家の裏には、小さな公園につながる細い道がある。 夕方になると人通りが減り、木々の影が地面に長く伸びる。 リオはそこをまるで秘密基地みたいに感じていた。
(今日も行くか……)
夕飯前、リオは“幼児らしいトコトコ歩き”で庭を抜け、 尻尾をふわんと揺らしながら、いつもの空きスペースへ向かった。
そこで始まるのは―― 幼児とは思えないレベルの鍛錬。
とはいっても、いきなり腕立て伏せを百回とかではない。 身体はまだ子どもだ。 だからリオがしているのは、あくまで“できる範囲”の基礎。
◆ 耳と尻尾で風を読む練習 ◆ 波導のノイズを感じる訓練 ◆ 軽いジャンプやステップでバランスを取る練習
見た目は、ただの元気な幼児が遊んでいる程度。 でも中身は、完全に大人の思考だった。
『……っ!』
耳を動かす。 風の流れを読む。 遠くで犬が吠えた音まで拾える。
尻尾が平衡感覚を補助して、無駄のない動きを作る。
(やっぱり身体能力、高いよな……。 波導使い+獣化系の個性って、ズルいくらい強い)
ステップを踏みながら、リオはふと思う。
(でも……このままじゃ全然足りない。 USJで時間稼ぎ? ステインを阻止? 神野区の惨劇?)
幼児の体では、守れるものに限界がある。
(……まして “トガ” と “荼毘” を助けるなんて)
リオの動きがふと止まる。
空気が重くなった気がした。
波導が揺れ、胸の奥がズキンと痛む。
(トガは……今どこかにいる。 放置されて、孤独で、噛みしめるみたいに“愛”を求めてる)
歳は近いはずだ。 同じ時代を生きている。
でも住所も知らない。 下手に探せば不審者だ。 まして幼児の足では行ける場所にも限界がある。
(荼毘は……まだ“燈矢”か。 エンデヴァーの家にいて……孤独の渦の中)
助けたい。 どちらも“救ってやりたい”。 原作ファンとして、彼らの悲劇を知っている転生者として。
でも。
(どうすりゃいいんだよ……)
リオは地面に座り込み、尻尾がしゅんと垂れた。 誰にも見られていない時だけ出る表情だった。
「……むり、だよな」
本心がこぼれる。 幼児の声で。
前世の大人の心が、幼い身体の中で苦しくなる瞬間。
(今行ったところで、なにもできない。 見つけたとして、何を言う? どう説得する? “将来ヴィランになるから助けに来ました!” ……ってバカか)
自分で考えて、自分でツッ込んで、幼児とは思えないため息をつく。
そのとき。
風が吹いた。
草の揺れる音、遠くのざわめき。 リオの耳が反応する。
波導――。 それは心の波を感じる力。
普段はノイズまみれの感覚が、ふっと澄んだ。
(……大丈夫。 今はまだ、“力をつける時期”だ)
未来は変えられる。 知っているからこそ。
助ける方法なんて今は思いつかなくていい。 まずは、届くほど強くなること。
リオはゆっくりと立ち上がった。
尻尾が、もう一度ふわりと揺れる。
(トガも、燈矢も……。 絶対に、救う。 この手で変えるって決めたんだ)
夕陽が差し込み、影が伸びる。
リオはその中に踏み込み、 再びトレーニングを始めた。
小さなステップ。 短いダッシュ。 耳を使って距離を測る。
その姿は幼児のはずなのに―― まるで未来のヒーローの影のようだった。
(急がないと……時間は、あんまり残ってない)
そんな、大人の思考を抱えながら。
――蒼月リオの“子どもの鍛錬”は、今日も密かに続いていた。