幼稚園の帰り。 家までの道を歩くリオは、胸の奥でモヤモヤを抱えていた。
(……完全OFFは使える。 でも、日常では濃度を落とすくらいの調整が必要なんだよな)
浅海先生に心配されたあの瞬間が、頭から離れなかった。
(完全に消すと“異常”に見える。 トガを助けたいなら、怪しまれない生き方も必要だ)
帰宅し、靴を脱いだ瞬間──
「ただいま〜。……ん? リオ、今日は静かだな?」
父の声が出迎える。
リオは自然を装いつつ、頭をひねった。
(……ここで聞くしかない。 一気にじゃなくて“幼児らしく聞こえる質問”で)
リオは父に近づいて、袖をちょこんと引っ張った。
「とーさん……、きのうの“しずかのやつ”、もっと、したい」
「静かのやつ……? ああ、気配を落とすってやつか」
「うん。でも……きょう、せんせーが、びっくりしてた」
「ほう?」
父は笑ったが、次の瞬間、目がわずかに細くなる。
(……察したな)
「リオ、お前……気配、落としすぎたんじゃないか?」
「……たぶん」
父はしばらく黙り──そして床に座って、リオに向き合った。
「よし、少し教えてやるか。 “落とし方”にも段階があるんだ」
リオの胸が跳ねる。
(……やっぱり!)
父は、空き缶を三つ持ってきた。 テーブルの上に置き、指でトントンと叩く。
「リオ、これは“音”だが……イメージしやすいように例えるぞ」
カン。 カンカン。 カン……。
「気配ってのはな。 “自分が出してる存在の音”だと思え」
リオは息をのむ。
(音……? これ、波導のノイズと似てる)
「強く出せば、誰でも気づく。 弱くすれば、隣のやつにも気づかれない。 だがな──完全に消すと“違和感”になる」
「……へん?」
「音がしない時計を想像してみろ。 チクタクいってるのが当たり前なのに、急に黙ったら……壊れたと思うだろ?」
リオの背にゾワッと鳥肌が立つ。
(……“気配ゼロ”は、人間的な自然から外れるんだ)
「だから、大事なのは……」
父は指を一本立てた。
「“日常で鳴ってる音より、ちょっとだけ静か”を保つことだ」
リオの心にスッと染みる。
(弱OFF……これだ)
「完全に消すと、警戒される。 弱くするのは、周りを安心させる。 使い分けろ。それが自然な気配の落とし方だ」
「……とーさん、すごい」
リオは本心だった。
(父さん……父式、めちゃくちゃ理論が深いじゃん……! 波導の操作にもそのまま応用できる!)
リオはわざと幼児らしい言い方で聞く。
「……じゃあね、きょうの、ぼくは……?」
「完全に消えてたな」
父は笑いながら言う。
「俺でも、気づくまで三秒かかった」
(……あぶねぇ!!!!)
「だ……だめ?」
「いや。才能だ。 でも幼稚園ではやめとけ。先生を怖がらせる」
「……うん」
リオは素直に頷いた。
(この世界で長く生きたいなら……“自然さ”も戦略だ)
父から聞いた方法を思い返す。
(音……気配……自然……)
波導の調整と同じ。 むしろ波導の方がずっと繊細だ。
(ならできる。弱OFFも完全OFFも……もっと細かく分けられる)
リオは布団の中で、波導の粒を“息を吸うように”調整する。
ゆっくり、ゆっくり。
完全に消さず── けれど他人にはわからないレベルに薄める。
(……このくらいか?)
微細な波導のゆらぎが、心臓の鼓動と同期し始めた。
(……できた)
幼稚園児の胸から、満足げな熱が一つ灯る。
(父さん……ありがとう。 これで、俺はもっと強くなれる)
トガを助けるために。 原作を変えるために。
リオの小さな呼吸が、夜の静けさに溶けていった。