エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~ 作:SazanK@
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それからの日々はまるで再生速度を上げた動画のように過ぎ去っていった。
朝、まだ月が白く残る時間に叩き起こされ、冷え切った空気を肺が焼けるまで吸い込みながら走る。昼は脳味噌が耳から零れ落ちそうなほどの座学を詰め込まれ、午後は腕が鉛のように重くなるまで素振りを繰り返す。そして帰れば泥のように眠る。
最初の三日は地獄だったが人間という生物の順応性は呆れるほどに高く、一週間もすれば筋肉の悲鳴はただの環境音になり、教官の罵倒は朝のアラーム程度にしか感じなくなっていた。
思考もシンプルになり、余計なプライドや不安は汗と共に体外へ排出されていく。俺の体は少しずつ、だが確実に、この世界で生きるための仕様へと書き換えられていった。
そんなある日のことだ。
講習が始まって二週間ほどが過ぎた頃、いつものように訓練場のトラック……といってもただの踏み固められた赤土の道だが──を周回していた時、俺はある違和感に気づいた。
視線の先には常にトップを独走するモグラの背中がある。相変わらず息一つ乱さずに走り続けているのだがその日は妙に彼の
俺やアトは地面を強く蹴って前へ進もうとする。大地の反発力を利用し、筋力で体を押し出す走り方だ。
だからドスドスと重い音がする。
対してモグラは地面を蹴っていない。足を置いているだけだ。重心が前に倒れ込む寸前に、滑り込ませるように足を接地させている。重力に逆らうのではなく、重力を利用して落下し続けているような動作。まるで氷の上を滑るように、あるいはレールの上を走るトロッコのように、無駄な上下動を極限まで削ぎ落としている。
──なるほど、あれが正解か。
その理屈を直感的に理解した瞬間、俺の脳裏でパチンと何かが弾けた。
視界が白く染まる。走っている最中だというのに、意識が肉体を離れ──
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──埃っぽい路地裏だった。
石造りの建物が密集する迷路のような街角で、一人の少年がうずくまっている。薄汚れた服を着た浮浪児だ。彼は壁の隙間に指を突っ込み、何かを探っていた。
周りの通行人は誰も彼に見向きもしない。
彼は見ていた。壁のレンガが一つだけ、微妙に色あせていることに。その下の地面に、微かな擦り傷があることに。
少年は指先に触れた冷たい金属の感触に、ニヤリと笑った。隠し場所だ。誰かがへそくりを隠したのか、あるいは商人が禁制品を隠したのか。中身が何かはどうでもいい。重要なのはそこに「違和感」があったということだけだ。
深く考える必要はない。建物の構造や、隠した人間の心理など、そんな深遠な理屈はどうでもいい。ただ表面を撫でるように世界を見渡せばいい。色の違い、音のずれ、空気の淀み。それら「浅い」情報を拾い集めるだけで、世界は雄弁にその秘密を語り出す──それが持たざる者が強者の世界で生き残るための、ささやかだが確実な武器だ。
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意識が現実に回帰する。
俺は走りながら、脳内でミスティカが展開されるのを感じていた。
中心の心核が脈動し、そこから伸びる『旅人の脚』の核星が輝く。そしてその光を起点として、三本の新たな星路が淡く浮かび上がっていた。
一本目はより強靭な筋力を得る星へ続く道。
二本目はよりタフな持久力を得る星へ続く道。
そして三本目は──白く、淡く、今にも消え入りそうな光を放つ星へ続く道。
俺の直感がその三本目を選べと叫んでいた。今の俺に必要なのは強さでも速さでもない。この世界で生き残るための、もっと根源的な
俺はその星を視た。
スキル──『浅い気づき』
名称からして地味そうだが、効果はすぐに実感できた。
走っている最中、モグラの背中から得られる情報量が格段に増えたのだ。右肩がわずかに下がっている。左足の着地音が右足よりコンマ数秒長い。呼吸のリズムが二拍子から三拍子へ変化した。
ああ、なるほど。彼は今、右足の疲労を庇うために、左足に重心を乗せ換えたのか。わかったところで劇的に速くなるわけではない。だがその「気づき」が俺の走りを修正する手助けをしてくれた。
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そして一ヶ月という期間が過ぎ去った頃。
訓練場の風景は様変わりしていた。
当初は十数名の講習生がいたはずだがまるで悪い冗談のように、一人また一人と姿を消していった。初日のランニングで膝を壊してリタイアした中年男。教官の罵倒に耐えきれずに泣き出し、そのまま荷物をまとめて故郷へ帰った少女。「こんな雑用係みたいな訓練はやってられない」と捨て台詞を吐いて、夜逃げ同然にいなくなった若者。
残ったのはわずか五人。
俺、アト、モグラ。そして寡黙な大柄の男と、目つきの鋭い赤髪の女。たったこれだけだ。
俺たちは広くなった訓練場の中央に整列し、ガルド教官の言葉を待っていた。人数が減ったことで、吹き抜ける風がやけに冷たく感じる。
「……五人か」
教官が低い声で呟いた。その鉄面皮には相変わらず感情の色が見えなかったが声のトーンには微かな温度があった。
「今年は豊作だな」
「は?」
思わず声を上げたのはアトだった。
「これで豊作なんスか? 半分以下になりましたけど」
「例年なら、この時期には一人か二人しか残らん。全滅する年もあるくらいだ」
教官は淡々と言い放った。ブラック企業も真っ青の離職率である。
「だが勘違いするなよ。ここまでは準備運動に過ぎん」
教官の目が鋭く光った。空気が張り詰める。
「残り七日間。これより最終段階、実戦訓練へ移行する」
実戦。その単語の響きに、俺の胃がきりりと痛んだ。いよいよか。避けては通れない道だとわかってはいたがいざ直面すると足がすくむ思いだ。
「戦う相手はバロウラットだ」
「ネズミっすか……」
アトが露骨にがっかりした顔をする。俺にとってはトラウマの対象だが彼にとっては雑魚扱いらしい。
「場所は街の外壁沿いに広がる荒野だ。あそこはギルドが管理する狩り場になっている」
教官の説明によると、こうだ。
バロウラットは繁殖力が異常に高く、放っておくと際限なく増える害獣だが同時に貴重な資源でもある。肉は保存食になり、皮は防寒具になる。牙や骨も加工素材として売れる。捨てるところがない、いわば歩く資源だ。
だからギルドは街の周辺の生態系をある程度コントロールしているらしい。もっと危険な魔物が現れれば、即座に討伐隊が派遣されて駆除される。残されるのは意図的に見逃されたバロウラットだけ。
つまり、あの荒野はギルドにとっての巨大な牧場であり、同時に俺たちのような新人を育てるためのチュートリアルエリアとして整備されているというわけだ。
「所詮はデカいネズミだ。知能も低い。だが油断すれば死ぬぞ。その辺の野犬などよりは危険なんだからな」
教官の目が俺たちを射抜く。
「明日からはその、もしかしたら自分を殺すかもしれない魔物と殺し合いをしてもらう。怖ければ逃げろ。別に逃げたからといって罰則は与えん。まあ、途中で逃げても規定の日数の間、報酬から天引きはさせてもらうがな」
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翌日。
俺たちは街の西門に集合していた。
装備はギルドから貸与された革鎧とそれぞれの得意な武器。俺が選んだのはショートソードと小さな丸盾だ。リーチはないが取り回しが楽で、非力な俺にはこれが精一杯の装備だった。というか得意な武器なんてないんだよな。
「オハヨ〜❗ ボン君〜 ✨ 今日はいよいよ本番ダネ〜 」
モグラが相変わらずのハイテンションで話しかけてくる。彼はツルハシを持っていた。武器として支給されたものではなく、自前で調達したらしい。
「おはようございます。……緊張しますね」
「マア〜、肩の力を抜いてイコウヨ〜 ネズミ退治なんて気楽なモンだヨ〜 」
そう言えるメンタルが羨ましい。アトはいわゆるロングソードを選んだ様だ。気合十分といった様子で鼻息を荒くしている。
「行くぞ。遅れるな」
教官を先頭に、俺たちは門をくぐった。
一ヶ月ぶりの外の世界だ。荒野の乾いた風が頬を撫でる。あの時、俺はここで死にかけていた。だが今は違う。武器がある。仲間がいる。そしてスキルがある。
三十分ほど歩くと、岩場が点在する地帯に差し掛かった。
「実戦訓練開始! 少しでかい音を立てれば奴らは見つけ次第、各個撃破せよ!」
教官の合図で俺たちは散開した。
心臓の音がうるさい。手汗で剣の柄が滑りそうだ。
だが緊張の割りには周りが良く見えているような気がする。スキルの効果だろうか? 視界の解像度が一段階上がる感覚だ。風の音。砂の匂い。そして──微かな衣擦れのような音。
右前方。五メートル先にあいている穴。あそこだ。多分巣穴だろう。
穴の縁から、灰色の鼻先が見えた。赤い目。バロウラットだ。記憶の中の姿よりも幾分か小さく見える。いや、俺が落ち着いているからそう見えるだけか。
バロウラットは俺を敵と認識し、真っ直ぐに突っ込んできた。
速いが、見えない速さじゃない。
「よいっしょ!」
俺は盾を構えて腰を落とした。
次の瞬間、バロウラットの体当たりが盾に阻まれる。子犬サイズの動物がぶつかった衝撃ってこんなに重いのか。
「シッ!」
俺は教わった通り、盾で弾いた直後の隙を突いて剣を振る……いや、突いた。
俺は剣術なんてもちろん習ったわけじゃない。だから剣筋を立てて斬るなんてできない。素振りならともかく、実戦でそんなのは無理だ。
だが突きなら俺みたいなド素人でも傷つけるくらいはできる。
「ギャッ!」
悲鳴を上げて、バロウラットが地面に転がる。
まだ動いている。這いずりながら、こちらを睨んでいる。
止めを刺さなければ。わかっているのに、足が動かない。生き物を殺す。虫なら殺したことがある。魚を捌いたこともある。だがこれくらい大きい生き物を殺すのはやっぱり抵抗がある。
とどめをさそう──そう思うが、どうにも気が進まない。
そうして悩んでいると──ネズミの動きが止まった。
俺は肩で息をしながら、しばらくその死骸を見下ろしていた。
「へっ、やるじゃねえかボン!」
アトの声に振り返ると、彼も一匹仕留めたようで血まみれの剣を掲げていた。モグラの方を見れば、ドゴォッという鈍い音と共にバロウラットがサッカーボールのように吹き飛んでいくのが見えた。
あの人、やっぱりおかしい。
日没前、俺たちは集合場所に集まった。
「……合格だ」
教官が短く言った。
「今日はこれで切り上げる。まだまだいけるかもしれんが、精神的に疲労しているだろうからな。そういう時は無理をせず撤退するものだ」
前々から感じていたが、教官はなんというか……めちゃくちゃ面倒見がいいよな。