そして私の家に来てしまった。
――――オーター・マドルと彼の部下の二人が。
「頼む、頼むから帰ってオーター……」
懇願するように私は半透明の幽霊状態でオーターにしがみつこうとする。残念ながら自分の手はオーターに触れることなく宙をきった。私は半泣きでオーターの身体をなんとか止めようする。しかし、当然のように霊体の私の手はオーターに触れられず、スカッスカッと彼の身体を通り抜けるだけで終わった。
いやね? 今の自分には物理的に無理だとはわかっているんだよ。だが、なにか行動でもしなきゃやってられないんだよクソが。
そんな姿はオーターには見えていないので、彼は私の家に視線を向けながら「随分とボロボロなアパートメントだ……」とかなんとか言っていた。うるせぇ。無職期間が長くてこんな家に住むしかなかったんだよ。
「何故、レイ・ファントムの自宅の特定に時間がかかった?」
「それがその、短期間でレイ・ファントムは何度も引越しを繰り返していまして。それで特定に遅れました」
「不可解だな」
シンプルに事件に何度か巻き後れたのと、金がなくて安い家に引っ越す羽目になっただけだよ。そこに理由もなにもねーよ。
――事件。仕事を辞めてから近隣トラブルに見舞われたり、家が燃えたりして短期間で引っ越すことになってしまったのだ。最終的には金がなくなり、このボロアパートに行き着いた。それだけの話である。
納得いかない気持ちでオーターを見る。彼は相変わらず無表情だ。二人は私の部屋の前で立ち止まる。マジでやめてくれ〜と私が念じている間にオーターは鍵穴に鍵を突っ込んでいた。ガチャっと音を立てて簡単に扉が開く。
その後、オーターたちは杖を取り出した。何があるか分からないからだろう。二人は周囲を見まわし、警戒しながら入室していく。この時点で私の顔は死んでいた。もう無理。
二人は杖で暗い室内を照らした。素早い動きで私の部屋を物色していく。ベッドのマットレスをひっくり返したり、戸棚を開けて隠し扉がないかチェックしたり、徹底的に探索していた。
途中、オーターが私の下着コーナーに手をかけ、ブラジャーを素手で掴んだときは泣きかけた。マジでやめてくれ。何が嬉しくて顔見知りの男に下着を見られなきゃいけないのか。
しかもこの男とくれば真顔で私の下着に何か細工がないか調べるもんだから、余計に嫌だった。仮にも友人の下着だぞ。真顔で見るな。
そんな時、部下の男は手を動かしながらオーターに向かって話しかけた。
「あまり物がないですね」
「あいつは物を沢山置くタイプなんだがな」
「そういえば局長と今回の被害者はお知り合いでしたっけ」
「ああ」
物がないのは売ったからである。
オーターお前「やはりおかしいな」みたいな顔するな。マジで金がなかっただけだから。事件性はないから。頼む帰って。
――――オーターって私に対する評価、妙に高いんだよなぁ……。
私、レイ・ファントムは凡人である。生まれこそ貴族ではあるが、祖父母が借金をし過ぎた結果、没落した家の出身だ。もう貴族なんて名ばかりで庶民同然、それどころか貧乏に近い暮らしをしていた。その上、私の顔にある痣は一本線。魔法警察学校時代の成績だって平均くらいで、凡庸そのもの。まぁ、魔法の巧拙に至っては劣等生に片足突っ込んでいたが。
ただ座学がそこそこ良かったので平均すれば真ん中あたりの成績になる――そんな平凡な一線魔導士。それが私だった。
ただ、凡庸なはずの私は――――何故か事件の原因解明や調査の時は何故かちょっとだけ運が良くなるのだ。
たとえば、たまたま事件解決の手がかりをつかんだり、必要な情報が書かれた本を偶然にも見つけたり。どうしてか分からないが、そういう『偶然』に事件解決の時だけ遭うことが度々あった。
結果、オーターが私のことを妙に高く評価するようになってしまったのだ。
いや、偶然だからそれ。
そう言ってもオーターは信じてくれなかった。謎の信頼やめてほしい。
そのせいで、多分、現在のオーターは『レイが何度も引っ越したり、家に物が少なかったりするのには何か原因がある』と考えているのだと思う。私への謎の信頼やめてほしい。切実な願いなので二回言いました。
(頼むから帰ってほしいなぁ、帰ってくれないかなぁ、オーター)
そう再び祈るように念じていたが、私の運も尽きたらしい。オーターが『箱』を発見してしまったのだ――そう、原作知識を書き出した紙束が入った箱を。
「ほんとに帰ってェ!」
泣きそうだった。ぶっちゃけ既に泣いてた。イノセント・ゼロの情報がびっちり書かれた書類をオーターに見られたくない。情報の出所を問われても答えられない。
今のオーターは自他ともに厳しい男になっている。たとえ私が魔法警察学校時代のオーターの元仲間でも、彼はきっと徹底的に私を追い詰めてくるだろう。
原作でもセル・ウォーを容赦なく蹴っていた。私もオーターに似たようなことをされてしまうに違いない。
マズイ。マズすぎる。だって原作知識について説明なんてできない。「イノセント・ゼロ関係の情報は前世の書物で知りました」とか言っても意味不明すぎるだろ。どう考えても「馬鹿なことを言うな。ウソをつくならもっとマシなウソをつけ」案件である。私でもそう言う。下手をすれば間者と解釈されて豚箱行きだ。やめてくれ。帰ってくれオーター。
(し、しんどい……無理……)
おちつけ、おちつけ私。まだ希望はある。
一応、あの箱には難解な術式を組んでしっかりと鍵を閉めている。流石のオーターでも専門職に頼まなければ開けられないだろう。良かった、これで時間が稼げる。
私がホッと息を吐いていると、部下の男がオーターの後ろから箱を覗いていた。オーターが持つ箱を見て男は顔をしかめる。
「これは……随分と複雑な術式の鍵ですね。専門の者に頼んでも解錠に時間がかかりそうです。僕が技術班に頼んでおきます」
「大丈夫だ。直ぐに開く」
かちゃんという音と共に箱の鍵が開いた。
そう、鍵が! 開いてしまったのである!
――――ハァ?!
いやなんで鍵……いま、開いて……?
「あ」
私は思わず声をこぼす。すっかり忘れていたことを思い出したからだ。あの複雑な鍵の術式――――あれを組んだのは魔法警察学校時代のオーターだったことを思い出した。
あの箱の鍵の術式は魔法警察学校でのオーター、アレックスと私の三人の共同で使っていた鍵術式だったのだ。あの鍵の術式は便利だった。オーターが組んだだけあって誰にも解錠できない。だからこそ、三人で重宝した。そしてアレックス亡き今、使用するのは長い間、自分一人だけたった。だから忘れていた。オーターがあの鍵術式の発案者であり、箱の解錠できることを――すっかり忘れていたのだ。
「私のおバカァ!」
思わず自分を罵った。パカリと蓋の開いた箱を見て白目を剥きそうになる。人生終わったことを悟ったからだ。
何故、私はあの原作知識を書き出した紙束を早々に破棄しなかったのか。クソが。いや、だってまさかオーターに私の部屋へ押し入られるなんて夢にも思ってなかったもんな。しかもラスボスの息子ファーミンと偶然遭遇するなんてことも考えもしなかったもんな。破棄なんてできるわけがない。
今世の私、運が悪すぎる。
私が頭を抱えていると、怪訝そうな顔をしたオーターが目に入った。どうにも箱の中が紙だらけなことを不思議に思ったらしい。だが、オーターは直ぐに紙の束を開き、読んでいく。彼の目が私の書いた文字を追っていくのが分かった。
私はそれを見て「ああ……」と絶望した声を出した。
オーターが紙に書かれた内容を読み進めていくたびに彼の眉間のシワが深くなっていく。ただでさえいつも無表情で怖いというのに、人相が更に悪くなっていた。隣にいた部下がオーターの顔を見て、ちょっとビビった表情をしている。
しかし、オーターが全てを読み終わる頃には彼の顔は真顔に戻っていた。逆にそれが怖い。なに考えてんだお前ェ……。
オーターの「フーー……」という息を吐き出す音があたりに響き渡る。彼は自身のメガネをクイと上げた。
「レイ、お前は一体何を……」
何をって言われましても。普通に前世の記憶を書き出しただけなんだよな。そこに意図もクソも何もねぇんだよ。マジで辛すぎる。これ目覚めたときにどうやってオーターに説明すんの? オーターに口で勝てた試しがないから嫌なんだけど。豚箱行きの未来しか見えねーよ。
オーターが思わずこぼした「レイ、お前は一体何を……」という独り言。それを受けて、隣にいた彼の部下が不思議そうにオーターに話しかけた。
「マドル局長?」
「いや、何でもない。この箱にあった書類は第一級重要機密だ。お前には見せられなくなった」
「え?!」
ですよね。そうなるよね……。
泣いた。めちゃくちゃ泣いていた。原作ぶち壊しもいいとこだ。もしかしたらこれより不要な犠牲を回避できるかもしれない。しかし、逆にこれのせいで原作のようなハーピーエンドにはならない場合だってある。原作知識は諸刃の剣だった。だからこそ、私は一人で逃げようとしたくらいなのだから。
この世界には原作通りに進んでもらって、一人だけで全部いい所どりして、逃げようとした。だというのにこれで全てパァだ。やっぱり自分本位すぎて天罰が下ったのだろうか、ハハありうる。
私がひんひん泣いている間に、オーターは違う場所を物色し始めていた。無造作に引き出しをあけたり、衣類をまさぐったりしている。もう今の私はどうにでもなーれ状態なので、どこを探られようが構わ――――って、アッ?!
「ちょっ、まっ、オーターそこは触んな!」
オーターが今、開けた机の引き出し――そこには『手紙』があった。そう、前世の夢女子マインドが復活したことにより書いてしまった『オーターへのラブレター』が。
――オーターへのラブレター。
それは以前にも説明した通り、自分は前世で『オーター・マドルの女』をやっていた。大分アレな女だった。
そのため、イノセント・ゼロに関する原作知識を書き出す際の息抜き(という名の迷走)で、オーターへのラブレターを書いてしまったのだ。
今の私は現在のオーターに恋愛感情は一切ない。マジでない。オーターの魔力ゴリラっぷりを見せつけられたときにそんな感情は全くゼロになった。
――――ただ、私は二次創作を見たかった。前世の趣味を楽しみたかった。
なので、今世の『私』を題材にしてオーターに対するラブレターを書いたのだ。
本当はマンガや小説としてこの感情を出力したかった。しかし、私は残念ながら前世で一度もイラストを描いたり、小説を書いたりすることはなかった。なので、初心者の自分でも作れそうな『ラブレター二次創作』に手を出したわけである。それが今、オーターが開けた引き出しにある手紙の正体だ。
(なんつーもんを実際のオーターに見られてんだ)
イノセント・ゼロの原作知識を見られただけに飽き足らず、二次創作ラブレターを本人に見られそうになってる。恥ずかしさで死ぬ。いやこれ見たオーターも気まずいどころの話じゃない。私にとってはオーターは『二次元』の存在だったが、今のオーターは現実にいる。
やっば、これいわゆる『ナマモノ』ってやつでは……? すっかり忘れてた。前世の感覚が抜け切ってなかったよ手紙書くとき。本人に見つかるとかギルティ案件じゃん。ヤベェ処される。
「手紙?」
オーターは私のラブレターの封筒部分だけ見て、再び怪訝そうな顔をしている。それもそうだろう。手紙には『オーターへ』と書かれているのだから。そんな顔もしたくなる。オーターは杖を振って罠がないか確認していた。その後、手紙を開け始める。慌てて私はオーターに近寄った。
「オーター、それだけは……! それだけは読むのやめて……!」
霊体のままオーターにしがみつく。が、スカッと私の体はオーターを通り抜けた。クソが。私は床の上にうずくまる。四つん這いになって私は地面に拳を叩きつけた。
冗談で書いたやつだから……本人に見られるのだけは勘弁してほしい……。マジでお前に私は恋してないんだ、恥ずかしさで死ぬ……。
「私が何をしたっていうんだよォ!」
ガチ泣きしながらオーターを見る。彼は既に封筒から便箋を取り出して、中身を読んでいた。
――――この瞬間、私の顔が死んだ。