。
「えーと、こちらは後藤ひとりさん」
「ふむ、試験の時も仲が良さそうだったが、君たちは同じ中学なのかい?」
「いや、試験の時に知り合ったんだよ、ね?」
デク君が水を向けてくるので、黙ってこくりと頷いておく。
「そうなのかい? それにしても緑谷君の個性は凄かったね…… 後藤さんの個性はそれにも増して凄かった」
「あっ! ギターの子! 受かってたんだね、良かった~」
飯田が話しかけている後ろから、ひょこりとお茶子ちゃんが教室に入ってきた。ブレザー姿が眩しい。
そして、改めてお茶子ちゃんにも自己紹介をすると、
「入試の時、後藤さんの演奏すごかったよねー。私感動しちゃった」
お茶子ちゃんが褒めてくる。いや~それほどでも~と、思いながら無言でくねくねしながら照れていると、
「ねぇねぇ、後藤さんってギターヒ……」
「お友だちごっこをしたいなら
お茶子ちゃんが何か言いかけたところで、寝袋に入った蓑虫みたいな不審者が、廊下で寝転がりながら睨んでいた。
「ひぃ!」
「「「なんか、いるっ!?」」」
不審者の登場に教室が一瞬ザワつくも、すぐさま静かになった。そして不審者が寝袋から抜けだして教壇の前に立つと、
「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
「「「えっ、先生!?」」」
「担任の相澤消太だ。早速だが、体操服を着てグラウンドに集合しろ」
そう言って相澤先生はさっさと教室を出ていってしまった。
あー、確か個性把握テストとかやらされるんだっけか。
今日は入学式が終わったら速攻で秀華高校で張り込もうと思ってたけど、間に合うのかこれ……
◇
そして、入学式もガイダンスもすっとばして、個性ありのスポーツテストが始まった。
その前に、相澤先生の命令で爆豪がソフトボール投げのデモンストレーションをやると、爆破で700メートル以上を叩き出す。
それを見たクラスメイトが「すげー面白そう!」と浮かれたせいで、おこになった先生から「トータル成績最下位は除籍処分」という無慈悲な通達を受けた。
そして、50メートル走からテストが始まったが、私の個性はこういうのに不向きだ。ギターを弾きながら走れない。普通に走った私はダントツ最下位になった。
その後の競技でも私はぶっちぎりの最下位を記録し、だんだんと周囲から可哀想な子を見る目でみられはじめた。
個性のせいにしたいが、私以外でも透明化とか身体能力に関係ない個性の子たちはちらほらいる。その子たちは成績は振るわないけど、アスリート並みの成績を出している。
あの隠れマッスルなデク君の順位が、私のひとつ上でブービーというのが魔窟すぎる。
文武両道な雄英でヒーローを目指す子たちは、素で身体能力が高かった。
もう最下位は私で決定かなと思っていたが、成績が振るわないデク君が焦ったのか、ソフトボール投げでOFAを発動させて右腕を粉砕させてしまった。
その治療のためにそれ以降のテストは不参加になったので、デク君が自動的に最下位になった。
あれ? 粉砕する前に相澤先生が止めるはずでは?
と、思って気がついた。
そういえば試験の時のデク君は、はたからみたら個性を普通に使っていたように見えてたんだなぁと。
あの時は、私が"演奏"で個性のコントロール……ゲームでいったらDEXやTECと、頑丈さのVITを上げるイメージをして演奏をしていた。それと「ガンバレ!」というキモチも。
デク君がOFAで身体を壊さないようにと、想いを込めて。
まぁ、結局壊していたけど。
それがなく、OFAを使って身体をぶっ壊したデク君に、相澤先生が激怒していた。危うく除籍されそうな勢いで。
とはいえ、結局「最下位は除籍処分」というのは嘘で、生徒に本気を出させるための「合理的虚偽」という原作同様のオチだった。
けど、この先生は見込み無しと判断したら、クラスごと除籍するほど容赦無いのは知っている。結局みんな先生のお眼鏡にかなったんだろう。
……なんで私が除籍処分にならなかったのか不思議だけど。
テストが終わって教室に戻る皆の後をついて行こうとしたら、
「後藤は居残りだ。お前だけ圧倒的に体力も筋肉も足りてない。とりあえずグラウンド20周してから教室に戻れ」
「ひん!?」
なんで私だけ追加メニュー!?
無慈悲! と思いながらグラウンドを走り始めるが、雄英のグラウンドは超広い。いったい何キロ走ることになるんだこれ……
「すっげー! 見ろよ、バインバインだぞ!」
そんな一人走る私を指差して、糞ブドウが大喜びしている。マジで殺すぞ。
羞恥プレイを受けながら走っていると、やりようによっては個性を使ってもう少しマシな成績を出せたのではと思いあたる。
走りながらギターを弾くのは無理だけど、"演奏"が終わると効果は緩やかに減衰していって数分くらいで消えるから、演奏した後に走ればいいだけだったと。
喜多ちゃんのことでいっぱいで、そこまで頭が回らなくなっていた。
そしてこれ以降、何故か相澤先生に目を付けられた私は、事あるごとに居残りを命じられて、走り込みやマンツーマンでの格闘術をしごかれるようになった。
私、何か先生に嫌われるような事したかな……
◇
そんな相澤先生の連日の居残り命令のせいで、入学以来帰宅が遅くなる日が相次ぎ、秀華高校の張り込みが上手くいかない日が続いた。
このまま相澤先生に付き合っていたら、喜多ちゃんを連れ戻す前にライブの日を迎えてしまう。
もうあまり猶予もないし、仕方がないから学校をサボって張り込むことにした。
けど、下校時間になる夕方まで暇である。
家にいたらサボったのがバレるし、スターリーは閉まっている。どこか近くのスタジオでも借りてギターの練習をしてもいいけど、気もそぞろな現状じゃ身が入らない。
秀華高校近くの公園でぼんやりしてるのも飽きたので、とりあえずタワレコにでも行ってCDを漁るかと思って歩きだす。
ようやく最近になって音楽配信サービスも始まったけど、まだそれほど曲数も多くなく、マイナーなバンドやアーティストの曲を聴きたいならCDを買うしかない。
前世でも学生の時はタワレコで何時間も粘って試聴して、気に入った曲を見つけてはCDを買っていた。新品は高いけど視聴できるのが良い。中古は情報がないとジャケ買いガチャでハズレ引く確率高いからね。学生の小遣いでハズレ引いた時のダメージはデカかった。
今はそんなの気にせずにバンバン買えるけど。
と思って公園から出ようとしたところで、
「み、水…… お水を、ください……」
酔っ払いが公園のベンチで行き倒れていた。
長い髪を緩い三つ編みにし、キャミワンピースの上にスカジャン。そして裸足に下駄というロックな出で立ち。
きくり姐さんだ!
「は、はいっ! か、買ってきます!」
「なら、あと酔い止めドリンクと、シジミの味噌汁と、おかゆも食べたい…… それと天日干ししたばかりのフカフカの布団を……」
おぉ…… 初対面の相手にすげー注文多いし、むちゃくちゃ厚かましいな。まぁ、推しだから全部買ってきたいけど、流石に今から布団を干して持ってくるのは無理だ。
すぐさま近くのコンビニにダッシュして、頼まれたものを購入する。そして、戻ってベンチで仰向けで寝転がっていたきくり姐さんを介護した。
「はぁ~、助かった~! ありがとね! ね、ね! 名前なんてーの?」
「あ、後藤、ひとりです……」
きくり姐さんは、買ってきた酔い止めやシジミの味噌汁、おかゆをひと通り食い尽くすと、「迎え酒!」とか言いながらパック酒を飲み始める。
ぷはー、と息を吐くきくり姐さんはむちゃくちゃ酒臭いし、微妙に芳ばしい臭いがする。
数日風呂に入ってないような、洗ってない犬の匂いだ。
「やっぱり、お酒はほどほどにしないとねー、とか言ってるそばから飲んじゃうんだけどっ! ひとりちゃんも飲むー? あ、未成年? ……あれ、聞いてる? 何でさっきから何も言ってくれないの!? おーい、ひとりちゃーーん!!」
何故か電柱に向かって話しかけて、抱きつきながらおいおい泣きだす酔っ払い。ファンキーすぎる。
こういう酒カスアル中は、創作では面白くて魅力的に思えたけど、リアルで遭遇するとちょっと面倒くさいね…… うん、逃げよう。
遠くから奇行を眺めるくらいが丁度いいや。
「あ、あの、用事があるのでこれで……」
「えー! もうちょっと付き合ってよ~。 そういえば、それ……」
逃げだそうと腰を上げたところで、きくり姐さんにがしりと手を掴まれると、
反射的にアームロックをかけてしまった。
「がああああああっ!?」
「あ、すみません、つい……」
ぱっと手を離すと、きくり姐さんが痛そうに腕をさすっている。
「ひどいよー、ひとりちゃん」
「す、すみません…… 最近、対人訓練受けていたので、つい……」
「たいじんくんれん……? あー、ヒーロー科通ってるの? 凄いねぇ」
相澤先生からかわいがりを受けていたせいで、腕を掴まれた反射で技をかけてしまった。何故か不意打ちを受けた時の反撃方法ばかりをやらされている。
「あー、腕が痛いなぁ。お詫びにもう少し話し相手になってくれたらいいんだけどなぁ」
「はい……」
「ねー、それギター? ひとりちゃんも楽器やるの? 私はベースやっててねー」
「し、知ってます。
「おー、知ってくれてたの! もしかしてファンだった?」
「は、はい! ネットでPV観ました。CDも買ってます…… ライブは行ったことないですけど」
「うれしいなあー、ライブも来てよ。サービスするからさぁー。はい、コレ」
きくり姐さんはそう言うと、スカジャンの内ポケットから、くしゃくしゃになった紙を手渡してくる。広げてみるとライブのチケットだった。
「月末にやるライブのチケット。新宿の
超行きたいけど、行きたくない。
ライブには興味があるけど、人混みが苦手だからだ。新宿駅の時点でヤバそうだし、見知らぬライブハウスとか一人で入れる気がしない。
とはいえ、推しからチケット貰ったなら行くしかないな…… デク君辺り誘っていくか。
「ぜっ、絶対いきます!」
「にひひ、絶対後悔させないから。超盛り上げるよ~」
SICKHACKのライブ、盛り上がると下駄で踏まれたり、ゲロかけられたりするんだっけか。流石にゲロまみれになりたくないから、最前列はやめとこ。
「ひとりちゃんはバンド組んでるの? ライブはやらないのー?」
「あっ、今度やるんですけど…… ちょっと今バンド崩壊の危機で、ライブやれるかどうか怪しくて……」
「……どうしたん? 話聞こうか?」
マジモードなきくり姐さんに、初心者の子が加入したけど技量差を感じたせいかバンドの練習に来なくなったこと、そしてそれが原因でバンド内の空気が悪くなり、練習しても身が入らない日が続いていることを、つっかえながらも説明した。
「まぁ、あるあるだよねー。技量や熱意の差、音楽性の違い、性格の不一致…… 後輩のバンドも良く崩壊してるよー。あははっ!」
あははっ! じゃないっつーの! こちとら真剣に相談してるんやぞ。
「で、ひとりちゃんはどうしたいの? 別なメンバー探してるの?」
「な、なんとか説得して、バンドに戻って欲しいなって思って…… その子の学校を張り込んでるところです」
「えっ、ストーカーじゃん」
ストーカーじゃないが? いや、ストーカーなのかこれ?? だって喜多ちゃんに全く連絡とれないんだから仕方なくない?
「まー、そんなに戻って欲しいなら、当たって砕けるしかないね!」
「く、砕けたくないんですけど」
「こればっかりはねぇ…… 音楽なんて誰かに強制されてやるもんじゃないし。とりま、その想いを伝えるしかないんじゃないかな、正面から」
◇
秀華高校の下校時間になり、校門から帰宅部の生徒たちがチラホラと家路につきはじめていた。
夕焼け空の下、部活動の掛け声やボールの音が校庭から響いてくる。
校門前の通りには、友人同士で談笑しながら歩く生徒がいる中、一人で暗い表情で俯きながら歩く赤髪の女の子の姿が見えた。
喜多ちゃんだ。
話しかけたいけど足がすくむ。何て話しかけたらいいのか分からないし、校門前には沢山の生徒がいる。少し尾行して人通りが少なくなってから……いや、このままついて行って家を特定すればいつでも凸できる。今日は家を突き止めるだけでいいかな……
そう、弱気になっていると、
「なーに、うじうじしてんの! どーんと行ってこいっ!!」
「ひん!?」
何故か張り込みについてきた、きくり姐さんに背中を押され……いや、突き飛ばされた。
よろけた私は喜多ちゃんの前に躍りでて、バッチリ目が合う。
「ひとりちゃん!? どうしてここに……」
急に現れた私を見て、喜多ちゃんはびっくりしている。声をかける覚悟ができていなかった私もびっくりだ。
けど、ここまできて逃げ出すわけにもいかないので、決死の思いで声を張りあげた。
「あ、あの! バババ、バンッ、ドッ、キィ!」
「えぇ!? 突然のヒューマンビートボックス!? どうしたの、ひとりちゃん!?」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!
緊張しすぎてやらかした……
バンドに戻ってきてくださいと、言おうとしただけなのに……
突然の私の奇行に喜多ちゃんはおろおろしてるし、きくり姐さんはパック酒を飲みながらケラケラ笑っている。殴りたい。
もう無茶苦茶だしこのまま逃げたいけど、ここで逃げ出したら恥ずかし過ぎて、もう二度と顔を合わせられる気がしない。
喜多ちゃんに伝えたいことは沢山あるのに、酸欠の金魚のように口をパクパクさせるだけで、声がでない。
やっぱり口下手な私が、言葉でキモチを伝えるのは無理がある。
─── なら、音楽で伝えるしかない。
ギターケースから相棒のエレキギターを取りだす。今日はアンプやスピーカーを持ってきてないから、小さな音しかでない。
「どうしたのひとりちゃん? 急にギターを取りだして……」
ギターを肩からかけてピックを構える。
そして、私は、声を張り上げた。
『始めるよ 準備はいいかい?
やらかすぜ そいつが
歌いだすと、
何故かギターの音が、
声が、周囲に響く。
不思議に思って見回すと、きくり姐さんがダブルピースしながら驚いていた。
……姐さんの個性かな?
『悲しむより 踊りまくって
奇跡の日々を始めようぜ!
ミラクルをキミとおこしたいんです!
高まれよ 奇跡の
終わらないミラクルの予感がする
世界中 鳴り響かせるんだ きっと』
バラバラな個性の人間がバンドを組み、
みんなで一つの夢を追って音を奏でる。
それ自体が奇跡のようなもので、
私はそんな奇跡を、喜多ちゃんと、
結束バントの皆で叶えたい。
『あなたに出会って
全てが変わってしまったの
キミから 新しい
希望が香ってきたんだよ
苦しい 夜なら
もう僕はたくさんだから
細胞 螺旋の
奥から変わってしまいたいよ』
喜多ちゃんは、私より歌が下手だと悩んでいたけど、喜多ちゃんの歌が下手なわけじゃない。
まだ技術がなく、カラオケの延長で歌っているだけなので見劣りしていただけだ。
しっかり基礎を学んで、技術を習得すれば、私よりよほど優れた歌い手になる。
それは前世の知識からじゃなく、
実際に練習で聴いて、
光る素質を感じたからだ。
『あぁ ベイビー
悲しみ捨てちまいたい
キミの話す愛ってやつの意味を
僕に教えてよ
そいつを歌って踊ってみたいな
ミラクルをキミとおこしたいんです!
高まれよ 奇跡の
終わらないミラクルの予感がする
世界中 鳴り響かせるんだ きっと』
喜多ちゃんの歌声には
技術では埋められない才能
歌姫の原石
その片鱗を感じた
『窓の外 幸せな風景を
ひざを抱えて眺めていたのさ
呼吸を整えて始めるんだよ
奇跡の
見るもの全て!
キミだけに起こせる奇跡があって!
ボクだけに起こせる奇跡がある!
やらかせベイビー! 踊ろよベイビー!
We want Miracle!』
そしてなにより、私は喜多ちゃんの歌声のファンなんだ。
喜多ちゃんの歌声が
結束バンドのフロントマンは、喜多ちゃん以外に考えられない。
そんな想いを込めて、
喜多ちゃんの目を見つめて、
私は歌う。
『始めるよ 準備はいいかい?
やらかすぜ そいつが
悲しむより 踊りまくって
奇跡の日々を始めようぜ
ミラクルをキミとおこしたいんです!
時はもうそこまできてるよ
断然そしたら分かち合おうぜ
重い扉のカギを開けて
見るもの全て奇跡の
本当さ 何度でも言うぜ
心の声が自由を望んでる
キミとなら奇跡は起こるぜ
きっと!』
最後まで歌いきると、急に歓声と拍手が鳴り響く。
いつの間にか人集りが出来ていて、車道まであふれて渋滞が起きていた。やべぇ。
けど、今伝えないと、駄目だ。
「き、喜多ちゃん! 結束バンドに戻ってきてください!」
呆然としていた喜多ちゃんが、私の言葉に我に返ると、辛そうな顔に戻って俯いてしまう。
「私、ギター弾けないし……」
「わ、私が教えますっ!」
「歌も、ひとりちゃんの方が上手よ……」
「喜多ちゃんの方が、歌の才能あります! 絶対ッ!」
そう言ってもまだ納得してくれない喜多ちゃんに近づき、手を取る。
「こ、この手、相当ギターの練習してたんじゃないんですか? 諦めた人の手じゃないです」
喜多ちゃんの手は絆創膏が巻かれて血が滲んでいた。
マメが潰れても弾き続けていた手だ。
練習に来なくなってからも、独りで練習していた証だ。
「……ひとりちゃんは、どうして私なんかのためにここまでしてくれるの?」
「喜多ちゃん(の歌声)が好きだからです!」
「えぇ!?」
急に喜多ちゃんがキョドって様子がおかしくなる。何か変なこと言ったかな。
「でも、私にはリョウ先輩という心に決めた相手が…… いや、私は先輩の娘だからセーフ? 浮気じゃない?」
喜多ちゃんがぶつぶつとよく分からない事を言い出したけど、こういうのは勢いが大事だ。一気にたたみかけよう。
「だから、私と一緒に結束バンドやりましょう」
「……うん。不束者ですが、よろしくお願いします」
そう言って照れたようにはにかむ喜多ちゃんにドキリとした。
周囲の野次馬から祝福の歓声が上がる中、喜多ちゃんと見つめ合っていたら、誰かに肩を叩かれる。
「いい雰囲気のところ悪いが、ちょっと事務所まで来て貰おうか。公共の場での個性無断使用の疑いだ」
「あ、はい……」
巡回中のヒーローだった。
そうしてヒーロー事務所までドナドナされた私は事情聴取され、
公共の場での個性の無断使用、
公道で無許可のゲリラライブ、
渋滞を引き起こした件諸々で、
ヒーローに怒られ、
警官に怒られ、
引き取りに来た両親に怒られ、
学校をサボって事件を引き起こしたとの事で、雄英の校長と相澤先生に死ぬほど怒られた。
そして怒られてる最中に気がついた。
いつの間にか、きくり姐さん逃げやがったなと。
◇
ひとりがヒーローに連行されるのを尻目に、人垣を抜け出したきくりは、
鼻歌をうたいながら準備中のホールに入ると、フロアの掃除をしている金髪を両サイドにお団子ヘアにしている少女に声をかけられた。
「きくり姐さん、昨日は何処いってたんですかァ? 全然連絡取れないから心配したんですよ」
「おー、トガちゃん! 今日もカアイイね!」
「むー、褒めても誤魔化されないです」
「ごめんごめん。先輩と飲んでたんだけど、泥酔して公園で寝ちゃってたみたいでさー」
「飲む時は連絡してっていつも言ってるじゃないですかァ」
「ごめんねぇ、飲むと記憶とんじゃうからさ、あははー」
ぷりぷりと怒るトガに、全く反省する気がないきくり。トガは諦めたようにため息をつく。
「はぁ、いくら言っても無駄ですねェ……ところで機嫌良さそうでしたけど、何が良いことあったんです?」
「聞いてよトガちゃん! ギターヒーローに会ったんだよ! トガちゃん、ファンだったでしょ?」
「へぇ、良かったですねェ」
「あれ、反応薄い? ファンじゃなかった?」
「今はSICKHACKのファンなので」
「嬉しいこと言ってくれるねー。でもそのギターヒーローが凄くてさぁ。いきなり公道でゲリラライブ始めたと思ったら、そのまま公開プロポーズまでやらかすし、ロックすぎだよねぇ! あははッ!」
「……それはロックなんです?」
「ロックだよ! それにギターヒーロー、トガちゃんと同じくらいの歳のカアイイ子だったよ。相手も同じくらいカアイイ子だったし、何だか
自分の学生時代のことを思い出してヤケ酒するきくり。学生の時はド陰キャで、青春を感じるようなイベントは皆無な暗黒時代だった。
そんなきくりとトガが談笑する声を聞きつけ、奥から人が怒り心頭な様子でやってきた。
「おい、廣井! 今日はライブだから早めにリハやるって言ってただろ! 遅くなるにしてもせめて連絡くらいしろッ!」
ライブのためにすでにスタンバっていた志麻が、怒髪天を衝く勢いできくりに詰めよる。
「ごめんねー、スマホの充電きれちゃってさ」
「もういい! 時間がないから来い! 急げッ!」
「はいよー。じゃ、トガちゃんまったねー」
「ライブ、今日も楽しみにしてますねェ」
志麻に襟首を掴まれ、奥に引きずられて行くきくりを見送り、ひらひらと手を振ると掃除の続きに戻る。間もなく開演の時間だ。
きくりに紹介されて、トガが新宿FOLTでアルバイトを始めて、もう一年経つ。
当時は行くあてもなく、深夜の繁華街を彷徨っていたところをきくりに拾われ、転がり込むようにきくりのアパートで同居を始めた。
そして、楽器を始めてからも一年になる。
『そんなにギターヒーローが好きなら、トガちゃんも楽器やってみたら? 絶対向いてると思うよ』
最初はギターヒーローに憧れていた。
ギターヒーローの曲を聞いていると、破壊衝動や加虐嗜好が抑えられる。
ずっとヘッドホンをしてエンドレスで聞いていたトガに、きくりが音楽を勧めてきた。
『そういう衝動や想いをさ、曲に込めるんだよ。頭ハッピーなヤツらじゃ書けない曲、トガちゃんなら創れると思うよ』
SICKHACKのライブを見て、きくりの姿に憧れて、ベースを手に取った。
ギターヒーローの曲を聞かなくても、ベースを弾いている間は衝動が抑えられるのが分かって、無心で練習に明け暮れた。
『私、トガちゃんの書いた詞、好きだなぁ。生き足掻いてる感じがむっちゃイイよね』
いつも欲しい言葉をかけてくれて、
生きる意味を与えてくれる、
孤独から救い出してくれたヒーロー。
そんなヒーローを切り刻んで、
中身を引き摺りだしたい衝動を抱えながら、
「さて、お仕事がんばりますか」
「トガちゃーん、そろそろお店開けるから、受け付けお願い」
「はーいです」