翌朝。 幼稚園への道で、リオは深呼吸していた。
(今日こそ……“弱OFF”の試験運用だ)
完全消失よりも難しい。 “自然な静けさ”を保ちつつ、存在感も失わない──そんな細いバランス。
(……やるしかない)
リオは波導をほんの少しだけ絞る。
消すんじゃない。 薄めるだけ。
父の教えを思い出しながら、ゆっくり調整した。
「おはよ〜リオくん!」
門の前で浅海先生が笑顔で手を振る。
昨日と違い、すぐにリオを見つけた。
(……お?)
リオは内心ほっとする。
昨日は先生の視線が“通り過ぎた”が、 今日はすぐに視界に入った。
ただし──
「……ん? 今日のリオくん、ちょっと落ち着いてる?」
先生はしばらくじっとリオを見つめた。
(やばっ……気づかれたか……?)
しかし、
「ううん、昨日より自然ね。元気そうでよかった!」
先生はふわっと表情を緩ませた。
(…………セーフ!!)
リオの中で、ガッツポーズが炸裂する。
園庭に出ると、いつも通り子どもたちが走り回っていた。
その中へ、リオも自然に溶け込む。 波導弱OFF──維持。
(……うん。昨日より警戒されてない)
周囲の子どもがぶつかってくる。 気づかれる。 目が合う。
全部“自然”だ。
(俺……ちゃんと“そこにいる子供”に見えてる)
嬉しさと安堵が胸に広がる。
そんな時──
「リオくん、今日は遊びに来るのねぇ!」
浅海先生が近づいてきた。 少し、安心した顔をして。
「昨日は、ほんとにちょっと心配したのよ? でも今日は……うん、大丈夫そう」
リオは無意識に耳がぴこっと動きそうになり、慌てて抑えた。
「……うん!」
幼児らしく笑う。
先生はその表情を見て、さらに安心したように微笑む。
(……やっぱり、弱OFF、正解だ)
浅海先生の目は鋭い。 気配の違和感をすぐ察知するタイプだ。
その先生が安心してくれた。
(自然に、でも静かに。 日常ではこれを積む)
リオの決意がまたひとつ強くなる。
しばらくして、リオは気づいた。
(……弱OFF、めっちゃ集中力使う……)
完全OFFは実は簡単だった。 全部0にするだけだから。
だが弱OFFは
* 0にしない
* 10にも上げない
* 3〜4の微妙なラインに固定する
という、幼児には異常なくらいの繊細さが要求される。
(長時間続けると……頭の奥がじんじんする……)
この感覚は、大人のリオでも初体験だった。
(鍛錬……必要だな)
お昼の時間。 先生は日誌に、子どもたちの様子を書き込んでいた。
その一角には、こう記される。
『リオくん、今日はとても自然だった。 静かではあるけれど、昨日のような“存在の薄さ”はない。 安心。 隣に座ると、ちゃんとそこにいる気配。』
浅海先生は少しだけ、胸をなで下ろした。
(やっぱり昨日は……気を張ってただけ、かな)
先生はそう思った。
──まさか、リオが“意図的に”気配を制御していたなど、想像もつかないまま。
家に向かう道。 リオは波導を解いて、ふーっと息を吐いた。
(弱OFF、成功……!)
しかし同時にわかった。
(でもまだダメだ。集中しすぎる。 園で毎日やるには、もう少し“自動化”しなきゃ)
波導の微量調整は、まだ意識に頼りすぎている。
(無意識で3〜4をキープする…… 大人の頃でも難しい技術だぞ、これ)
でもやるしかない。
この世界を変えるために。 トガを助けるために。 USJも、脳無も、全部“未来の修正”のために。
(もっと強くなる……!)
夕焼けの中、幼児の瞳が遠い目標をじっと見ていた。