エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~ 作:SazanK@
◆
翌日。
講習三日目は座学だった。
昨日の地獄のような体力測定と武器訓練で全身筋肉痛の俺にとって、椅子に座っていられるだけでも天国である。
訓練場の隅にある小屋のような建物。
そこが今日の教室だった。
木製の長机と椅子が並び、正面には黒板らしきものがある。
学校みたいだな、と思った。
「今日は冒険者という職業について講義する」
ガルド教官は黒板の前に立ち、腕を組んだ。
「貴様ら、冒険者に対してどんなイメージを持っている?」
金髪の少年が真っ先に手を挙げた。
「魔物を倒して名を上げる! ダンジョンを攻略して財宝を手に入れる! そういうカッコいい仕事です!」
目を輝かせて答える少年に、教官は鼻で笑った。
「夢見がちな馬鹿がいたな」
「は、馬鹿!?」
「現実を教えてやる。よく聞け」
教官は黒板にチョークで何かを書き始めた。
ミミズがのたくったような文字は相変わらず読めないが、図を見れば何となく意味はわかる。
ピラミッド型の階層図だ。
「この世界における職業の社会的地位を表したものだ。頂点に王族・貴族。その下に騎士団・正規軍。商人、職人と続いて──」
教官の指がピラミッドの底辺付近を叩いた。
「冒険者はこの辺りだ」
「え……」
金髪の少年が絶句した。
俺も驚いた。
底辺付近って、ほぼ最下層じゃないか。
「冒険者の社会的地位は低い。農民や日雇い労働者と大差ない。いや、場合によってはそれ以下だ」
教官は淡々と続けた。
「なぜか。理由は単純だ。冒険者は組織に属さない。国家の庇護も、ギルドの保証も、あってないようなものだ。死んでも自己責任。怪我をしても自己責任。仕事がなくても自己責任」
厳しい言葉が並ぶ。
周りの新人たちの顔が曇っていくのがわかった。
「街の人間から見れば、冒険者など『荒くれ者の集まり』程度の認識だ。酒場で暴れる、喧嘩を起こす、素行が悪い。そういう偏見も根強い」
なるほど、と俺は思った。
ファンタジー作品では冒険者は華やかな職業として描かれることが多い。
だが現実──いや、この世界の現実では、そうでもないらしい。
考えてみれば当然か。
フリーランスの何でも屋なんて、どの世界でも社会的信用は低いものだ。
「じゃあなんで冒険者なんかやるんですか……」
誰かがぼそりと呟いた。
教官はその声を拾い、ニヤリと笑った。
「いい質問だ。答えは──当たればでかいからだ」
当たればでかい。
その言葉に、俺の耳がピクリと動いた。
「レアな魔物を討伐すれば報酬は跳ね上がる。未踏のダンジョンで財宝を発見すれば一攫千金だ。実力次第で、農民が一生かけて稼ぐ金を一日で手にすることもある」
教官の目が光った。
「可能性は無限だ。才能も血筋も関係ない。腕一本でのし上がれる。それが冒険者という職業の唯一にして最大の魅力だ」
ハイリスク・ハイリターン。
まさにギャンブルのような職業だな。
俺みたいな身元不明の人間でも登録できる理由がわかった気がする。
他に行き場のない奴らの受け皿なのだ。
「ただし、勘違いするなよ」
教官は黒板を指した。
「冒険者の仕事は魔物退治だけじゃない。むしろそれは一部だ」
新たに書き加えられた図には、円グラフのようなものがあった。
「冒険者の依頼内容の内訳だ。魔物討伐は全体の二割程度。残りの八割は──街の雑務、調査、採集だ」
「八割も……?」
「そうだ。街の中での荷運び、倉庫整理、護衛、清掃。街の外では薬草採集、鉱石採掘、地形調査、遺跡の下見。戦闘とは無縁の依頼が大半を占める」
俺は少し安心した。
正直、魔物と戦うなんて考えただけで胃が痛くなる。
バロウラットに追いかけられただけで死にかけた俺だ。
採集や調査なら、まだ何とかなるかもしれない。
「むしろ採集や調査こそが冒険者の本業と言ってもいい。魔物討伐は専門の討伐隊や騎士団が担うことも多いからな」
教官は腕を組み直した。
「だが勘違いするな。街の外に出る以上、危険は常につきまとう。採集中に魔物に襲われることもある。調査中に遭難することもある。だから最低限の戦闘能力と生存技術は必須だ」
昨日の体力測定と武器訓練の意味がわかった。
戦うためじゃない。
生き残るためだ。
「質問は?」
教官が見回す。
俺は手を挙げなかった。
聞きたいことは山ほどあるが、今は黙って情報を吸収する時だ。
目立たず、騒がず、生き延びる。
それが今の俺の方針だ──というか、わからない事が多すぎて何を聞いていいかわからないんだよな。
「では次の項目に移る。ギルドランクについてだ」
講義は続いた。
俺は必死でその内容を頭に叩き込んでいく。
◆
「次に、冒険者の鉄則について話す」
教官は黒板に大きく何かを書いた。
読めないが、きっと重要なことが書いてあるのだろう。
「鉄則その一。無理をするな」
意外な言葉だった。
冒険者といえば、危険を顧みず突き進むイメージがある。
少なくとも俺が読んできたラノベではそうだった。
「勝てない相手からは逃げろ。危険な依頼は断れ。己の限界を知り、それを超えようとするな」
教官の声は静かだが、重みがあった。
「英雄譚に出てくるような、絶体絶命から逆転勝利──そんなものは幻想だ。現実の冒険者がそれをやれば、十中八九死ぬ」
金髪の少年が何か言いたそうにしていたが、教官の眼光に射抜かれて口を閉じた。
「死んだら終わりだ。どんな才能があろうと、どんな可能性を秘めていようと、死ねば全て無になる。だから無理はするな。これが最も重要な鉄則だ」
俺は深く頷いた。
至極まっとうな意見である。
ゲームならセーブポイントからやり直せるが、現実にそんな機能はない。
「貴様らの中で、三年後も冒険者を続けている者は何人いると思う?」
教官が問いかけた。
誰も答えない。
「三分の一だ」
その言葉に、空気が凍りついた。
「残りの三分の二は消える。死ぬか、引退するか、行方不明になるか。いずれにせよ、この場にいる者の大半は三年後にはいなくなっている」
三分の二。
今この部屋には十人ほどいる。
つまり六、七人は三年以内に脱落するということだ。
「脅しではない。統計だ。過去十年分の新人登録者と三年後の継続率を調べた結果がこれだ」
教官は淡々と告げた。
「自分だけは大丈夫だと思うな。そう思った奴から死んでいく」
重苦しい沈黙が漂う。
さっきまで威勢のよかった金髪の少年も、今は顔を青くしている。
「では、どうすれば生き残れるか」
教官は一拍置いて、続けた。
「備えることだ」
備える。
シンプルだが、核心を突いた言葉だ。
「装備を整えろ。知識を蓄えろ。体を鍛えろ。情報を集めろ。そして──人脈を作れ」
人脈、という単語に俺の耳が反応した。
「貴様らの中には、村から出てきた者もいるだろう。この街に来たばかりで、右も左もわからない者もいるはずだ」
まさに俺のことだった。
いや、俺の場合は村どころか異世界から来ているわけだが。
「見知らぬ土地で孤立するな。一人で全てをこなそうとするな。頼れる相手を作っておけ」
教官は黒板を指した。
「冒険者同士の繋がりはもちろん重要だ。だがそれだけじゃない。街の住人との関係も大切にしろ」
街の住人。
商人とか、職人とか、そういう人たちのことだろうか。
「依頼の中には、街の中で完結するものも多いと言っただろう。荷運び、清掃、護衛。そういった仕事をこなしながら、顔を売っておけ」
なるほど、と俺は思った。
「真面目に働けば、依頼主から信頼される。信頼されれば、次の仕事に繋がる。美味い話を優先的に回してもらえることもある」
教官の言葉には実感がこもっていた。
きっと自身の経験から来ているのだろう。
「逆に、態度が悪ければ悪評が広まる。冒険者ギルドは情報が集まる場所だ。『あいつは使えない』という噂が立てば、まともな依頼は回ってこなくなる」
怖い話だ。
狭い業界では評判が命ということか。
「街の仕事を馬鹿にする奴がいる。魔物を倒してこそ冒険者だ、雑用なんかやってられるか、とな」
教官は鼻を鳴らした。
「そういう奴は大抵、長続きしない。街での信用がないから、いざという時に誰も助けてくれないんだ」
金髪の少年がビクッとした。
さっき「魔物を倒して名を上げる」と言っていたからな。
思い当たる節があるのだろう。
「この新人講習も、備えの一つだと心得ろ」
教官は俺たちを見回した。
「ここで学ぶことは、全て生き残るための知識だ。無駄なことは一つもない。寝ている暇があったら頭に叩き込め」
誰かが慌てて姿勢を正した。
居眠りしかけていたらしい。
「人脈についてもう一つ。この講習で一緒になった同期を大事にしろ」
教官の目が少し和らいだ気がした。
「同じ釜の飯を食った仲間だ。三年後、生き残った者同士で助け合えるかもしれない。今は取るに足らない繋がりでも、将来どう化けるかわからん」
俺は周りを見回した。
金髪の少年、他の新人たち。
正直、今の時点で親しくなれそうな相手はいない。
だが教官の言う通り、この繋がりがいつか役に立つ日が来るかもしれない。
「質問は?」
教官が問いかける。
今度も俺は手を挙げなかった。
聞きたいことはあるが、まだ様子見だ。
「では十分間の休憩を挟んで、次は依頼の受け方と報告書の書き方について講義する」
教官はそういうとその場から立ち去っていった。
◆
そうしてなんだかんだで座学も終わり、俺は訓練場の隅で一人ぼんやりしていた。
頭がパンクしそうだ。依頼の受け方、報告書の書き方、ギルドランクの仕組み。
情報量が多すぎて処理が追いつかない。
「おーい、おっさん」
背後から声をかけられた。
振り返ると、金髪の少年が立っている。
さっきまで散々俺を馬鹿にしていたあのガキだ。
「……何か用ですか」
警戒しながら答える。
「そんな怖い顔すんなよ。別に喧嘩売りに来たわけじゃねえって」
少年はへらっと笑った。
さっきまでの偉そうな態度とは少し違う。
どこか人懐っこい雰囲気がある。
「俺、アトってんだ。よろしくな」
「……平田凡です」
「知ってる知ってる。受付でスキルがしょぼいって言われてた奴だろ?」
知ってるなら聞くなよ。
「俺さ、クルナコイって村から出てきたんだよね」
クルナコイ。
来るな?
来い?
どっちだよ、と思ったが口には出さないでおいた。
変な名前だなとは思う。
でもまあ、異世界の地名にケチをつけても仕方がない。
「へえ、村から」
「そうそう。田舎でさあ、もう何もないわけ。畑と山しかない。だから俺、冒険者になって一旗揚げてやろうと思ってさ」
アトは目を輝かせて語った。
夢見がちだと教官に言われていたが、本人は全く気にしていないらしい。
ある意味、大物かもしれない。
「で、おっさんは何で冒険者になろうと思ったワケ?」
いきなりため口だ。
まあいいけど。
でも俺はおっさんじゃない。
まだ二十代も半ばだぞ。
ただ、ここで突っかかって空気が悪くなっても良くないだろう。
「まあ……成り行きで」
我ながら微妙な返しだ。
アトの顔も微妙そうになった。
「成り行き?」
「うん、まあ、色々あって」
「色々ってなんだよ、曖昧すぎんだろ」
正論である。
だが本当のことは言えない。
異世界から来ましたなんて説明しても信じてもらえるわけがない。
「駄目だぜおっさん」
アトが腕を組んで、偉そうに言った。
「自分の生きる道ってのは自分で決めるもんだぜ」
……最もなことを言われてしまった。
思えば俺という人間は、これまで流され、流されて生きてきた気がする。
無計画というか、なるようになれというか。
俺には何というか、自主性というものがないのだ。
周りがそうしているから、周りがそう言うからそうする。
そんな感じの性根である。
自分でもあまり良いことだとは思わない。
ただ、まあ母ちゃんのせいにしたくはないが、俺がこんな性格になったのには理由がある。
俺が小さい頃、母ちゃんが蒸発した。
親父は最初からいなかったようなものだし、親戚も引き取りを拒否した。
結果、俺は施設暮らしを余儀なくされた。
K県某所の大きな児童養護施設。
動物の名前がついた部屋がいくつかあって、年齢などでざっくり分類されて入れられる。
俺は何だったかな。
そうだ、小リスだ。
小さいリス。
部屋といってもすし詰めとかではなくて、何十畳とあるでかい部屋である。
そこで日常生活を過ごすのだ。
あそこでは常に集団行動で、何というか常に規律正しい生活態度が求められた。
起床時間、食事時間、就寝時間。
全てが決められていて、自分で選ぶ余地なんてほとんどなかった。
それが俺の「自主性のなさ」の原因なのかもしれない。
決められた通りに動くことに慣れすぎて、自分で決めることを忘れてしまったのだ。
……ああ、まあいいや。
考え込んだ俺を見て、アトが妙な顔をしている。
「……そういえばアト……君、さんはなんで冒険者に?」
話題を変えようとして、変な敬語になってしまった。
「アトでいいよ、おっさんの方が年上だろ? てかボンって呼んでいい? ヒラタボンって呼びにくいからさ」
「……好きにしてくれ」
「おっけー、ボン」
アトはニカッと笑った。
人懐っこい奴だ。
生意気だが、どこか憎めない。
「ていうかさあ、ボンも色々あったかもしれないけど、あんま悩むなよ」
「悩んでないけど」
「嘘つけ、顔に書いてあるぜ。『俺は過去に囚われています』ってな」
図星すぎて言葉が出ない。
「冒険者の流儀その一、過去は気にするな、だぜ」
「冒険者の流儀? そんなのあるのか」
「俺がいま考えたんだけど」
おい。
「でもいい言葉だろ? 過去なんて振り返っても仕方ねえじゃん。大事なのはこれからどうするかだろ? まあとにかくさ、同期なんだし仲良くしようぜ。教官も言ってたろ、人脈が大事だって」
「……そうだな」
俺は小さく頷いた。
正直、仲良くなれるかはわからんが……。
年齢も性格も違いすぎる。
だが教官の言葉を思い出す。
今は取るに足らない繋がりでも、将来どう化けるかわからない。
「よっし、じゃあ明日からもよろしくな、ボン!」
アトは俺の背中をバシンと叩いて、他の新人たちの方へ走っていった。
元気な奴だ。
俺はその背中を見送りながら、少しだけ口元が緩むのを感じた。