レイから始まる異世界生活   作:だら子

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5話:オーター・マドルの後悔

 

――オーター・マドルはレイ・ファントムの自宅にいた。

 

オーターがレイの家にいる理由はただ一つ。彼女の家に捜査へ入るためだった。

本来ならば今の段階ではレイ・ファントム宅の捜査の許可は下りないだろう。だが、今回ばかりは状況が状況だったため、特別に捜査を承認された。

 

通常ならオーター直々に家宅捜査する必要はない。むしろ部下に任せるべき事案だった。

 

だが、今回の捜査対象は『レイ・ファントム』。彼女はオーターの魔法警察学校時代の仲間であり、彼が特に信を置く人間の一人。また、レイがオーターに対して不可解な手紙を残していたこともあり、オーター自ら家宅捜査に参加することに決めた。

 

(今回は不可解な点ばかりだ。レイが一体何をしたかったのか分からない)

 

先程も述べたように、『レイを襲った犯人が魔法具を盗んだ犯人グループと同じ』『レイが突然魔法警察を辞めていた』『レイが奇妙な手紙を現場に残していた』という不可解な点がある。

 

それに今回またレイの行動におかしな部分が増えた。先程聞いた部下の報告によるとレイは頻繁に引越しを繰り返していたという。しかも、彼女の自宅の中は必要最低限の家具しかないときた。

オーターがレイの家に入った時、あまりのモノのなさに『ここは本当にレイの家か?』と疑ったほどである。

 

(あいつはモノを家に溜め込むタイプの人間のはずだが)

 

オーター・マドルは魔法警察学校時代、レイ・ファントムの自宅にいったことがある。

 

長期休みの際、レイとアレックスに誘われ、オーターは二人の故郷に遊びにいった。その際にレイの自宅にも訪問したのだ。

もちろん、オーターが宿泊したのはアレックスの実家である。だが、せっかくアレックスの家に来たのだからと、ついでといわんばかりにオーターはレイの自宅に連れていかれた。

 

――――レイの家は静かだった。

 

レイ・ファントムは魔法警察学校へ入学前に事故で両親を亡くしている。

また、彼女の祖父母が多額の借金をしたせいで親族連中から縁を切られているらしい。仮にも貴族階級だというのにレイの家は小さく、そしてボロかった。そもそもの話、ファントム家の自宅が庶民の家と一緒に並んでいる時点で貴族とは名ばかりだ。

一応、祖父母の借金はレイの両親の代でなんとか返し終わったらしいが、家の様子から財産はゼロだということは分かった。

 

リビングや廊下などその辺りに物は少なかったが――レイの部屋だけは物が溢れていた。

 

「ちょっと、オーター勝手に私の部屋に入らないで」

「……すまない。間違えて入った」

「いやまぁ、オーターならいいけど……」

「それよりもレイ」

「なに」

「お前、モノを捨てた方がいい。なんだこれは」

 

オーターの目線の先にはぬいぐるみやらなんやらが溢れていた。モノがいっぱいすぎて部屋がやけに小さく見える。

オーターにとって他人の部屋なんてどうでもいいものだ。だが、レイの部屋は流石のオーターも「なんとかしたほうがいいのでは」と思うような具合だった。

 

しかし、オーターの発言を聞いたレイは「余計なお世話」と不貞腐れるように言う。

それに対してすかさずアレックスが「やっぱり先パイも俺と同じこと言っただろ。レイ、ちょっとは捨てるべきだって」とレイを説得しはじめた。アレックスもまたレイの部屋に物がありすぎると思っていたようだった。

 

レイの話を聞くに、この部屋にあるものは全て貰い物らしい。

 

それを聞いてオーターは成る程と腑に落ちた。

レイはお世辞にも裕福だといえる生活は送っていない。だからこそ、これほどまでに彼女の部屋に物があるのはおかしいとは思っていた。レイ曰く「誕生日とか、善意とかでもらったものなの」とのことだった。

レイとアレックスの二人は友人の数が多い。それ故、余計に貰うモノの数も多いのだろう。

 

「レイ、お前は全く……」

 

オーターはそれを聞いて思わずため息を吐いた。アレックスに対しても思っていたが、この幼馴染コンビは人が善すぎる。

 

恐らく、彼女がモノを捨てられない理由は、贈ってくれた人に悪いだとか、想いが詰まっているからだとか、そういう理由だろう。

しかし、貰い物でも部屋に溢れかえるほどにもなれば多少は捨てるべきだ。プレゼントした者だって捨てても別に文句は言わないだろう。

 

それをオーターはレイに言った。だが、レイは自室にあるぬいぐるみを抱きしめながら叫ぶ。

 

「嫌! 折角もらったのに!」

「ゴミ屋敷になるぞ」

「レイ」

 

オーターとアレックスで説得したが、効果はゼロ。 そんな中でレイは「ほら、何かあったら売ればお金になるし……。恥ずかしいけど私、貧乏性なんだよね。だから捨てたくない」と苦し紛れな言い訳をしていた。オーターはレイに限ってそれはしないだろうと思っている。彼女は人が善いからだ。

 

最終的には『まぁ、人に迷惑かけてないならいいか……』と男二人は諦めた。

それくらいレイの部屋にはモノが溢れていた。

 

――――だからこそ、家宅捜査のために入ったレイの部屋のモノの無さは異常なのだ。

 

確かに、レイから年一ほどでくる手紙には『故郷の実家は売り払った』とはあった。

彼女がそうした理由は、配属先が実家から離れた場所だったからだろう。一人で誰もいない実家を維持し続けるのは大変だから手放したということは理解できた。

 

普通ならばその際に大量の荷物も売っていてもおかしくない。故にこの家宅捜査で発覚したレイのモノのなさも他の者なら「別に不思議ではない」と答えるに違いない。そう、普通ならば。

だが、レイという人間はもらったモノは大事にし続ける。オーターはレイと苦難を共にしたからこそ、彼女の人なりをよく知っていた。そのため、レイがあの大量の荷物を売り払うとは到底思えなかった。

 

だが、実際問題、レイの自宅にはモノがない。

では何故か。

――――売り払う、もしくは捨てざるを得ない状況になったからではないか。

 

そこでオーターの脳に過るのはレイに関する数々の報告。『魔法道具管理局への侵入者とレイが戦闘した痕跡が残っている』『レイが魔法警察を辞めた』などの情報。

 

(何もなければいいが)

 

しかし、こういう時ほど期待は裏切られる。

――――レイがイノセント・ゼロの情報を書いた紙束を残していたからだ。

 

「やっかいなことになった」

 

深夜十時。

 

オーター・マドルは魔法魔力管理局の執務室にいた。彼の机の上には紐でひとまとめにされた紙束が置かれている。オーターは局長用にあつらえられた椅子に座り、背もたれへ身を沈めた。

 

レイ・ファントムの家宅捜査が終わり、オーターは魔法局に戻ってきていた。共にレイの自宅へ行った部下は既に定時で帰らせている。それからオーターはレイの部屋で発見された一つ――この紙束に頭を悩ませていた。

 

「フーー……」

 

オーターは癖になっているため息を吐く。メガネを中指で軽く上げた後、レイの紙束に視線を向けた。そこに書かれている文字は――『イノセント・ゼロ』。

 

そう、レイの自宅で見つかった紙にはイノセント・ゼロについての情報が書かれていた。

 

そこまではいい。そこまでならいいのだ。イノセント・ゼロは有名で、世間にも知られている存在だ。人によってはやつの新聞の記事を集めている人間もいると聞く。そのため、イノセント・ゼロの情報をピックアップして集める程度なら問題ない。

 

問題なのは――魔法局ですら掴みきれていない情報をレイが記載している点だ。

 

イノセント・ゼロが使用する魔法。それがどの程度の範囲に効果があり、どのような効力があるのか。威力からリスクに至るまで書いていた。

更にはイノセント・ゼロの息子たちのことまで紙には記載されている。彼らの容姿や性格だけじゃない。固有魔法の仔細や手札の数まで事細かに書かれていたのだ。

 

ありえないほどに詳細なイノセント・ゼロ関連のデータがその紙束には詰まっていた。

そう、魔法局が血眼になって探しても掴めなかったはずの情報。それがレイ・ファントムの部屋にあった。いや、レイ・ファントムが書いたのだ。

 

しかも、イノセント・ゼロの息子たちの中の情報と、魔法道具管理局への侵入者の特徴が合致している。この次男ファーミンと、五男ドミナという二人。確か、魔法道具管理局の侵入者は、目に見えない攻撃をする魔道士と、水使いの魔道士だったはずだ。いや、『はず』ではない。わざわざ魔法局へ戻ってきた時にオーターが調べ直した。

 

二人の特徴は――レイが書いたイノセント・ゼロの息子ファーミンとミドナの固有魔法に該当する。

 

「つまりは、だ」

 

オーターは執務室の椅子に座りながら人差し指でトントンと机を叩いた。再度オーターの頭には今までレイについて仕入れた情報が蘇る。そして、その情報を整理していった。

 

――数ヶ月前に魔法警察を辞めたレイ。

――しかも、地方を転々とし、事件にも度々巻き込まれていた。

――モノが少ないレイの自宅。

――魔法道具管理局への侵入者二人。

――その侵入者とレイが戦った痕跡あり。

――レイの部屋にあったイノセント・ゼロの情報。

 

オーターの中でバラバラだった点と点がようやくつながり、線になっていく感覚がした。眉間のシワが少しゆるむ。

 

レイが魔法警察を辞めた理由。

 

それは警官時代にイノセント・ゼロについて何か重大な情報を得たからではないのか。

だからこそ、彼女はその情報の真偽を確かめるため、あるいはデータ収集するために地方を転々とした。その中でレイはイノセント・ゼロの魔法についてや息子たちについての情報も集めたのだろう。

モノが少ないのは苦肉の策で手放したか。きっとレイは今までの想い出よりもイノセント・ゼロについての方を重要視したのだと思う。

 

――――レイ・ファントムは優秀な警官だった。

 

オーター・マドルは魔法警察学校時代、レイの捜査能力には何度か舌を巻いたものだ。彼女は勉学や魔法に関しては凡庸ではあったが、こと『真実を見抜く』あるいは『真実を追う』ということに関しては天才だった。

この世界が魔法一辺倒の世界でなければ、さぞレイはもてはやされただろう。それくらい優秀だったのだ。

だからこそ、オーターにとって魔法局ですら手に入らなかった情報をレイが掴んでいてもおかしくないと思った。

 

――――魔法道具管理局へ侵入者が入ったワケ。

 

あれはレイの活動に気がついたイノセント・ゼロがワザと起こした騒動なのではないか。今までやつらがこれほどまでに派手に動いたのは久しぶりのことである。そう、随分と派手だった。あれはもしや魔法局の意識をレイではなく別の方に向けるために行った可能性がある。

 

イノセント・ゼロの今回の本命は――レイを仕留めるためなのでは。

 

イノセント・ゼロは気がついた。ただ一人、レイ・ファントムという人間が彼に対して詳細に情報を調べ上げたことを。そして重大な『何か』をレイに知られてしまったことを。

 

だからこそ、魔法道具管理局へ息子たちを侵入させた。大本命のレイを秘密裏に殺したかったからだろう。『魔法道具管理局への侵入』という事件があれば、瀕死のレイのことなんぞ周りはさほど気にしない。それよりも事件の方が大切だからだ。

そう、イノセント・ゼロはわざと今回の魔法道具管理局の事件を起こした。

全てはレイを殺すため。レイが重大な情報を握ったことに気が付かせないため。

そう考えると辻褄が合う部分が多い。

 

「フーー……」

 

なるほど。だから、レイは現場に手紙を残したのだ。

『ごめん、オーター。でも私の志は貴方と変わらない』という手紙を。

 

――――レイは知っていた。

イノセント・ゼロに命を狙われていることを。

まもなく殺されることを知っていた。

 

だからこそ、オーターに託した。

レイ・ファントムがもっとも信頼を置くオーター・マドルに全てを託すことに決めたのだ。

 

オーターを名指ししたのは必ずレイの自宅にオーターを行かせるため。

そうオーターが考えた理由の一つは、イノセント・ゼロの情報が隠されたボックスの鍵にある。あの鍵の解除の仕方はオーター、アレックス、そしてレイしか知らない。わざわざあの術式の鍵でボックスを施錠したのは、オーターに中身を見てもらうためだったからなのだろう。

 

「『ごめん、オーター。でも私の志は貴方と変わらない』、か」

 

オーターとレイの志。それはアレックスがオーターに託した『みんなが安心して暮らせるような、規律ある世界を作ってくださいよ』――このことなのだろう。

 

レイが命をかけたのは全てはこの理想のため。

それを最後に伝えたかったのだ、レイは。

 

オーターは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。手から血がこぼれ落ちる。机に向かって拳を振り下ろしたい気分になった。だが、それをグッと抑え、何度目か分からぬ深いため息を吐いた。そして、オーターの口から無意識に言葉が溢れる。

 

「レイ、何故私に何も伝えなかった」

 

目の前にあるイノセント・ゼロについての膨大な情報を書き記した紙。それをオーターは眺めながら唇を噛み締める。唇の皮がプツリと切れて、血が滲んだ。口の中に血特有の味が広がる。

 

オーターはレイが自分に何も伝えなかった理由はなんとなく分かっていた。

きっとレイはオーターを巻き込みたくないとか、そういう理由だろう。

 

――――巻き込んでくれてよかった。

どれほど小さな問題でも、レイのためなら自分は駆けつけた。

 

今回、レイは死なずに済んだ。だが、もしもオーターがレイを見つけるのがもっと遅ければどうなっていたことだろう。

 

――――きっと、レイは死んでいた。

 

どうしてアレックスも、レイも、あの幼馴染コンビとくれば私に相談しないのか。どうして誰かのために容易く自分の命を燃やしてしまうのか。お前たちは嫌というほど私に構う癖に大事な時に限って何も言わない。騒ぎもしない。静かにその命を使い果たしてしまう。

 

「私の気持ちを考えたことがあるのか、あの馬鹿共は……」

 

オーターの脳裏にアレックスとレイの顔が浮かぶ。不思議と二人は満面の笑みだった。オーターが不意にあの幼馴染コンビを思い出す時、いつだってアレックスとレイは笑顔なのだ。馬鹿みたいに幸せそうで、楽しそうな二人の顔。やはりアレックスとレイに『死』を感じさせるような青白い顔は似合わないと思った。

 

オーターは仄暗い眼差しで執務室にある写真を見る。アレックス、レイ、そしてオーターの三人で撮ったものだった。真ん中に仏頂面のオーター、横にいるアレックスはいつもの通りの笑顔でオーターに肩を組み、アレックスとは逆方向にいるレイが大口を開けて笑いながらオーターとアレックスに抱きついている。そんな写真だ。

 

「レイ、アレックス……」

 

オーターは写真の中の二人を見て、長い間、その体勢のままその場から動くことはなかった。

 

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