【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第九話:鵺の住処、狐の随伴

 

 

 

 陸軍省直轄・特務霊的機関。

 

 それが、私が潜り込んだ組織の正式名称だ。

 表向きは存在しないことになっているこの機関は、その役割と構成員によって大きく三つの部署に大別される。

 

 一つは、第一部隊──通称『抜刀隊』。

 

 構成員は身元の確かな軍人のエリートや、没落した士族、あるいは小規模な呪術師の家系の出身者たち。

 彼らは組織の「表の顔」であり、呪具を用いた集団戦闘を得意とする主力部隊だ。待遇も良く、支給される装備も最新鋭。

 

 まさに、選ばれしエリート集団である。

 

 一つは、技術局──通称『零研(ゼロけん)』。

 

 呪術と科学の融合を研究する極秘部署。

 呪具の開発から、捕獲した呪霊の管理、そして噂によれば非人道的な人体実験まで行っているとされる、組織の「闇」。

 関われば骨の髄までしゃぶり尽くされる、魔窟だ。

 

 そして、最後の一つ。

 

 第二部隊──通称『(ぬえ)』。

 

 構成員は、家を追われたはぐれ者、金で雇われた呪詛師崩れ、あるいは私のような素性不明の異能者たち。

 

 猿の顔、虎の手足、蛇の尾を持つ妖怪の名を冠されたこの部隊は、文字通り「正体不明の寄せ集め」だ。

 与えられる任務は、抜刀隊が手を出したくない汚れ仕事や、生存率の低い単独潜入、特級案件の偵察(捨て駒)

 

 チームワークなど存在しない。あるのは「祓うか、死ぬか」というシンプルなルールのみ。常に定員割れを起こし、補充されては死んでいく、消耗品の掃き溜め。

 

 なぜ、国家機関であるはずのこの組織が、このような信用に置けない実働部隊を擁しているのか。

 その理由は、この国の呪術界を二分する「東西の断絶」にある。

 

 西日本──京都。

 

 そこは千年の都であり、加茂・禪院・五条の『御三家』をはじめとする、古き血統と権威が支配する魔窟だ。

 彼らは、明治政府が密かに進める「呪術の軍事利用」や「近代化」を、伝統への冒涜として忌み嫌っている。

 故に、政府からの協力要請を黙殺し、優秀な術師を京都に囲い込んでいるのだ。

 

 対する東日本──帝都・東京。

 

 ここは政府と軍部のシマだ。

 だが、肝心の「(術師)」がいない。

 だからこそ政府は、家を追われたはぐれ者、金で雇われた呪詛師崩れ、あるいは私のような素性不明の異能者をかき集め、泥縄式の組織を作らざるを得なかった。

 

 それが、私の新しい居場所だった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 明治44年(1911年)、立春。

 

 入隊から、半年以上が過ぎた。

 帝都の湿った風が、赤煉瓦の洋館を包み込んでいる。

 

 地下にある薄暗い廊下を、私は歩いていた。

 身につけているのは、特務隊の軍服。

 支給された当初はブカブカだった袖も、この一年で多少はマシになった──と言いたいところだが、成長期前の体躯にはまだ大きい。

 

 袖を捲り上げ、袴の裾を紐で縛り上げるのが、私のスタイルとして定着していた。

 

(……また抜刀隊の連中か。今日はやけに見かけるな)

 

 廊下の向こうから、パリッとした軍服を着こなした数人の男たちが歩いてくる。

 彼らは私を見るなり、露骨に顔をしかめ、わざと聞こえるような声で嘲笑した。

 

「おい見ろよ。泥遊びのガキだ」

 

「まだ生きてたのか。鵺の連中はしぶといな」

 

「泥でナイフを作るだけの術式で、よくもまあ一年も生き延びたものだ」

 

 すれ違いざまに吐き捨てられる悪意。

 私は表情一つ変えず、彼らの横を通り過ぎる。

 

(よくもまぁ、吠えくさりやがるものだな)

 

 私の公称術式は、泥から簡易的な呪具を生成する『泥造(でいぞう)』ということになっている。

 

 本体を入れ替える『泥梨ノ園』の真価は、決して見せていない。

 もし「自分と同一の肉体を作れる」などと知れれば、即座に『零研』に拉致され、実験動物にされるのがオチだからだ。

 

 この数カ月で、多くの同僚が死んだ。

 

 抜刀隊のエリートも、鵺のゴロツキも、等しく肉塊に変わっていった。

 その中で、私は生き残った。

 泥を啜り、能力を隠し、他人の屍を盾にして。

 

 鵺で一年生き残れば古株。

 今や私は、鵺の中でも古株の部類に入りつつある。11歳の少女が、だ。笑えない冗談だろう。

 

「夜永。司令室へ来い」

 

 不意に、伝令の兵士に呼び止められた。

 嫌な予感がする。

 司令室に呼ばれるのは、ロクな用事ではない。

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 重厚な扉を開けると、そこには煙草の煙が充満していた。

 

 部屋の中央には、入隊面接をした眼帯の隊長。

 そして、部屋の隅には──見慣れない少年が一人、壁に寄りかかって本を読んでいた。

 

 丸眼鏡をかけ、少し色素の薄い髪をした少年だ。

 線が細く、軍服に着られているような印象を受ける。

 年齢は14、5といったところか。

 

(……誰だ? 鵺の新入りか?)

 

 私が眉をひそめていると、隊長が地図の方を顎で指した。

 

 地図の「吉原」の一帯が赤く塗られている。

 

「来たか。状況は知っているな? 吉原の火事場は地獄だ。抜刀隊が総出で鎮火と祓除にあたっている」

 

 明治四十四年、四月。

 江戸からの謳歌せし花街として有名な吉原遊廓。

 そんな吉原を襲った明治期最大の火災が「吉原大火」だ。吉原病院を除き全焼という惨状は、現代においても記録が残っている。

 

 そんな大規模の災害があれば、人の負の感情は容易く集まり形を成すだろう。

 

「はい。廊下ですれ違った選良(エリート)様たちは、随分と張り切っていたようですが」

 

 私は丁寧な口調で皮肉を言った。

 隊長は鼻を鳴らす。

 

「奴らは手柄に餓えているからな。……だが、問題は別にある」

 

 隊長は軍刀を抜き、吉原から少し離れた「浅草」を指した。

 

「主力が吉原にかかりきりの隙を突いてか、浅草の地下水道でも大規模な呪霊反応があった。推定等級は一級……あるいは、特級」

 

「……」

 

 特級。それは単独での対処が不可能な、災害クラスの呪霊だ。

 

 そんなもの、抜刀隊の精鋭を総動員して当たるべき案件だろう。

 

「抜刀隊は出払っている。それに、あそこのボンボンどもを、情報も確定していない地下道に放り込むわけにはいかん」

 

「だから、(われわれ)を捨て駒にして、情報を持ち帰れと?」

 

「理解が早くて助かる」

 

 隊長は悪びれもせずに笑った。

 腐っている。だが、拒否権はない。まだ私にはここでやる事がある。

 

「今回はツーマンセルで動いてもらう。……おい、九京(くぎょう)

 

 呼ばれて、隅にいた少年がパタンと本を閉じた。

 彼は眼鏡の位置を直し、興味なさげな瞳で私を見る。

 

「初めまして、泥遊びのお嬢さん。僕が今回の随伴者だ」

 

 気の抜けた声。

 だが、その瞳の奥には、この死刑宣告のような命令に対する動揺が一切見られない。

 

 ……いや。

 

 それどころか、私の「中身」を値踏みするような、不気味な光を宿していた。

 

(……なんだ、こいつ)

 

 私の本能が警鐘を鳴らす。

 この少年は、ただの捨て駒じゃない。

 私と同じ、化け物の類だ。

 

「足手まといにならないでくださいね」

 

「そっちこそ。泣いても助けてあげないよ?」

 

 最悪の出会い。

 こうして私は、得体の知れない相棒と共に、地獄の蓋を開けに行くことになった。

 





 因みに彼女の服装はこの組織から用意されてる専用軍服です。大正時代の軍服を和服風にしたものを想像していただければ。

 軍帽の中に髪の毛仕舞って男装続けてます。夜永ちゃん舐められたくないので。まぁ髪仕舞ってるだけなのでそんなに意味ないですね。

 東西の呪術界の確執については、色々と設定考えてるので後々お楽しみください。
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