紅魔郷秘録:紅霧計画   作:幻想郷まったり書庫

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第四話 外来者到来

紅魔館を覆う紅霧は、深夜の闇を飲み込むように重く広がっていた。

しかしその濃密な紅に混じっていた“もう一つの気配”――湖の冷気が、いつの間にか弱まっていることに、この館の住人たちが気づき始める。

 

◆

 

大図書館の灯りは、相変わらず紫の薄膜のように揺れている。

七曜の魔法陣は床で静かに脈動し、暴走のピークを越えて“安定した危険域”に移行していた。

パチュリー・ノーレッジは本棚にもたれ、胸元を押さえながらゆっくりと呼吸を整えていた。

 

先ほどまでの胸の痛みは、あの不自然な冷気のせいだった。

湿った水気と氷の粒が混ざり、肺を刺すように刺激した結果、喘息発作につながっていた。

 

けれど――

 

「……ふぅ……ようやく、落ち着いてきたわね」

 

魔導書を閉じる手はまだ震えが残っていたが、呼吸の乱れは確実に改善している。

 

 

【挿絵表示】

 

小悪魔が駆け寄ってきて、ほっと息を吐く。

 

「パ、パチュリー様……顔色がさっきより良くなってます!

 やっぱり、あの冷気……湖の氷妖精のせいだったんでしょうか?」

 

「おそらくね。あの子が退いたか、倒れたか……そのどちらかよ」

 

魔力視点で見ても、霧の中に紛れていた“純粋な冷属性”が消えている。

その気配が消えた瞬間、七曜の循環式も脈動を一定に出来た。

暴走していた霧の出力は依然強いが、増幅というより“高負荷安定”という状態になっている。

 

「このくらいの圧なら……監視していれば何とか持つわ。

 放置すれば破綻するけれど、あと半日は……大丈夫でしょう」

 

「半日……。

 でも、博麗の巫女がもう動いてるなら、その前に戦闘になりますよね」

 

その言葉に、パチュリーは一つだけ小さく笑う。

 

「そうね。問題は体力……と言いたいところだけど、

 呼吸が安定すれば、詠唱ぐらいはこなせるわ」

 

小悪魔の顔に安堵と緊張が同時に走る。

 

「パチュリー様が戦えるなら安心ですが……でも、無理はなさらず……!」

 

「無理をしない魔法使いなんて、いないわよ。

 それに、私は大図書館の主。戦うなら……ここで迎え撃つのが筋でしょう?」

 

小悪魔は、それ以上何も言えずに俯いた。

しかしその表情には、確かな敬意が宿っていた。

 

それでもパチュリーは視線を魔法陣へ向ける。

暴走が緩和されたとはいえ、紅魔館全体に均一に霧を送り続けているこの式は、まさに磁場が歪むほどの魔力密度だ。

 

「……式の微調整だけしておきましょう。

 おそらく巫女がここに来る頃には、体調も戻っているはずよ」

 

「私も戦います! 少しでもパチュリー様のお役に立ちたいんです!!」

 

「あなたは役に立ってるわよ。

 だけど、そこまで言われたら…私も本気を出さなきゃね」

 

パチュリーは小さく息を吐く。

 

「……しかしあの冷気のせいで本まで湿ったわね…

 やれやれ、あとでまた乾燥魔法を掛けないと……」

 

しかし、その苦情じみた独り言にも、明らかな余裕が戻っていた。

 

魔法陣の光が穏やかに揺れ、図書館に静かな緊張が満ちる。

 

“戦える”という確信が、確かに戻ってきていた。

 

◆

 

一方その頃、紅魔館のメイド区画。

咲夜は長い廊下にしゃがみ込み、散乱していた破片を一つ一つ拾いあげていた。

 

「……ようやく暴れた妖精たちを落ち着かせられたわね。

 後始末にしては、少しばかり量が多いけれど……」

 

しゃがんだ姿勢のまま、咲夜は胸の奥に違和感を覚えた。

時間が“完全には止まらない”ような感覚――いや、止められなくなっている。

 

「……時間停止の使いすぎたわ…感覚にズレが出てる……」

 

昔から、無理をすればそうなる。

止める時間が長すぎたり、回数が多すぎたりすると、彼女の体内時間そのものが負担を受け、世界とのズレが奇妙な揺らぎとして現れるのだ。

 

「この状態じゃ……もう、防衛の時しか使えないわね……」

 

紅魔館の廊下の窓に目を向けると、霧の色が微妙に変わっていた。

先ほどまでの鋭い冷気が薄まっている。

 

「……氷の妖精が倒れたのね」

 

その空気の変化に、咲夜は確信を持った。

湖のあの子――チルノの冷気は、魔力の波を冷やしすぎて紅霧に不純物を混ぜていた。

それが消えたことで、紅霧は再び“紅魔館本来の霧”へと戻りつつある。

 

「いい傾向だわ。

 お嬢様の魔力も安定するでしょうし……パチュリー様の呼吸も戻るわ」

 

そう呟きながら、箒を手に立ち上がる。

 

しかし、次の瞬間――

咲夜の視線がふっと宙を彷徨った。

 

「……来たわね」

 

どこからともなく漂う、霊力特有の波。

それと並走する、魔法使いの激しい魔力。

 

博麗の巫女と魔法使い特融の力の波動。

この二人の来訪は、霧よりも確かな予兆として伝わってくる。

 

「美鈴は外。

 パチェは図書館で魔力温存。

 お嬢様は……最上階で待機中」

 

その役割がはっきりしていることが、不思議と安心にも近い落ち着きを与えた。

 

「……さて、掃除を急がないと」

 

しかし、時間停止が使えない状態のため、咲夜は普通の速度で片付けを進めるしかない。

静かな焦りが、胸の奥に重い感覚をし越し残した。

 

――巫女が館へ踏み込む前に、メイドとしての務めを果たさなければ。

 

迫りくる気配を伝えるために、一度庭先へ向かうことにした。

 

◆

 

紅魔館前庭。

美鈴は石畳の中央に立ち、深く呼吸を整えていた。

 

紅霧の濃さは変わらないものの、あの刺すような冷たさが消えたことで、体の芯に力が戻ってくる。

 

「……不思議なものですね。

 冷気が消えるだけで、お嬢様の霧が紅魔館の“魔力”として落ち着いて見える……」

 

精霊たちは相変わらずそわそわしているが、暴走して襲いかかるほどではない。

美鈴は軽い足運びで庭を巡りながら、気の流れを調整していった。

 

そこへ、空間の歪みとともに咲夜が姿を現した。

 

「外は静かになったわね、美鈴」

 

「ええ、だいぶ。

 でも……何かが近づいてきてます。すごくはっきりした“気”が」

 

咲夜は目を細める。

 

「博麗の巫女達よ。

 紅霧の発生源を辿って、ここへ一直線に向かってきている」

 

「あれが……そうなんですね」

 

美鈴は軽く伸びをして、深く息を吸い込んだ。

 

「咲夜さん。

 お嬢様は……?」

 

「最上階。運命操作の行使中よ。

 パチュリー様は冷気が消えたおかげで呼吸が戻って、戦闘に備えてる。

 あなたがここで時間を稼げば、万全の布陣になるわ」

 

美鈴は笑った。

 

「時間稼ぎなら任せてください。門番って、そういう役目もありますしね」

 

その笑顔は軽く見えて、決して油断がない。

彼女は正門を守る誇りを胸に、拳を握りしめた。

 

咲夜は背を向けながら言葉を残す。

 

「無茶はしないで。

 あの二人は、そこら辺の妖精や妖怪とは違うわよ」

 

「分かってますよ。あんなのに正面から突っ込むほど、私も無鉄砲じゃありません」

 

そう言いながら、美鈴は拳を鳴らした。

その音は、紅霧を震わせるほどの確かな気合が乗っていた。

 

◆

 

霧の湖上空。

霊夢と魔理沙は紅霧を切り裂きながら、紅魔館へ迫っていた。

 

「うわ……随分濃いわね、これ。

 目が痛くなる濃度よ」

 

魔理沙は帽子を押さえながら叫ぶ。

 

「紅魔館の方向から真っ直ぐ吹き出してる。

 完全に“異変”の中心だぜ!」

 

「あの吸血鬼の仕業でしょ。………何かいるわ、魔理沙」

 

二人の姿が紅霧を突き破ると、美鈴が眼前に姿を現す。

 

美鈴は一歩前へ進み、両足を構えに落とす。

 

「背水の陣とはまさにこのことですね。

 私は紅魔館の門番・紅美鈴。お二人のお名前をお聞きしても?」

 

霊夢と魔理沙は軽く戦闘態勢をほどく。

 

「門番がいるってことは……やっぱり確信犯ね

 私は博麗の巫女。博麗霊夢よ」

「私はただの通りすがりの魔法使い。霧雨魔理沙だぜ」

 

美鈴はふと、レミリアに言われたことを思い出す。

 

「巫女……巫女は食べてもいい人種って言い伝えを聞きました」

 

 

【挿絵表示】

 

「言い伝えるな! そんなのあるわけないでしょ!! もう、さっさとやっちゃうわよ、魔理沙!」

 

紅霧が、三人の気配に反応して赤黒く揺れた。

そして――紅魔館の最初の防衛戦が始まろうとしていた。

 

◆

 

その頃、最上階のバルコニーでは、レミリア・スカーレットが紅い月を見上げ、静かに笑んでいた。

 

「……来たわね、博麗の巫女。

 面白くなってきたじゃない……」

 

紅霧が夜空を染め、紅魔館がまるで生き物のように脈動する。

 

外来者の到来――

紅霧異変は、いよいよ本格的な幕を開ける。

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