エグザイル~俺は自由なビルドで異世界を生き抜く~ 作:SazanK@
五日目は休みだった。体も頭も相当疲れているはずなのだが、習慣からかいつもの時間──といっても時計はないのだが、勝手に起きてしまう。
多分感覚的に午前七時すぎといった所だろう。
せっかくの休み、一体何をするかという所ではあるが──俺は朝から部屋の掃除を始めた。
ギルド寮の108号室。四畳半ほどの狭い空間に、カビ臭いベッドとガタつく机があるだけの監獄のような部屋。
お世辞にも綺麗とは言えない。
壁は煤けているし、床板は軋むし、窓ガラスには謎の染みがこびりついている。
だがしばらくここで寝泊まりする以上、少しでも清潔にしておきたかった。
よく見ると埃が積もっているし、机の脚には蜘蛛の巣が張っていた。
部屋の隅には掃除用具が置いてある。
金属製の錆びた桶らしきものとボロ布。あとはハンディサイズの箒──この辺りは世界が変わっても似通った形になるらしい。
掃き掃除の概念は万国共通なのだろう。
俺は箒を手に取り、床を掃き始めた。
最初は軽くやるつもりだった。
埃を払って、窓でも拭いて、それで終わりにしようと思っていた。
だが、やっているうちに気になる箇所が次々と見つかってしまう。
机の裏側に溜まった綿埃。
窓枠の隙間に詰まった砂。
壁と床の境目にこびりついた正体不明の汚れ。
一つ掃除すると、別の汚れが目につく。
その汚れを落とすと、また別の箇所が気になる。
終わりがない。
気づけば俺は夢中になっていた。
桶に水を汲んできて、ボロ布を絞り、床を拭く。
何度も何度も拭く。
壁の染みも、取れる範囲でこすり落とす。こういう経験って誰でも一度はあるんじゃないだろうか。辞め時がわからないというか、気が済むまで掃除してしまうみたいな──
結局、昼過ぎまで延々と掃除をしてしまった。
窓から差し込む陽光が、磨いたばかりの床板に反射している。
埃っぽかった空気も、幾分かマシになった気がする。
俺はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。
疲れた……だが悪くない疲れだ。
ぼんやりと天井を見上げていた、その時だった。
頭の奥で何かが光った。
比喩ではない。
本当に、脳の奥で閃光が走ったような感覚があった。
「……なんだ?」
俺は目を瞑った。
瞼の裏に、淡い残光が残っている。
そしてふと、教官の言葉を思い出した。
新たなスキルを得られる時は、今がその時だと感覚的に理解できるはずだ──そう言っていた気がする。
確か、そういう時はミスティカを開くのだ、とも。
俺は右手を前に差し出した。
あの時のイメージを思い出す。
PCの起動。
電源ボタンを押し、電流が基板を走り、システムが立ち上がる感覚。
指先が微かに熱くなる。
そして──
俺の掌の上に、あの光景が広がった。
ミスティカ。
相変わらず美しい銀河のような何かが浮かんでいる。
中心には心核。
そこから放射状に伸びる星路。
そして無数の星々。
だがそのほとんどは光が暗い。
淡く、か細く、今にも消えそうなほどに。
教官の言葉をもう一つ思い出す。
スキルは自分で自由に選ぶことはできない。
これまでの自分の行動で決まり、あとから確認することができるだけだ。
つまり、スキルは「取得する」ものではなく「気づく」ものらしい。
自分の生き方が形になったものがスキルであり、ミスティカはその結果を映し出す鏡のようなものだと。
だが──
俺は目を凝らした。
心核の周囲を見る。
暗い星々の中に、一つだけ、僅かに明るさを増している星があった。
あれは何だ。
俺は集中した。
その星を見る。
いや、視る。
意識を研ぎ澄まし、その星だけに焦点を合わせる。
すると、不思議なことが起きた。
俺は自由に選ぶことができる。
その確信が、どこからともなく湧いてきた。
ただし、条件がある。
選べるのは心核から最も近い核星だけだ。
遠くにある星には手が届かない。
今の俺では、あの淡く光る星だけが選択肢なのだ。
これが「プレイヤー」の効果なのだろうか。
他の冒険者は、行動の結果として自動的にスキルが付与される。
だが俺は、条件を満たした中から、自分で選ぶことができる。
範囲は限られているが、それでも「選択権」があるのは大きい。
俺はその星を視た。
意識を集中させ、深く、深く、覗き込む。
すると──
映像が流れ込んできた。
頭の中で、勝手に再生される。
・
・
・
──砂漠があった。
果てしなく続く砂の海。
太陽は容赦なく照りつけ、砂塵が風に舞っている。
そこを一人の男が歩いていた。
痩せた体、ボロボロの衣服。水も食料も尽きかけているが、男は歩みを止めなかった。
一歩。また一歩。
足が砂に埋まる。
引き抜く。そしてまた一歩。
何度も倒れそうになった。
何度も諦めかけた。
だが男は歩き続けた。
なぜか。
地平線の向こうに、何かがあると信じていたからだ。
オアシスかもしれない。
街かもしれない。
あるいは蜃気楼かもしれない。
わからない。
だが、立ち止まれば死ぬ。
それだけは確かだった。
歩き続ける限り、可能性は残る。
倒れたらそこで終わりだ。
男の足は血まみれだった。
靴底はとうに擦り切れ、砂が傷口に入り込んでいた。
痛みは麻痺していた。
感覚すらもう曖昧だった。
それでも、足だけは動いた。
一歩。
また一歩。
そして──
男は辿り着いた。
地平線の向こうに、小さな集落があった。
井戸があった。
人がいた。
男は膝から崩れ落ち、そのまま意識を失った。
だがその顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
歩き続けた者だけが、ここに来られる。
立ち止まった者は、砂に埋もれて消えていく。
それが旅人の宿命だ。
そして──旅人の誇りだ。
・
・
・
映像が途切れた。
俺は現実に引き戻された。
掌の上のミスティカを見る。さっきまで淡く光っていた星が、今ははっきりと輝いていた。
新しい核星──新しいスキルだ。名前も何となくわかる。この辺は理屈じゃなくて、なにか感覚的に分かるのだ。
──「旅人の脚」
持久力が増すスキル、らしい。
地味だ。派手な攻撃魔法でも、便利なチートスキルでもない。
だが悪くない気がした。
さっき見た映像のことを考える。
あの男は、特別な力を持っていたわけじゃない。
ただ、歩き続けただけだ。
諦めずに、一歩一歩、前に進み続けただけだ。
それが「旅人の脚」の本質なのだろう。
俺は今日、何時間も掃除をした。
黙々と、ただひたすらに。
その行動がこのスキルに繋がったのかもしれない。
根気よく作業を続ける。
途中で投げ出さない。
地味だけど、大事なことだ。
俺はミスティカを閉じた。
「悪くないな」
俺は呟いた。
異世界生活、五日目。
記念すべき最初のスキルを手に入れた日である。