【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第十四話:蚕食する形代

 

 

 

「ぐ、うぅ……ッ!」

 

 領域が展開された直後、九京が膝をついた。

 彼の軍服が、見る間に焦げ茶色に変色し、ボロボロと崩れ落ちていく。

 

 熱ではない。「腐食」だ。

 

 この空間そのものが、対象を腐らせ、溶かし、熱に変える消化器官となっている。

 

「『簡易領域・泥塔(でいとう)』!」

 

 私は即座に分身で呪詞を詠唱させ、印を結ぶ──暇もない。

 

 自分自身で印を結び、私と九京を包むようにドーム状の結界を展開した。

 

 ジュワアアアアッ!!

 

 結界の外側で、猛烈な腐食音が響く。

 領域展開に即興で対抗するため、私は「両足不動(その場を動かない)」の縛りを結び、強度を底上げした。

 必中効果は中和できた。だが、防げるのはあくまで「術式」だけだ。

 

 物理的な「熱」までは遮断しきれない。

 

「ハァ、ハァ……! 悪い、夜永……。思考が、回らない……」

 

 九京が苦しげに胸を押さえる。

 

 すでに瘴気を吸いすぎたか。彼の探索能力が機能しなければ、私たちはこの迷宮(腹の中)で消化されるのを待つだけの餌だ。

 

(……不味いな)

 

 私の皮膚も、ジリジリと焼けるような痛みを訴え始めている。

 この簡易領域も、分身に手印を肩代わりさせたものに切り替えているが長くは持たない。

 私は脳内で、己の術式のリソースを高速で確認する。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 私の術式には、決定的な戦闘能力が欠如している。

 

 それは前々から、それこそ生まれたときから分かっていたことだ。

 故に私は結界術を鍛え、拡張術式を編み出し、本体を主体とした戦闘スタイルを確立した。

 

 だが、この「病」の前では、それすらも無力。

 

 『泥梨ノ園』の最大展開数は、本体を含めて5体。

 

 ──拡張術式『分骨』

 

 縛りの関係上、これの維持に分身枠を「1」割いている。これにより、作り出した物質に呪術的価値と永続性を与え、媒体としての利用を可能としている。

 

 ──拡張術式『中道(ちゅうどう)双蓮(そうれん)

 

 今は解除しているが、いつでも発動できるようにリソースの「1」を予約済みだ。腕のみの生成、分身の制限、これらによって追加の腕の維持のための呪力効率を高め、十分な強度を持たせた。

 

 残る枠は、本体を除いて「2」。

 

 そのうち一体は呪詞の詠唱や手印の肩代わりをさせ、有事の際の緊急脱出(入れ替え)に使う。

 

 よって、手元で動かせる残りは「1」。

 この最後の一枠の使い道。これについても、一つ考えがあった。

 

 拡張術式──『形代(かたしろ)

 

 本来、本体としている肉体が損傷を受けると、それは分身に魂を移しても修復されず、残り続ける。

 反転術式などという高等技術がまだ扱えない私にとって、本体の汚染(ダメージ)は即ち「詰み」を意味する。

 

 だが、抜け道はある。

 

 『形代』とは、人の形に切った紙や人形に、自分の罪穢(つみけがれ)や災厄を移し、身代わりとして清めるための呪術だ。

 

 この術式で作る分身は、全て私であり、同一の存在。

 ならば──「本体()が受けた被害を、分身()に押し付ける」ことは、呪術の理として成立するはずだ。

 

(……今、私の体は侵食されつつある)

 

 簡易領域を維持しているが、完全ではない。

 右腕に、赤い斑点が浮かび上がっていた。痛みと熱。感染している。

 このままでは全身に回る。

 

 使うか?

 だが、この場でそれを使えばどうなる。

 「傷が勝手に治った」などという現象を見せれば、私の術式が単なる『泥造』ではないことが露呈する。

 

 傍らには九京がいる。

 バレれば『零研』行き。実験動物としての未来が待っている。

 

 ──死ぬか。

 ──生地獄(バレる)か。

 

 究極の二択。

 

 その時、領域の天井が脈打ち、ドロリとした巨大な肉塊が滴り落ちてきた。

 

 直撃コース。簡易領域ごと圧し潰す質量攻撃。

 

「……ッ!」

 

 迷っている暇はない。

 私は決断した。

 バレるリスクよりも、ここで終わるリスクの方が高い。

 

 それに──九京は今、意識が朦朧としている。

 誤魔化せる可能性は、ゼロじゃない。

 

「形代・転写(てんしゃ)

 

 私は小声で呟き、最後のスロット(分身枠)を消費した。

 外部に残している予備の一体──その因果に、拡張術式の影響が及ぶ。

 

 ズズッ……。

 

 瞬間、私の右腕を焼いていた激痛が、嘘のように消え失せた。

 代わりに、遠く離れた分身の右腕が、ドロドロに溶け崩れる感覚が伝わってくる。

 ダメージのパス回し。成功だ。

 

「九京! 走るぞ!」

 

 私は回復した右腕で九京の胸倉を掴み、無理やり引きずり起こした。

 落ちてきた肉塊を、紙一重で回避する。

 

「え、あ……? 君、腕が……」

 

 九京が薄く目を開け、私の右腕を見る。

 赤い斑点は消えている。

 

「見間違いだ。熱で頭がやられたんだろう」

 

 私は強引に言い切った。

 疑うなら後でいくらでも疑えばいい。

 今は、この地獄から生きて帰るのが先決だ。

 私は無傷の腕で、懐の『分骨』を握りしめた。

 

 反撃の準備は整った。

 

 

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