エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~   作:SazanK@

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第7話「旅人の脚」

 

 

 五日目は休みだった。体も頭も相当疲れているはずなのだが、習慣からかいつもの時間──といっても時計はないのだが、勝手に起きてしまう。

 

 多分感覚的に午前七時すぎといった所だろう。

 

 せっかくの休み、一体何をするかという所ではあるが──俺は朝から部屋の掃除を始めた。

 

 ギルド寮の108号室。四畳半ほどの狭い空間に、カビ臭いベッドとガタつく机があるだけの監獄のような部屋。

 

 お世辞にも綺麗とは言えない。

 

 壁は煤けているし、床板は軋むし、窓ガラスには謎の染みがこびりついている。

 

 だがしばらくここで寝泊まりする以上、少しでも清潔にしておきたかった。

 

 よく見ると埃が積もっているし、机の脚には蜘蛛の巣が張っていた。

 

 部屋の隅には掃除用具が置いてある。

 

 金属製の錆びた桶らしきものとボロ布。あとはハンディサイズの箒──この辺りは世界が変わっても似通った形になるらしい。

 

 掃き掃除の概念は万国共通なのだろう。

 

 俺は箒を手に取り、床を掃き始めた。

 

 最初は軽くやるつもりだった。

 

 埃を払って、窓でも拭いて、それで終わりにしようと思っていた。

 

 だが、やっているうちに気になる箇所が次々と見つかってしまう。

 

 机の裏側に溜まった綿埃。

 

 窓枠の隙間に詰まった砂。

 

 壁と床の境目にこびりついた正体不明の汚れ。

 

 一つ掃除すると、別の汚れが目につく。

 

 その汚れを落とすと、また別の箇所が気になる。

 

 終わりがない。

 

 気づけば俺は夢中になっていた。

 

 桶に水を汲んできて、ボロ布を絞り、床を拭く。

 

 何度も何度も拭く。

 

 壁の染みも、取れる範囲でこすり落とす。こういう経験って誰でも一度はあるんじゃないだろうか。辞め時がわからないというか、気が済むまで掃除してしまうみたいな──

 

 結局、昼過ぎまで延々と掃除をしてしまった。

 

 窓から差し込む陽光が、磨いたばかりの床板に反射している。

 

 埃っぽかった空気も、幾分かマシになった気がする。

 

 俺はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。

 

 疲れた……だが悪くない疲れだ。

 

 ぼんやりと天井を見上げていた、その時だった。

 

 頭の奥で何かが光った。

 

 比喩ではない。

 

 本当に、脳の奥で閃光が走ったような感覚があった。

 

「……なんだ?」

 

 俺は目を瞑った。

 

 瞼の裏に、淡い残光が残っている。

 

 そしてふと、教官の言葉を思い出した。

 

 新たなスキルを得られる時は、今がその時だと感覚的に理解できるはずだ──そう言っていた気がする。

 

 確か、そういう時はミスティカを開くのだ、とも。

 

 俺は右手を前に差し出した。

 

 あの時のイメージを思い出す。

 

 PCの起動。

 

 電源ボタンを押し、電流が基板を走り、システムが立ち上がる感覚。

 

 指先が微かに熱くなる。

 

 そして──

 

 俺の掌の上に、あの光景が広がった。

 

 ミスティカ。

 

 相変わらず美しい銀河のような何かが浮かんでいる。

 

 中心には心核。

 

 そこから放射状に伸びる星路。

 

 そして無数の星々。

 

 だがそのほとんどは光が暗い。

 

 淡く、か細く、今にも消えそうなほどに。

 

 教官の言葉をもう一つ思い出す。

 

 スキルは自分で自由に選ぶことはできない。

 

 これまでの自分の行動で決まり、あとから確認することができるだけだ。

 

 つまり、スキルは「取得する」ものではなく「気づく」ものらしい。

 

 自分の生き方が形になったものがスキルであり、ミスティカはその結果を映し出す鏡のようなものだと。

 

 だが──

 

 俺は目を凝らした。

 

 心核の周囲を見る。

 

 暗い星々の中に、一つだけ、僅かに明るさを増している星があった。

 

 あれは何だ。

 

 俺は集中した。

 

 その星を見る。

 

 いや、視る。

 

 意識を研ぎ澄まし、その星だけに焦点を合わせる。

 

 すると、不思議なことが起きた。

 

 俺は自由に選ぶことができる。

 

 その確信が、どこからともなく湧いてきた。

 

 ただし、条件がある。

 

 選べるのは心核から最も近い核星だけだ。

 

 遠くにある星には手が届かない。

 

 今の俺では、あの淡く光る星だけが選択肢なのだ。

 

 これが「プレイヤー」の効果なのだろうか。

 

 他の冒険者は、行動の結果として自動的にスキルが付与される。

 

 だが俺は、条件を満たした中から、自分で選ぶことができる。

 

 範囲は限られているが、それでも「選択権」があるのは大きい。

 

 俺はその星を視た。

 

 意識を集中させ、深く、深く、覗き込む。

 

 すると──

 

 映像が流れ込んできた。

 

 頭の中で、勝手に再生される。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ──砂漠があった。

 

 果てしなく続く砂の海。

 

 太陽は容赦なく照りつけ、砂塵が風に舞っている。

 

 そこを一人の男が歩いていた。

 

 痩せた体、ボロボロの衣服。水も食料も尽きかけているが、男は歩みを止めなかった。

 

 一歩。また一歩。

 

 足が砂に埋まる。

 

 引き抜く。そしてまた一歩。

 

 何度も倒れそうになった。

 

 何度も諦めかけた。

 

 だが男は歩き続けた。

 

 なぜか。

 

 地平線の向こうに、何かがあると信じていたからだ。

 

 オアシスかもしれない。

 

 街かもしれない。

 

 あるいは蜃気楼かもしれない。

 

 わからない。

 

 だが、立ち止まれば死ぬ。

 

 それだけは確かだった。

 

 歩き続ける限り、可能性は残る。

 

 倒れたらそこで終わりだ。

 

 男の足は血まみれだった。

 

 靴底はとうに擦り切れ、砂が傷口に入り込んでいた。

 

 痛みは麻痺していた。

 

 感覚すらもう曖昧だった。

 

 それでも、足だけは動いた。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 そして──

 

 男は辿り着いた。

 

 地平線の向こうに、小さな集落があった。

 

 井戸があった。

 

 人がいた。

 

 男は膝から崩れ落ち、そのまま意識を失った。

 

 だがその顔には、微かな笑みが浮かんでいた。

 

 歩き続けた者だけが、ここに来られる。

 

 立ち止まった者は、砂に埋もれて消えていく。

 

 それが旅人の宿命だ。

 

 そして──旅人の誇りだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 映像が途切れた。

 

 俺は現実に引き戻された。

 

 掌の上のミスティカを見る。さっきまで淡く光っていた星が、今ははっきりと輝いていた。

 

 新しい核星──新しいスキルだ。名前も何となくわかる。この辺は理屈じゃなくて、なにか感覚的に分かるのだ。

 

 ──「旅人の脚」

 

 持久力が増すスキル、らしい。

 

 地味だ。派手な攻撃魔法でも、便利なチートスキルでもない。

 

 だが悪くない気がした。

 

 さっき見た映像のことを考える。

 

 あの男は、特別な力を持っていたわけじゃない。

 

 ただ、歩き続けただけだ。

 

 諦めずに、一歩一歩、前に進み続けただけだ。

 

 それが「旅人の脚」の本質なのだろう。

 

 俺は今日、何時間も掃除をした。

 

 黙々と、ただひたすらに。

 

 その行動がこのスキルに繋がったのかもしれない。

 

 根気よく作業を続ける。

 

 途中で投げ出さない。

 

 地味だけど、大事なことだ。

 

 俺はミスティカを閉じた。

 

「悪くないな」

 

 俺は呟いた。

 

 異世界生活、五日目。

 

 記念すべき最初のスキルを手に入れた日である。

 

 

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