──翌朝。
リオは、まぶたを重く感じながら目を開けた。 昨日の鍛錬の疲労は、幼い体には過剰だったらしい。 身体の節々が痛む。 だが、その感覚がむしろ心地よかった。
(……やっぱり本気でやると違うな)
布団から起き上がると、耳がふるりと震えた。 その瞬間──
「人の気配」 が、以前より明確に感じ取れた。
リビングの方から、母親が朝食の準備をしている気配。 包丁がまな板を叩くリズムに、彼女の軽い鼻歌。 一階の壁越しに聞こえるはずのない音が、輪郭を持って伝わってくる。
(……波導視が、上がってる)
胃の奥が少し震えた。 驚きと、興奮と……ほんの少しの怖さ。
だが同時に思い出す。 あの少女の、痛みに満ちた波導。
(あれを感じ取れたのは……この能力があるからだ。 もっと鍛えたら──もっと“深く”見えるようになる)
リオは布団を抜け出し、そっと窓辺に立った。
外に広がる朝の景色。 通学路を歩く学生たち。 道路を走る車。 犬を散歩させる老人。
その一人ひとりから、微弱な波導が揺れている。
昨日まで“ノイズ”みたいにぼやけていた色と気配が、 すべて違う“光”として見えた。
(……やば。 本当に成長速度が、急に上がってる)
波導が共鳴するように、胸の奥がじんわり熱くなる。
(やっぱり、昨日の決意のせいか? “変えたい”って願いが強いほど、波導って伸びるのか)
そのとき、階段の方から父親の足音が近づいてきた。
ゆったりしたリズム。 寝起き特有のけだるい波導。 階段を降りながら伸びをする腕の動きまで、手に取るように分かる。
(……なんか、こういう日常の全部が、前より鮮明に“見える”)
リビングから、母の声が跳ねた。
「リオー?ごはんできたよー」
その声の波導が、優しく胸を撫でる。
「……今行くー」
返事をしながら、リオは思う。
(こんな平和な朝を……誰かの悲劇で壊させるわけにはいかない)
食卓につくと、父と母の波導がほのかに重なる。 温かくて落ち着いていて、守られていると感じる気配。
その穏やかさと、昨日の少女の“痛みの波導”が、頭の中で対比する。
胸がざわめいた。
(……俺は、あの子をもう一度見つけられるのか? 名前も知らない。 年齢すら曖昧。 でも、あの波導だけは──絶対に忘れない)
その瞬間、耳がふるりと震えた。
通りを歩く誰かの波導が、かすかに引っかかった。
(……違う。昨日の子じゃない)
けれど、“探せる”という手応えだけはあった。
(鍛えれば、きっと見つけられる。 もっと先まで、もっと深く、もっと遠くまで)
リオは口の中の味噌汁を飲み込みながら、静かに決意を固めた。
今日からは、昨日より深く波導を観察しよう。 波導視の精度を上げるために──日常の“すべて”を鍛錬に変える。
* 人の機嫌の変化
* 感情の揺れ
* 嘘の波
* ざわめきの密度
何もかもが“データ”だ。
スプーンを置くと、幼い顔に似合わない鋭さが宿っていた。
「……よし」
小さな声で呟き、尻尾が意志のように揺れた。
波導視の成長は、加速を始めた。
そして──これこそが後に、 “トガを探し当てる力” へと繋がる第一歩になっていく。