【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
「……おいおい。洒落にならないな、これは」
泥の壁の裏で、九京が青ざめた顔で呟く。
壁の向こうからは、断末魔の悲鳴と、肉が焼ける湿った音が絶え間なく聞こえてくる。
「感傷に浸っている暇はないぞ、九京。来る」
私が警告すると同時、泥の壁が外側から溶解した。
赤黒い膿のような体液が、酸のように私の術式を食い破ったのだ。
「アァ……熱イ……抱イテ……」
崩れた壁の向こうに、巨大な花魁が立っていた。
十二単の裾を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ滑るように近づいてくる。
「『
偽装のために作った術式『泥造』だが、既に泥中蓮の応用なんてものではなく。新たな拡張術式と成っていた。
私は足元の瓦礫混じりの土を操作し、無数の泥の棘を隆起させる。
切っ先が呪霊の胴体を貫く──手応えはある。
だが、意味がない。
ジュワッ。
貫いたそばから、泥の槍が赤く変色し、高熱でボロボロに崩れ落ちていく。
物理的な刺突など、病巣を広げる手伝いにしかならない。
そもそも、あの不定形の肉塊に「急所」など存在しないのだ。
「硬い殻を割るどころか、触れた武器から腐らされる。……厄介極まりない」
私は舌打ちし、バックステップで距離を取った。
近接戦闘(殴り合い)は不可能。
このままではジリ貧だ。
「九京! 『核』は!?」
「埋め込んだ! ……でも、何処にできたか分からない!」
九京が十銭硬貨を指で弾きながら、焦燥の声を上げる。
彼の術式『
だが、その場所はランダム。作った本人ですら、探り当てなければ分からない。
「クソッ……! 『
彼が硬貨に指を乗せ、空中に展開した
だが、硬貨は小刻みに震えるだけで定まらない。
周囲の猛火と、呪霊が放つ瘴気によって、霊的なパスが妨害されているのだ。
「駄目だ、熱で霊気が揺らいでる! 特定できない!」
「オ客サン……逃ガサナイ……」
呪霊が袖を振るう。
ボゥッ!!
袖口から、紫色の炎を纏った血液が、散弾のように降り注いだ。
術式・『
「チッ!」
私は咄嗟に九京の襟首を掴み、横へと跳んだ。
直前まで私たちがいた地面に血の雨が降り注ぎ、地面がジュウジュウと音を立てて溶解する。
「逃げ場がない……!」
周囲は火の海。前方は病の塊。
私の呪力も、地下水道からの連戦で底が見えている。
このままでは、二人まとめて心中だ。
(……使うか?)
脳裏に、封印していた選択肢がよぎる。
拡張術式『
四本腕になれば、泥の展開量は倍になる。泥を盾にしつつ、捨て身で突っ込んで、九京が核を見つけるまでの時間を稼ぐことは可能かもしれない。
だが、それを見せれば九京に正体がバレる。
『泥造』という偽装が剥がれれば、待っているのは『零研』の解剖台だ。
──バレずに、この場を凌ぎ切る。
思考が加速する。
しかし、現実は待ってくれない。
「
呪霊が印を結ぶような動作を見せた。
その瞬間、空気が変わった。熱気とは違う、肌を刺すような
空間そのものが歪み、塗り替えられていく感覚。
「領域展開」
私は目を見開く。
まさか。生まれたばかりの仮想怨霊が、そこまでの段階に達しているというのか。
──『
世界が、反転した。
燃え盛る吉原の風景が消失し、私たちは出口のない「紅い座敷」へと閉じ込められた。
壁も、床も、天井も、すべてが爛れた肉と炎で構成された閉鎖空間。
心象風景の具現化。
術師の頂点にして、必殺の結界。
逃げ場が消えたのではない。
ここは奴の腹の中だ。
「……九京。遺言は?」
「あるわけないでしょ! 給料もまだ貰ってないのに!」
九京が叫ぶと同時、領域の必中効果が発動する気配がした。
肌がチリチリと焼ける。
助けは来ない。ここは東の果て、孤立無援の処刑場。
私たちは、特級の