エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~ 作:SazanK@
◆◇
レッドのお陰で、俺はその日、とある宿屋の一室に潜り込むことができた。 「金は出世払いでいい」なんて言っていたがあのお人好しなイケメンがいなければ、俺は今頃荒野で野垂れ死んでいたか、あるいは夜の街を徘徊する不審者として衛兵に突き出されていたことだろう。
部屋は狭く、ベッドも干し草の上に薄いシーツを敷いただけの粗末なものだったが今の俺には五つ星ホテルのスイートに見えた。 ……いや、訂正。さすがにそれは言い過ぎた。正直、背中は痛いしカビ臭い。
だが屋根がある。壁がある。それだけで十分だった。
「……はぁ」
俺はベッドに横たわり、天井を見上げて大きく息を吐いた。 長い、長い一日だった。 朝起きて、PCを組んで、動画を撮って、ファミチキを買いに行って──気づけば異世界だ。 人生のRTA(リアルタイムアタック)でも走っているのかと思うくらい、急展開すぎる。
疲れは限界に達していた。 泥のように眠れるはずだと思っていた。
けれど──その日の夜は全く眠れなかった。
こんな状況ですやすやと眠れるほど肝が据わってるわけではないし、何より、窓の外に見える景色が俺の神経を逆撫でした。
窓枠の向こう、夜空には月が浮かんでいた。 それも、二つだ。 大小異なる二つの月が不気味なほど鮮明に輝いている。
それを見ていたら、なんだかしんどくなってきてしまったのだ。 胸の奥が締め付けられるような、鉛を飲み込んだような重苦しさ。
確かに俺は前の世界に余り未練はないと思っていた。 別に不治の病に冒されていたとか、その日暮らしの極貧生活で辛かったとか、そういうドラマチックな不幸があったわけでもない。 ネット小説の主人公によくある、ブラック企業で死ぬほどこきつかわれて過労死寸前──みたいな社畜エピソードもない。
家族は……まあ、色々あって会っていない。母ちゃんは死んだし、親父とは折り合いが悪くて音信不通だ。 友人と呼べるような友人がいたかというとそれもちょっと怪しい。ネット越しの付き合いや、たまに飯を食う程度の浅い関係ならあったが俺が消えて泣いてくれる奴がいるかと聞かれれば、自信を持って「NO」と答えるだろう。
都内のアパートに一人暮らしで、ぬるぬるとフリーター生活を送っていただけだ。 動画投稿という趣味と生活できるだけのバイト。 金は有り余るほどあったわけでもないが暮らしに困ってたわけでもない。 そんな、平熱のような人生。
「……何なんだろうな、これ」
寝返りを打ち、軋むベッドの音を聞きながら俺は自問した。
特定の「誰か」に会いたいわけじゃない。 特定の「何か」がしたいわけじゃない。
しかしなんというか、所属意識みたいなものがあったのだなとは思う。 日本という国、東京という都市への所属意識……帰属意識? まあわからんがとにかくなんだか寂しいのだ。
あの六畳一間のアパート。 組み上げたばかりのCeleron機。 コンビニの白い蛍光灯。 深夜の牛丼屋の匂い。 日本語で書かれた看板。 整然と並ぶ自動販売機。
それら全てが俺という人間を構成するテクスチャだった気がする。 今の俺はテクスチャが剥がれ落ちたポリゴンモデルみたいなものだ。中身はあるのに表面的な世界との接点を失ってしまった。
言葉も通じない海外に放り出されたら、こんな気分になるのだろうか? いや、レッドたちとは言葉が通じている。日本語なのか、あるいは異世界翻訳的な何かが働いているのかは分からないが意思疎通に不自由はない。 けれど、決定的に「違う」のだ。空気の味が、夜の匂いが──そして重力が。
「……ファミチキ、食っちゃえばよかったな」
ふと昼間のことを思い出す。 俺の全財産であるコンビニ袋の中には冷え切ったファミチキと焼きそばとおにぎりが入っている。 この世界に来て最初に思ったのが「ファミチキ勿体ねえ」だった自分を思い出して、少しだけ笑えて、それからまた無性に泣きたくなった。
俺は布団を頭まで被った。 外界を遮断したかった。二つの月を見たくなかった。
「……寝よ」
明日はギルドに行くんだ。 冒険者になるんだ。 生きるために金を稼ぐためにそしていつか──帰る方法を見つけるために。
思考を強制的にシャットダウンする。 タスクマネージャーを開いて、感情のプロセスを強制終了させるイメージ。
俺は目を閉じ、遠い世界の、あの狭い部屋のデスクを思い浮かべながら、浅い眠りへと落ちていった。
◆◇
翌朝。
「おう、よく眠れたか?」
宿のロビー(といっても酒場の片隅だが)に降りるとレッドが爽やかな笑顔で迎えてくれた。 隣にはカーシャとソフィもいる。二人とも既に身支度を整えていた。
「……ええ、まあ。おかげ様で」
俺は嘘をついた。目の下のクマを見ればバレバレだろうがあえて突っ込まないのがレッドの優しさだろう。
「顔色が悪いわよ。アンデッドみたい」
カーシャは容赦がなかった。まあ、これくらいの方が気が楽だ。
「ソフィ、回復魔法(ヒール)かけとくか?」
「睡眠不足には効きませんよ」
ソフィが苦笑する。 どうやらこの世界、魔法は万能ではないらしい。
「とりあえず朝飯食って、それからギルドだ。行くぞ」
レッドに促され、俺たちは街へと繰り出した。
昨日は混乱していてまともに見られなかったが改めて見る異世界の街並みは圧巻だった。 石造りの建物、未舗装の道を行き交う馬車、鎧を着た人々。 露店からは見たこともない果物やスパイスの香りが漂ってくる。
何十年後かのVRゲームの中ってこんな没入感なんだろうか。だが漂ってくるドブの臭いや、人々の生活臭がここが現実であることを容赦なく突きつけてくる。
「ここが冒険者ギルドだ」
連れてこられたのは街の中心部にある大きな建物だった。 入り口の上には剣と盾を交差させたような意匠の看板が掲げられている。
「うわぁ……ベタだなぁ」
思わず声が出た。 中に入るとそこは喧騒の渦だった。 朝の依頼を受注しようとするんだろうか? 冒険者たちでごった返している。ガラの悪そうな男、魔法使いっぽい格好の女、いわゆる獣人のような見た目の奴もいる。
「ひよってんじゃねえぞ、ボン。まずは受付だ」
レッドに背中を押され、俺はカウンターへと向かった。
受付には制服を着た女性が座っていた。 美人だ。間違いなく美人だがその目は死んだ魚のように濁っている。 激務なんだろうな……。
「登録ですか?」
俺が前に立つと彼女は事務的な声で尋ねてきた。
「あ、はい。そうです」
「身分証は?」
「ないです」
「推薦人は?」
「俺だ」
横からレッドが口を挟む。受付嬢の目が少しだけ輝きを取り戻した。
「あら、レッドさん。また奇特なことを……わかりました。ではこちらの用紙に記入を──って、文字は書けますか?」
「あー……」
盲点だった。言葉は通じる。だが文字はどうだ? 渡された羊皮紙を見る。 そこにはミミズがのたうち回ったような文字が並んでいた。
読めない。全く読めない。
「あー……っと」
俺は冷や汗をかいた。やばい、完全に盲点だった。言葉が通じるからって、文字まで自動翻訳されるわけじゃないらしい。そりゃそうか。ファンタジー世界で日本語が使われているわけがない。
どうする? 読めません、書けません、なんて言ったら登録すら危ういんじゃないか? いや、でもレッドは身元保証は要らないって言ってたしな……。
俺が固まっていると、受付嬢は慣れた様子で小さくため息をついた。
「読めないんですね? 珍しくはないですから、気にしないでください。代筆します」
「え、いいんですか?」
「ええ。辺境の村出身の方や、孤児院育ちの方など、文字の読み書きができない方は一定数いらっしゃいますから」
なるほど、そういうセーフティネットがあるのか。助かった。異世界、意外と優しいな。
「では、質問しますね。お名前は?」
「ヒラタ・ボンです」
「ヒラタ・ボン……変わった響きですね。東の方ですか? 出身地は?」
「出身地は……」
ここで馬鹿正直に「日本です」なんて言えるわけがない。「攫われて記憶が曖昧」という設定で押し通すしかないだろう。
「……わかりません。気がついたらこの近くの荒野にいたんです」
「そうですか……では『不明』としておきますね。最後に、犯罪歴はありますか? これは自己申告ですが、後から発覚した場合は相応の罰則がありますので、正直に」
「ありません」
これは断言できる。万引きすらしたことない、クリーンな経歴だ。あっ、Windowsのライセンスは……いや、あれはノーカンだ。この世界での話だろ、多分。
受付嬢はサラサラと羊皮紙に何かを書き込んでいく。相変わらずミミズののたくったような文字だが、ペン捌きは流暢だ。
「はい、記入は以上です。では次に、適性検査を行います」
そう言って彼女がカウンターの下から取り出したのは──水晶玉だった。
うわ、マジか。ベタ中のベタだな。占いババアかよ。
「ここに手を置いてください」
言われるがままに、俺は水晶玉に右手を乗せた。ひんやりとした感触が伝わってくる。
数秒間、沈黙が流れた。
水晶玉は──何も変化がない。光ったり、色が変わったり、煙が出たり、そういうお約束の反応は一切ない。ただのガラス玉だ。
「…………」
受付嬢が水晶を覗き込み、そして俺を見た。その目は、昨日までの死んだ魚のようなものではなく、はっきりと「同情」の色を浮かべていた。
「……あなた、何の才能もありませんね」
「ソウデスカ……」
思わずカタコトになった。いや、わかってたよ。俺はただの凡人だ。平凡の凡と書いてボンだ。スポーツも勉強も人並み以下。唯一得意なのはジャンクPCいじりくらいだが、そんな才能がこの世界で評価されるわけがない。
「魔力の素養もなし、身体能力も平均以下。生産系の適性も……見当たりませんね」
ズバズバと言ってくれる。HPがゴリゴリ削られていく音が聞こえるようだ。
「おいおい、マジかよ」
後ろで見ていたレッドが気の毒そうに呟く。
「スキルはどうだ? 何かあるだろ?」
レッドが諦めきれない様子で受付嬢に尋ねた。そうだよ、異世界転移といえばチートスキルだ。才能がなくてもスキルさえあればなんとかなる。それがラノベの常識だろ?
受付嬢はもう一度水晶玉を覗き込み、眉をひそめた。
「スキル……これがスキルと言っていいのかわかりませんが……」
彼女はやや口を濁し、困惑したように呟いた。
「『プレイヤー』とだけ出ています」
プレイヤー。
その単語を聞いた瞬間、俺の脳内で勝利のファンファーレが鳴り響いた。
大勝利! 一見無能、しかしスキルが「プレイヤー」とくれば、これはもう確定でチートだ。ゲームのようにレベルアップが早くなるとか、ステータスを自由に割り振れるとか、あるいはこの世界そのものをゲームとして認識できるとか。そういうやつに違いない。俺の異世界ライフ、イージーモード突入だぜ!
俺が内心でガッツポーズを決めていると、受付嬢が言葉を続けた。
「ええと──」
彼女は咳払いを一つして、抑揚のない声で読み上げた。
「──汝の人生の限りに於いて、汝こそが主であり従であると心得るべし、とありますね。この水晶は貴重な魔道具でして、スキルを判別する事ができるのですが……うん、これ以外に説明はありませんね」
「…………」
ファンファーレが止まった。
は? 何それ。ポエム?
「つまり……?」
俺は首を傾げた。意味がわからない。チートはどこだ。レベルアップは。ステータスは。
受付嬢は少し困ったような顔をして、説明を試みた。
「つまりですね……自分の進む道、選択、行動は、他人に強制されるものではなく、自分自身で選び取るべきである、ということです」
「…………」
俺は絶句した。
「そ、それってスキルっていうか……生き方みたいな……」
精神論じゃねえか! 自己啓発セミナーかよ! 俺が求めてたのはそんなんじゃねえ!
俺の落胆が伝わったのか、受付嬢は少しだけ目を見開き、それからふっと軽く笑った。馬鹿にする感じじゃなく、なんというか微笑ましいものを見た時のアレ……みたいな。
「そうですね。スキルとはすなわち、その人がどう生きてきたか、その在り方を表すものだと言っても過言ではありません。とはいえ、あなたの疑問もわかります。これはスキルの『効果』の説明ではありませんからね……。しかし、なぜこのようなスキルがあなたにあるのかは私にもわかりません」
わからないのかよ。