ただ途中まで書いて満足したので途中でエタります。
※オーターの過去の時系列として色々な考察がありますが、この小説では『魔法警察学校入学→アレックス死亡→イーストン魔法学校編入→新覚者へ』でオーターの過去は進みます
現在、私は無職である。
フリーターでもない、完全に職なし状態の人間だ。マジでヤバい。働いていないので預金口座からどんどんお金が落ちていく状況に地味に戦慄している。本当にヤバい。仕事を辞めてからは日々、求人を漁り、履歴書を書く毎日が続いていた。
だが、必死で就活をしようとも結果は惨敗。一社たりとも受かっていなかった。ヤバさの極み。まあ、内定をもらえない理由は既に分かっているのだが、こうも職なし状態が続いてくると流石に不安になってくる。
余談だが、退職してからから既に二ヶ月目に到達していた。
そろそろヤバいな〜〜〜。
城壁上の通路――歩廊にて、ため息を吐く。この場所からは魔法界の首都の街並みがよく見えた。街の中心に位置する魔法局の建物を眺めながら「はー」と意味もなく声を上げる。自分の前髪をくしゃりと握りしめた。既にオレンジ色に染まりつつある空を見ながらポツリと呟く。
「早まったか。いや、でもなぁ……」
――――私は魔法警察官だった。
所属は魔法警察の組織犯罪対策第一課。
私の仕事は主に犯罪組織に関する対策・調整をしたり、情報収集や実態解明などをしたりしていた。ようは犯罪組織を取り締まっている課で働いていたわけだ。
直近だと、身分証明書を偽造する犯人グループを追う案件を担当していた。ちなみに、その犯罪組織の犯人達は、私が警官を辞める数ヶ月前に無事に全員逮捕されている。そこそこ規模のデカい組織を壊滅させることに成功していた。
仕事は危険だし、大変だし、正直なところマジで辛い。だが、やりがいはある。このまま警察官として定年まで勤め上げよう――――そう思っていた。本当にそう、思っていたのだ。
――――前世の記憶が蘇るまでは。
「ぶっ壊すしかないでしょ、グーパンで」
何の前触れもなく、仕事の残業中にその言葉が蘇った。本当に何の前触れもなさすぎて逆に私自身がビックリした程である。
同僚どころか署内の人間が全員いなくなった部屋で、唐突に自分の喉から謎の言葉が飛び出てきた。ペンを持つ手を止めて、思わず口を抑える。そのままの状態でバッと窓を見た。
外は既に真っ暗になっているせいで、窓が鏡のように自分の顔を写している。ビックリした表情の私がこちらを見ていた。
だが、違和感があった。毎日毎日見ているはずの己の顔に不思議と違和感を抱いたのだ。
キラキラとした輝きを持つ大きな目。
皺のないつるりとした肌。
描きやすいように束になっている髪。
――――漫画・アニメ作画の人間がそこに写っていた。
「う」
ウソだろお前。
いやいやいや…………はぁ?! 二次元が窓ガラスに写っている。私が動けば窓ガラスの人間も動く。凄いぬるぬる動く。アニメの作画班頑張りすぎだろというくらいぬるぬると動いている。
ぐるぐると頭の中を回しながら署内を見渡す。私は目を見開いた。なんせ、署内も漫画やアニメ作画風になっているのだ。驚くのも仕方がないだろう。今まで『普通』だと思っていた風景が一瞬にしてガラリと姿を変えた気持ちになった。
………いや、違う。
私や署内が一秒で漫画・アニメの世界に変わったんじゃない。元々この世界は『こんな』感じだった。そう、それこそ私が産まれた時から。
変わったのは私の中身だ。
その瞬間、前世の記憶がスルスルと蘇ってきた。本当に、驚くくらい自然に、自分の前の記憶が頭の中に流れてきたのである。
――――ここ、『マッシュル』の世界だ。
私、転生したんだ。
自分でも意味の分からないくらい妙に納得してしまった。ストンと胸に落ちた『真実』に私は「なるほど」と思わず頷いてしまっていた。
――――マッシュル。
魔法が使えない人間――通称『魔法不全者』として生まれてしまった主人公、マッシュ・バーンデッド。
彼のいる世界は当たり前のように魔法が存在し、誰もが魔法を使える世界。その魔法界において魔法不全者は殺処分の対象。
主人公はひょんなことから魔法が使えないことがバレてしまう。結果、彼はこの世界の物事を決めることの権利を持つ『神覚者』を目指すことに。
マッシュルは自身の超人的な肉体のみを武器に、神覚者になるべくイーストン魔法学校へ入学――――というのが簡単なストーリーだ。
先程、私が何故か口に出したマッシュの決め台詞の一つ『ぶっ壊すしかないでしょ、グーパンで』。あれのお陰、いや、せいか? あれのせいで前世の記憶を思い出したらしい。
マジか。
実を言うと、前々から違和感があった。いや、産まれた時から違和感があった。勉強しても「あれこれ知ってるな」となったり、特定の有名人を見た際に謎の近親感を抱いたりしたことがある。その疑問を解決したのが前世の記憶だった。
――――前世の記憶が蘇って三十分経った辺りだろうか。
いや、もしかしたら一時間だったかもしれないし、はたまた五分程度だったかもしれない。
私が正しく前世の記憶とマッシュル知識を呑み込んだ時だった。うん、と一度頷いてみせる。自信満々に、切実な想いで、私はこう言った。
「よっしゃ警官辞めよ」
いやいやいや待て待て、と思うかもしれない。ここがマッシュル世界だからという理由で折角の安定職を辞めるなと、そう言う方が多いだろう。私だってそう思う。
この世界は前の世界に比べてかなりシビアだ。魔法の巧拙のみで地位が変わる上に、前の世界より福祉が充実していない。
原作においてエイムズ兄弟が幼くして浮浪児になっていたことからもそれがよくわかるだろう。そのため、安定した警察官という地位を放り投げるのは愚の骨頂といえた。
それに正直なところ、自分の気持ち的な問題でも警察官は辞めたくない。しかし、辞めざるを得ない理由がいくつかあった。
――――ひとつ。魔法警察官、あまりにも危険すぎるだろ問題である。
この世界ではほぼすべての人間が魔法を使える。それはつまり皆が皆、普段から拳銃を懐に隠し持っているようなもの。小さな子供から老人に至るまで取り外し不可能の凶器を所持しているのだ。
しかも、大概の場合、各個人は固有魔法を有しており、人によっては殺傷能力の高い魔法を使える。なんなら子供でも家一つ簡単に壊せることもあるのだ。前の世界ではありえない。
たとえ、日本以外の他国でも個人が家を破壊できる武器を持つのは中々骨が折れるだろう。
そう、この世界の人間は――――簡単に他人を害することができる。
だからこそ、原作では語られていなかったが、魔法警察官の殉職率はかなり高い。
なんせ、相手がどんな効力を持つ魔法を所持しているか分からない場合が多いからだ。拘束する相手がまだ魔法の暴走した子供ならいい。だが、成人した知能犯のときは『初見殺し』ともいえる魔法を有していることもあるので、簡単に警官は死ぬ。故に魔法警察は危険な職種の一つなのだ。
あと、私が魔法警察で居続けることを危険だと思う、もう一つの理由として、原作終盤でラスボスが国中を巻き込んでの大戦争をしていたことも挙げられる。
その際、魔法警備隊が駆り出されていた描写があったので、当然のように魔法警察も市民を守るべく前線に投入されていた可能性が高い。ぶっちゃけそのときに多分私は死ぬと思う。あんなの凡人には対処不可能だろ。
確かに最終的にはラスボスの時間を巻き戻す魔法により、全員助かってはいた。たとえ瀕死の怪我を負っても蘇るのだろう。しかし、その蘇りができる絶対の保証はないので警官のまま居続けるのは怖すぎた。
――――ふたつ。私が警察学校時代にあの『オーター・マドル』と仲が良かったから。
オーター・マドル。
砂の神杖。
彼は神覚者であり、魔法魔力管理局の局長だ。規範・秩序を厳守する魔法界の番人。規則を第一として考え、大多数を守るためなら少数――――未成年の子供でさえ慈悲なく処分しようと行動する。それがオーター・マドルである。
しかし、そこで終わらないのがオーター・マドルという男。
彼が徹底的に魔法不全者を排除するのには理由があったのだ。
オーター・マドルは魔法警察学校時代に後輩を失っている。
原作において、異常なまでにオーターが規律を厳守する理由。それは今は亡き魔法警察学校時代の後輩アレックスの意志を受け継いだから。
――――『みんなが安心して暮らせるような規律ある世界を作ってくださいよ』。
そのアレックスの最後の言葉を受け、オーターは利己を捨て、より多くの人を救うために規律を厳守するようになった――――たとえ、周りに嫌われようとも。そういうところもオーターの推せるポイントである。
そこまではいい。そこまでならいいんだ。
これだけならオーター・マドルを推せる。そう、オーターが私になんら関わりのない人物ならこの過去に一喜一憂するだけで終わった。だが、残念ながら現実は残酷である。
私はオーター・マドルの学友だ。
しかも、ただの学友ではない。
魔法警察学校時代、アレックスと一緒にオーターと組んでいたパトロール仲間なのだ。
あの二人と毎日食事を共にし、街内をパトロールし、共に勉学に励んだ。なんなら原作でアレックスが死亡したシーンに立ち合わせもした。モブどころじゃない。重要キャラクター入りしちゃってる。
クソが! ふざけんな!
もしかしたら私、死ぬかもしれない。アレックスのように。だって漫画的に『オーターの過去の仲間は全員死んでる』の方が重くてかっこいいもん。これワンチャン、オーター・マドルの暗い過去の経歴の糧にされる可能性がある。
カーーーーーーーッ! やってらんねー!!
これを思った瞬間、私は退職届を書いていた。次の日には上司に提出していた。上司はビビっていた。なんなら「今日はエイプリルフールだっけ?」とカレンダーを何度も確認していた。同僚や先輩後輩にわりとマジで心配され、引き止められたが、私はそれを振り切ることに成功。晴れて退職に至った――――わけだが。
「無職なんだよなぁ……」
これが冒頭における無職生活の理由である。
辞めた経緯を思い出して、更にため息を吐いた。城壁の屋上の廊下にいるせいで吹き付けてくる風が冷たい。アホーアホーというカラスの鳴き声が頭上から聞こえてくる。今にも地平線に沈みそうな夕日を見ながら再び頭をくしゃくしゃと撫でた。
はあ、ぜんっぜん職が見つからねぇ。
この死亡フラグの塊である魔法界の首都から脱出するため、私は田舎の求人をひたすら漁っている。だが、不運にも面接をこじつけた時に限って事件が起きて、就職活動がパァになるのだ。警察官を辞めたはずなのに警察との遭遇率が多いのは何故。おかしいだろ。
「はあ」
何度目か分からないため息を吐く。城壁の小窓の上にのせていた顎を上げ、今度は壁に背を預ける。
――――ここがマッシュル世界と分かってから私は前世で読んだマッシュル情報をまとめた。
主にイノセント・ゼロ関係。と、いうのも、私の一番の死亡フラグが『イノセント・ゼロ』と『オーター・マドル』だからだ。
現在、オーターはすでに神覚者となっていて魔法魔力管理局局長として働いている。私の勝手な推測だが――彼は魔法魔力管理局の仕事をメインにしながら、イノセント・ゼロの情報収集もしているはず。
確か、魔法魔力管理局の仕事の一つに犯罪者の捕縛と粛正なんかも含まれていたからだ。
あと、漫画を読む限り、イノセント・ゼロの逮捕は全神覚者の最優先事項であるような描写をされていたので、必ずオーターは動いていると思う。
それを前提として一旦私のことを考えて欲しい。私が当時所属していた部署は『組織犯罪対策第一課』。犯罪組織に関する対策・調整をしたり、情報収集や実態解明などをしたりする部署である。
いや、これワンチャン、私、イノセント・ゼロ関連に巻き込まれる可能性あるのでは??
オーター・マドルの学友というだけで死亡フラグだというのに、ヤベー要素を更に追加するな。私、このままだと死ぬのでは。だって『オーターのかつての大切な仲間の一人はイノセント・ゼロ関係に巻き込まれて死亡』『イノセント・ゼロに憎しみをたぎらせるオーター・マドル』になったら漫画の展開的に盛り上がるじゃん。怖い。
ちくしょう。交通課とかに所属しておけばよかった。
――――故に、私は無言でイノセント・ゼロの情報をまとめるに至ったわけである。
自分の命に関わるので組織の情報を必死で思い出した。お陰でイノセント・ゼロ以外の原作知識はまだ一切書き出せていない。クソが。
いやでも組織知識の書き出し途中で迷走して、オーター・マドルへ宛てたラブレターは書いたけど。
意味不明だと思う。だけど、これでも私、前世は元気に『オーターの女』をしていた者だった。とてもアイタタタな女だった。
前世自認『オーターの女』としてよくよく考えてみれば今世の私の経歴はファンからすればおいしい立ちポジション。オーターの魔法警察学校時代の学友だなんてオーターとの恋愛ものでは最高に良い立ち位置である。
結果、前世オーターの女だった矜持として、私は今世の自分をモデルにした架空ラブレターをうっかり書いてしまったのだ。
まあ、私、オーター・マドルに恋愛感情なんてないんですけどね!
最初は私もオーターに対して『恋になりかけ』の感情をすこーしだけ抱いていた。だって前世から推してるキャラだ。そりゃあ淡い気持ちだって抱く。確実に抱く。だが、残念ながら魔法警察学校時代、訓練の際、その想いはなくなった。
オーターが莫大な魔力を練り上げてデケェ魔人族の腑をぶち抜いたからだ。
魔人族。魔法警察学校の訓練中に入り込んできた怪物。魔人族は非常に強力な種族で神覚者ですら手を焼く。何故ならば魔人族と人間では魔力の保有量が違うからだ。人間でのトップクラスが魔人族にとっては並。格が違う。それなのにオーターは簡単にその魔人族の腹をぶちぬいてみせた。
当時の私は倒れた魔人族を二度見どころか五度見した。
「オーター……エッ? それ魔人族……エッ??」
「? ……魔人族だがそれがどうした?」
「先パイすげーッ!」
なに倒せて当たり前のように言ってんだオーターお前。
あとアレックス、無邪気に賞賛するんじゃない。危機感どうなってんだ。
ポッカリと魔人族の腹に空いた穴。崩れゆく魔人族と共に私の青春の感情も見事に砕け散った。
(いや控えめに言って怖)
魔人族を学生で倒せるのおかしいだろ。怖。ゲロ怖。オーターお前攻撃の力加減が毎回下手くそだなって思ってたけど、こんな力を秘めてたのかよ。魔力ゴリラじゃん。うそだろやめてくれ。私、平凡な男性と恋愛する…………。
とまあ、こんな理由で私はオーターに恋愛感情は抱いていない。恥ずかしがっているとかそういう理由じゃなくて。
つーか、もしも恋愛するなら幼馴染のアレックスがいい。余談だが、オーターの後輩アレックスの幼馴染は私である。ま、私が彼に抱いているのは家族愛なので間違っても恋愛には発展しないが。
「はあ」
空を見上げると、もうどんどんと暗くなっているのがわかった。茜色は夜の色へと塗り替えられ始めている。
――――もっと早くに前世の記憶を思い出していればな、と思った。だけど、そうなっていたところできっとアレックスは原作通り死んでいただろうな、とも思う。
ぶっちゃけると原作におけるアレックスの死亡原因及び時期は、はっきりとしていなかったからだ。あの原作のオーター・マドルですらアレックスの死を回避できなかった。凡庸な私に『原作を変える』なんてこと普通にできないだろう。
もしも私がもっと賢ければ彼を助けられる良い案が浮かんだのかもしれない。だが、自分は凡庸だった。しかも、魔力だって一般人レベル。二線魔導士でもなく、ただの一線魔導士。そこらへんにいるモブ。
凡庸な私には救済なんて真似、無理だ。
そう思った瞬間、私はフッと笑った。城壁の通路の壁から背を離し、天を仰ぐ。既に夜の帳が下りた空と、目の前に広がる夜景を見ながら独りごちた。
「思い出さなくて良かったのかも」
記憶がない時にアレックスが死んでいた。だから、彼らが生きていなくて当たり前。私は悪くない。そう私は自分自身に最低な言い訳ができるからこそ、『思い出さなくて良かった』と言った。我ながら最低最悪で、元警官とは思えないクズである。本当にクズすぎて自分が嫌になる。我が身可愛さにオーターを一人残して警官を辞め、この町からも出て行こうとしているんだから。
――――きっと、私は前世の記憶があるのにアレックスが死んでいたら、罪悪感に耐えられなかっただろうな。
アレックスが死んだあの日。ありえないほどの絶望の感情が自分を襲った。
確かに家族のようにアレックスのことを想ってはいた。だが、吐きそうなくらいの悲しみの感情を抱くのはいささか不自然だ。アレックスが恋人だったわけでもないのに私は一か月ほど呆然としながら生活していた記憶がある。今思えば、あれは自分の中の前世の記憶が無意識のうちに叫んでいたのだろう。
アレックスを助けられなかった、と。
今ではもうアレックスのことは吹っ切れている。ただ、前世のことを踏まえて考えると、まだ少し心が痛んだ。これはアレックスの死に対する悲しみではなく罪悪感なのだと思う。
(どこまでいっても私はクズだな)
そう考えながら私はペンと紙を取り出す。色々思い出してちょっと複雑な気分になったのと、最低限の行動をしておこうと思ったからだ。最低限の行動――――オーターに警察官を辞めたことを言おうと、そう考え直した。
オーターにとって最後の仲間の一人が勝手に警察をやめた挙句、連絡ナシというのは、流石の彼も堪えるだろう。私の退職をオーターが知るのが原作終了後であれば全然大丈夫なのだが、万が一、『今』、彼がそれを知ってしまうと目も当てられない状態になる。
主人公マッシュと出会い、最終決戦をこえるまでのオーターはかなりピリピリしているように見えた。恐らくは死亡したアレックスの志に殉ずるためだったのだろう。オーターはアレックスの死後、休むひまもなくイーストンに編入し、駆け上がるように神覚者に至っていた。多分、オーターには精神的余裕がない。
そこでオーターと同じくアレックスの志を継いだはずの学友が何も言わずに辞めたら?
おそらく、オーターの精神がやられる。
いやいやいや、お前そんなにオーターの中で自分が占めてると思ってんの? 自意識過剰乙と思うかもしれん。ぶっちゃけ私もそう思う。
だが、オーター・マドルは存外情に厚い人間だ。
情に厚くなければ後輩の志をつぎ、神覚者までならないし、自分の人生を世のために捧げようとは思わない。仮にもオーターと私はアレックスと共にトリオを組んでた。しかも私はアレックスの死に際のシーンさえ居合わせたのだ。多分、私が辞めればオーターは落ち込む。
あと、分かりにくいがオーターは自分を追い詰めるタイプの人間である。そうでなければあそこまでアレックスの死に囚われない。仕事での精神面は強いが、プライベートでは弱い部分もあるのでは、と勝手に考えていた。
結論、私が辞めたらオーターの精神衛生ヤバそう、である。
こう、ぱぁーーっと明るい感じにして、悲壮感漂わせないように気をつけて手紙をかこう。私、警官を辞めたんだ! 新しい門出を祝ってよ的な感じで文章を作ろう。
「まずは先に謝っとかないとな」
手紙に『ごめん、オーター』と書き込む。だが、少し私は手を止めた。考えるように左手を顎に添える。
謝るだけだったらあの男、文句を言ってきそうだな。かといってオーターの精神を追い詰めるような「あとは任せた」とか「がんばれよ」とかは言いたくないし……うーん……。あ、そうだ。
――――ごめん、オーター。
でも私の志は貴方と変わらない。
「うん」
まず魔法警察を辞めたことを謝る。そして「それでも私はオーターと同じ志を抱いたままだよ。アレックスの想いを忘れてないよ。たとえ警察官でなくてもアレックスの志を抱いたまま私も頑張るつもりだからね。だから落ち込むなよオーター」ということをオーターのプライドを傷つけない程度に書いていこう。
そう考えながら、更に文章の続きを書こうとした時だった。
――――後方からガチャッと城壁のドアが空いた音が聞こえてきたのは。
「やべ」
思わず私は小さく声を漏らす。もしや魔法警備隊の誰かが入ってきたのか? そろそろ警備隊による巡回の時間になってもおかしくない。
今、自分がいるのは街をぐるりと囲む城壁屋上の通路だ。城壁の歩廊は侵入禁止区域である。
それもそうだろう。城壁は軍事設備。現代日本でも軍事用の建設物への立場入りは御法度のように、このマッシュル世界でも当然禁止だ。
ただ、この世界の人間は箒で空を飛べるので、度々若者たちはその規則を破り、度々城壁の屋上部分にたむろしていた。
ちなみに今、私が城壁にいる理由はヤケクソになったからである。
(逃げよ)
スッと杖を懐から取り出す。慌てて移動魔法を発動させようとした――瞬間だった。
――――身体に衝撃が走ったのだ。
ドンッという音と共に自分の身体が揺らぐ。
「お前、邪魔」
男の声と共に自分の後ろから突然、何かが刺さった。腹が焼けるように熱い。何が何だか分からないまま私は地面に転がった。
咄嗟に自分の腹を見ると剣が飛び出ているのが見えた。痛みで身を震わせながらなんとか上半身を起き上がらせる。顔を上げると、目の前に一人の男がいた。
ピエロに酷似した服装。
星と涙マークの痣。
イノセント・ゼロの次男、ファーミンがそこにいた。
(いや、なんでェ?!)
内心で絶叫した。なんでイノセント・ゼロの息子がこんなところにいるんだ。おかしいだろ。本当におかしいだろ。あのセルに「ヤバいのは長男と次男」「特に次男はお父様や長男ですら警戒している」言われるほどの男が、何故こんなところに。そんなやべー男を野放しにするなよ。そもそもなんで首都にいるんだボケェ!
「よいしょ」
「グッ」
ファーミンは私の顔面を蹴り付けてきた。ボールを蹴るかのような、軽やかな足捌きだった。
蹴られた瞬間、私は勢いよく後方へふっとんだ。ドッという音と共に城壁の壁の部分に叩きつけられる。壁がガラガラと崩れ落ちた。私はゲホッと血を吐く。再びゴロリと地面に転がった。
その衝撃で腹に刺さっていた件は抜けたが、そこから大量の血が流れ出る。
痛い。痛すぎる。
これが前世の世界なら即死だろう。しかし、流石はマッシュル世界製の身体というべきか。私はなんとか生きていた。
この世界の人間はかなり頑丈だ。全身を剣で突き刺されてもまだまだ戦えたり、爆発に巻き込まれても人の身を保てていたりする。この世界の人間になった私にもそれは適応されているらしい。
痛みに悶えながら地面に落ちた杖を拾う。
「その杖、いいな。くれよ」
「は……?」
ファーミンが無表情のまま杖を構えている。彼はゆらりと不気味にうごめていた。それを見た私は「アッヤベェ」と瞬時に危機を察知する。
「杖くれよ!!」
怖すぎる!!
イッちゃってる顔をしたファーミンがこちらに向かって駆け出してくる。不気味なまでの強大な魔力に全身の毛がさかだった。
私は全力で逃げようと足を動かそうとする――――が、そんなもの目の前の化け物に敵うわけがない。あっけなく杖を強奪され、再び壁に叩きつけられた。激痛が全身を襲う。
ざ、雑魚。自分が雑魚すぎる。何もできねぇ。逃げることすらできねぇんだが。これに勝ったオーターやばすぎでは。
そう考えながらあまりの痛みに声も出せずにうずくまる。すると上からヌッとファーミンがこちらへ顔を近づけてきた。
「お前弱すぎ。萎えた。この杖いらない。もう死ねよ」
ファーミンは興味なさげに私の杖を握りつぶし、そして捨てた。そのまま彼は自分の杖を取り出す。軽やかに杖を振り、空中に大量の剣を出現させ、こちらに向かって放った。
私は逃げることもできずに真正面からドドドッと何十振りもの剣の投擲を食らう。おびただしい数の剣は城壁も壊し――――私は剣に貫かれながら宙に舞った。
全てがスローモーションに流れていく。ファーミンの剣が月の光を浴びてキラリと輝いた。ポケットからオーターに宛てた手紙が飛び出す。そして、ぐるりと自分の視界が回り、気持ちの悪い浮遊感が襲ってきた。
なんの抵抗もできなかった。まさかこんなことになるとは思っていなかった。突然のことに思考が停止し、身体が硬直する。何もできずに間抜けにもぱかりと口を開けた。
――――私が先程までいた場所は城壁の屋上部分にあたる通路。そこから地面まではかなりの高さがある。
落下の浮遊感を味わいながら不意に一つの言葉が頭に浮かんだ。
(あ、やば。死ぬ)
そう思った瞬間、地面に身体が叩きつけられた。