【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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処女作ですので雑な作りです。悪しからず。


第一章:泥梨の揺籃
第一話:籠の鳥、夜を泳ぐ


 

 

 

 

 明治43年、初夏。

 

 元号が「大正」へと変わる、少し前のこと。

 

 

「……ちっ。視界に入ってくんじゃねぇよ。この溝鼠が」

 

 吐き捨てられた暴言と共に、少女の体が宙を舞う。

 

 革靴の硬い衝撃。地面に叩きつけられる鈍い音。

 手入れされた広大な日本庭園の片隅で、少女はボロ雑巾のように転がった。見下ろしているのは、仕立ての良い詰め襟の制服──学習院のそれを着た少年だ。

 

 この屋敷の長男であり、少女の異母兄にあたる存在。

 

 彼は侮蔑の籠もった目でこちらを一瞥すると、汚いものでも見るように鼻を鳴らし、足早に去っていった。残されたのは、泥に塗れ、白い頬に無数の擦り傷を作った10歳の少女のみ。

 

(……今日は一段と癇癪が激しいな。学校で嫌なことでもあったか?)

 

 少年が角を曲がり、完全に気配が消えたのを確認してから。

 

 地面に転がっていた"それ"は、糸が切れた人形のようにガクリと動きを止めた。

 

 同時、頭上──黒松の太い枝の上で、パチリと瞬きをする少女が一人。洋書を片手に、枝に腰掛けていた少女、その人である。

 

(……痛覚遮断、解除。意識のラグは0.5秒。実戦ならこの隙が命取りになるな)

 

 彼女は今まで自分が「視て」いた、眼下の泥だらけの自分を見下ろす。痛みは遠のき、ただのデータとして脳裏に残るのみ。

 

「しかし、長兄殿のご機嫌取りも楽ではないな。いつまでこの茶番を続ければいいのやら」

 

 少女は音もなく地面に降り立つと、倒れ伏していた"自分"の元へと歩み寄る。革靴のつま先で、その身体を無造作に踏みつけた。次の瞬間──"少女"の輪郭が陽炎のように揺らぎ、黒い染みとなって地面に吸い込まれるように消滅した。

 

 あとに残るは、踏み荒らされた庭土だけ。

 

「……はぁ」

 

 少女はため息交じりに、屋敷の裏手にそびえる小高い山へと視線を向ける。そこには、普通の人間には視認できない、澱んだ空気が渦巻いていた。

 

 今日は、あの山で試したいことがある。

 新しい術式の構成実験だ。

 

 屋敷から出ることは許されていないが、それは「この肉体」の話。

 

 少女の足元の影が、ぬるりと不自然に蠢く。影から分離した「何か」は、少女の姿を(かたど)ると、無言のまま裏山の茂みへと消えていった。

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

(視界共有、良好。ノイズなし)

 

 本体を蔵の中に残し、少女は山道を走っていた。

 湿った腐葉土の匂い。生臭い獣の臭気。

 

「て、てて……て……」

 

 木々の隙間から聞こえる、意味を成さない譫言(うわごと)

 

 ガサリ、と藪が揺れ、剛毛に覆われた巨大な蛞蝓(なめくじ)のような異形が現れる。節くれだった足に埋め込まれた無数の眼球が、一斉にこちらを向いた。

 

「……ッ」

 

 生理的な嫌悪感。だが、今回の目的は掃除だけではない。

 

 新開発した結界術の実用テストだ。

 

 少女は懐から、真っ白な「骨」を取り出した。

 自身の呪力を練り込んで硬化させた、術式の副産物。

 

 拡張術式──『泥梨(ないり)分骨(ぶんこつ)

 

 彼女は疾走しながら、その骨を三角形を描くように地面へと突き立てていく。

 

 一箇所、二箇所、三箇所。

 

 呪霊が反応して襲いかかってくるまでの数秒で、設置(セット)は完了した。

 

 足を止め、呪霊と対峙する。

 右手を地面へと伸ばす。

 

 人差し指を大地へ向ける、その動作こそが起動の合図──降魔印。

 

「"回向(えこう)"──"感応(かんのう)"」

 

 呪霊を、三つの骨の中央へと誘導する。

 

 未熟な結界術でも、あらかじめ設置した「分骨」を基点にすれば、詠唱の工程を大幅に省略できる。

 

「ギ、ギギッ!?」

 

 獲物を追って三角形の内側に踏み込んだ呪霊が、違和感に足を止めた。

 

 遅い。

 

 少女は即座に印を切り替える。左手の人差し指を立て、それを右手の拳で包み込む──智拳印。

 

 体内の全呪力を、その一点に収束させる。

 

「──"楚歌(そか)御供(ごくう)"、『外陣(げじん)結界』」

 

 唱え終わると同時、地面に突き立てた三本の「分骨」が共鳴した。

 

 カッ、と。

 

 三角形の頂点が光の線で結ばれ、内部で呪力の閃光が炸裂する。

 

「ギ、ア、アアアアアアアアアッ!!??」

 

 断末魔は一瞬。

 

 設置型の簡易結界とはいえ、その内部はミキサーのような呪力の奔流が吹き荒れている。光が収束したあとには、炭化した呪いの残穢が、黒い粉となってサラサラと崩れ落ちるのみ。

 

(実験成功。威力も申し分ない)

 

 遠隔視していた本体の私が、満足げに頷く気配がした。

 

 これなら、不意の襲撃でも「分骨」さえばら撒いておけば、即座に安全圏を作れる。

 

 少女は焼け焦げた地面から、依代となった骨を回収──しようとして、崩れ去るのを見た。

 

 強度不足。一回の発動で依代が壊れてしまうらしい。

 

 燃費が悪い。改良の余地あり、か。

 

 10歳の少女は、大人びた表情でため息をつき、闇に沈む屋敷への帰路についた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 蔵の中。本体の少女は、古いソファに深く沈み込みながら、遠い記憶を反芻していた。

 この理不尽な世界で、私が「私」であることを自覚した、あの日のことを。

 

 

 

 

 ──10年前。明治33年、冬。

 

 積雪に白む、帝都のはずれ。古びた屋敷の離れで、私は産声を上げた。

 

 名は──飾代(かざしろ)夜永(やえ)

 

 生後間もなく確信したことがある。

 私は、"転生"したのだと。

 

 前世の「誰か」としての記憶はない。あるのは、場違いなほどの現代知識と、老成した自我のみ。まるで、大人の脳みそを赤ん坊の頭蓋骨に無理やり詰め込まれたような感覚だった。

 

 そして、もう一つの確信。

 

 視界の端を漂う、おぞましい"異形"の影。

 

(……嘘だろ)

 

 鼻を突くのは、重たい油の匂い。明かりといえば、煤けた硝子の中で揺らぐ頼りない橙色の炎のみ。

 

 隙間風の吹き込む粗末な小屋。現代(まえ)の世界なら当たり前にあった、清潔で快適な文明の利器はどこにもない。

 

 あるのは、凍えるような寒さと、古い着物のカビ臭さだけ。

 

 時折顔を見せる父らしき男の装いも、私を絶望させるには十分だった。

 

 着物の上にインバネスコートを羽織り、足元は革靴。懐からはゼンマイ仕掛けの懐中時計が、チクタクと硬質な音を刻んでいる。

 

 男は、私を抱き上げることもせず、ただ値踏みするように見下ろすだけ。

 

 その横で、母だけが能天気に微笑んでいる。

 

 彼女はこの劣悪な環境を、不幸だとは思っていない。男の玩具として囲われているとも知らずに、働かずに屋根の下で暮らせるだけで「幸せ」だと、本気で信じているのだ。

 

 裕福な装いの男、その冷え切った眼差しと、母の空虚な幸福感。そのコントラストが、赤ん坊の私に強烈な吐き気を催させた。

 

(……詰んだ)

 

 私は心の中で、乾いた笑いを漏らした。

 

 あとで分かったことだが、ここはあの漫画『呪術廻戦』の世界ようだ。呪霊が実在し、人はゴミのように死に、救いなんてどこにもない地獄。

 

 しかも、時代設定は最悪。

 教科書でしか知らない明治末期。これから大戦があり、震災があり、帝都は一度灰になる。

 

 原作知識という最大の武器(チート)は使えない。主要キャラもいない。 

 

 けれど。

 

 絶望する私の指先には、確かな(呪力)が宿っていた。

 

(無為に散る気はない。……せっかく手に入れた、力)

 

 ゆらゆらと歪む大正硝子の向こう側。

 雪景色を見つめながら、赤ん坊の私は誓ったのだ。

 

 使いこなしてやる。

 

 この理不尽な時代で、誰にも踏みにじられない「力」と「地位」を手に入れてやる。

 

 この家を出て、私の自由を確立するために。

 飾代夜永の、長い夜はそこから始まった。

 

 

 




 ということで、今作は原作にもちらっと登場した「分身術式」をブラッシュアップしていこうというものです。
 完璧自己満の内容ですので、お気に召したらどうぞごゆるりとお楽しみ下されば幸いです。 

 それと、この作品はほか二次創作作品の影響を強く受けています。ご注意を!
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