翌朝。
まだ空がぼんやり薄桃色をしている時間、リオはひとりで自室の布団から抜け出した。
廊下の照明はついていない。
家は静かで、父も母もまだ夢の中だ。
(昨日、消えた……同じ波導。あれを二度と見失わないために)
幼稚園児の体だが、胸の奥には転生前から持ち越した“焦り”があった。
(もっと繊細に感じ取れないと……)
普通の“波導ON”は、広げるだけなら簡単だ。
半径数百メートルの「心のざっくりとした気配」を読むだけ。
だが──
昨日のような “微弱すぎる心の痛み” を追うには、全く別の技術がいる。
いわゆる、
**“一点だけを刺すように探る波導”**
**“細い糸のように伸ばす波導”**
そういう領域。
リオは窓辺に座り、薄明かりの中で目を閉じた。
(まずは……広げないこと)
波導は、意識しない限り大雑把に広がってしまう。
光を灯せば、自然と部屋中に広がるように。
だが今回必要なのはその逆。
**半径を狭め、一本の糸のように“細く伸ばす”** こと。
小さな息を吸い込み、意識を一点に集中させる。
(広げるんじゃなくて……細める……細める……)
幼児の身体は集中力が続かない。
意識がちょっとズレると、波導はすぐにふわっと広がってしまう。
「……ぅ」
広がる。
「……ちがう……」
また広がる。
三度目。
四度目。
どう調節しても、波導は“面”になってしまう。
糸にはならない。
それでもリオは諦めなかった。
(昨日のあの子の心……絶対また見つける)
すれ違いでも泣いていたような笑顔。
あの時の胸を刺すような痛み。
(放っておいたら……たぶん、ダメだ)
この感覚だけは、なぜか“未来の破滅”の気配がした。
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十回目。
二十回目。
息が少し荒くなり、幼児の額に汗がにじむ。
(集中……一点……)
膝の上に置いた小さな両手が、わずかに震える。
(……細く……細く……細く……)
広がりそうになる波導を、無理やり押し縮める。
手の中の光をとじこめるように、自分の中へと巻き取る。
すると──
**すっ……**
世界から音がひとつ消えたような静寂が生まれた。
(……え?)
波導は広がっていない。
かといって、完全に消えてもいない。
一本の細い糸みたいに、前方へ伸びている感覚。
(……できた……? これが……“糸”……!)
成功した瞬間は、本当にわずか一秒。
しかし、その一秒はリオの胸を大きく打った。
糸の先は、何も捉えていない。
ただ、空気の揺れをかすかに感じるだけ。
でも──それで十分だった。
(これなら……もっと遠くの、もっと小さな心の痛みも探せる)
手応えをつかんだ。
もう一度同じことをしようとした瞬間。
ずきっ──!
頭の奥に鈍い痛みが走った。
「っ……!」
糸が一瞬で途切れ、波導がぶわっと広がる。
同時に眩暈のような揺れが全身を襲った。
(……こ、れ……)
波導の消費が大きすぎる。
集中しすぎたせいで、幼児の脳が処理できていない。
(やっぱり……まだ長時間は無理か)
でも
“できる”と分かった。
それだけで十分すぎる収穫だった。
鍛錬後、ぐらつく足で台所へ向かうと、母が笑顔で言った。
「リオ、なんか今日はちょっと大人っぽい顔してるね?」
「……そ、そぉ?」
母には、何も知られたくない。
波導のことも、焦りも、誰かを救いたいなんて感情も。
だからリオは、照れたふりをして言った。
「なんか……きょうは、すっごく、がんばれるきするの!」
「ふふ、いいことね」
母はそれ以上追及しなかった。
だがその後ろの窓から差す朝日が
今だけはリオを祝福しているように見えた。
(……絶対に見つけるから)
(昨日のあの子を)