リオは教室の隅に座り、おやつのクラッカーをぽりぽりかじりながら、窓の外を見ていた。
(……あー、完全に“ヒロアカ”だよこれ)
前世の記憶は薄れるどころか、むしろ日を追うごとに鮮明になっていく。 幼児の脳に入りきらない情報量のせいで、たまに頭痛がするけれど、それでも忘れようがない。
オールマイトを初めてテレビで見た時も、 「やっぱり、そう来たか」 と幼児とは思えない顔でうなずいた。
(ヒーロー社会、個性、オールマイト……。 あれだけ読み込んだ世界、忘れるわけないだろ)
目の前では同じクラスの女の子が、 「リオくん今日もしっぽふわふわだね!」 と無邪気に笑っている。
リオは子供らしい天使スマイルを返しつつ、内心では苦笑していた。
(いや、しっぽって……これ確かにルカリオだけどさ。 よりによって“波導”系で転生って、絶対作者の趣味だろ)
前世の自分──アニメも漫画も大好きだった“オタクの俺”は、 この世界観を隅から隅まで理解していた。
だからこそ迷いがなかった。
(どうせ転生したんなら……絶対、原作を良い方向に変えてやる)
ヒーロー社会の歪みも。 デクの苦しみも。 爆豪の孤独も。 トガの悲しみも。 飯田の兄の事件も。
全部、知っている。
知ってしまっている。
(小学生になるまでに、最低でも“戦える基礎”は作っておかないと。 幼児体のリミッターなんて言い訳してられねぇ)
そう思いつつ、リオは“幼児の演技”をする。 耳を揺らし、無邪気に笑い、尻尾をぱたぱた振る。
内心では完全に大人の思考をしているのに、身体はどうしようもなく子供だ。
でも── このギャップも楽しい。
(それに……ちょっとだけ自由に楽しんじゃっても、バチは当たらないよな)
気づけば女の子のひざの上にちょこんと座り、 尻尾をもふもふされている自分がいた。
『ふへへ……もっと……』
「あはは! リオくんくすぐったいよ〜!」
自覚している。 自分がちょっとだけ女好きで、甘えるのがうまいことも。 波導で相手の感情が読めて、可愛い子の近くでは思わず距離が近すぎることも。
でも、それすら“俺らしい”と思えてしまう。
――
その日の帰り道。 父に手を引かれながら歩きつつ、リオは空を見上げた。
風を切る音。 浮遊する影。
ビルの間を飛ぶヒーローの姿が見えた。
(……あの事件は、何年後だ? USJ? ステイン? 保須? 林間合宿?)
胸の奥がざわりと熱を帯びる。 ただ怯えているわけじゃない。
(変えるんだ。 知ってるだけじゃなく。 “手を伸ばせる”世界に来たんだ)
ふと父が覗き込む。
「リオ、どうした? 耳が立ってるぞ」
『あ、なんでもないよー!』
耳をぱたんと倒し、尻尾でバランスを取る。 演技は板についている。
だが心の奥では、決意が静かに燃えていた。
(楽しむのも、助けるのも、ぜんぶやる。 俺は“転生者”だ。 この世界を、全部見て、全部変えてやる)
幼い体の中で、 大人であり、ファンであり、転生者であるリオの鼓動が大きく響いた。
――蒼月リオの幼年期は、こうして静かに動き始める。