【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第二十話:その時、彼は求められた

 

 

「おや?」

 

 楽しげに会話していた(見当違いもいいところ)彼女は、いきなり身を翻して屋敷から出ていってしまった。どうやら彼女はこの結界からの脱出に賭けることにしたらしい。

 

(残念だよ。君のように優秀な子が、錯乱した意識に身を任せて散ってしまうとは)

 

 新たな家族を出迎えられないのは残念だが、彼女ほど優秀な術師は獅子身中の虫に成りかねない。

 

洗脳(愛情)を伝えきれないのは不徳の致すところ……と言ったところかな)

 

 心底残念そうに眉を下げる彼だが、その慈愛に満ちた瞳は、まるで誰もいない廃屋の窓明かりのように、不気味なほど空虚だった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 賀谷(かや) 建一(けんいち)

 

 明治弐拾(20)年生まれ。

 新潟県下、直江津港近くの遊郭にて、日本人遊女と露国(ロシア)系外国人船員の間に生を受ける。

 父親は出港と共に蒸発し、彼の記憶にはその背中すら残っていない。

 

 彼の半生は、時代という暴力に踏みにじられた歴史と言えるだろう。

 

 幼少期は、迫害の季節だった。

 父親譲りの色素の薄い髪と瞳は、大陸との戦火燻る(日露戦争)日本において明確な「敵」の記号だった。近所の子供たちは彼を「露探(ろたん)の子」「鬼っ子」と罵り、大人は見て見ぬふりをした。

 彼の母親は、これにとって唯一の(よすが)だった。父親を深く愛していた彼女は、その姿を消してなお、忘れ形見の息子である彼を愛そうとしていた。しかし、周囲の偏見は彼女の職を奪い、精神を削り、貧困の底へと突き落とした。

 彼が(5)歳を過ぎた頃。彼女は労咳(ろうがい)を患い、吐血と共にこの世を去った。

 

 最後に言い残した言葉は「ごめんね、産んでごめんね」という、謝罪だった。その目に映るのは、果たして誰だったのだろう。

 

 孤児となった彼は、路地裏で生ゴミを漁り、野犬のように生き延びた。

 日常的な投石。理不尽な暴行。

 泥水を啜りながら、彼は常日頃から願っていた。

 

 どうか、この痛みを。苦しみを。

 気づいておくれ。知っておくれ。

 

 分かり合い、慈しみ合いたい。

 

 幼い当時の彼には明確に言語化できない思いが、その身のうちに焚べられていた。

 

 僕と同じように痛がって、泣いて、僕という存在を認めてくれ。

 その歪な祈りが臨界点に達した時───

───転機は訪れる。

 

 術式の覚醒。

 

 熱く、強く成っていく思いは、その在りどころとして術式の存在を知覚させた。

 

 いつものように彼を路地裏で殴りつけていた少年が、唐突に「ぎゃっ!」と悲鳴を上げたのだ。

 少年は、殴ったはずの自らの腕を押さえてのたうち回っている。その腕は、建一が殴られた箇所と同じ角度で、無惨に折れ曲がっていた。

 呆気にとられる子供たちの中で、建一だけが歓喜に震えた。

 ──ああ、遂に願いは届いたのだ、と。

 

 

 それは彼にとって、人生で初めて得た他者との「和解」であり、「絆」だった。同じ痛みを知り、分かり合える。そんな単純な思考しか、彼には考えられなかったのだ。

 

 だが、世界はそれを「呪い」と呼んだ。

 

 害すれば尋常ならざる力でやり返される。そんな(呪い)の持ち主に向けられる感情なぞ、想像に容易い。

 宜なるかな。村の人々は彼を「触れると祟られる化け物」として座敷牢に幽閉したのだ。彼を殺せば、関わった者は呪い殺されると恐れられた。それ故に、最低限の餌だけを与え、社会から隔離したのだ。

 

 暗い牢の中で、彼の心中を支配したのは、「何故」の一言だった。

 

 漸く分かり合えると、愛し合えると思ったのに。得たのは、以前と変わらぬ侮蔑の目。否、それ以上の恐怖と拒絶、そして蔑視だった。

 数年に及ぶ孤独な幽閉。精神の限界を迎えた彼は、帯を(はり)にかけて首を吊った。

 だが、死ねなかった。

 術式が作用し、彼の首が折れる前に、頑丈なはずの梁がへし折れたのだ。

 

 そんな絶望的な状況に、二度目の転機(羂索)が訪れた。

 

 なんの脈絡もなく現れた羂索は、彼に囁く。

 

「君は悪くない。君の愛を受け止めきれない人間が脆すぎるだけだ」

 

 羂索は慈父のように語りかける。

 

「君だけの家を作りなさい。そこなら誰も君を拒まない。君にならその(術式)がある」

 

 その福音(こえ)に導かれ、賀谷は牢から逃れて山深く閉鎖的な栃尾の集落へと移り住んだ。羂索の薫陶を受け呪術を学び、数年をかけて地盤を築いていった。接触した人間を洗脳し、違和感のない位置に地蔵を設置する。その過程で数人を()()()しまい、政府に捕捉されてしまったが問題はない。

 

 ある大雨の日。準備を整えた彼は、遂に領域展開を行使した。儀式的な工程を経て展開されたこの領域は、「賀谷建一()を愛し、賀谷建一()から愛されることを至上の喜びとする家族に囲まれた理想郷」へと作り変えたのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 そんな彼は今、また一人自らの手から零れ落ちていく(夜永)を惜しんでいた。位置の察知はできないが、結界に触れれば術式の発動を感じ取れる。

 刻一刻と近づいている術式の完了(洗脳)に対して、一か八か呪力による防御で脱出するのが彼女の目論見だと容易に予想できる。だがしかし、そんな甘い考えで突破できるほど雑な作りはしていない。

 外殻の必殺効果は相手の呪力出力に応じて、これを上回る攻撃(ゴリ押し)が加わるようにしている。なにせ、こちらは呪力量が無制限と言っても過言ではない。家族たちからの呪力供給で結界には潤沢に呪力が巡っているし、いざとなれば町民は「不惜身命(命を懸ける)の縛り」によって呪力を供給してくれる。

 ともすれば反転術式や領域展開も考えられたが、腕を切られても治す気配はなかったし、領域展開が可能ならば対面していたときに既に発動していただろう。

 

「ま、出来たとしてって感じだけれどね」

 

 領域展開は相手を逃さないことに重点を置いており、外部からの攻撃に弱い。彼の領域内で展開された領域展開は瞬く間に解体されてしまうだろう。もし内外の強度を入れ替える事ができたとしても、これまた町民の文字通り命を賭した攻撃によって結界の維持は不可能となるだろう。こんな状況においても領域展開によってこれを打破し得るのは、閉じない領域展開(空に描いた絵)という、まさに絵空事しかないだろう。

 

(……しかし、遅いな)

 

 待てど、術式発動の知らせは来ない。賀谷の脳内に一抹の不安が過る。呪力で脳を守る程度の対処しかしていないのであれば、そろそろ洗脳(愛情)が完了するはずだ。

 

「…………?そういえば、切り落とした彼女の腕は何処に……っ!?」

 

 ゾワッ

 

 鳥肌が立つこの感覚。これは……領域に干渉された!?突然の出来事に賀谷の脳内には困惑が止めどなく溢れる。

 

 

 

「……さて、第二幕といこうか」

 

 

 

 





 この中越事変から所々数字を大字で表記するのを試してみてるんだけど、読みにくいですかね?まぁ、雰囲気に合うときだけ使えればいいかも
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