【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
ストックが……尽きた。
第4章・第1話:深淵との問答
異動から数日後。
私は指定された時刻に、技術局『
部屋の主は、以前廊下ですれ違った白衣の男。
彼は淹れたての茶を差し出しながら、柔和な笑みを浮かべた。
「やあ、よく来てくれたね。……
「──」
湯呑みを受け取る手が、一瞬止まる。
『飾代』。私が捨てた家名。
組織のデータベースには「夜永」としか登録していないはずだ。それを知っているということは、私の身辺調査は既に完了しているということ。
ならばこれは、言うなれば挨拶代わりの牽制。
「突如消えた新興財閥のご令嬢。いやはや、調べるのには苦労したよ。だが消えた痕跡というのは逆に、その輪郭を浮き上がらせるものだよ」
くそっ。こちらが一方的に押されている状況など性に合わない。私は茶に口をつけることなく、男──この研究室の主を見据えた。
「……吉原の呪霊。あれに関与しているな?」
「ほう? なぜそう思う」
男は、まるで子供が新しい玩具の包みを開けるときのような、浮足立った雰囲気を纏っている。
「発生から然程時間が立っていないのに領域展開を可能とする呪霊。術式に領域展開が付随する
加えて、浅草地下水道の件。組織は『火災によって生まれた負の感情の余波』などと評していた。
だが負の感情が連鎖して呪霊が湧くことはあっても、人間の意識が向きにくい地下の閉鎖空間であれほどの出力を持つ特級個体が、あれほど早く自然に形成されるはずがない。あっても自然発生ならば準二級相当が限界だろう。誰かが意図的に呪力を誘導し、澱みを集めない限りは」
私は一度言葉を切り、確信を込めて告げた。
「あれは養殖された『兵器』だ。……違うか?」
男は私の指摘を聞き、ぱちぱちと拍手をした。
まるで、優秀な生徒の回答を喜ぶ教師のように。
「いい読みだ。いや、実に素晴らしい洞察力だよ」
男は立ち上がり、壁に貼られた帝都の地図を指差した。
「私は知りたかったんだよ。人災によって発生する呪い……その術式の傾向が、
「あ、火災は私が起こしたんじゃないよ?」と付け加える彼は、淡々と、そのおぞましい実験の概要を語り始めた。
「私はこれでも長生きでね。過去では人類がまだ脆弱でやれなかったことが多かった。今の時代はいいね。
吉原の火災に便乗して負の感情を誘導し、特級呪霊を発生させる。同時に、周辺の町で生まれた負の感情を地下水道へ流し込み、別の個体を培養する。連鎖的に生まれる呪霊の限界強度を調べるために行ったそうだ。それらは全て、カビの繁殖実験でもするかのような気軽さで行われた「テスト」に過ぎなかった。
「ついでに、現在の特務機関の対応力も調査させてもらった。……結果は散々だったがね。抜刀隊は全滅。期待外れもいいところだ。」
男はつまらなそうに肩をすくめた。
だが、その瞳の奥には、語られていない「真の目的」が見え隠れしている。
(……口ではそう言っているが、本命は別にあるはずだ)
私の直感が告げている。
「……因みに地下水道の呪霊。あれは呪胎だよ。変態を遂げるまでの間、自身での術式使用を禁じて地下空間を外殻に術式を展開し自らを守っていたみたいだ。だが、そこへ君たちが現れた」
男が私に向き直る。
「突然現れた侵入者。領域による防衛反応を尽く打ち破り、己のもとへと進んでくる君たちに対抗するため、領域の術式を解き羽化を早めた。結果的には悪あがきだったみたいだけどね。しかし、君には驚かされたよ。
正確には、君と、九京綴を始めとする特務機関の呪霊探知能力だね。まさかあれほど素早く察知されるとは思わなかった。我ながら詰めが甘かったね。
……そして『鵺』に配属された、11歳の少女。噂には聞いていたが、まさか特級二体をほぼ単独で祓うとはね」
「……何がしたいんだ?貴様は」
「ただの探究心だよ。気になることは忘れられないし、面白そうなことはやってみたい。ならば、気になる面白そうなことを実行に移すのは自明の理だろう?」
私の問に、奴はきょとんとした顔で応える。何を当たり前のことを言わせるのかと言わんばかりに。
「好奇心に力を与え、代わりに理性の
原作においても、こいつはそういう奴だっただろう。自らの好奇と探求の名の元、どのような行いでも周囲など意に介さず実行する。
男が一歩、近づいてくる。その圧に、私の肌が粟立つ。千年以上を生きる、場合によっては呪いの王よりたちの悪い怪物。
「教えてくれ、夜永。……君は、何故呪術師になった?」
「……」
唐突な問い。
だが、その言葉には魂を縛るような重みがあった。私は答えようとして、詰まる。
生き残るため?
確かに、最初はそうだった。あの腐った実家から逃げ出し、
だが、それはもう達成されている。
今の私の実力と知識があれば、軍を抜けて海外へ高飛びすることも、裏社会で金持ちとして暮らすことも容易いはずだ。なのに、なぜ私はまだここに居る?
なぜ、命を賭けてまで呪術の研究に没頭し、特級呪霊と殺し合っている?
──退屈だからだ。
ふと、その答えが降りてきた。
私が描く、私が主人公の、私の
ここで逃げ出して、平穏な一生を送る?そんな結末、つまらない。見たくない。
私は見たいのだ。
この「飾代夜永」という存在が、どこまで行けるのか。呪術を知った。術式を得た。この身は、仮定と実証を経て新たな力が顕になる。
呪術という
「……見たいからだ」
「自分の人生という物語が、こんな場所で終わるのを見たくない。私は、私の
私という存在が、この世界で何を成せるのか……それを確認するまでは、止まれない」
一瞬の静寂。
次の瞬間、羂索は破顔した。
「ハハハッ! 素晴らしい! 内の可能性を追求することは、誰しもが通ずることだろうが、君のは異質だ。自分を自分として見ていないような節がある」
彼は愉快そうに笑い、心の内を覗き見るようにこちらを見つめている。
「ただ、私は進んで地獄に突っ込むつもりはない。呪術を、己の術式を磨ければいい。はっきり言えば貴様はその対極だ。混沌を産み、世を乱世にせんとしている」
「あぁ、君の核には平穏を望む心もある。だが、そんな甘い空気では君の望むところにはいけない。少し手を貸してやろうか?」
じりじりとした空気の中で、二人の視線が行き交う。だがその瞳に宿るものは対極だ。一方には宿るのは焦燥、もう一方には余裕が浮かんでいた。
そんな空気も、彼は満足げに頷くとすぐさま掻き消える。そして、彼は何事もなかったかのように机の上の書類をまとめた。
「今回は私が引こう。『零研』からの干渉も抑えておく。君は君のままで、その欲望に従って突き進めばいい」
そう言って、彼は部屋を出て行こうとする。
去り際、彼は振り返らずに言葉を残した。
「ただし、覚えておきたまえ。君が望む平穏と、私が望む混沌。相反していても、望むものは近しいものだということを。
……あぁ、言い忘れていたね。私は羂索。よろしくね。水芙蓉の君」
扉が閉まる。
部屋には、私一人と、冷めきった茶だけが残された。
(……)
私は拳を握りしめる。
羂索。千年の術師。
彼にとって私は、まだ
・というわけで、書き溜めをすべて放出したのでしばらく書きだめ期間に入ります。次の投稿は十二月末かな?できるといいな。
最低でもこの明治大正動乱篇完成させるまで失踪などする気はありませんのでご安心下され。
・あと、今まで投稿した内容で少しだけ改変(描写など)を加えるかもしれません。大筋には影響しませんのでお気になさらず