エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~   作:SazanK@

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第1話「エグザイル」

 ◆◇

 

 俺の名前は平田 凡。凡ってなんて読むと思う? 答えは──ボン、だ。

 

 ヒラタ ボン。ボン、だぜ。この響き終わってるだろ。ガキの頃はこの名前のせいでいじめられた事もある。でもまあセンスは終わってるけど名前自体は嫌いじゃないんだ。俺の名前には平凡で普通の人生を送ってほしいっていう願いが込められているらしい。母ちゃんが居た頃にそう言っていた。まあ当の母ちゃんは蒸発しちまったんだが……

 

「おう! ボンちゃん! 今日はその辺でいいよ! お疲れ!」

 

 階下からそんな声が聞こえてくる。宿屋の主人のトンバさんだ。

 

「うす!」

 

 俺は短く返事を返して、大きく息をついた。足腰に大分キてるな……三部屋くらいがっつり掃除したからな。

 

 なぜ掃除してるのかって? 仕事だよ。

 

 え? ホテルかなにかの清掃員でもしているのかって? 

 

 違う違う。「宿屋」さ。ホテルなんかないよ、この世(・)界(・)には。

 

 ここで察しの良い奴は気づいただろう。そう、俺は異世界転移をしたんだ。よくあるやつだな、ほら、死んだとおもったら違う世界にいましたってやつ。

 

 俺もそんな感じだ。ただ、俺の場合は別に死んだわけじゃないんだけどな。

 

 なんというか……吸い込まれたというか呑み込まれたというか。

 

 コンビニに行った帰りにさ、なんか急に目の前にぽっかりと穴? みたいなものが空いてさ。

 

 最初は目がイッたと思ったね。俺昔さぁ~、コンタクト洗浄キャンセル界隈だったんだけど、ある日急に左目の視界の真ん中あたりが黒くなってさ。まあそれでほっといたんだけど、そしたらどんどんその黒いのが広がって、それで慌てて眼科にいったら網膜だかに傷がついてたそうで。危うく失明しかけたんだよね~ってまあいいか、そんな話は。

 

 とにかくその穴はあの時の黒いアレに似てたってわけ。じわわ~って広がってきて、それで俺は吞み込まれて。

 

 気付いた時にはこの世界に来てたって寸法だよ。

 

 今でこそこうして仕事にありついているけどさ──最初は本当に大変だったんだぜ? 

 

 ◆◇

 

 話は二ヶ月ほど前に遡る。

 

「はい、というわけで今回は──五千円でゲーミングPCを組んでいきたいと思います」

 

 俺は自室でカメラに向かってそう宣言した。部屋は六畳一間のワンルーム。壁際には本棚とデスク、その上には編集用のメインPC。そして今、俺の目の前には段ボール箱から取り出したばかりのジャンクパーツたちが鎮座している。

 

「まずマザーボードから見ていこうか。今回ゲットしたのはASUSのH110M-A。LGA1151ソケットの第六世代・第七世代Core対応のやつだな。ハードオフで五百五十円だった」

 

 俺はマザーボードを持ち上げてカメラに見せる。基板の端っこが少し欠けているがまあ動作には問題ないだろう。多分。

 

「で、CPUがこちら。Celeron G3900。二コア二スレッドの超エントリーモデルだ。定格2.8GHz。メルカリで三百円。送料込みで三百円だぜ? 神かよ」

 

 Celeronを馬鹿にする奴は多いがこいつだってれっきとしたIntelのCPUだ。ゲーミングには向かないって? まあそうなんだけどさ、五千円縛りなんだから贅沢は言えない。

 

「メモリはDDR4の4GB一枚。これもハードオフで三百円だった。本当はデュアルチャネルにしたいところだけど、予算的に厳しいからシングルで我慢だな」

 

 俺はメモリを手に取り、端子部分を確認する。目視では特に汚れも腐食もない。よしよし。

 

「んで、ストレージ。今回は奮発してSSDを用意した。KingFastの120GB。Amazonで千二百円。いや、これが一番高いってどうなんだよって話だけど、HDDでWindows動かすのはさすがにキツいからな」

 

 このご時世、HDDでOS起動とか拷問でしかない。SSDの恩恵を知ってしまったら、もう戻れないんだよ。

 

「電源はこいつ。玄人志向のKRPW-L5-400W。80PLUS Standard取得の400W電源だ。これはリサイクルショップで八百円だった。ケーブル類も全部揃ってたのはラッキーだったな」

 

 電源は動作確認済みの品を買った。ここをケチって火を噴かれても困るからな。一応、購入後に自分でも通電テストはやっている。

 

「で、ケース。これが今回の目玉というか、まあ、見てくれよ」

 

 俺はデスクの横に置いてあったブツを持ち上げた。

 

「某企業のノベルティPCケース。なんとタダ。知り合いのジャンカーから貰った。ATXは入らないけどMicroATXならギリギリいける。エアフローは終わってるけど、まあCeleronだし大丈夫だろ」

 

 見た目は完全にオフィス用のスリムケースだ。拡張性は皆無に等しい。だがタダなのだ。文句は言えない。

 

「グラボはGT710。GDDR5版のやつな。ヤフオクで千三百円だった。いやこれでも高いんだよ、GT710にしては。でもGDDR5版じゃないとマジでゴミだから仕方ない」

 

 GT710。現行品で買える最弱クラスのグラフィックボード。だが馬鹿にするなかれ。内蔵GPUしか持たないCeleronにとって、こいつは救世主だ。一応DirectX12にも対応しているし、軽いゲームならなんとかなる──はずだ。

 

「はい、というわけで合計金額を計算してみよう。マザボ550円、CPU300円、メモリ300円、SSD1200円、電源800円、ケース0円、グラボ1300円。合計──4450円! よっしゃ予算内!」

 

 俺は小さくガッツポーズをした。

 

「550円余ったから、これで駄菓子でも買うか。ブラックサンダーとか」

 

 しょうもないことを言いながら、俺は組み立て作業に入った。

 

「じゃあまずCPUを取り付けていく。LGA1151ソケットのレバーを上げて──こう」

 

 俺はソケットカバーを開き、Celeronを慎重に載せる。向きを間違えるとピンが折れる。というかピンが折れたら終わりだ。CPUの三角マークとソケットの三角マークを合わせて、そっと置く。

 

「よし、ちゃんと収まったな。レバーを下ろして固定。カバーは勝手に外れる」

 

 パチン、という小気味よい音。うん、いい感じだ。

 

「次はCPUクーラー。今回は純正クーラーを使う。リテールクーラーってやつだな。グリスは最初から塗ってあるから、そのまま載せる」

 

 プッシュピンを四隅に押し込んで固定。この作業、何度やっても緊張する。ピンがちゃんとハマってないとCPUが焼けるからな。

 

「メモリも挿していこう。DDR4は切り欠きの位置が決まってるから、向きを間違えることはない──と思いたいけど、たまにいるんだよな、逆向きに力任せに押し込むやつ」

 

 スロットの両端のツメを開いて、メモリを垂直に押し込む。パチッと音がすれば成功だ。

 

「よし、これでマザボ側の準備は完了。次はケースにスペーサーを取り付けて──」

 

 ・

 ・

 ・

 

「──というわけで、無事に組み上がりました」

 

 カメラの前には不格好だが一応形になったPCが鎮座している。ケースからはみ出しそうなケーブル類がカオスだがまあ蓋を閉めれば見えない。

 

「電源、入れていきます」

 

 俺は祈るような気持ちでパワーボタンを押した。

 

 ブゥン、とファンが回り始める。

 

「おお、ついた! ついたぞ!」

 

 モニターにASUSのロゴが表示される。BIOS画面に入り、CPUとメモリがちゃんと認識されていることを確認。

 

「Celeron G3900、認識。メモリ4GB、認識。よしよし、ストレージも──うん、SSD見えてるな。完璧だ」

 

 その後、USBメモリからWindows10をインストール。ライセンスはどうしたかって? まあ、そこはアレだよ、うん。察してくれ。

 

「起動した! いやー、五千円以下でWindows動くPCが組めるとはね。世の中捨てたもんじゃないわ」

 

 デスクトップ画面が表示される。動作は──まあ、お察しの通りモッサリだ。でも動く。それが大事なんだ。

 

「じゃあ最後にベンチマークでも回してみようか。FF14ベンチ──は絶対無理だから、ドラクエXベンチにしとくか」

 

 結果は「普通」だった。最低評価ではない。それだけで俺は満足だ。

 

「はい、というわけで今回は五千円ゲーミングPCの組み立てでした。ゲーミングって言っていいのかわかんないけど、まあブラウザゲーくらいなら遊べると思う。チャンネル登録と高評価よろしくな。じゃ、またな~」

 

 俺はカメラを止め、大きく伸びをした。

 

「ふぅ……」

 

 時刻を確認するともう夜の八時を回っていた。昼過ぎから始めて、撮影と組み立てで六時間近くかかった計算になる。

 

 腹が減った。

 

「編集は明日にするか……」

 

 今日はもう何もしたくない。とりあえず飯だ。冷蔵庫には何もないから、コンビニにでも行くしかない。

 

 俺はスウェットの上にパーカーを羽織り、財布とスマホだけ持って部屋を出た。

 

 十一月の夜風は冷たい。吐く息が白くなる季節だ。

 

 最寄りのコンビニまでは徒歩五分。住宅街を抜けて、大通りに出れば見えてくる。

 

「今日はなに食うかな……カップ麺か、弁当か」

 

 一人暮らしの食生活なんてそんなもんだ。自炊? するわけないだろ。面倒くさいんだよ、洗い物とか。

 

 コンビニに着き、俺は適当にカゴを手に取った。

 

「お、チキン半額じゃん。買っとくか」

 

 ホットスナックコーナーで売れ残りのファミチキを確保。あとはカップ焼きそばとおにぎりを二つ。飲み物はコーラでいいだろう。

 

 レジで会計を済ませ、俺はコンビニを出た。

 

 夜道を歩きながら、今日の動画の再生数を予想する。

 

「まあ、千回いけばいい方かな……」

 

 俺のチャンネルの登録者数は三千人弱。ジャンク系の動画は一部にコアなファンがいるがまあニッチだ。広告収入なんて雀の涙。これで食っていけるとは思っていない。

 

「でもまあ、楽しいからいいんだけどな」

 

 趣味と実益を兼ねた活動だ。好きなことをやって、ちょっとでも小遣いになるなら万々歳──

 

「──は?」

 

 俺は足を止めた。

 

 目の前に何かがある。

 

 最初は影かと思った。街灯の作る影が変な形になっているのかと。

 

 だが違った。それは影なんかじゃない。

 

「なんだ、これ……」

 

 俺の目の前に直径一メートルほどの「穴」が浮かんでいた。

 

 真っ黒な、何も見えない穴。周囲の光を吸い込んでいるかのような、異様な存在感。

 

「いや、待て待て待て」

 

 俺は後ずさった。

 

 冒頭でも言ったが俺はこれと似たようなものを見たことがある。網膜をやらかした時のアレだ。視界の一部が黒くなるやつ。

 

 だがあの時とは明らかに違う。あれは視界の「欠損」だった。見えない部分があるだけだった。

 

 だがこれは違う。これは「在る」のだ。確かな存在感を持って、そこに「在る」のだ。

 

「マジかよ……」

 

 穴がじわじわと広がり始めた。

 

「おいおいおいおい!」

 

 逃げようとした。だが足が動かない。いや、動いているのに進まない。まるで泥の中にいるように体が重い。

 

「嘘だろ!?」

 

 穴が俺を呑み込もうとしている。引力のようなものを感じる。吸い込まれる。

 

「たす──」

 

 誰かに助けを求めようとした。だが声は出なかった。

 

 視界が黒に染まる。

 

 意識が遠のいていく。

 

 最後に思ったのは「ファミチキ勿体ねえ」だった。

 

 ◆◇

 

「…………」

 

 目が覚めた時、俺は地面に倒れていた。

 

「ってえ……」

 

 体中が痛い。特に背中。何か硬いものに押し付けられていたようだ。

 

 起き上がり、周囲を見渡す。

 

「…………は?」

 

 荒野だった。

 

 見渡す限りの、茶色い大地。草も木もほとんど生えていない、乾いた荒野。

 

 空は青い。太陽が高い位置にある。昼間だ。

 

「いやいやいやいやいや」

 

 待ってくれ。俺はさっきまで夜の住宅街にいたはずだ。なんで荒野なんだ。ここはどこだ。

 

「あの穴……やっぱアレのせいか」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 コンビニ袋は──あった。ファミチキは無事だ。いや、そうじゃない。

 

「スマホ、スマホ……」

 

 ポケットを探る。あった。俺は急いで電源を入れた。

 

「圏外……だよな、そりゃ」

 

 当たり前だ。こんな荒野に電波が飛んでいるわけがない。GPSも反応しない。

 

「マジでどこだよここ……」

 

 俺は立ち上がり、周囲を見渡した。

 

 地平線まで続く荒野。目印になるようなものは何もない。山らしきものが遠くに見えるが方角がわからない。

 

「とりあえず……歩くしかないか」

 

 立ち止まっていても仕方ない。どこかに人がいるはずだ。文明があるはずだ。

 

 俺はテキトーに方角を決めて、歩き始めた。

 

 三十分ほど歩いただろうか。

 

 景色は変わらない。荒野、荒野、また荒野。足は疲れ、喉は渇き、心は折れかけていた。

 

「水……買っとくべきだった……」

 

 コンビニでコーラを買ったことを後悔した。炭酸じゃなくて水にしておけばよかった。

 

「あれ」

 

 ふと足元に違和感を感じた。

 

 何かが動いた気がした。

 

 俺は立ち止まり、地面を見た。

 

「…………」

 

 穴があった。

 

 地面に開いた、直径二十センチほどの穴。

 

 そしてその穴から、何かが顔を出した。

 

「ッ!?」

 

 鼠だった。

 

 いや、鼠という表現が正しいのかわからない。確かに鼠っぽい。灰色の毛並み、長い尻尾、齧歯類特有の前歯。

 

 だがデカい。

 

 子犬くらいある。

 

「なっ……ななな……」

 

 俺は後ずさった。

 

 鼠──としか呼べないそれは穴から完全に姿を現した。体長は四十センチほど。目が赤く光っている。

 

 そしてそいつは俺を見た。

 

「キィィィィ!」

 

「うわあああああ!」

 

 鼠が飛びかかってきた。俺は反射的に身を翻し、走り出した。

 

「なんだよあれ! デカすぎだろ! おかしいだろ!」

 

 叫びながら走る。後ろから「キィキィ」という鳴き声が追いかけてくる。

 

 振り返る余裕はない。ただ走る。走る。走る。

 

「たすけ……誰か……!」

 

 息が切れる。足がもつれる。限界が近い。

 

 もう駄目か、と思ったその時──声が聞こえた。

 

 声のした方を見ると三人組がいた。

 

「こっちだ! こっちに来い!」

 

 赤髪の男が叫んでいる。剣を抜いている。

 

 俺は必死でそちらに向かった。

 

「伏せろ!」

 

 男の声に従い、俺は地面に突っ伏した。

 

 頭上を何かが通過する。

 

「ファイアボルト!」

 

 女の声。直後、背後で「ギャッ」という断末魔が響いた。

 

「……終わったか」

 

 俺は恐る恐る顔を上げた。

 

 鼠は黒焦げになって転がっていた。

 

「大丈夫か、あんた」

 

 赤髪の男が手を差し伸べてきた。精悍な顔立ち。いわゆるイケメンというやつだ。

 

「あ、ああ……助かった……」

 

 俺はその手を取り、立ち上がった。

 

「なんでこんなところに一人でいるんだ? 装備もなしに」

 

 男が俺の格好を見て眉をひそめた。

 

 無理もない。俺はスウェットにパーカーという完全に部屋着スタイルだ。荒野をうろつくような格好じゃない。

 

「それは……その……」

 

「まあいいじゃない、レッド。とりあえず話は町に着いてからにしましょう」

 

 勝気そうな女が口を挟んだ。長い黒髪を後ろで束ねている。ローブを纏い、杖を持っている。さっきの魔法は彼女が放ったらしい。

 

「カーシャの言う通りだな。ここで立ち話してても仕方ねえ」

 

 レッドと呼ばれた男が頷いた。

 

「あの、えっと……俺は平田……ボン、です。助けてもらって、ありがとうございました」

 

 俺は頭を下げた。

 

「ヒラタボン? 変わった名前だな……まあいい、俺はレッド。んで、こっちがカーシャ」

 

「よろしく」

 

「で、こっちが──」

 

「ソフィです。お怪我はありませんか?」

 

 最後の一人が声をかけてきた。穏やかな笑みを浮かべた、柔らかい雰囲気の女性だ。白を基調とした衣服を身に纏っている。

 

「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 

「よかった。あの鼠──バロウラットはこの辺りで弱い魔物なのですが噛まれると病気になることがあるので心配だったんです」

 

 バロウラット。聞いたことない名前だ。当たり前だ、さっき初めて見たんだから。それにしても魔物? この辺りでは弱いって? 滅茶苦茶怖かったけど……

 

「それにしても……変わった服装ですね」

 

 ソフィが俺のパーカーを見て首を傾げた。

 

「その……旅の方ですか?」

 

「えーと……」

 

 俺は言葉に詰まった。

 

 なんて説明すればいいんだ。異世界から来ましたなんて言って信じてもらえるわけがない。

 

「まあまあ、詳しい話は後でいいだろ。とりあえず町まで一緒に行こうぜ。見た所武器も持ってないみたいだしな、一人じゃ危険だ」

 

 レッドが俺の肩を叩いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は素直に礼を言った。

 

 状況は全く理解できていない。ここがどこで、なぜこんなことになったのか、さっぱりわからない。

 

 だが今はこの三人についていくしかなさそうだ。

 

「じゃ、行くか。町までは歩いて一時間くらいだ」

 

 レッドを先頭に俺たちは歩き始めた。

 

 ◆◇

 

 町に着いてから、俺はレッドに連れられて食事処に入った。

 

 木造の建物。テーブルと椅子が並んだ店内はまさに「異世界の食堂」という感じだ。ファンタジー作品で見るような、あの雰囲気。

 

「おう、親父。こいつの分も頼むわ」

 

 レッドがカウンターに向かって注文する。俺は申し訳なさでいっぱいだった。

 

「いや、あの、金なら……」

 

「持ってねえだろ、見りゃわかる」

 

 図星だった。正確には日本円なら多少ある。だがこの世界で使えるわけがない。

 

「レッド、ちょっといい?」

 

 カーシャが不機嫌そうな顔でレッドを睨んだ。

 

「なんでアタシたちがこいつの飯代まで払わなきゃいけないわけ? 助けてあげただけで十分でしょ」

 

「まあまあ、そう言うなって。困ってる奴を見捨てられねえだろ」

 

「あなたのそういうところ、いつか足元掬われるわよ」

 

「カーシャ、そんな言い方しなくても……」

 

 ソフィが困ったように間に入る。

 

「事情があるのかもしれないじゃないですか。ボンさんも、何か訳ありのようですし」

 

「だからってねぇ……」

 

 カーシャは溜息をついた。俺に向き直り、じろりと睨む。

 

「で、あんたはなんでそんな恰好でほっつき歩いてたわけ? っていうかバロウラットなんかにビビってるんじゃないわよ。スキルの一つくらい取ってるんでしょ?」

 

 スキル。

 

 その単語が頭の中で反響した。

 

 ああ、なるほど。そういう世界か。

 

 俺はweb小説をそこそこ読む。なろう系とかカクヨムとか。異世界転生モノ、異世界転移モノ。ステータスがあって、スキルがあって、レベルがあって。そういうテンプレは嫌というほど知っている。

 

 転移してきたってことは俺にも何かあるんだろうか。チートスキルとか、ユニークスキルとか。お約束の展開なら、主人公には何かしら特別な力が与えられるはずだ。

 

 だが問題がある。

 

 どうやって確認するんだ、それ。

 

 定番は「ステータスオープン」だ。心の中で、あるいは声に出して唱えると目の前にウィンドウが現れる。そういうやつ。

 

 試してみるか? いや、待て。

 

 俺がこの世界のことを何も知らないってバレたらまずいんじゃないか。

 

 確かにこの三人は俺を助けてくれた。レッドは飯まで奢ってくれようとしている。いい奴らだとは思う。

 

 だがどこまで信用していいのかわからない。

 

 異世界の常識を何も知らない人間。それがどう扱われるか、想像もつかない。騙されるかもしれない。利用されるかもしれない。最悪、売り飛ばされる可能性だってある。

 

「えっと……その……」

 

 俺は言葉を濁した。

 

「なによ、歯切れ悪いわね」

 

 カーシャの目が細くなる。疑いの眼差しだ。

 

「ま、言いたくないこともあるだろ。無理に聞くなって」

 

 レッドが助け船を出してくれた。ありがたい。

 

「そうですよ、カーシャ。初対面でそこまで詮索するのは失礼です」

 

 ソフィも同調する。

 

「……ふん、まあいいわ」

 

 カーシャは不満そうに鼻を鳴らしたがそれ以上は追及してこなかった。

 

 料理が運ばれてくる。パンと肉の煮込みのようなもの。素朴だがうまそうだ。

 

「ほら、食えよ。腹減ってんだろ」

 

「……いただきます」

 

 俺は手を合わせてから、スプーンを手に取った。

 

 一口食べる。

 

「……うまい」

 

 素直にそう思った。疲れた体に染み渡る。

 

「そりゃよかった」

 

 レッドが笑う。

 

 食べながら、俺は考えていた──この先の事を。多分、いろいろと聞かれるだろう。

 

 さて、どう答えるか……

 

 ◆◇

 

 食事を終えた頃、レッドが切り出した。

 

「で、ボン。差し支えなければ聞きたいんだが──お前、どこから来たんだ?」

 

 来た。避けられない質問だ。

 

 俺は水を一口飲んで、間を作った。

 

「……正直に言うと俺もよくわかってないんです」

 

 嘘じゃない。本当にわかってないんだから。

 

「わかってない?」

 

 カーシャが眉を上げる。

 

「ええ、その──多分なんですけど、攫われたんじゃないかな、と」

 

 三人の表情が変わった。レッドは眉をひそめ、カーシャは怪訝そうにソフィは心配そうに。

 

「攫われた?」

 

「夜道を歩いてたら、急に意識がなくなって。気づいたらあの荒野に倒れてて……」

 

 これも嘘じゃない。事実をそのまま言っている。ただ「黒い穴に吸い込まれた」という部分を省略しているだけだ。

 

「人攫いか……この辺りじゃあまり聞かねえな」

 

 レッドが腕を組む。

 

「闇商人の仕業かしら。最近、東の方で人身売買が横行してるって話は聞くけど」

 

 カーシャが顎に手を当てて考え込む。

 

「でもそれにしては変ですよね。普通、攫った人間をそのまま荒野に放置したりしないでしょう」

 

 ソフィの指摘はもっともだった。俺自身、この「攫われた」という設定には穴があると思っている。だが他に良い説明が思いつかない。

 

「途中で逃げ出したとか? 記憶がないから断言できないけど」

 

「うーん……まあ、可能性はあるか」

 

 レッドは納得したような、していないような、微妙な表情だ。

 

「それで、故郷はどこなんだ? 帰る当てはあるのか?」

 

「……ないです」

 

 これは本当の意味で、ない。

 

 俺の故郷は別の世界だ。帰る方法なんて見当もつかない。

 

「そうか……」

 

 レッドが難しい顔をする。カーシャは相変わらず胡散臭そうに俺を見ている。ソフィだけが純粋に心配してくれているようだった。

 

「大変でしたね、ボンさん。見知らぬ土地で、一人で」

 

「ええ、まあ……はい……」

 

 ソフィの優しさが逆に心に刺さる。俺は嘘をついているわけじゃないが全てを話しているわけでもない。その後ろめたさがじわじわと胸を締め付けた。

 

「とりあえず、今夜の宿はどうするんだ?」

 

 レッドの質問に俺は黙った。

 

 宿。金がない。当然泊まれない。

 

「……野宿、するしかないかな」

 

「野宿ぅ? そりゃ街の中なら魔物は出ないけど……魔物より人間の方が怖いのよ?」

 

 カーシャが呆れたように言った。まあ、そりゃそうだろう。見知らぬ土地で、金もなく、武器もなく、この世界の常識も知らない人間が野宿なんて、自殺行為に等しい。

 

 レッドはさすがにそれはなあ、と難しい顔をした。腕を組んで、何か考え込んでいる。

 

 ややあって、彼は口を開いた。

 

「……金、貸してやろうか」

 

「え?」

 

「宿代くらいなら、なんとかなる」

 

 予想外の申し出だった。初対面の、しかも怪しさ満点の人間に金を貸す? 正気か、この人。

 

「ちょっとレッド、何言ってんの」

 

 案の定、カーシャが噛みついた。

 

「見ず知らずの奴に金貸すとか、馬鹿じゃないの? 返ってくる保証なんてどこにもないのよ?」

 

「う〜ん……でも野たれ死なれてもなぁ……」

 

 カーシャは眉間に皺を寄せて唸った。なんだかんだで心配してくれているらしい。口は悪いが根は悪くないタイプか。

 

 いいやつそうだな、と俺は思った。三人とも。

 

「いや、単なる善意とかじゃなくてさ」

 

 レッドが言葉を続ける。

 

「ええと……投資ってやつだ」

 

「投資?」

 

 カーシャが聞き返す。俺も内心で同じ疑問を抱いていた。

 

「ああ、スキルだよ。何かしらはあるはずだろ? 戦闘向きじゃねえかもしれねえ。でも戦闘向きじゃないスキルにだってすげえのが色々とあるじゃねえか」

 

 スキル。また出てきた、その単語。

 

「恩を売っておこうってこと? それで使えそうなら、みたいな」

 

「カーシャ、もう少し言い方っていうものが……」

 

 ソフィが困ったように諌める。

 

「だからさ、ボン」

 

 レッドが俺の方を向いた。その目は真剣だ。

 

「見せてくれよ、お前の"ミスティカ"を」

 

 ミスティカ? 

 

 なんだそれは……

 

 俺が戸惑っているとカーシャが頭を掻いた。

 

「こういうのよ」

 

 そう言って、彼女は掌を差し出した。

 

 すると──カーシャの掌の上になにやらホログラムのようなものが浮かび上がった。

 

 これは……

 

 俺はもちろん「ミスティカ」ってものが何かは知らない。だがなんとなく、どんなものかは分かる。

 

 これは多分──スキルボードだな。

 

 ほら、スキルポイントを任意に割り振って自由にビルドするあれだよ。ハクスラとかでよくあるやつだ。バッシュオブエグザイルってゲームしってるかな? あれがこんな感じのスキルボードなんだよ。だから何となくわかる。なんたって俺はあれを8200時間プレイしてるからな……って、なるほど、こういう世界観なのか。

 

 それにしても──

 

「綺麗だな……」

 

 俺は思わずつぶやいていた。

 

 カーシャの"ミスティカ"はまるで満天の夜空に燦然と輝く星みたいだった。

 

 白く輝く小さな"星"が無数にある。プラネタリウムを見ているような、そんな気分だ。いや、プラネタリウムよりも遥かに美しい。立体的で、奥行きがあって、まるで宇宙そのものを手のひらに収めているような。

 

 そして、よく見れば星々の輝きに強弱があることに気づいた。

 

 カーシャのミスティカは中心にある大きな星から、いくつかが強めに白く輝いている。他の星は輝きが弱い。淡く、儚げに瞬いている。

 

 多分、強く輝いている星がカーシャの取得しているスキルなのだろう。ゲーム的に言えば「解放済みノード」ってところか。

 

「で、あんたのは?」

 

 カーシャがミスティカを閉じて、俺を見た。

 

 ああ、そうか。俺も見せなきゃいけないのか。

 

 問題は──どうやって出すんだ、これ。

 

 ◆◇

 

 どうやって出すんだ──その疑問が頭の中をぐるぐる回る。

 

 カーシャは掌をかざしていた。つまり、何か意識的な動作が必要なのか? それとも詠唱みたいなものがあるのか? 

 

 俺は恐る恐る、カーシャの真似をして掌を前に出してみた。

 

 何も起きない。

 

 当たり前だ。出し方を知らないんだから。

 

「…………」

 

 三人が顔を見合わせた。

 

 まずい。隠していると思われているかもしれない。今のところこの三人が命綱だ、あまり機嫌を損ねたくないところだが……。

 

 くそ、正直に出し方を知らないと言った方がいいのか? 

 

 俺が悩んでいると──

 

「あ〜……出し方知らないカンジ?」

 

 カーシャがそんなことを言った。

 

 俺を責めている感じの口調ではない。どちらかというと呆れ半分、納得半分といった様子だ。

 

「まあ俺たちも出せるようになったのはちょっと時間かかったもんなあ」

 

 とレッド。

 

 なるほど? 訓練をして出す感じか。じゃあみんながみんな、出せて当然ってわけじゃないんだな。

 

 正直、助かった。異世界から来たから知らないんです、なんて言わずに済む。

 

「ん〜、ちょっと考えたんだけどさ」

 

 カーシャが腕を組んで、俺をじっと見た。

 

「あんた……あー、ボンだっけ? ボン、あんた冒険者になれば?」

 

「冒険者?」

 

「いつまでもあたしらがあんたを養ってあげるわけにはいかないし、かといってこの街で仕事に就くにせよ伝手なんて何もないでしょ?」

 

 確かにカーシャの言う通りだ。

 

 俺には何もない。金も、コネも、この世界での身分も。元の世界でならパソコンをいじったり動画を編集したりはできるがこの世界じゃそんなスキルは何の役にも立たない。

 

 でも俺に冒険者なんて務まるのだろうか……。俺はただのインドア野郎なんだが……。さっきだってバロウラットとかいう雑魚っぽい魔物に追いかけられて死にかけたばかりだぞ。

 

「良い考えかもしれませんね」

 

 ソフィが穏やかな声で言った。

 

「最初は街の雑用をして、それで少しずつこの街のことを知っていければ良いと思います。ミスティカの出し方も、新米を卒業するころには覚えているでしょう」

 

 雑用か。それなら俺にもできるかもしれない。いきなり魔物と戦えと言われたら逃げ出すところだが雑用なら……まあ、なんとか。

 

「冒険者ギルドなら誰でも登録できるしな。身元保証とかも要らねえし」

 

 レッドが補足する。

 

 身元保証が要らない。それは俺みたいな正体不明の人間には非常にありがたい条件だ。

 

「……わかりました。やってみます」

 

 俺は頷いた。

 

 他に選択肢がないというのもあるがそれだけじゃない。この三人が見ず知らずの俺にここまで親身になってくれている。その好意を無駄にしたくなかった。

 

「よし、決まりだな!」

 

 レッドが俺の背中をバンと叩いた。結構痛い。

 

「明日、ギルドに連れてってやるよ。登録の仕方とかは俺らが教えてやる」

 

「ありがとう……本当に」

 

 俺は深々と頭を下げた。

 

「礼はいいって。その代わり、将来でっかくなったら奢れよ?」

 

 レッドが笑う。気のいい奴だ。

 

「まったく、レッドはお人好しすぎるのよ」

 

 カーシャは溜息をついたがその口元は少し緩んでいた。

 

「ボンさん、頑張ってくださいね」

 

 ソフィも微笑んでくれる。

 

 こうして俺は──異世界で冒険者になることが決まった。

 

 平凡な人生を送ってほしいという、母ちゃんの願いとは真逆の方向に進んでいる気がするが……まあ、仕方ない。

 

 生きるためだ。

 

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