【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第二十三話:飛べもしない鳥

 

 

 空虚な屋敷の広間。死屍累々といった様相の中央部に、奴は立っていた。

 

「いやはや、まさかここ(まで)とは思わなかったよ。基点としている家族もどさくさに紛れて数人死んじゃったし」

 

「まぁ、内外合計で十六の基点が残れば領域としては維持できるんだけどね。これ以上家族を殺されると、呪力供給に不足が出てしまうよ」

 

 「酷いことするなぁ」と、さも他人事のように言いながら、彼は拍手の音を響かせる。

 

「だが、流石に賞賛に値するよ。君に、この手札を切らされるとはね」

 

 笑みを浮かべる彼の表情が一変。人形ですらこれと比べれば温かみを感じると考えてしまうほど、冷たい能面のような表情を顕にする。

 その手には、いつの間にやら持っていた日本刀が握られていた。柄も、鍔も、鞘さえ無い。抜き身の刀、その持ち手部分にだけ乱雑に包帯らしき布が巻かれている。

 

「この()は「翼亡(よくぼう)」と言ってね、家族たちが殺されると使える呪具なんだ。そして、殺された数に応じて効果が増す作りになっている」

 

 賀谷が刀を振るう。

 ただの素振り。距離は四間(約6m)以上離れている。だが、黒閃を経て研ぎ澄まされた感覚が、致死の悪寒を捉えた。

 

 ──来る。

 

 私は反射的に、背中の泥腕を前方に展開し、盾とした。

 

 ザンッ!!!!

 

 不可視の衝撃。

 泥の腕が、細切れになって弾け飛んだ。一太刀ではない。十、いや二十。無数の刃が、嵐のように空間を切り裂いたのだ。

 

「……ッ!?」

 

「見えないだろう? 死者の魂は、目には映らないからね」

 

 賀谷が嗤う。

 

 『翼亡』。その能力は、死んだ家族の呪力を糧に「空気に伝播する斬撃」を繰り出すこと。

 私が殺した町民、洗脳された抜刀隊員。そのすべての怨念が、リーチも軌道もバラバラな「見えない斬撃」となって襲ってくる。

 

「さあ、罰を受けようか。君が壊した家族の分だけ」

 

 賀谷が踏み込む。

 速い。刀に宿る呪力が賀谷の身体能力を底上げしている。私は本来の腕と、再生した泥腕で防御を固めるが──防ぎきれない。

 

 シュッ、バシュッ!

 

 頬が裂け、肩が削がれる。

 刀身を避けても、その周囲に展開された「分散、伝播する斬撃」が私の肉を抉る。泥の防御も、修復速度を上回る手数で削り取られていく。

 

(……見えず。読めもしない。……防げない攻撃)

 

 黒閃で高まった集中力をもってしても、不可視の乱撃は捉えきれない。

 このままでは、なぶり殺しだ。

 

(物理的な防御は無意味。ならば)

 

 答えは一つ。

 相手の攻撃が届くよりも早く、相手に致命の一撃を与える。こちらの攻撃で圧倒させ、相手の術式ごと押し潰す。

 

 方法は、私の疲弊した脳では一つしか思い浮かばない。

 

 未完成もいいとこだ。だが、今の私なら可能だと確信できる。領域の中和を行っている分身から、賀谷の領域が弱体化していることを察知している。

 町民(リソース)を多く失い、領域の維持に手一杯なのだろう。すでに必中必殺の効果が風前の灯となっている。

 この状況下ならば、一時的に領域を中和して此方が攻め手になることが可能だ。奴を殺してしまえば、奴の領域も崩壊する。

 

(……締めの一手といこうか)

 

 私は血まみれの指で、掌印を結んだ。左手人差し指を、右手で掴む。

 

 『大日如来智拳印』。

 

 賀谷が目を見開く。

 

「領域展開──」

 

 私の影が、爆発的に膨れ上がり、世界を飲み込む。

 

「──『羅刹鼎下(らせつのかなえを)』」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 世界が、夜に沈んだ。

 

 賀谷の屋敷は消え失せた。

 

 足元には、どこまでも広がる黒い泥の海。見上げれば、狂気的な密度で瞬く満天の星。だが、月はない。ここは明けない夜の世界。

 泥の海には、無数の白い蓮の花が咲き乱れている。花の合間には白骨が浮き、突き出た骨の先端には、ゆらりと青い炎が灯っていた。

 

「な……んだ、ここは……」

 

 賀谷が呆然と呟く。

 その肌が、ジジジ……と音を立てて白煙を上げ始めた。

 

「呪力で身を守ることに専念したほうがいい」

 

 私は泥の海に立ち、告げる。

 この領域は、拡張術式『外陣結界』の完成形。領域内すべてを私の体内と定義する。これにより、外敵、若しくは食料と見做された領域内の人間を私の消化液(呪力)が噛み砕き、溶かしてしまう。

 

 そして──

 

 私が指を鳴らすと、周囲に咲く数百の蓮の花が、一斉に蕾を開いた。

 その中から現れるのは、私と同じ顔をした泥の人形たち。あるいは、砲口。この蓮の一つ一つが、私の分身であり、呪詞や掌印を肩代わりする外付けの演算機だ。

 

 かの地(吉原)では手間をかけて発動した呪力放出だが、今の私に、処理の限界はない。

 

「『(かい)鳴鏑(なりかぶら)』」

 

 一斉掃射。

 数百の蓮から、数百の呪力の閃光が放たれた。すべてが必殺の威力。すべてが精密な狙撃弾。

 

「が、アアアアアアッ!!??」

 

 賀谷が『翼亡』を振り回し、不可視の刃で迎撃する。

 だが、数が違う。

 圧倒的な「足し算」の暴力が、彼の斬撃を塗り潰し、肉体を削ぎ落としていく。

 

「ガハッ……また、ぼくは独りになるのか?」

 

 俯きながらそう呟く彼の目には、暗い泥が映るばかり。

 全身を焼かれ、穴だらけになりながら、そんな中彼は───賀谷は不気味にこちらに微笑みかける。

 

「君は……ぼくと共に来てくれるよね?」

 

 彼は残った右腕で、ボロボロになった『翼亡』を逆手に持ち替えた。自身の心臓に切っ先を向ける。

 

 自決? いや──「縛り」だ。

 

 自身の命、そして領域維持に残していた全ての家族の命。それらを「最後の一撃」に乗せる、特攻の誓約。

 

「ぼくと永遠を逝こう」

 

 刀が彼の心臓を貫くと同時、切っ先から赤黒い閃光が放たれた。それは不可視の斬撃ではない。実体を持った「呪い」の斬撃。

 

 私の領域の演算機によって張られた防御の結界はまだ精度が甘く、食い破られる。そしてそれは、一直線に私の胸へと迫る。

 

 ──間に合わない。

 

 ドスッ。

 

 鈍い音が、私の胸元で響いた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 心臓ごと、肺を抉り抜かれる感触。

 

 熱い。痛い。……寒い。

 

 領域が維持できずに崩壊する。泥の海も、蓮の花も消え、外の世界へと戻る。どうやら賀谷の領域も崩壊しているようだ。

 

 目の前には、事切れた賀谷の死体。

 そして、胸に風穴を開けて倒れる私。

 

(……あ、死ぬな、これ)

 

 血がドボドボと溢れる。

 意識が急速に遠のいていく。

 走馬灯のように、過去の記憶が巡る。

 泥を啜った日々。研究に没頭した夜。特級との死闘。九京との雑談。そして、羂索との会話。

 

──『私が描く、私の可能性(さき)が見たい』

 

 まだだ。

 まだ、私の物語は終わっていない。こんなところで、退場してたまるか。私は思考の歯車を、焼き切れる寸前まで加速させる。

 

 常々考えていた。呪力とは何か。負の感情から生まれる負のエネルギー。基本的にそれは「害」を生み出すものだ。術式についても、その性質は十人十色だが攻撃性を持つもの、攻撃的な活用が可能なものとなる。

 ならば逆に、反転術式とは。反転術式に使われる正のエネルギーとはなんだ。私の考えでは、それは「生命力」だ。

 

 私は残った二体の分身を動かす。

 一体は町民との連戦中に「形代」を使ったため、ボロボロとなっている。だが、印を結ぶには十分だ。

 分身たちが、瀕死の私を囲むように結界を張る。

 外部からの干渉を遮断し、内側の呪力操作精度の向上を図る、最後の『外陣結界』と『自流・簡易領域』の併用。

 

 私は問う。反転術式とは何か。

 それは生命力である正のエネルギーを使い、肉体を再生させるもの。つまり、元来生物に備わっている「再生力」の正体ではないか。生物は遺伝子、呪術的に言い表せば魂の情報をもとに体が形成される。ならば、この再生する機能に過剰なエネルギーを注ぎ込めば、体は修復されるのではないか。

 

 簡易領域と外陣結界を担当する分身。残りもう一体が、反転術式を補強する呪詞を紡ぐ。

 

四大(しだい)

五蘊(ごうん)

阿頼耶(あらや)

還相(げんそう)

 

 腹の底、丹田に残った僅かな呪力。

 黒閃と領域展開を経て段位(レベル)が上がった呪力操作に、駄目押しの「簡易領域」。これをもって呪力を二つに割り、内側でぶつけ合わせる。

 

 グチャリ。

 

 脳味噌がシェイクされるような不快感の後に──パチリと、火花が散った。

 

「魂の型を焼き直せ」

 

 ──『反転術式』。

 

 

 とめどなく血が流れる肉体を、淡く白い光が包み込む。徐々に肉が盛り上がり、血管が繋がり、皮膚が再生する。

 破壊の連鎖が止まり、再生の螺旋が回り始めた。

 

 私は、泥の中から再び息を吸い込んだ。

 

 

 





 やりたいこと、全部。

 また興が乗ればこんな感じで一気に投稿します。良しなに。
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