【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第十一話:伽藍の迷宮(後編)

 

 

 

 赤煉瓦の迷宮を、私たちは疾走していた。

 足元は汚水。頭上からは熱蒸気。

 壁からは絶え間なく「煉瓦の腕」が襲いかかってくる。

 簡易領域を展開している我々を補足できないと考えていたが、何らかの手段を使って大体の位置は把握されているようだ。

 

「右! いや、壁が動いた……左だ!」

 

 後方で、九京が叫ぶ。

 彼の手元では、宙に浮いたペンが勝手に地図を描き続けていた。

 

 術式『凶籤宣狐(きょうせんせんこ)・自動書記』。

 

 刻一刻と変化する迷宮の構造を解析し、最短ルートを弾き出しているのだ。

 

「了解です」

 

 私は泥の軍刀で、迫りくる障害物を薙ぎ払いながら進む。

 だが、道のりは険しい。

 特級呪霊の放つ熱気は、私の泥にとって天敵だ。

 常に『泥中蓮(でいちゅうれん)』で汚水を巻き上げ、泥を湿らせていなければ、すぐに乾燥して崩れ去ってしまう。

 

「……ッ! 床が抜けるぞ!」

 

 九京の警告と同時、私たちの足元が大きく隆起した。

 

 分断工作だ。

 

 巨大な鉄骨の槍が地面を突き破り、私と九京の間を引き裂く。

 

「しまっ……簡易領域が!」

 

 九京が舌打ちする。

 私が分身に展開させている簡易領域『泥塔』の効果範囲から、彼が弾き出されてしまった。

 

 生得領域による攻撃──壁からの圧殺攻撃が、無防備な彼に襲いかかる。

 

「チッ、世話が焼ける!」

 

 私は懐から『分骨』を取り出し、九京の方へ放り投げた。

 

 白い杭が、彼の足元に突き刺さる。

 

「動くな!」

 

 攻勢結界の『一点』ではない。防御用の展開。

 

 『外陣結界・鎮守(ちんじゅ)

 

 杭を中心に、ドーム状の結界が展開される。

 定義するのは「皮膚」。

 骨の周囲を私の「体表」と定義し、外部からの干渉を弾く盾とする。

 迫りくる煉瓦の波が、見えない膜に阻まれて砕け散った。

 

「……助かったよ。請求書に加えといて」

 

「高いですよ」

 

 軽口を叩く余裕が戻ったのを確認し、私は前を向く。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 目の前の巨大な空洞。その中央に、元凶が鎮座している。

 

 ──特級呪霊『仮称・伽藍(がらん)』。

 

 全長5メートル超。赤煉瓦と鉄骨、ガス管が融合した巨人のような姿。

 頭部のガスマスクのような吸気口から、シュウウウ……と不気味な吸気音が響いている。

 

「タテろ……タテろ……」

 

「ウメろ……ニンゲン……ウメろ……」

 

 呪霊が私を認める。

 複数のガス灯(目玉)が、ギョロリと発光した。

 

 ズズズンッ!!

 

 巨人が立ち上がる。

 圧倒的な質量。そして、全身の排気口から噴き出す高熱の蒸気。

 特級の圧が、肌を焼くように押し寄せる。

 

(……高熱の術式。やはり、簡単にはいかないか)

 

 私は泥の軍刀を構え直す。こちらの場所を把握していたのは、体温を捕捉していたのだろうか。

 

 私の公称術式は『泥造』。泥細工を作る程度の能力だ。

 ここで持ち札の『仮称・双蓮』改め『中道(ちゅうどう)双蓮(そうれん)』──四本腕の異形になれば、術式隠匿が暴露するきっかけになる。

 手札を隠したまま、この化け物を殺さなければならない。

 

「ウメろォォォッ!!」

 

 呪霊が咆哮し、両腕を突き出す。

 その動作に呼応し、全身のパイプから超高熱の蒸気が一点に収束して放たれた。

 

 蒸気砲。

 視界を奪う白煙にして、鉄さえ歪ませる熱の塊。

 回避は不可能。後ろには九京がいる。

 

「『泥中蓮(でいちゅうれん)』!」

 

 私は足元の泥を操作し、目の前に巨大な泥の壁をせり上げさせた。

 分厚い泥の盾。だが──

 

 ジュワアアアアッ!!

 

 猛烈な蒸発音。

 熱量が違いすぎる。水分を含んだ泥は一瞬で沸騰し、ひび割れ、乾燥していく。

 柔軟性を失った泥は脆い。このままでは、盾ごと貫かれる。

 

(……乾燥する? ならば)

 

 私は瞬時に思考を切り替えた。

 デメリットを、メリットへ。

 私は即興の「縛り」を泥に課す。

 

 ──柔軟性(うごき)を捨てろ。その代わり、鋼の如き硬度(かたさ)を得よ。

 

 呪力を流し込み、乾燥のプロセスを加速させる。

 泥の壁は一瞬で水分を失い、焼き締められた煉瓦のように変質した。

 

 即席の陶磁の盾(セラミック・シールド)

 

 ドォォォォンッ!!

 

 熱波が直撃する。

 盾は赤熱し、ミシミシと悲鳴を上げるが──耐えた。

 

「……九京!」

 

「分かってる! 喉元の奥、三番目のガス管の裏だ!」

 

 結界の中で守られていた九京が叫ぶ。

 彼の『銭礫』が放たれ、硬直した呪霊の眼球を正確に撃ち抜いた。

 

 好機。

 

 私は役目を終えて崩れ落ちる泥壁を蹴り、空中へと躍り出た。

 

 熱で前髪が焦げる。

 だが、道は開いた。

 私は懐から取り出した『分骨』──呪力を練り固めた白い杭を逆手に握りしめる。

 

 九京が作った一瞬の隙。

 私は蒸気の晴れ間を縫って、露出した「喉元」へ肉薄する。

 グサリ。

 硬い外殻の奥にある、柔らかい「核」を貫く感触。

 

「ギ……?」

 

 

(──準備(セット)完了)

 

 後方の安全圏。

 簡易領域を維持していた分身が、印の形を変える。

 私は呪霊の胸元を蹴って離脱しながら、指を鳴らした。

 

 それは、解体工事の合図。

 

「穿て──『外陣結界・一点』」

 

 カッ!!

 突き刺さった杭が、呪霊の体内で閃光を放つ。

 

 レンガと鉄骨で固められた巨体が、内側からの拒絶反応によって膨れ上がる。

 

「ガ、アアアアアアアアッ!!??」

 

 断末魔と共に、特級呪霊の上半身が弾け飛んだ。

 砕け散る赤煉瓦。ひしゃげる鉄骨。

 それはまるで、老朽化したビルが爆破解体される光景に似ていた。

 バラバラと降り注ぐ瓦礫の中、私は着地し、襤褸のようになった服を整える。

 

 背後では、九京がパチパチと拍手をしていた。

 

「お見事。……君、本当は解体屋に向いてるかもね」

 

「どうも。追加料金は請求しますからね」

 

 私は肩をすくめ、崩れ去った呪霊の残骸を見下ろした。

 対特級の初任務にしては、上出来すぎる戦果だ。

 こうして、私たちの「特級探索」は幕を閉じた。

 

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