オーター・マドルにはかつて二人の相棒がいた。
一人はアレックス・エリオット。
もう一人はレイ・ファントム。
この二人とは魔法警察学校で出会い、そしてトリオを組むことになった。学校側に無理矢理決められた三人チーム。だが、最終的には自分の意思で魔法警察学校での生活のほとんどをこの二人と一緒に過ごすこととなった。オーターが魔法警察学校を思い出す時、直ぐに頭に浮かぶのはアレックスとレイである。それくらいこの二人とオーターは一緒にいた。
アレックスは熱血漢で、何をするにしても煩い。だが、誠実な人間で、規則正しく、自己を犠牲にしてまで他人のために尽くせる人間だった。当時のオーターならしないようなことを積極的にする人間。そんな、竹を割ったような性格のアレックスを、オーターは段々と「好ましい」と感じるようになっていた。
もう一人の相棒、レイはアレックスと幼馴染だ。レイもアレックスのように騒がしい人間で、この二人がセットになると喧しさが倍増した。特にレイとアレックスは二人一緒にいると子供のようだった。
「アレックス、あれしてあれ!」
「わかった!あれだな!」
レイがアレックスの腕にぶら下がる。そしてアレックスはレイをぶら下げたまま、ぐるぐると回転し始めた。レイは「キャーッ! もっと回してアレックスー!」と叫び、アレックスは「まかせろ!」とさらに回転する。
あれを初めてオーターが見た時は引いた。ドン引きだった。いい歳した人間が公の場で幼子のようなことをしている。ヤベー奴らだと思った。
だが、二人と関わるうちにそれも気にならなくなっていった。ようはオーターも慣れたのである。なんならオーターは「幼馴染はこのくらいの距離感なのか」とさえ考え始めていた。距離感バグりまくっている幼馴染コンビがオーターにとって初めての親しい友人だったが故の弊害だった。
余談だが数年後、オーターは「あの二人がおかしかったのか」と気がつくことになる。
――――レイは騒がしい人間だった。
だが、アレックスのように真面目で、優しい人物だった。誰かのために心から行動できる人だった。だからこそ、オーターはアレックスと同じようにレイのこともなんだかんだで好ましく思うようになっていった。
二人といるのはうるさいし、煩わしいことの方が多い。特に食事中は酷い。レイは食事中、こちらが聞いてもないのにペチャクチャと話しだし、アレックスに至っては口に含んだ食事を飛ばしてくる。何度顔を拭いたか分からない。
だが、それでもオーターにとってレイとアレックスとの時間は心地いいものだった。アレックスが失恋した時はレイと共に慰めたり、レイがバカな行動した際にはアレックスと共にフォローに回ったり――そんな、どうしようもなく無駄で、非合理的と言って良い行動を沢山した。数年前のオーターなら考えられないことばかりしていた。
「オーター、アレックス、はやくはやく!」
「パイセン、限定パン売り切れるっすよ!」
「……はぁ、直ぐ行くから騒ぐな」
うるさい二人。だが、その二人に挟まれるのは悪い気分ではなかった。今、思えば、オーターはアレックスとレイとの時間が好きだった。この何気ない日常を大切に思っていた。
そう、この時のオーターにとって二人はなくてはならない存在になっていたのだ。そしてオーターの人生で一番楽しい時間になっていた。オーターがそんなことを柄にもなく思うくらいには二人と過ごすのを好いていた。
――しかし、そんな時間は直ぐに壊れてしまう。
アレックスがまもなく殉職したからだ。
「みんなが安心して暮らせるような、規律ある世界を作ってくださいよ」
そう言い残して笑ってアレックスは死んだ。いまでもオーターはその姿を鮮明に思い出せる。悔いなんて一つもないと言わんばかりに笑うアレックス。泣き崩れるレイ。それを見ているしかない自分。酷く胸が苦しく、掻きむしりたい気持ちになったのは初めての経験だった。
オーター・マドルにとって人生はつまらないものだった。程々の労力で程々の人生を送る。そう決めたのだって、アレックスたちと会うまでの人生に彩りがなかったからだ。こんな人生があることを今まで知らなかったからだ。
人生とは、こんなにも苦しいものなのか。人の死とは、こんなにも泣きたくなるのか。
「アレックス、お前は合理的じゃないな……」
合理的じゃない。非合理にもほどがある。正義のために身を捧げ、自らの命を手放してしまうなんて。自分が死んだら本末転倒だ。何故、笑って死ねる? 自分が損をしてでも他人に尽くす生き方。どうしようもなく合理的じゃないやり方だ。理解できない。
だが――だが、それでも。
それでも、オーターはこうも思った。
アレックスらしい、優しい生き方だと思った。
アレックスは良い人間だった。彼は本当に他人のために命をはれる人だった。心から他人の幸せを願い、行動できる人物だった。ここで命を落とさなければ、きっともっと多くの人間を救えた。それこそ己なんぞよりも余程。アレックスは死んではならない人だった。
他人の苦しみを少しでも減らすために自己を犠牲にする。
綺麗事だ。非合理的な生き方だ。だが、それができる人間はほんの一握りしかいない。アレックスは最後まで己の志を貫き通した。オーターは彼の生き方を嫌いにはなれなかった。
アレックスがオーターに示した『みんなが安心して暮らせる、規律ある世界』。彼が言ったような世界が現実になれば、一体どうなるのだろう。
――――きっとそれは優しい世界になるのではないか。
アレックスみたいな善良な人間が損をしなくていい世界になるのではないか。優しい人間が死なずに済み、親しい人たちを喪うことがない、そんな世界になるのではないか。オーターはそう思った。
「フーー……」
オーターは息を吐く。そして、雨の中、アレックスの亡骸をみる。彼の横には地べたにへたり込むレイがいた。
「アレックス……」
よろよろとアレックスに近づき、レイは彼の亡骸を抱きしめた。彼女の目からはとめどなく涙が流れていく。その泣き崩れようは痛々しくて見ていられない。まるで人生に絶望したかのような顔をしていた。あの、いつもうるさくて太陽のようなレイ・ファントムが死にそうな顔をしている。
――――ただの幼馴染で、これほどまでに絶望するだろうか。
ただ幼い頃から一緒にいるだけでここまで泣き崩れるだろうか。
ああ、彼女はこんなにもアレックスのことを想っていたのか。
それを見て、オーターは自分に生まれかけていた淡い感情に蓋をした。決して芽吹かせてはいけない感情だと思ったからだ。オーター・マドルはアレックスを助けられなかった。間に合わなかった。もう少しだけ自分の行動が早ければアレックスは助かっていたかもしれない。
故に、そんな人間がこんな淡い感情を持ち続けてはいない。そう思ったからこそ、オーターは自分の想いを見なかったことした。
――――アレックスは生きるべき人間だった。
だが、アレックスは死んだ。
オーターに志を託して。
オーターはアレックスに何もしてやれなかった。アレックスばかりがオーターに色々してくれていた。遅刻しようとも彼は怒りながらも許してくれた。オーターは合理的に考えるあまり、他人の時間を無駄にさせていたというのに。しかし、アレックスはレイと共に根気よく己に付き合ってくれた。オーターを見捨てなかった。かけがえのない、仲間だった。
オーターは自分自身が無愛想で、たいして面白みのない人間だという自覚がある。それなのに生前のアレックスは言っていた。自分とレイとの時間が楽しいと、そう言っていたのだ。
なら、オーター・マドルが取る行動はたった一つだけだった。
そうして、直ぐにオーター・マドルはイーストンへ編入した――――レイには何も告げずに。
オーターはレイに何も言わずに行動したことを今、後悔している。この時直接レイに言うべきだった。神覚者を目指していることも、アレックスの考えを実現しようとしていることも。
当時、オーターがレイに何も告げなかったのは自分が口下手なことを理解していたからだ。気の利いた言葉をレイに言える自信がなかった。だからこそ、言葉よりも行動でレイには見せようと思った。ゆえに、オーターは彼女に対して何も言わなかった。
レイはそのことを正しく理解していたようだった。年に一度、彼女はオーターに対して手紙を送ってきてくれていた。それに対してオーターはそっけなくしか返せなかったが、手紙を見るたびにレイからの「がんばれ」に励まされた。
だが、オーターは思うのだ。もっと彼女と連絡をとっていれば、顔を合わせていれば、もっと最悪の事態を避けられたのではないかと。
――――レイ・ファントムが瀕死の状態で地面に転がっている。
その姿を見つけたのは、他でもないオーター・マドルだった。
「レイ……?」
城壁近くの地面に大量に刺さる剣。そしてその傍らに落ちている、赤と金色をした『何か』。その色がレイの血の色と髪の色だと気がつくのは早かった。
「レイッ!」
慌てて駆け寄るとぐったりとしたレイがそこにいた。身体には何振りか剣が刺さったままだ。太陽のように眩く輝いていた金髪は血で薄汚れ、血色の良かった肌は真っ青になっている。
――――レイだ。
この死にかけている人間は、レイだ。
それを見た瞬間、オーターは冷や水を頭から被ったかのような気分になった。そう、アレックスが死んだ日に経験した、あのヒヤりとした恐ろしい感情。それが胸のうちから込み上げてきた。足元が崩れ落ちそうになるあの嫌な感覚。
直ぐにオーターはレイに対して治癒魔法をかけた。しかし、レイの顔色はたいしてよくならない。オーターは舌打ちを零す。今すぐにでもレイを担いで病院にかけこみたい。だが、今のオーターはそれができなかった。
何故ならば、オーター・マドルはこの時、神覚者として仕事に来ていたからである。
というのも、つい数時間前、魔法道具管理局の管轄下にある倉庫に侵入者が入ったのだ。倉庫を警備していた十五名の局員は全員死亡。
それと同時に厳重に管理されていた第一級重要指定魔法道具が数点盗まれた。加えて魔法道具管理局長兼神覚者の魔導士は瀕死の重症。
結果、神覚者全員に緊急召集がかかった。
もちろん、犯人の捕縛のためである。
現在、犯人は逃亡中。オーターは首都内の南を担当することになり、部下と共に逃げた犯人たちを探索していた。そこで見つけたのがこの瀕死のレイというわけである。
魔法道具管理局への侵入者。
神覚者ですら手を焼いた相手。
瀕死の状態で転がるレイ。
オーターは嫌な予感がしてならなかった。悪寒が止まらない。知らず知らずのうちに手が勝手に震えた。オーターは今まで身体の一部が勝手に震えだすことなど経験したことがない。それを隠すかのようにレイを強く抱きしめた。
だが、レイのことが気になってもオーターは職務中だ。仕方がなく部下にレイを預け、犯人探しに赴くことになった。
――――しかし、犯人の捕縛は失敗。それどころか分かった情報はたった三つだけ。犯人は二名いたこと、犯人の一人は水使いであること、もう一人は目に見えぬ攻撃を有することくらいだった。
「やられたな」
「ああ」
魔法局内の廊下にて、オーターは光の神杖ライオ・グランツと共に歩いていた。隣にいるライオは険しい顔をしている。オーターもまた彼と似たような表情を浮かべている自覚はあった。
今回の件は魔法局の大失態になった。挙げ句の果てに魔法道具管理局の局長は一命こそ取り留めたものの魔導士としてはもう働けないときている。
現在、魔法道具管理局内では魔法道具が盗まれただけでも大変だというのに、トップが不在ということで、慌ただしい様子になっていた。
魔法道具管理局だけじゃない。この事件のおかけで魔法局内はてんやわんやである。オーターは数日ほど魔法局に缶詰状態だ。他の神覚者たちも似たような状況である。
オーターはライオと今回の事件の話をしながら歩く。いくらか話した後にライオは不意にオーターにあの話を振ってきた。
「オーター、重要参考人の女性は目が覚めたのか? お前、あの女性こと心配してただろう」
「……なぜ貴方がそれを?」
「お前が珍しく慌てて病院に駆け込んでいる姿見を見たからさ。それにあの女性、オーターの執務室に飾っている写真の人だろう?」
「……」
オーターは自分の執務室に魔法警察学校時代の写真を飾っている。写っているのはアレックス、レイ、そしてオーターの三人だった。あの写真は特に隠しているわけではない。なので、度々オーターの執務室にくるライオがレイのことを知っていて当然だった。
――――レイは一命を取り留めた。
だが、未だ目は覚めていない。
医師曰く「あと少しでも治療が遅れていたら死んでいた」とのこと。そのせいなのかまではオーターには分からないが、レイは数日が経過した今でも目覚めていなかった。
レイの体調は心配だ。
だが、それ以上にオーターは別の点で頭を悩ませていた。何故ならば今回のレイには不可解な点が沢山あったからだ。
一つ目、レイが倒れていた場所にあった剣。
調査の結果、魔法道具管理局内に盗みに入った犯人が出した剣と同じだということが判明した。また、現場には戦闘した痕跡も残っている。つまりレイは侵入者と戦ったのだ。
何故レイが犯人と戦闘したのか、何故レイはあの場所にいたのか、それがわからなかった。
二つ目、レイが数ヶ月前に魔法警察を辞めていたこと。
彼女の同僚や上司にオーター自ら問い合わせたところ、ある日突然レイは辞めたいと言い出したようだった。同僚一同、かなり驚いたと彼らは語っていた。
しかも、レイは警察を辞めたあと、別の場所で就職することなく、地方を転々としていたようだった。それに加え、何度か事件にも遭遇していたらしい。魔法警察内の記録にもそれが残っており、彼女が地方を巡っていたのは本当のようだった。
どうしてレイは警官を辞めたのか。退職後、何故地方を回っていたのか。それが不明だった。
三つ目、レイが倒れていた現場に残っていた手紙。
彼女がいた場所から少し離れた場所にその手紙はあった。書かれていた内容は「ごめん、オーター。でも私の志は貴方と変わらない」。
筆跡鑑定からもその手紙はレイが書いたことが判明している。
レイは何に対して謝っているのか。何故、オーターを名指ししたのか。
そして、どうしてレイはわざわざオーターに対して『私の志は貴方と変わらない』などという意思表示をしたのか。
――――以上三点。『レイを襲った犯人が魔法具を盗んだ犯人グループと同じ』『レイが突然魔法警察を辞めていた』『レイが奇妙な手紙を現場に残していた』、この三つがレイの不可解な点だった。
オーターはレイに関する残された情報を頭で考える。脳内で思考しながら「レイに会いに行かないのか」と問うた隣のライオに対して言葉を返した。
「仕事がひと段落した。今から向かおうと思っている」
「そうか。それはいい。重要参考人とはいえ、彼女が大切な人なら大事にするんだぞ、オーター。それが男前ってやつさ」
「……」
「オレ様も今日はようやくマイワイフとマイサンに会えそうなんだ。じゃあな、オーター」
ライオはキラッと歯を輝かせながらウインクをする。彼はわざわざ魔法で光のエフェクトをつけていた。それをオーターは真顔で見る。いつものことだった。
ライオが無駄にかっこつけて去っていった後、オーターはため息を吐く。
先程、ライオに『仕事がひと段落した』とは言ったが、まだまだやることは沢山ある。ただ、レイの顔を見るくらいの時間ならようやくできた。その程度だった。ライオは家族に会えそうだと言っていたが、恐らく彼も似たようなものだろう。
休憩がてらレイを見に行こう。しかし、仕事は残っているので部下には一応自分の居場所を伝えておかなくては。
そう考えて魔法局管轄下の病院にオーターは向かった。