エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~ 作:SazanK@
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講習は四日目に突入していた。
初日の体力測定で死にかけ、二日目の座学で脳みそがパンクしかけ、そして三日目──今度は実技と座学の混合コースである。
まあ明日は講習がないからな。頑張るとしよう。
「本日は、採集技術について講義する」
ガルド教官が黒板の前に立つ。
筋肉の塊みたいな体躯には不釣り合いな眼鏡をかけていて、それがまた妙な迫力を醸し出している。
「採集? 草むしりなんかやってらんねえよ」
アトが小声でぼやいた。
隣に座った俺にだけ聞こえる音量だったがガルド教官の耳はどうやら人間離れしているらしい。
「そこの金髪。前に出ろ」
「えっ」
アトが青ざめた。
教官は容赦なく続ける。
「採集を馬鹿にする奴がいるから、実演してやる。薬草の見分け方、知っているか?」
「い、いや、その……」
「知らんのか。では毒草を食って死ね」
極論すぎる。
アトは泣きそうな顔で黒板の前に立たされ、教官が取り出したのは三種類の草だった。
「この中に一つだけ、食用になる薬草がある。残り二つは毒だ。当ててみろ」
どれも似たような緑色の葉っぱである。
素人目には全く区別がつかない。
「え、えーと……これ?」
アトが恐る恐る一つを指差す。
「不正解。それは食うと三日三晩下痢が止まらなくなる草だ」
教室に笑いが起きたがアトの顔は笑えない色をしている。
「採集は冒険者の基本中の基本だ」
教官はアトを席に戻し、三つの草を並べて解説を始めた。
葉脈の走り方、茎の太さ、匂いの違い。
覚えることが山ほどある。
俺は必死でその情報を頭に叩き込んでいった。
◆
昼休み。
訓練場の片隅でぼーっとしているとアトがやってきた。
「ボン、聞いてくれよ」
深刻そうな顔だ。
「どうした」
「俺さ、あの草の見分け方、全然わかんねえ」
そりゃそうだろう。
俺だってさっぱりだ。
「でもまあ、覚えるしかないんじゃないか」
「そうなんだけどさあ……」
アトは地面に座り込み、空を見上げた。
二つの太陽が眩しい。
「なあボン」
「ん?」
「おっさん、なんか落ち着いてるよな。初めての事ばっかなのにさ」
落ち着いている、か。
そう見えるなら上出来だ。
内心では毎日パニック寸前なのだが。
「まあ、焦っても仕方ないからな」
「それもそうか……」
アトは納得したように頷いた。
単純な奴である。
◆
休憩時間になった。
俺は訓練場の端で腰を下ろし、大きく息を吐いた。
午前中の走り込みで足がパンパンだ。
「おい、ボン。あそこ見てみろよ」
隣に座ったアトが指さす方を見ると──
なんだあれは。
他の受講者たちの輪から少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
いや、おじさんと呼ぶべきだろうか。
しょぼくれた見た目、禿げあがった頭。
年齢は五十を超えているように見える。
だが体格は悪くない。
むしろがっしりとした筋肉質の体だ。
そのおじさんが、近くにいた女性の受講者に話しかけていた。
「ハジメマシテ〜❗ ワシはモグラってイイマス 名前だけは若々しいデショ❓ お嬢サンたち〜、今日はドコから来たノカナ〜❓ 遠くからだったら大変だったネ〜 おじさん、腰イタタでサ……」
声がでかい。
そしてやたらとテンションが高い。
なんというか、こう──「おじさん」であった。
絵に描いたような、典型的な「おじさん」だ。
女性たちは愛想笑いを浮かべながらじりじりと後ずさっている。
逃げたいけど逃げられない、そんな空気が漂っていた。
「スゴイな、あの人」
アトが目を輝かせている。
いや、凄いのベクトルが違うだろ。
「面白いから話しかけてみようぜ!」
「えっ」
俺は思わず声を上げた。
「いや、やめとかないか?」
「なんでだよ。暇だしさ、ちょっと話してみようぜ」
俺が乗り気じゃないのには理由がある。
あのモグラと名乗るおじさんがウザそうだから──ではない。
まあウザそうはウザそうなのだが、それだけじゃない。
俺はさっきからずっとあのおじさんを観察していた。
教官は俺たちを何周も走らせた。
あのおじさんはずっとトップで平然と走り続けていたのだ。
息一つ乱さずに。
他の若い受講者たちがバタバタと脱落していく中、あのおじさんだけは涼しい顔で先頭を維持していた。
あれは只者じゃない。
見た目に騙されてはいけない。
変に機嫌を損ねるとやばい気がする。
それに、ああいうおじさんってそもそも男から話しかけられるのが余り好きじゃないと思うんだよな……
そんな事を考えている間に、アトが立ち上がっていた。
「よっす! おっさん、今いいかい?」
おい、もう話しかけてるじゃねえか。
俺は慌てて後を追った。
モグラと名乗るおじさんは、アトの方を向いた。
その顔が、パッと明るくなる。
「オオ〜❗ 若イ子が話しかけてクレタ〜 ✨ うれしいナ〜 おじさん、今日ハ誰とも話せないカトオモッテタヨ〜 」
なんだこのテンション。
絵文字が見える気がするのは俺だけだろうか。
「ワシはモグラ ヨロシクネ〜 」
「へえ、モグラか。変わった名前だな。俺はアトってんだ。で、こっちがボン」
アトが俺を紹介する。
俺は軽く会釈した。
「アト君にボン君〜 よろしくネ〜 おじさん、久しぶりに若イ子と話せてウレシイヨ〜 ✨」
モグラは満面の笑みを浮かべた。
周りを見ると、他の受講者たちが俺たちを奇異の目で見ている。
まあ気持ちはわかる。あのテンションは確かにキツい。
「ところでさ、おっさん結構走れるじゃん。あの歳でトップって凄くね?」
アトが素直に感心している。
俺も同じことを思っていた。
「アハハ〜 ソレはネ〜、昔取った杵柄ってヤツカナ〜 」
モグラは照れくさそうに頭を掻いた。
「昔って、何やってたんだ?」
「ンー……」
モグラの表情が一瞬だけ曇った。
ほんの一瞬だ。
すぐにいつもの笑顔に戻ったが、俺はそれを見逃さなかった。
「鉱山でネ〜、ずっと働いてタンダヨ〜 」
「鉱山? 採掘とかそういうやつ?」
「マア、そんなトコロカナ〜 毎日毎日、穴掘ってタカラネ〜 体だけは丈夫になッタヨ〜 」
鉱山で働いていた。
その言い方が妙に引っかかった。
働いていた、ではなく──働かされていた、というニュアンスが滲んでいる気がする。
この世界に奴隷制度があるのかどうかは知らない。
だが、あの一瞬の表情の曇りが何を意味するのか、なんとなく察しがついた。
「ソレデネ〜、最近やっと娑婆に出てキタんダケド〜 」
モグラは空を見上げた。
「知ってる人がミンナ死んじゃっててサ〜…… 居場所がナクナッチャッタんダヨネ〜……ダカラ、冒険者でもヤロウカナ〜ッテ思ってサ おじさん、まだまだ元気ダカラネ〜 ✨」
モグラはすぐにいつものテンションに戻った。
だが俺には、その明るさが少し痛々しく見えた。
「そっか……大変だったんだな、おっさん」
アトが珍しく神妙な顔をしている。
こいつも何か感じ取ったのだろう。
「イヤイヤ〜 暗イ話しちゃってゴメンネ〜 おじさん、こういうノ苦手でサ〜 マア、今はこうやって若イ子たちと一緒に頑張れてルカラ、楽しいヨ〜 」
モグラは両手を広げて笑った。
その笑顔は、どこか眩しかった。
「サテサテ〜、休憩もそろそろ終わりカナ〜❓ 午後の訓練もガンバロウネ〜 ✨ おじさん、二人のコト応援シテルヨ〜 」
モグラは手を振って、訓練場の方へ歩いていった。
「……変わったおっさんだったな」
アトが呟く。
「ああ」
俺は短く答えた。
あのおじさん──モグラ。
ただのウザいおじさんじゃない、気がする。