【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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 今回のお話(呪詛師戦)は数話を通してやりたいこと全部やります。説明が長くなるのはご愛嬌としてください。


第十九話:共感という名の孤独

 

 

 色素の薄い髪と瞳を持つ、おそらくは異人との混血。座っているが、大柄なのが分かる。しかしその体はやせ細り、猫背も相まって威圧感よりもおどろおどろしさが前面に出ている。上質な洋装を着ているが、所々が破れ、血が滲んでいる。首元や手首からは、全身に巻かれた包帯が見え隠れする。

 

(…っ。転送の術式か?いや……)

 

 窓の外を見る。この部屋に入る前に見えていた遠くの景色は変わっていない。つまり、私の座標は変わらず、周りの環境が変化したわけだ。領域内を自由に操作できる術者がいるとは聞いたことはあるが……

 そう思考を巡らせていると、目の前の男が揚々と語りかけてきた。

 

「やあやあ!来てくれて嬉しいよ。新しい家族よ」

 

「……賀谷建一ですね?」

 

 取り敢えずは情報収集だ。推定だが、異国の男(賀谷建一)はかなりの練度を誇る結界術の技量を持っている。只でさえ領域展開の難易度は高いというのに、それに様々な改変を施すのは並大抵のことじゃない。

 

「おや、鈴の音のように美しい声だ。家族のみんなも、君を家族に加えられることを喜ぶと思うよ」

 

 ……まともに答えてはくれなさそうだ。もしくは術式か縛りの関係で喋れないとかか?あとは単純に狂気に陥っているという線もあり得るが。

 

「かなりの結界術の使い手のようですね。領域内部を即時に改変できるのですか」

 

 空性結界。詳しくは知らないが、結界術に秀でた者であれば内部の構造をある程度自由に設定することが可能な結界があるらしい。もしこいつの領域展開にそれを付随させることができるのなら……はっきり言って勝機はかなり薄いだろう。

 

「おお!君は(さと)い子だね。転移でここに呼び出されたとは考えなかったのかい?」

 

「外の風景が同じでしたので」

 

「なるほど、よく見ている。そして質問の答えだが、そのとおりだ。と言っても、変えられるのは領域の中心にあるこの屋敷の敷地内だけ。しかも屋敷としての域を超えるものにはできないんだけどね」

 

 なるほど、屋敷の形を変えて私の立っていた場所を大部屋の中心にした。といったところか。それでも絶望的な相手に変わりないが。だがなんとまぁ楽しげに語るものだ。自己顕示欲が強い人間なのか?

 

「では、賢い君に先達から少し授業をしてあげよう。この結界がどのようにして成り立っているのか」

 

 「気になるだろう?」そう優しげに語る奴の表情は、さも大事な末妹をあやすかの様な雰囲気を纏っていた。

 

 

 態々自身の結界について語る。それはつまり、付随する術式の開示だ。術式開示は己の弱点を晒す危険を負う代わりに、術式効果の向上や出力の上昇という利を得る「縛り」の一種。

 基本的に術式を初っ端から開示する理由は、開示してもそもそも問題にならない術式か、開示による術式効果の向上を前提とした構成である可能性が高い。

 もし後者ならば、速攻をかけ対処する必要がある。密かに取り出していた分骨の苦無を右手で振りかぶり、投げつける。しかし、投げつけようとした苦無は手から離れることはなかった。

 

バツッ!

 

 異音が体内に響いたかと思うと、腕が宙に舞っている。投げつける為に勢い良く動かしていた腕は手に残る苦無とともに見当違いの方向に弾け飛んでいた。二の腕半ばで断ち切られ、切り口からはボタボタと血が滴り落ちている。

 

「っ……!」

 

「あ〜あ。みんなそれだ。前に来た君の仲間?らしき人たちも、ぼくが自慢しようとするとすぐ感情を顕にしてこちらに殺意を向けてきたよ。術式の開示なんて警戒するだけ無駄なのにね」

 

 痛覚をただの情報と処理しながら、冷静に分析しようと脳に血が回る。遠隔からの斬撃?まさか宿儺(呪いの王)と同様の術式……いや、まだそう断ずるのは早い。だが、これほどの相手に片腕を失ってはもうこの(分身)はまともに闘り合えないだろう。

 ならば完全に情報収集に移行(シフト)してしまったほうが有効活用と言うものだ。

 

「……遠隔から、不可視の斬撃。それがあなたの術式ですか」

 

「ん?いやいや、そんな物じゃないよ。ぼくの術式『怨親(おんしん)平等(びょうどう)』はぼくが呪力を込めてつけた傷を周りに伝播させる術式だよ。浅い傷を深くしたり、他の人が触れればその傷が伝染するんだよ。それなりに強いって自負はあるけど、傷を視認できてないと術式は発動できないし、何より最初の傷は自分で付けなきゃいけないのが困りものだよね。まぁ傷つけてしまえばこっちのものなのだけど」

 

 ……強力だ。当たれば致命必至な攻撃性を持つ術式。これに先鋒の抜刀隊は無惨にも敗れたというわけか。

 しかし、私はいつ此奴(こいつ)に傷をつけられた?この屋敷に到着するまで、警戒は怠らなかったはずだ。

 

「……結界内では無制限に傷をつけられるのですか」

 

 考えられるとしたらこれだ。しかし、この攻撃の異質な部分はそれだけではない。術式の開示をされる前に攻撃が行われたということ。つまり前者、術式の開示は問題とはならない類型(タイプ)だったということだ。

 

「それができれば良かったんだけれどねぇ。流石に伝播することが本質のぼくの術式ではそんな無法は許されなかったよ」

 

 伝播が本質……で、あるならば。

 

「なるほど。「この結界(空間)内にあるすべての傷を自由に伝播できる」、といったところですか」

 

 私の解答に、奴は増々えくぼを際立たせる。

 

「あぁ、素晴らしいね。賢い子は好きだよ。……その通りだよ。ぼくの領域展開『忌地吼吼処(いみじこうこうしょ)』は、この結界内にあるすべての物質についた傷を伝播することができる。そしてこの結界は私が死ぬその時まで永続する」

 

 何が「そこまで無法じゃない」だ。十分頭のおかしい構成だろう。領域展開が永続?そんなもの聞いたこともない。かなりの無茶を通さなければそも展開すら許されない際物(キワモノ)だろう。

 

「領域展開を永続……無茶苦茶言ってくれますね。一体何を代価に差し出したんですか」

 

 十中八九、非常に強力な「縛り」を設けているだろう。場合によっては命を使う(不惜身命)縛り以上のものだ。

 もしそうならばそれは、この結界の致命的な弱点であり、通常の術者ならぺらぺらと喋るはずのないことなのだが……此奴は先程と変わらず楽しげに語る。もうこちらに逃げ道はないと高を括っているようだ。

 

「代価だなんて、そんなものないよ。ただ、この結界はぼくの家族たちによって保たれているんだ。

 君もこの屋敷に来るまでに見ただろう?この町に住む家族たちには、呪印を刺青として入れてもらっているんだ。彼らが呪力を供給し、結界の内外に設置したそれぞれ拾六(16)の基点を土台にこの結界は保たれている。

 中の基点は町民の誰か、外は畦道によくある仏様の像だよ。基点となっている町民はぼくでさえ分からないし、外の像は壊そうとしたら術式の応用で呪詛返しの術(壊せば壊し返す)を施してある。加えて、近くに生えている木に傷を伝播させ移すことで不壊となっている。木は自己治癒力で元通りって寸法さ」

 

 

 ────あぁ、なんて複雑に入り混じり、そして合理的。言ってしまえば、私の究極形だ。

 結界の構築を外部に頼る形式。加えて、私では出す事のできない攻撃性を術式によって補っている。

 

 

 美しい。羨ましい。妬ましい。そんな感情が湧いて出た。

 

 

「…………っ!」

 

 妬ましい、だと?何を考えている?客観視しろ。

 美しいものを美しいと思うことはおかしなことではないだろう。優れているものに対して尊敬の念を抱くのもおかしなことではない。

 しかし、妬ましいとは考えない。

 本来ならそれを学びに変え、更なる飛躍のために分析に頭を回すのが夜永()という存在だろう。

 動揺が顔に出てしまったのか、彼は楽しげな様子を見せる。

 

「あっ、効いてきたかな?いやぁ、術師には効きが悪くてね。ぼくの拡張術式『四無(しむ)量心(りょうしん)』。言っただろう?ぼくの術式の本質は「伝播」、この拡張術式は僕の感情や考え、経験を相手に伝播させることができるんだ。この結界内なら無制限に、ね。けど、術師は呪力で身を守っている関係か、術式の開示を行わないと時間が掛かり過ぎてしまうんだよね」

 

「…………っ」

 

 感情の流入か。一先ずは呪力で脳を守る。すると、効果が少し緩和されたのか若干頭が軽くなる。呪言師対策で練習していたのが役に立った。しかし、拡張術式の開示までされ、かなりきつい。術式開示に意味はないと言っていたが、ブラフだったか。

 しかも厄介な点は本体にまでその効果が及んでいることだ。分身に意識を割きすぎた。もし分身でなく本体が中にいたならば、環境要因による術者の性能上昇によって耐える(ひま)すら与えられず呑まれていただろう。

 

「へぇ。君、ぼくの術式に耐えられるんだ。いいね。その歳でそれほどとは思っていなかったよ。馬良白眉、才気煥発といったところだね」

 

 冷や汗を垂らす私と余裕綽々な態度を崩さない彼。

 なるほど、町民がなぜ彼に協力的なのかよく分かった。呪力で身を守れない非術者の彼らは、直接(ダイレクト)に彼の感性を受信したわけだ。そして彼と同じような考えを持ち、苦楽を共に(実際にはしてない訳だが)すれば、彼に同情的、協力的になっていく。

 『洗脳』の拡張術式。

 

 すぐにでもこの結界から逃げ出さなければ、いずれ呑まれてしまうだろう。

 

「あぁ、因みに結界からの脱出はお薦めしないよ。結界に触れた瞬間ぼくの術式に粉々にされるからね」

 

 ……ちっ。結界に入ってもすぐさま必中必殺の術式が現れなかったのはそういうことか。

 恐らく、必中を制限して結界内にある傷を触れることを引き金(トリガー)とし、必殺を制限して視界内に入れる、若しくは結界の縁に触れることで撃鉄(術式)が起こされる、と言う訳だ。必中の方はつけられる傷を極小に制限することで釣り合いを取っている。極小の傷ならば付けられた側は気付きもしない。

 本当に洗練された結界だな。一度入れば生きては出れない。蟻地獄の結界といったところか。察するに結界の出入りも制限していないのだろう。入れば出る意志なぞ消えてなくなるのだからな。

 触れられないのなら物理的な結界の破壊は不可能か。

 

「さぁ、諦めて家族となろう?辛いだろう?苦しいだろう?ぼくに身を任せれば全て楽になるよ。その傷の手当は勿論、今後の生活も任せてくれ。きみはただ、ぼくの手元に居るだけでいいんだ」

 

「…………先程から、家族家族と執拗に拘りますね。貴方が言っていることは、愛玩動物(ペット)になれと言っているように聞こえますが?」

 

「……?似たようなものだろう?同じ家族だ」

 

 あぁ、此奴の頭には対等なんぞ存在しないわけか。あるのは庇護下(支配下)の名の下に行なわれる家族ごっこ。

 

「さぁ、どうする?」

 

 選択を迫られる。ここから私が取れる選択肢は、

 

一、捨て身の特攻。これは一番ない。奴の視界内にいる以上、攻勢に出た途端に傷を激化させられてしまい、殺される。加えて、殺されると泥に戻ってしまうため、分身ということが露呈する危険性がある。本体の存在を悟られ、警戒されては元も子もなくなってしまう。

 

二、結界からの脱走。結界に触れれば殺されるが、流石に分身ということが露呈するのは防げそうだ。まだ分骨の苦無が残っている。可能性は乏しいが「外陣結界」を使えば結界の解析、脱出ができるかもしれない。

 

三、結界内部で潜伏。脳を呪力で守りつつ「自流簡易領域」を併用すれば術式効果から一時的に身を守れるだろう。その後、本体と合流して二体で奴を叩く。この場合分身にかける呪力消費が激しく、長期戦になれば劣勢になるだろう。

 

 一は下策。三は中策。二は三を内包する上策といったところか。ならば、なによりも素早く行動し、この盤面をひっくり返さなければならない。

 

 

 …………いや、発想の転換だ。かの哥白尼(コペルニクス)に倣うとしようじゃないか。

 

 

 

 夜永の瞳には、まだ理性の焔が揺らいでいる。

 





 「忌地吼吼処」ですが、明かしていない縛りのあれこれがまだまだ御座いますよ。明かすかは分かりませんが、期待せずにお待ちください〜
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