【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第十三話:泥と狐の防衛戦

 

 

 

 

「……おいおい。洒落にならないな、これは」

 

 泥の壁の裏で、九京が青ざめた顔で呟く。

 壁の向こうからは、断末魔の悲鳴と、肉が焼ける湿った音が絶え間なく聞こえてくる。

 

「感傷に浸っている暇はないぞ、九京。来る」

 

 私が警告すると同時、泥の壁が外側から溶解した。

 赤黒い膿のような体液が、酸のように私の術式を食い破ったのだ。

 

「アァ……熱イ……抱イテ……」

 

 崩れた壁の向こうに、巨大な花魁が立っていた。

 十二単の裾を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ滑るように近づいてくる。

 

「『泥造(でいぞう)差戯(さざ)れ』!」

 

 偽装のために作った術式『泥造』だが、既に泥中蓮の応用なんてものではなく。新たな拡張術式と成っていた。

 私は足元の瓦礫混じりの土を操作し、無数の泥の棘を隆起させる。

 

 切っ先が呪霊の胴体を貫く──手応えはある。

 だが、意味がない。

 

 ジュワッ。

 

 貫いたそばから、泥の槍が赤く変色し、高熱でボロボロに崩れ落ちていく。

 物理的な刺突など、病巣を広げる手伝いにしかならない。

 そもそも、あの不定形の肉塊に「急所」など存在しないのだ。

 

「硬い殻を割るどころか、触れた武器から腐らされる。……厄介極まりない」

 

 私は舌打ちし、バックステップで距離を取った。

 近接戦闘(殴り合い)は不可能。

 このままではジリ貧だ。

 

「九京! 『核』は!?」

 

「埋め込んだ! ……でも、何処にできたか分からない!」

 

 九京が十銭硬貨を指で弾きながら、焦燥の声を上げる。

 彼の術式『凶籤宣狐(きょうせんせんこ)』は、対象に強制的に「死点(弱点)」を作り出すことができる。

 だが、その場所はランダム。作った本人ですら、探り当てなければ分からない。

 

「クソッ……! 『(じん)』! 」

 

 彼が硬貨に指を乗せ、空中に展開した術式(盤面)を走らせる。

 だが、硬貨は小刻みに震えるだけで定まらない。

 周囲の猛火と、呪霊が放つ瘴気によって、霊的なパスが妨害されているのだ。

 

「駄目だ、熱で霊気が揺らいでる! 特定できない!」

 

 ()の魔除け効果すら、圧倒的な「穢れ」の前では精度が落ちる。

 

「オ客サン……逃ガサナイ……」

 

 呪霊が袖を振るう。

 

 ボゥッ!!

 

 袖口から、紫色の炎を纏った血液が、散弾のように降り注いだ。

 

 術式・『血化粧(ちげしょう)

 

「チッ!」

 

 私は咄嗟に九京の襟首を掴み、横へと跳んだ。

 直前まで私たちがいた地面に血の雨が降り注ぎ、地面がジュウジュウと音を立てて溶解する。

 

「逃げ場がない……!」

 

 周囲は火の海。前方は病の塊。

 私の呪力も、地下水道からの連戦で底が見えている。

 このままでは、二人まとめて心中だ。

 

(……使うか?)

 

 脳裏に、封印していた選択肢がよぎる。

 拡張術式『中道(ちゅうどう)双蓮(そうれん)』。

 四本腕になれば、泥の展開量は倍になる。泥を盾にしつつ、捨て身で突っ込んで、九京が核を見つけるまでの時間を稼ぐことは可能かもしれない。

 

 だが、それを見せれば九京に正体がバレる。

 

 『泥造』という偽装が剥がれれば、待っているのは『零研』の解剖台だ。

 

 ──バレずに、この場を凌ぎ切る。

 

 思考が加速する。

 しかし、現実は待ってくれない。

 

(かご)ノ鳥……」

 

 呪霊が印を結ぶような動作を見せた。

 その瞬間、空気が変わった。熱気とは違う、肌を刺すような重圧(プレッシャー)

 空間そのものが歪み、塗り替えられていく感覚。

 

「領域展開」

 

 私は目を見開く。

 まさか。生まれたばかりの仮想怨霊が、そこまでの段階に達しているというのか。

 

──『徒花(あだばな)愛染窶(あいぜんろう)

 

 世界が、反転した。

 

 燃え盛る吉原の風景が消失し、私たちは出口のない「紅い座敷」へと閉じ込められた。

 壁も、床も、天井も、すべてが爛れた肉と炎で構成された閉鎖空間。

 

 心象風景の具現化。

 

 術師の頂点にして、必殺の結界。

 逃げ場が消えたのではない。

 ここは奴の腹の中だ。

 

「……九京。遺言は?」

 

「あるわけないでしょ! 給料もまだ貰ってないのに!」

 

 九京が叫ぶと同時、領域の必中効果が発動する気配がした。

 肌がチリチリと焼ける。

 助けは来ない。ここは東の果て、孤立無援の処刑場。

 私たちは、特級の絶望(領域)に飲み込まれた。

 

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