【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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幕間:凶籤の代償

 

 

 

 朝日に照らされる吉原の空を見上げながら、僕は泥だらけの眼鏡を拭った。

 隣には、涼しい顔で髪を整えている11歳の少女──夜永がいる。

 

「……化け物め」

 

 聞こえないように、小さく呟く。

 それは悪口ではなく、純粋な畏怖と、少しの羨望だった。

 

 僕──九京(くぎょう)(つづり)は、かつて陰陽道に通じた家系の末裔だ。

 とはいえ、維新の動乱で没落し、今やただの貧乏書生崩れ。

 家伝の古い書物と、この扱いづらい術式だけが、僕に残された財産だった。

 

 僕の術式──『凶籤宣狐(きょうせんせんこ)』。

 硬貨を依代に低級霊を降ろし、対象に干渉する降霊術の一種。

 

 その本質は「強制的な因果律の改変」だ。

 

 霊に「代償(自身の血液と金)」を支払うことで、対象の肉体や魂に、致命的な急所となる「核」を発生させる。

 強力な術式だ。

 どんなに堅牢な装甲を持つ呪霊だろうと、核を作ってそこを貫けば殺せる。

 

 だが、欠陥がある。

 「どこに核ができるか、術者にも分からない」

 それは文字通り、狐の気まぐれによる「凶籤(くじ引き)」だ。

 喉元かもしれないし、小指の先かもしれない。

 

 だから僕は、核を作った後に必死で『(じん)』を行い、場所を特定しなければならない。

 モタモタしていれば、代償として捧げた血液──生命力を奪われ続ける。僕が先に倒れるか、敵にミンチにされるかの二択だ。

 

(単独じゃ限界がある。僕には、時間稼ぎができる「盾」と、核を穿つ「矛」が必要だった)

 

 だから、『鵺』に入った。

 使い捨ての鉄砲玉が集まるこの場所なら、手駒には困らないと思ったからだ。

 

 だが、彼女は違った。

 駒どころか、盤面そのものをひっくり返す女王(クイーン)だ。

 

(……『外陣結界』と言ったか)

 

 少し内容を聞いたが、思い出すだけで鳥肌が立つ。

 対象の内部を「自身の体内」と定義し、消化する。

 あの発想、あの技術。そして何より、自分自身の肉体との定義という根底すら平然と切り捨てる冷徹さ。

 あれは、僕のような凡人が持ち合わせる狂気ではない。

 

「……九京? どうかしたか?」

 

 視線に気づいたのか、夜永が小首をかしげる。

 今までは、猫を被った丁寧な口調だったが、今は素の口調を晒している。だが、その瞳の奥は笑っていない。

 彼女は僕を「使える道具」として見ている。

 

 奇遇だね。僕もだよ。

 

「いや。……いい仕事だったと思ってね」

 

 僕は薄く笑い、眼鏡をかけ直した。

 彼女と組めば、僕のリスクは消える。

 彼女の火力があれば、僕の作った「核」は確実に破壊される。

 

 最高の相性だ。

 性格さえ合えば、の話だが。

 

(ま、金と命のあるうちは、仲良くやろうか)

 

 僕は泥だらけの相棒(パートナー)の背中を追い、朝焼けの帝都を歩き出した。

 この出会いが、僕の運命を大きく変えることになるとは、まだ知らずに。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

術式資料:九京(くぎょう) (つづり)

 

1. 名称

術式名:『凶籤宣狐(きょうせんせんこ)

 

2. 概要

硬貨(主に十銭銀貨)を依代(よりしろ)に、管狐や低級霊を使役する降霊術の応用・発展系。

 

その本質は、「対象に強制的に『致命的な弱点(核)』を付与する因果律への干渉」である。

ただし、弱点が発生する箇所は完全なランダム(籤引き)であり、術者自身にも制御できないため、付与後の「特定」が必須となる。

 

3. 詳細仕様

 

【基本術式 1:凶籤(きょうせん)

効果:

・自身の血液を付着させた硬貨を対象に接触(あるいは近接して発動)させることで、対象の肉体・呪力の循環に「致命的な欠陥(核)」を強制的に発生させる。

 

核(コア)の性質:

・「急所」の後付け。

・核を破壊されれば、どんなに堅牢な特級呪霊であっても呪力循環が崩壊し、致命傷(または即死)に至る。

 

縛り:

・「核」が発生する場所は完全ランダム。

 

【基本術式 2:(じん)

効果:

・『凶籤』で発生させた「核」の位置を特定するための索敵術。

・発動プロセス:

・硬貨の上に指を置くと、空中に「呪力の盤面(文字盤や図形)」がホログラムのように浮かび上がる。霊が指を誘導し、盤面上を高速で滑らせることで、対象の座標・部位を解析・特定する。

 

【拡張術式】

 

銭礫(ぜにつぶて)

* 効果: 霊を憑依させた硬貨を弾き飛ばす物理攻撃。自動追尾・高貫通。

 

自動書記(じどうしょき)

効果: 霊にペンを持たせ、地図や情報を自動記述させる。

 

狐憑(きつねつ)き』

効果: 自身の肉体に霊を降ろす「半憑依」。身体能力(特に回避性能)の強化。

 

 





 この頃の在野の術師でかつては藩や神社に仕えていたが、近代化(廃仏毀釈や陰陽寮の廃止)でリストラされた連中って多そうですよね。「鵺」の運営はそんなマッチポンプで成り立っているのかも。
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