【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
吉原大火、および浅草地下水道における特級仮想怨霊の
その事後処理は、極めて事務的に、かつ迅速に行われた。
帰還した私と九京に下されたのは、休息の言葉ではなく、一枚の辞令だった。
陸軍省直轄・特務霊的機関、第二部隊『
および、新設部隊への異動命令。
ここで、この国の呪術にまつわる「等級」について触れておく必要があるだろう。
元来、呪霊や術師の強度を「四級」から「一級」、そして規格外の「特級」として格付けするのは、西の──京都の呪術界隈が定めた古い尺度だ。
伝統と血統を重んじる彼らが、実力を可視化するために用いた物差し。
帝都政府は、彼ら御三家を「旧弊」と忌み嫌い、対立関係にある。
だが、皮肉なことに、その尺度の有用性だけは認めざるを得なかったらしい。軍隊における階級制度と同様、戦力を管理する上でこれほど分かりやすい指標はないからだ。
今回の任務において、私たちが討伐した呪霊は「特級相当」と認定された。
それに伴い、それを単独(ツーマンセル)で撃破した私と九京の評価も、組織の規定により再設定されることとなる。
──『一級呪術師』相当。
それが、私たちに与えられた新しい階級だ。
本来なら、身元の怪しい『鵺』の隊員に与えられるような地位ではない。
だが、組織は私たちを「飼い殺す」ために、新たな檻を用意した。
抜刀隊のような
特級案件や、特殊な任務を専任とする独立部隊。
正式名称、『対特・遊撃班』。
通称──『
日食や月食を引き起こし、光を食らう星の名を冠したその部隊こそが、これからの私の拠点となる。
◆ ◆ ◆
「……『羅睺』、か。いけ好かない名前だねぇ」
新しい個室──以前の地下牢のような部屋とは雲泥の差の、地上の広々とした部屋で、九京が辞令書をヒラヒラと振った。
彼もまた、一級相当の待遇でこの部隊に配属された「相方」だ。
「待遇は悪くありませんよ。研究費は降りますし、何より『鵺』のような雑用から解放される」
私は支給された新しい軍服に袖を通す。
生地の質が上がっている。袖には、一級を示す徽章。
だが、その本質は変わらない。より高価な首輪がついただけだ。
「それに、一級相当ということは、それなりの自由も保証されるということです。……資料室の閲覧権限も、大幅に拡張されましたしね」
「君、本当にブレないね。……まあ、僕も『一級』の肩書きがあれば、実家の再興という目的もしやすくなる。利害は一致してるわけだ」
九京は眼鏡の位置を直し、ニヤリと笑った。
私たち『羅睺』の構成員は、現状この二名のみ。
実質的な、私たち専用の特別枠だ。
「さて、引越しの片付けも終わりました。……少し、出かけてきます」
「おや、早速研究かい? 熱心だね」
「ええ。確かめたいことがあるので」
私は部屋を出て、廊下を歩き出す。
目指すは図書資料室──ではない。
この辞令が出た瞬間から、感じていた視線。
私たちを「戦力」としてではなく、「素材」として値踏みするような、粘着質な気配の主。
廊下の角を曲がった先に、白衣を着た男が立っていた。
技術局──『
糸のように細い目。口元に浮かべた、捉えどころのない笑み。
一見すれば、温和な学者にしか見えないだろう。
だが、私の本能が警鐘を鳴らしている。こいつは、この組織の誰よりも危険だと。
「……おめでとう、夜永一級。素晴らしい戦果だったよ」
男の声音は、鼓膜を撫でるように優しく、そして冷たい。
「君の術式……『泥造』だったかな? 報告書を読ませてもらったが、実に興味深い。泥があれほどの強度と柔軟性を持つなんてね」
「……恐縮です」
私は慇懃に頭を下げる。
来た。
『羅睺』への昇格は、ただの栄転ではない。
より近くで、より詳細にデータを取るための、彼らの「囲い込み」だ。
「肉体と魂。その境界線はどこにあると思う?」
唐突な問い。
男は一歩、私に近づいた。
「君の泥は、まるで生きているかのように馴染んでいる。……あるいは、君の魂そのものが泥に染まっているのか」
「……哲学的なお話ですね。私には難しくて分かりません」
私は動揺を隠し、無機質に答える。
男は「ははっ、すまないね」と笑い、前髪をかき上げた。
その瞬間。
チラと見た男の額に、横一文字に走る傷跡──『縫い目』が見えた。
(……ッ!?)
心臓が、早鐘を打つ。
知っている。その特徴を、私は前世の記憶(知識)として知っている。
史上最悪の術師。千年の時を渡り歩く、呪いの黒幕。
羂索。
まさか、ここに居たのか。
『零研』の背後に。政府の中枢に。
「今度、是非
男──羂索は満足げに頷き、去っていった。
その背中を見送る私の全身から、冷や汗が噴き出す。
(……抜け出せてなんかいなかった。ここからが、本当の地獄だ)
一級呪術師への昇格。独立部隊『羅睺』の結成。
地位と力は手に入れた。
だが、私は足を踏み入れてしまったのだ。
この世界の、真の深淵に。
私の長い夜は、まだ明ける気配がない。