その日の夜―― 母が寝静まった後、リオは布団の中で息を殺すように波導訓練をしていた。
静かに、静かに。 指先へ、ごく薄く青い波導を流し込む。
(……このくらいなら光らない)
目立たない微細な流れ。 しかし幼児の体には大きな負担だ。
と、そのとき。
廊下の床板が、ゆっくり軋んだ。
(……足音? 母さん……じゃない。軽いけど、歩幅が長い)
父だ。
リオは慌てて波導をOFFにする。 だが、急に閉じたせいで胸が少し痛んだ。
(……やばい。耳が一瞬、ピクって動いたかも)
布団をかぶったままじっと息を潜める。
コン、コン。
戸を爪で軽く叩くような音。
「……リオ、起きてるか?」
穏やかだけど、どこか探るような声。
普段の父はこんな時間に部屋を覗かない。 リオは胸がざわついた。
(……感づいてる)
少し考えてから、寝たふりの声で返す。
「……ねてるー……」
「そうか。……少しだけいいか?」
返事をする前に、戸が静かに開いた。
薄暗い部屋に、父の影が入ってくる。 その波導は“心配”が強く、少しだけ“興味”が混じっていた。
父は布団ごとリオを軽く抱き上げ、頭を撫でる。
「今日、幼稚園で……少し無茶したみたいだな?」
(ッ!?)
鋭い。 浅海先生より鋭い。
(……なんで知ってる?)
父は続ける。
「春斗くんが家で話したらしい。“リオがすごい力で押した”って」
(……ああ、そこ経由か……)
けれど、父の波導はそれだけじゃない。 もっと深いところで“別の何か”を感じていた。
「リオ。少し……耳が敏感じゃないか?」
胸の奥がヒュッと冷えた。
(……まさか、気づいて……?)
父は優しく笑って、リオの耳に触れる。
「俺も小さい頃、そうだったからさ」
その一言に、リオの脳が一瞬止まった。
(…………え?)
父は軽く耳の付け根を押しながら言う。
「音や感情……“気配”ってやつかな。 子どものころは制御がきかなくて、よく耳がピクピクしてた」
(……は? 父さん、“気配”を感じてた? それって……俺の波導感知に似てるんじゃ……)
父は、まるで昔の自分を見るような目で微笑んだ。
「お前にも、少し……“俺の体質”が出てるのかもしれないな」
(体質……?)
個性じゃない、体質――。
でも、波導と同じ“感知系”の何かだ。
(……これ、絶対に後で“個性の伏線”になるやつだ)
父は布団に寝かせながら、軽く頭を撫でる。
「無理をするなよ。 小さい頃に無茶すると、変なクセが残る。 ……俺みたいにな」
最後の一言だけ、少しだけ苦笑していた。
そこに失敗の記憶が混じっているのを、リオの波導が読み取る。
(……もしかして父さん、昔“感知の暴走”かなんかやってる……? だとしたら……俺の波導暴走ともリンクする)
父は立ち上がる前に、もう一度言った。
「リオ。お前は賢い。 だから……もし何か“困ってること”があったら俺に言え」
まるで── “隠しているのをわかっている” とでも言いたげに。
そう言い残して部屋を出ていった。
扉が閉まった瞬間。
(……危なかった……!)
リオは布団の中で息を吐く。
(父さん……まじで鋭すぎる)
だが同時に、胸の奥に微かな希望が生まれていた。
(……父さん、波導に似た“感知体質”を持ってるなら…… 将来、協力してもらえる可能性もある?)
トガを助ける未来を考えるうえで、 それは大きな武器だ。
(……よし。ますます隠密にやらなきゃ)
耳をそっと伏せて、リオは決意を固めた。