目が覚めたら、オーター・マドルが目の前にいた。
「え」
間抜けな声が自分の口からこぼれる。なんせ、デッケェ濃い隈を目の下に携えたオーターが超至近距離でいたからだ。あまりにドアップすぎて思わずのけぞる。
お前、こんなにパーソナルスペース狭かったか。どちらかといえば距離を取るタイプだと思っていたんだが。
こちらをガン見してくるオーターに困惑する。意味不明すぎて至近距離にいるオーターに何も言えないまま、私は数秒固まった。
(なんか、オーターくたびれてない……?)
至近距離にオーターがいるせいで、不意に彼の『おかしさ』に気が付いた。今のオーターの髪はパサつき、通常はシワ一つないスーツが汚れていた。袖のあたりの汚れが目立つので、もしかしたら家にも帰らずに徹夜で仕事をしていたのかもしれない。
現在のオーターの状態を言葉に表すとするなら『やつれてる』だろう。オーターとは久しく会っていなかったが、こんなやつれてはいるとは思わなかった。
あと、オーターはいつまでガン見してくるわけ。なに。なんなの? 怖いんだが。
オーターの様子を怪訝に思った私は眉をひそめる。オイテメェこっち見るんじゃねーぞといわんばかりに彼を睨みつけながら口を開いた。
「なに。どうしたの、オーター」
「……」
「聞いてるわけ? はぁ、もう」
オーターは無言だった。彼はパイプ椅子に座り、身を屈めて膝に肘をついて、口元を手でおおっている。深刻そうな顔をしながらジッとこちらを見るだけだった。
私が話しかけているというのに、このガン無視。相変わらずである。いつものことだ。魔法警察学校時代からオーターは私を無視することが度々あった。まあ、魔法警察学校時代の私がうるさかったからだろう。自覚はある。
だってさぁ、当時のオーターは雑談をあまりしないタイプだったんだよ。特にアレックスがいない時とかどうしようかと思ったからね。ずーっと沈黙が続いて気まずさのあまり自分からベラベラとしゃべっちゃって……。オーターからすれば興味もない話をされて嫌だっただろう。そのせいなのかオーターは私の話を無視することが多かった。
ちなみにアレックスもわりと無視されている。そういうのが魔法警察学校時代のオーターと私の日常だった。
そのためオーターのガン無視にはあまり気にせず、私はグルリと辺りを見回す。
真っ白なカーテンに、真っ白なベッド。枕元近くに置かれた花に、ベッド周りに設置された医療器具。
――――そして、ベッドに寝ている『私』。
「は?」
もう一度言う。ベッドの上に目を閉じた『私』がいた。
痛々しいほどに包帯を巻き、医療器具を身体中につけられている『私』が――そこにいたのだ。ベッドに横たわる自分から聞こえる寝息に、私はギョッと目を見開く。思わず衝動的に私は『私』に触れようとした。だが、するりと自分の手は寝ている『私』の身体を通過する。
「は?!」
さっきから「は?」と言う声しかでない。何度やっても目の前に寝ている『私』の身体を自分の手は通り抜ける。ビビった私は目の前にいるオーターに慌てて話しかけた。
「オーター! オーター聞こえる?!」
「…………」
「オーター! オーター!!」
駄目だ、本当に聞こえてねぇ。
普通ならばここまで私が騒ぎ立てれば、流石のオーターも何かしらのアクションを見せる。しかし、今日のオーターはこちらに対して視線すらよこさなかった。相変わらず彼は無言のままで、ジッとベッドの『私』を見ている。まるでこちらが見えておらず、存在していないかのような扱いだった。
いや、実際に見えていないんだろう。今のオーターにとって視界に入る存在はベッドに横たわる『私』だけ。隣でギャーギャー騒いでいる私は存在していないのだ。
え、なんでこんなことに。これってまさか幽体離脱ってやつか。というか、どうして寝ている『私』の身体はこんなボロボロに――――。
そう思った瞬間、頭痛がした。「ゔっ」という呻き声をあげる。それと同時に脳内にブワワワッと溢れ出すように映像が流れ出した。
原作知識を思い出した魔法警察内の部署。
退職届。
大量の履歴書。
城壁でうなだれる私。
剣が自分の腹から突き出る映像。
――――そして、イノセント・ゼロの次男、ファーミンの顔。
「あ」
そうだ。思い出した。私、ラスボスの息子の一人、ファーミンと遭遇したんだ。それであいつにボコボコにされて、最終的には大量の剣を差し向けられ――――それをその身に受けた。結果、城壁の屋上部分から落ちて意識がなくなったんだ。
ズサズサと剣が自分の身に刺さる感覚と、落下した際の浮遊感は今でも覚えている。あの日、確かに私は死を覚悟した。
そうか、私は助かったのか。
ベッドに眠る『私』はきちんと息をしていた。ここは病院。ちゃんと治療を受けられたのだろう。『私』の姿を見てホッと息を吐く。
多分、今、幽体離脱しているのも死の淵を彷徨ったからなのかな。よくあるじゃん。漫画とかで『ちょっとうっかり魂だけ身体から飛び出す』みたいな展開。まさかこんな体験を自分がするとは思いもしなかった。転生に加えて、幽体離脱とか非現実的なことを私は経験しすぎである。なんかもう色々驚きすぎて一周回って落ち着いてきたな……。
「あー……生きててよかっ」
「――――レイ」
レイ。レイ・ファントム。
それは今世の名前だった。前世とは全然違う名。だが、もう慣れてしまった呼び名。『レイ』と呼ばれて私は思わず振り返る。そこには無表情のオーター・マドルがいた。どうやら先ほど私の名前を呼んだのは彼だったらしい。オーターはジッと寝ている『私』の方を見ている。
いや、そもそもこいつなんでここにいるの?
しかも、さっきもいったけど、すげーやつれてるし。てか、お前仕事どうしたよ。まだ昼間だぞ。外、明るいぞ。どうしたんだよ、オーター。
不自然に思って私は首を傾げた。怪訝な顔でオーターを見つめる。するとオーターは誰に聞かせるわけでもなく、ボソボソと話し出した。淡々と彼は語りだす。
「何故、お前は魔法警察を辞めた。お前が警官を辞めるとは夢にも思わなかった」
死にたくなかったからです。魔法警察って殉職率高すぎて前世日本人だった自分には耐えられません。
あと、シンプルにオーターの学友だったことで死亡フラグが立ちそうだから警察辞めました。
「何故、お前はあんなところにいた。城壁の歩廊は立ち入り禁止。お前は真面目だ。侵入禁止区域内には入らないだろう」
すみません、ヤケなって入りました。
警官やめてから全然職が決まらなくて……。それでヤケになって、なんか街全体見下ろしたくて城壁の屋上にいました……。
「何故、何故、レイ、お前は……あんなところで死にかけていた……」
それは……ファーミンに遭遇したからです……。いやまさかあんなところでバケモンにあうとは流石に思わず……。
ていうか、私、死にかけたんだよな。今更ながら実感してきた。考えた通りだった。オーター・マドルの魔法警察学校時代の仲間設定、やっぱり死亡フラグの塊じゃん。アレックスみたいに死ぬとこだった。ファーミンと遭遇した理由、絶対にこれ私がアレックスと共にオーターとトリオを組んでたからだよ。じゃなきゃ、ファーミンとなんか私は会わねーよ。
私がファーミンと遭遇してしまった理由は、オーターが原作で戦ったのがファーミンだからだと思う。この状況のままいけば、この世界でのファーミンvsオーター戦では因縁対決になるわけじゃん。オーターにとっては仲間の仇討ちになるわけじゃん。
もう無理……。絶対田舎に行く……。
オーターには悪いけど……。
チラリとオーターを見る。オーターは消え入りそうな顔をしていた。まるで何かに懇願するかのように彼は顔を伏せながら手を握りしめている。
こんな弱々しいオーター・マドルは初めて見たので、私は密かに驚く。自分が知っているのは飄々としたオーターだ。アレックスが死んだ時でさえ、オーターは私に弱った姿をみせなかった。
この時ばかりは死亡フラグへの恐怖を忘れて、思わずオーターに声をかけようとした。
「オーター……」
でも、自分の手が透けているのを見て、私は身体を止めた。今の私ではオーターに何もできないことを悟ったからだ。彼の深刻そうな顔を見ながら自分の唇を噛む。
どうしよう。思った以上にオーターの精神に負担をかけてしまった。こんなつもりはなかったのに。確かに死亡フラグは怖い。でも、ここまで落ち込むオーターに何も感じないほど人間は腐っていなかった。
だが、現在の私では何もすることができない。手持ち無沙汰になって無駄にオーターの周りをぐるぐると回る。どうしようかな――――そう思った時、病室の扉の向こうから声がかかった。
「マドル局長」
「入れ」
「はっ」
ガラッという音と共に、オーターの部下らしき男が入室してきた。直ぐに彼はオーターと何度か言葉を交わし始める。話の内容はやはり私についてだった。
二人の会話を聞いたところ、どうにも私は『重要参考人』扱いをされているようだった。
ファーミンと戦ったあの日、首都にある魔法道具管理局の倉庫に侵入者が入ったらしい。その日に私、レイ・ファントムが瀕死の重体で発見された。魔法局側はこの二つの事件に関連性があると見て、私を保護したとのことだった。
また、深く話を聞いていると、侵入者が現場に残した剣と、私の周りに落ちていた剣が合致しているようだった。つまり、レイ・ファントムが戦った相手と魔法道具管理局へ侵入した人間は同一人物である可能性が高い。だからこそ、魔法局側は私を重要参考人として扱った。結果、こうしてオーターが私に付き添っているのだろう。
まあ、オーターが隣にいる理由のもう一つの理由としては、多分、彼がこちらを心配してくれているのもあると思う。なんだかんだでオーターは情が深いからな。
あと、途中で分かったことだが、私が倒れてから数日経過しているらしい。早いのか遅いのかはよく分からないが、数日経ったんだなと思った。
――いや、タイミングやばいな私。
その魔法道具管理局への侵入者の一人、確実にファーミンじゃん。
私の推測でしかないんだけど、これ多分、城壁にラスボス側が施した移転魔法のポイントがあったんじゃないか、と考えている。恐らくは私がいた城壁の地点からファーミンたちは侵入及び逃亡したんじゃないだろうか。自信はないが、そうでなければ城壁にラスボスの息子が突然登場しないだろ。
え、マジでタイミング悪すぎだろ自分。
不運にもほどがある。
私が頭を抱えていると、オーターたちは会話を終えたらしい。オーターの部下は一息ついた後、ピッと鍵をオーターに差し出した。私はなんだなんだとその鍵に近寄る。なんか見たことのある鍵だった。
「今回の事件の被害者、レイ・ファントムの自宅が見つかりました。鍵はこちらです」
「随分と見つかるのが遅かったな」
レイ・ファントムの自宅の鍵って。
は? 私の家の鍵?
エッ、私の家の鍵……私の家の鍵?! びっくりしてオーターが受け取った鍵を見る。形状は私の家の鍵とそっくり――――いや、これ私の鍵だ。嘘でしょなんで。
待て待て待て待て。なんでこいつら勝手に私の家の鍵をここに持ってきてんだ。おかしいだろ。プライバシーどうなったよ。ここがいくら前世とは違って法の整備ができていないとはいえ、家宅捜査のためには色々と手順を踏まなくてはならない。家宅捜査申請するためには令状を発行するに足る十分な根拠や証拠が必要となるはず。それが今の時点で揃っているとは思えない。
そんな中で規則を順守するオーターが家宅捜査なんて、まずやると思えな――――あ、まさか。
(え、これもしや特例で許可が出た感じか?)
二人は今、事細かに事件の詳細を語らなかった。多分、重要な会話は病院ではなく他の場所で済ませているのだろう。先程、魔法道具管理局への侵入者の剣と、私に刺さっていた剣が同じだったという話も、とうの昔に二人の間では共有されているようだった。ただ、今回は話の流れでそれが出ただけである。
私が分かっていないだけで、この魔法道具管理局への侵入者の話、かなり大事になっているんじゃないか。
いや、確かに魔法局への侵入なんて大事中の大事ではある。ただ、ほとんどの場合、侵入者は捕縛されていたり、死傷者はいなかったりする。それは全て神覚者たちが被害が大きくなる前に防いだからだ。
しかし、今回の事件の犯人の一人はファーミンである。つまり、原作から考えると彼は捕まっていない。あと、私が知らないだけでもっと被害が出ているのかもしれない。
だからこそ、私、レイ・ファントムの自宅捜査が命じられたのだと思う。他視点から見ればレイ・ファントムは事件の犯人の詳しい情報を握っている可能性が高いからだ。
ギギギ……とブリキのように首を動かし、オーターを見る。彼は先程までの弱々しい姿が嘘かのようにキリリとした顔をしていた。ただ、目の下の隈は凄いままだが。
「レイ・ファントムの家に行くぞ。捜索だ」
これ、やばくない?
オーターの言葉を聞いた瞬間、私はドッと冷や汗が流れる感覚がした。マズイと思ったからだ。
だって、私の家には原作知識を書きためた書類やらなんやらが沢山ある。それをオーターに見られる可能性があるってことだ。まずい。あそこには漫画を読んで知ったイノセント・ゼロの情報が沢山ある。それなのに私はその情報の出所を答えられない。目が覚めた時に「何故知っている」と聞かれて何一つ言い訳できない。
――――やっば、人生詰んだかもしれん。
私は頭を抱えた。