【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
赤煉瓦の迷宮を、私たちは疾走していた。
足元は汚水。頭上からは熱蒸気。
壁からは絶え間なく「煉瓦の腕」が襲いかかってくる。
簡易領域を展開している我々を補足できないと考えていたが、何らかの手段を使って大体の位置は把握されているようだ。
「右! いや、壁が動いた……左だ!」
後方で、九京が叫ぶ。
彼の手元では、宙に浮いたペンが勝手に地図を描き続けていた。
術式『
刻一刻と変化する迷宮の構造を解析し、最短ルートを弾き出しているのだ。
「了解です」
私は泥の軍刀で、迫りくる障害物を薙ぎ払いながら進む。
だが、道のりは険しい。
特級呪霊の放つ熱気は、私の泥にとって天敵だ。
常に『
「……ッ! 床が抜けるぞ!」
九京の警告と同時、私たちの足元が大きく隆起した。
分断工作だ。
巨大な鉄骨の槍が地面を突き破り、私と九京の間を引き裂く。
「しまっ……簡易領域が!」
九京が舌打ちする。
私が分身に展開させている簡易領域『泥塔』の効果範囲から、彼が弾き出されてしまった。
生得領域による攻撃──壁からの圧殺攻撃が、無防備な彼に襲いかかる。
「チッ、世話が焼ける!」
私は懐から『分骨』を取り出し、九京の方へ放り投げた。
白い杭が、彼の足元に突き刺さる。
「動くな!」
攻勢結界の『一点』ではない。防御用の展開。
『外陣結界・
杭を中心に、ドーム状の結界が展開される。
定義するのは「皮膚」。
骨の周囲を私の「体表」と定義し、外部からの干渉を弾く盾とする。
迫りくる煉瓦の波が、見えない膜に阻まれて砕け散った。
「……助かったよ。請求書に加えといて」
「高いですよ」
軽口を叩く余裕が戻ったのを確認し、私は前を向く。
◆ ◆ ◆
目の前の巨大な空洞。その中央に、元凶が鎮座している。
──特級呪霊『仮称・
全長5メートル超。赤煉瓦と鉄骨、ガス管が融合した巨人のような姿。
頭部のガスマスクのような吸気口から、シュウウウ……と不気味な吸気音が響いている。
「タテろ……タテろ……」
「ウメろ……ニンゲン……ウメろ……」
呪霊が私を認める。
複数の
ズズズンッ!!
巨人が立ち上がる。
圧倒的な質量。そして、全身の排気口から噴き出す高熱の蒸気。
特級の圧が、肌を焼くように押し寄せる。
(……高熱の術式。やはり、簡単にはいかないか)
私は泥の軍刀を構え直す。こちらの場所を把握していたのは、体温を捕捉していたのだろうか。
私の公称術式は『泥造』。泥細工を作る程度の能力だ。
ここで持ち札の『仮称・双蓮』改め『
手札を隠したまま、この化け物を殺さなければならない。
「ウメろォォォッ!!」
呪霊が咆哮し、両腕を突き出す。
その動作に呼応し、全身のパイプから超高熱の蒸気が一点に収束して放たれた。
蒸気砲。
視界を奪う白煙にして、鉄さえ歪ませる熱の塊。
回避は不可能。後ろには九京がいる。
「『
私は足元の泥を操作し、目の前に巨大な泥の壁をせり上げさせた。
分厚い泥の盾。だが──
ジュワアアアアッ!!
猛烈な蒸発音。
熱量が違いすぎる。水分を含んだ泥は一瞬で沸騰し、ひび割れ、乾燥していく。
柔軟性を失った泥は脆い。このままでは、盾ごと貫かれる。
(……乾燥する? ならば)
私は瞬時に思考を切り替えた。
デメリットを、メリットへ。
私は即興の「縛り」を泥に課す。
──
呪力を流し込み、乾燥のプロセスを加速させる。
泥の壁は一瞬で水分を失い、焼き締められた煉瓦のように変質した。
即席の
ドォォォォンッ!!
熱波が直撃する。
盾は赤熱し、ミシミシと悲鳴を上げるが──耐えた。
「……九京!」
「分かってる! 喉元の奥、三番目のガス管の裏だ!」
結界の中で守られていた九京が叫ぶ。
彼の『銭礫』が放たれ、硬直した呪霊の眼球を正確に撃ち抜いた。
好機。
私は役目を終えて崩れ落ちる泥壁を蹴り、空中へと躍り出た。
熱で前髪が焦げる。
だが、道は開いた。
私は懐から取り出した『分骨』──呪力を練り固めた白い杭を逆手に握りしめる。
九京が作った一瞬の隙。
私は蒸気の晴れ間を縫って、露出した「喉元」へ肉薄する。
グサリ。
硬い外殻の奥にある、柔らかい「核」を貫く感触。
「ギ……?」
(──
後方の安全圏。
簡易領域を維持していた分身が、印の形を変える。
私は呪霊の胸元を蹴って離脱しながら、指を鳴らした。
それは、解体工事の合図。
「穿て──『外陣結界・一点』」
カッ!!
突き刺さった杭が、呪霊の体内で閃光を放つ。
レンガと鉄骨で固められた巨体が、内側からの拒絶反応によって膨れ上がる。
「ガ、アアアアアアアアッ!!??」
断末魔と共に、特級呪霊の上半身が弾け飛んだ。
砕け散る赤煉瓦。ひしゃげる鉄骨。
それはまるで、老朽化したビルが爆破解体される光景に似ていた。
バラバラと降り注ぐ瓦礫の中、私は着地し、襤褸のようになった服を整える。
背後では、九京がパチパチと拍手をしていた。
「お見事。……君、本当は解体屋に向いてるかもね」
「どうも。追加料金は請求しますからね」
私は肩をすくめ、崩れ去った呪霊の残骸を見下ろした。
対特級の初任務にしては、上出来すぎる戦果だ。
こうして、私たちの「特級探索」は幕を閉じた。