【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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 皆様、先月ぶりでございます。

 いやはや、大変嬉しいことに多くの方に見て頂けてるようで、今私めは感想を見返してはにやにやと笑みを浮かべる変態と相成ってしまいました。
 自分が読みたいが為に執筆したものが、多くの共感を得れたのは、恐悦の至りというものです。加えて多数の誤字脱字の指摘ありがとうございます。これから順次見直していきたい所存です。

 話は変わって、これは私事なのですが、最近しっかりと睡眠を取れないのでございます。
 床に着き、目を閉じれば、こちらの安眠を邪魔するが如く、小説のアイデアが脳裏に浮かぶのです。その度に起きてはメモを取り、それを繰り返して朝となる……
 そして、出来てしまったものは仕方がない。長々と書き連ねましたが、良ければ余暇の退屈しのぎにお読み下されば幸いです。




中越事変
第十八話:時雨と檻、嗤う隣人


 

 

【特務霊的機関 作戦経過報告書】

 

 明治肆拾肆(44)年 (10)

 場所:新潟県下、古志郡栃尾

 事案:特別重要指定手配「賀谷(かや) 建一(けんいち)」の現認ならびに捕縛。

 

 当該容疑者は呪術を行使した凶行の疑いが濃厚であり、県警の手に余ると判断。陸軍省より特務霊的機関へ指揮権が移管された。

 

 経過:

 同日、特務霊的機関第(1)部隊『抜刀隊』壱個中隊を展開。

 対象に対し直ちに捕縛、乃至(ないし)は殺害行動へ移行するも、約壱時間の交戦を経て作戦は失敗。以下の損害を出し、全部隊撤退を余儀なくされた。

 

 第壱小隊: 全滅(生死不明)

 第弐小隊: 壊滅(小隊長を除く(3)名死亡)

 第参小隊: 戦闘不能(全員が重篤な呪傷を負う)

 第肆小隊: 中隊の損耗率超過により撤退

 

 結語:

 本報告をもって、『抜刀隊』による任務遂行は不可能と判断する。

 後続として、対特・遊撃班『羅睺(らごう)』を選出。

 目標は変更なし。対象の完全抹殺とする。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 機関への入隊から、早一年が経過した。

 あれ以来、懸念していた羂索からの接触は皆無。着々と知識を蓄え、実戦で研鑽を積み、己の可能性を拡張するには悪くない期間だったと言える。

 もっとも、脳裏にこびりついた奴の影が消えたわけではないが。

 

「…………今回は遠いな」

 

 新潟への道程は、久方ぶりの単独行だった。

 相棒である九京は別件で不在。今回の任務は、羅睺での戦果が評価されたのか、私一人に任される形となった。組織としては、単独での戦力を試すつもりなのだろうが私にとっては好機だ。

 

 監視の目がない。

 つまりは周囲への被害や情報漏洩を気にせず、『泥梨ノ園』を運用(テスト)できるということだ。無論、不測の事態には備えなければならないが、枷を外せる貴重な機会であることに変わりはない。

 

 さて、今回の任務は呪詛師の完全抹殺とのことだが……一体、此奴(こいつ)は何をやらかしたのか。流石に詳細な経緯までは私の権限では開示されなかったが、少なからず興味は湧いてしまう。

 

 対象の術式は不明。但し、広域に(わた)る結界が展開されている事実は確認されている。単純に推察するならば、術式そのものが結界の運用を前提とするものだろうが、その性質がいささか異常だ。

 報告によれば、結界は常時展開型。結界内部へ侵入した者は(ことごと)く死亡。辛うじて瀕死の状態で脱出した者もいたが、ひと呼吸のうちに絶命したという。極めつけは、救助しようとその遺体に触れた者にまで呪傷が移り、重篤な状態へ陥ったという点だ。

 分かっていることは、対多数において圧倒的な制圧力を誇る術式、あるいは実力を備えているということのみ。

 

 なんと難解で、悪辣な代物だろうか。

 十中八九、何処ぞの手余者(羂索)が関わっていそうな案件だ。内に居ようが外に居ようが、彼奴(やつ)が撒いた種はこうして私の邪魔をする。まったく、性質(たち)が悪い。

 

「…………そして、ここが件の場所か」

 

 眼下に広がるのは、守門岳(すもんだけ)の麓に位置する栃尾の集落だ。

 本来ならば、刈谷田川(かりやたがわ)の清流と、名産である(つむぎ)を織る機織りの音が響くのどかな山間部なのだろう。

 

 だが、今のこの地を支配しているのは、鉛色の空から降り注ぐ冷たい時雨と、肌にまとわりつくような不快な静寂だけだった。湿った盆地の空気は澱み、生き物の気配が希薄だ。

 

 そして何より────街の西方。

 本来あるはずの木々の緑や紅葉を塗り潰すように、ドーム状の半透明な「膜」がそびえ立っていた。風景画にインクを垂らしたような、明らかな異物。混乱が起きていないことを見るに、非術者には目視できないようになっているようだ。

 

 ……あれが、訪れるもの全てに死を齎す結界か。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 到着から一応身を隠し、創り出した分身を使い結界の威力偵察を行う。元来、分身を扱える『泥梨ノ園』ならば領域に入らず対処できるのだ。入ればその殆どが致死である領域。これまで何度か結界に突っ込んできたが、そんな中にこの身一つで入るなど巫山戯(ふざけ)ている。

 

 などと他愛のない考えを巡らせながら分身に意識を向ける。本体として意識を移すほどではないが、それでも分身一体の操作に意識を集中すれば本体と大差ない行動が行える。

 分身には術式が使えないところが少し痛いが、最低限「分骨」の苦無(くない)を持たせたので、最低限の行動はできるだろう。いざとなれば刺し違えてもと攻勢に出られる。

 

 そうこうしているうちに、結界のすぐそばまで来た。

 

(……でかいな。半径で二里(約6km)ほどか。この時代では「帳」でもここまで広域を覆える結界は難しいだろう)

 

 結界術にはそれなりに自負がある。自分の肉体を媒体に、詠唱と掌印を分身に肩代わりさせた私の結界術は正道などとは露ほどにも思わないが、それでも結界術の道理は弁えているつもりだ。

 

 そんな私が見るに、この結界は人一人で賄える呪力量を軽く超過しているだろう。ならば考えられるのは私と同様、結界の展開や維持を外部に委託しているか。若しくは、そんな事もせずにその身を犠牲に結界を展開する「縛り」でも結んでいるか。

 前者ならば外部に基点が設置されていることが予想されるが……。

 

(……ざっと見た感じ。そんなものは無さそうだな。はぁ……私に六眼でもあればすぐにでも分かるんだろうか)

 

 私の呪力感知は人並み程度。長閑な畦道(あぜみち)を見渡せど、それらしきものは分からない。

 

(そういえば、今の五条家って六眼なのか?)

 

 いや、確か原作では六眼を持って生まれたのは400年振りと言及があった。……ん?それは六眼と無下限呪術の抱き合わせ、だったか?どうやら前世の知識もおぼろげになっているようだ。まぁかと言って執着する気はないが。記憶とは失われるものだ。

 

(……ま、分からんことにはどうしようもない。入ってから考えるか)

 

 少々腑抜けた考えかもしれないが、今回の任務は早期解決を望まれている。原作の芻霊呪法(釘﨑の術式)のような本体に連鎖するほどの攻撃ならば瞬時に接続を切る。この訓練は命に関わると、幼少の頃からやって来ている。

 

 躊躇いがちに手を伸ばし、領域の中へと歩を進めた…………

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

(内部は……直ぐには何ともないな)

 

 境界の膜を抜けた瞬間、肌にまとわりついていた冷たい湿気が消失した。代わりに鼻孔をくすぐったのは、線香と腐った果実を煮詰めたような、甘ったるい異臭。視界を覆っていた鉛色の空は、嘘のように穏やかな茜色へと塗り替えられている。どうやら外の雨は遮断されているようだ。

 

 遠くに見える町には、何事もないように人々が行き来していた。中央には周囲と比較して規模の大きい屋敷が居を構えている。日本家屋に洋風の窓枠やバルコニーが無理やり接ぎ木されたような、奇妙な建築だ。

 

 私は街へと近づきながら軍靴の泥を軽く払い、即座に路地裏の陰へと身を滑り込ませた。呼吸を潜め、気配を殺す。

 

 外界では時雨に打たれていたはずの栃尾の街並みが、ここでは奇妙な熱気を帯びて活動していた。

 通りを行き交う人々を見る。野良着を着た男たち、赤子を背負った女たち。彼らの表情は一様に穏やかで、幸福に満ちている。だが、その笑顔はどこか能面のようで、目の奥の光が欠落していた。

 

 そして何より、彼らの首筋や腕、まくり上げた着物の裾から覗く肌には、例外なく青黒い幾何学模様の刺青(イレズミ)が施されていた。

 

(あれは……呪印の類か?見たことのない組成だな)

 

 異質だと感じるのはそれだけに留まらない。街路樹の幹には斧で断ち割られたような亀裂が走り、民家の土壁には殴りつけられたような窪みがある。それらは修復されることなく、日常の風景として放置されていた。

 

 やがて、街路が緩やかな登り坂に差し掛かった。

 その先に、周囲の民家を見下ろすようにして建つ、一際大きな屋敷が姿を現した。

 

「……あれが、本丸だろうな」

 

 それは、この歪な領域を象徴するような建造物だった。

 基本構造は、この地方によく見られる重厚な茅葺き屋根の日本家屋だ。だが、その母屋に食い込むようにして、白い漆喰壁と煉瓦で造られた洋風の尖塔がそびえ立っている。木と石、和と洋が無理やり接ぎ木された、嵌合体のようなちぐはぐな外観。

 

 私は軍帽の鍔を目深に下げ、屋敷の裏手へと回り込む。表門には、門番のようにぼんやりと立ち尽くす男たちの姿があった。彼らと事を構えるのは得策ではない。私は屋敷を囲む板塀の、腐って脆くなっている箇所に狙いを定めた。

 

 音を立てぬよう、慎重に。

 分骨の苦無を伸ばし、鍵縄のように板塀の隙間を潜り込ませる。内側の金具を音もなく外し、人が一人通れるだけの隙間を押し広げた。

 

 手入れのされていない庭木が鬱蒼と茂り、視界が悪い。だが、それがかえって好都合だった。

 

 私は庭石の影から影へと移動し、母屋の縁側へと接近する。障子の向こうから、微かな衣擦れの音と、誰かの独り言のような呟きが漏れ聞こえてきた。

 

 

「───やぁ、新しい家族」

 

 

「……っ!」

 

 声をかけられた瞬間、私は即座にその場から離脱しようと背後へ飛んだ。

 だが、遅かった。いや、物理的な距離など意味をなさなかったのかもしれない。

 

 視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間には、私は屋敷の大部屋の中央に立たされていた。目の前には先程の声の主がいる。

 






 六眼についてなんですが、実際どうなんですかね?いろいろ調べても確たる情報が得られませんでした……居たら年代的に五条悟の前任になるんですかね。まぁ、面白くなりそうだったら登場させますし、盛り上がりに欠けるのなら出しません。


 因みに明治38年には、上野-新潟間列車があったそうですよ。
 北越鉄道(新潟~直江津)、
 国有鉄道(直江津~高崎)、
 日本鉄道(高崎~上野)の三者協定による直通旅客列車が運転されたそうです。

文献元:鉄道の歴史-新潟市 より
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