【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第二十二話:縫い目の誘い

 

 

(……やはり、初手で速攻をかけるべきだったな。慎重が過ぎた)

 

 絶え間ない町民たちの連戦に、私は不意の切り札である拡張術式『中道・双蓮』を切らされていた。

 

「貴様ァッ!!」

 

「……っ!」

 

 咄嗟に、頭上からの攻撃を泥の腕で防ぐ。そのまま払い除けた()()は、軍服を和装風に改変された装いに刀を持った男だった。

 

(抜刀隊!?そういえば第(1)小隊が生死不明って……洗脳を受けていたのか!!)

 

 不味い。彼も他の町民と同様に命を捨てる不惜身命(ふしゃくしんみょう)の縛りによって強化されている。だが、彼らと元々呪術師であった彼では話が変わってくる。

 ただ(いたずら)に呪力を使っている町民ならば対処は容易い。言ってしまえば少々(一撃で人が死ぬ)力の強い一般人だ。しかし彼の場合、刀に呪力を集中させ攻撃してくる。縛りによる莫大な呪力の斬撃。まともに受けるなどできるはずも無い。

 

「……「羅睺」などと、不遜な名を名乗りおって。貴様に!我らが組織に足を踏み入れる資格なぞ無いわ!!」

 

(うわぁ……私怨しかないな。しかも何故か昔を思い出す台詞(セリフ)だな……はて、どこで聞いたか)

 

 一瞬、在りし日の思い出(兄上殿との戯れ)が思い起こされそうになるが、そんな状況ではないと思考を切り替える。

 

「まだ組織に忠誠を誓っておられるのですか?」

 

「何を当たり前のことを───」

 

「では何故、ここで油を売っているのですか?」

 

「…………?何を言って……」

 

 任務で来たはずの彼が、抹殺対象に(くみ)している。その矛盾を自覚すれば、もしかすると洗脳が解けはしまいか。そんな淡い期待とともに問いかけてみるが────

 

「何故……だと。なにが……可怪しい」

 

「貴方は、何故ここへ来られたのですか?」

 

「それは……賀谷様を…………。(いや)、何もおかしなことなど無い。私は抜刀隊の誇りをかけて、賀谷様をお守りする。それが私の使命だ!!」

 

 だめか。

 洗脳の期間が短く、尚且(なおか)つ術師として一時は洗脳に抵抗したであろう彼でも抗えないのならば、もう打つ手はないのだろう。

 術式の性質から考えて、術者を殺せば解けるというものでもなさそうだ。

 

「オオオォォォッ!!」

 

 咆哮と共に、男が踏み込む。

 速い。単なる身体強化ではない。筋肉繊維がブチブチと断裂する音を置き去りにして、人体構造を無視した加速で迫ってくる。

 

 上段からの唐竹割り。

 私は背中の泥腕二本を交差させ、即席の盾とする。

 

 ──ズドンッ!!

 

 金属音ではない。重砲が着弾したような轟音が鼓膜を叩く。衝撃が泥腕を伝い、背骨をきしませる。足元の床板が粉々に砕け散った。

 

(重い……ッ! 術師の『命を懸ける縛り』はこれほどなのか!)

 

 呪力出力が桁違いだ。

 刀身に纏わせた呪力が、物理的な斬撃の範囲を超えて膨張している。私の泥腕が、まるで豆腐のように深々と斬り裂かれていく。

 

「賀谷様の敵は! 排除するッ!!」

 

 男は止まらない。

 受け止められた刀を強引に引き抜き、返す刀で横薙ぎを放つ。私は本来の腕で『分骨』の苦無を構え、受け流そうとするが──

 

 ガキィンッ!

 

 受け流せない。

 苦無ごと腕を持っていかれそうになるほどの圧力。私は右の泥腕を一本犠牲にし、刀を押し返すとともにその爆発的な反動を利用してバックステップで距離を取った。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 男の目から、鼻から、血が噴き出している。

 脳のリミッターを解除し、呪力迸り、体を焼き切るほどの過剰出力。文字通り、命を燃やして振るう刃だ。

 

(本当に厄介だな。技術は軍仕込みの殺人剣。そこに自爆特攻の出力が乗っている)

 

 町民たちのような素人とは違う。

 明確な殺意と、練り上げられた技術の結晶。『双蓮』の四本腕でさえ、防戦一方で手一杯だ。

 

「逃がさん……逃がさんぞ……!」

 

 男が血の涙を流しながら、再び構える。その背後には、まだ無数の町民たちが控えている。

 

 ジリ貧だ。

 このままでは、いずれ防御を貫かれてお終い。

 

(……入れ替えるか?)

 

 外部に待機させている分身へ意識を飛ばせば、私は助かる。術式の情報が流出する負債を背負うことになるが。

 この場を放棄し、賀谷に屈することになっても。

 

 

 ──命は助かる。

 

 

 ──『君が望む平穏と、私が望む混沌』

 

 ふと、脳裏にあの縫い目の男の言葉がよぎった。

 

 安寧の中では、私は開花し得ない。安全圏に逃げ道を確保したままでは、この死兵の覚悟(縛り)には勝てない。そんな(羂索)の予想が、煽るように脳内を巡る。

 

 その思考が、行動を鈍らせた。

 

 ゴフッ、と。

 

 喉の奥から熱い塊がせり上がり、口から零れ落ちた。鉄錆の味。視線を落とせば、私の腹から、濡れた刃先が突き出している。

 焼けるような熱。背後へ首を回す。そこには、私の影から滲み出るように現れた者がいた。目の前の男と同じ軍服。だが、その気配は希薄。

 小柄な男が、無表情で私の背中を貫いていた。

 

(洗脳された抜刀隊は二人居た……っ!)

 

 全く気取ることが出来なかった。思考にかまけていたとはいえ、戦闘中に周囲の警戒など怠るはずもない。先程の滲み出る様相から察するに───

 

此奴(コイツ)、隠密の術式か!)

 

「貴様の命もここまでだッ!!」

 

 前方からもう一人の抜刀隊が斬りかかってくる。通常より肉厚な刀が呪力によって強化されているため、へし折ることもできない。

 

 

 

 

─────舐めるなよ。

 

 私は奥歯を噛み締める。

 こんなところで、私怨で暴れる元同僚の自爆に巻き込まれて終わる? 私の物語(人生)が?

 

 あり得ない。

 私は覚悟を決めた。

 

 

『この戦闘中、外部の分身への意識転送(逃走)を禁ずる』

 

 

 退路を断つ。

 背水の陣を敷くことで、私の魂の度合(ギア)を一段階引き上げる。

 

 刀の拘束から抜け出すため、前へ出た。そして私は三つの拳を握りしめ、重心を低く落とした。泥の腕が、本体の腕が、呼応するように脈動する。

 

 視界がクリアになる。

 男の呼吸、筋肉の収縮、呪力の揺らぎ──その全てが、スローモーションのように鮮明に見えた。

 

(……あぁ、視える)

 

 背中を貫いていた刃が、私の前進に合わせて体から抜け落ちる。噴き出す血すらも、今の私にはただの熱量。脳内のノイズが消え失せ、世界から色彩が抜け落ちていく。

 

 ただ、呪力の核心だけが黒く輝いている。

 

 一打目。

 前方、斬りかかってきた男の懐へ、深く踏み込む。切っ先が私の鼻先を掠めるのと、私の右拳が男の鳩尾を捉えるのは同時。

 インパクトの瞬間、空間が歪んだ。

 

 ──黒閃

 

 ドォンッ!!

 

 打撃と呪力が、百万分の一秒の誤差以内で衝突する。黒い火花が炸裂し、男の背中から衝撃波が突き抜けた。

 肋骨が粉砕される感触。男の意識が飛ぶ。

 

 二打目。

 その感触が手に残っているうちに、私は腰を捻った。背後にいた隠密の男。私の背中を刺した暗殺者。彼が追撃を入れようと踏み出した顎へ、背中から生えた左の「泥の腕」を裏拳のように薙ぎ払う。

 

 ──黒閃

 

 ガギィンッ!!

 

 泥の重質量と、呪力の爆発。

 硬質な音が響き、男の顎を守っていた面頬がひしゃげて宙を舞う。

 

「……ッ!」

 

 息を吸う暇さえない。呼吸は呪力循環の律動と同化している。

 

 三打目。

 私は突き出した右腕を引き、前のめりに倒れ込む男に対して空中で半回転。遠心力を乗せた右足の甲が、男の顔面を捉える。

 

 ──黒閃

 

 バヂィッ!!

 

 頭蓋が砕け、男の体が地面に叩きつけられる。まるでゴム鞠のように弾んだ体躯を踏み台に、私は空中で身体を反転させた。

 

 四打目。

 蹴りの反動を利用した、空中機動。

 標的は、顎を砕かれてよろめく背後の男。

 重力と回転力、そして全身全霊の呪力を乗せた右の正拳突き。

 

 狙うは心臓。

 

(……入る)

 

 ──黒閃

 

 ズドオオォォォォンッ!!!!

 

 轟音。

 黒い稲妻が男の胸を貫通し、背後の地面までもを抉り飛ばした。肉体は原形を留めず、呪力の奔流によって霧散する。

 

 着地。残心。

 

 四つの黒い輝きが、私の網膜に焼き付いて離れない。

 

「…………ふぅ」

 

 白い息を吐く。

 腹の傷が痛まない。出血も止まっているわけではないが、呪力による身体強化が肉体の崩壊を無理やり繋ぎ止めている。

 

 これが、黒閃。

 呪術の深淵を覗き込んだ感覚。

 

「……さて。邪魔者は消えた」

 

 私は顔を上げ、屋敷の奥──この地獄の主がいる方向を睨み据えた。

 

 今の私なら、領域だろうと喰らい尽くせる。

 






 洗脳された抜刀隊は作中に登場した二名だけです。残り三名はこの二人にやられちゃいました。

 隊長→洗脳直後の不意打ち
 隊員二名→刀使いが大暴れして注意を集めているうちに暗器使いが後ろからグサッと(これは夜永にやったのと同じ)

 因みに刀使いの方の術式は「事前に決めた型の通りに剣術を行使するとその威力が増大する」術式
 暗器使いは「認識されていない状態で何かしらの影の中にいると存在を隠蔽できる」術式でした。

 まぁ洗脳のせいで術式活用出来てなかったっぽいですけどね。
 小隊の中でも元々ペアで動いてたのかな?
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