【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第三話︰泥の身で、それは成す(前編)

 

 

 

 

 ──10歳、深夜。

 

 私はいつものように、屋敷の裏山で呪力操作の反復練習を行っていた。

 

 深夜の山は、澱んでいる。昼間には隠れていた低級呪霊たちが活発になる時間帯だ。

 

 だが、今夜の空気はいつもと違っていた。

 

(……なんだ、あの速さは)

 

 山頂付近から、麓の屋敷へ向かって一直線に下っていく、強大な呪力の塊。

 

 現代の等級で言えば二級クラス、いや、ともすれば準一級に届きうる禍々しい呪力。この辺りの「主」かもしれない。

 

 普段なら無視する相手だ。だが、奴の進行ルートが不味い。あそこには私の生活拠点である「離れ」がある。

 

「……面倒だな」

 

 屋敷の人間がどうなろうと知ったことではないが、私の拠点を荒らされるのは困る。それに、あのクラスの呪霊が暴れれば、呪術師が出てきて騒ぎになりかねない。

 

「山遊びの後には後片付けをしろということか」

 

 私は分身を先行させ、自身もその後を追った。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 接触は一瞬だった。

 

 木々の間を滑るように移動する、黒い影。

 先行させた分身が、影の前に立ち塞がる。

 

「──」

 

 挨拶も、威嚇もない。

 

 黒い影から伸びた長い腕が、鞭のように閃いた瞬間。

 私の分身は、防御姿勢を取っていたにも関わらず、唐竹割りに両断されていた。

 

(……は?)

 

 共有していた視界がノイズ混じりに途切れる。

 私は足を止め、警戒レベルを最大に引き上げた。

 

 泥人形の強度はコンクリートブロック並みだ。それを、ただの殴打でバターのように切り裂いた?

 

 本体で現場へ踏み込む。月明かりの下、その異形が姿を現す。

 

 臃腫(うしゅ)とした黒い塊。重なり合った布(あるいは皮膚)の隙間から、異常に長い腕がだらりと垂れ下がっている。

 

 顔があるべき場所には、裂けたような巨大な「口」だけがあった。

 全身が、酷く濡れている。

 

「お、おぼ……おぼ、れ……」

 

 水底から響くような、湿ったうめき声。

 

「ギ、ギギ……!」

 

 呪霊が私を認識し、咆哮する。

 瞬間、垂れ下がっていた腕がしなった。

 

「ッ!」

 

 私は咄嗟に呪力強化した両腕を交差させ、防御体勢を取る。

 ドォン! という重い衝撃。

 骨がきしむ音がした。

 

(重い……! いや、違う!)

 

 ただの打撃じゃない。触れたときに感じた圧力が実際の勢いと合っていない。チグハグな感覚だ。

 

「おぼれ、れれ、れてれてれて……ッ!!」

 

 呪霊が身震いすると、その体表から無数の水滴が弾け飛んだ。

 ただの水飛沫ではない。

 

 ヒュン、ヒュンヒュンッ!

 

 乾いた風切り音と共に、背後の樹木が蜂の巣にされる。

 

(……なるほど。水圧か)

 

 理解した。おそらく奴の術式は、自身が纏う水に「超高圧」を付与するものだ。腕に纏えばウォーターカッターの如き斬撃となり、飛ばせば貫通力のある散弾となる。

 攻防一体。単純だが、極めて殺傷力が高い。

 

 一合、二合。

 私は防戦一方に追い込まれていた。

 

 弾丸のように飛来する水滴を弾き、鞭のようにしなる高圧の腕を捌く。隙を見て反撃しようにも、二本の腕では防御を解いた瞬間に蜂の巣だ。

 

(相性が悪い)

 

 呪力総量は私の方が上だろう。出力でも負けていない。

 だが、物理的な手数が足りない。

 

 全方位から飛んでくる水滴と、変幻自在の長腕。これを二本の腕だけで完封するのは不可能だ。

 

 一発でも直撃すれば終わる、死にゲー。

 

 呪霊が大きく息を吸い込み、全身の水を膨張させる。

 来る。さっきとは比にならない、広範囲への無差別掃射だ。

 

 逃げ場はない。防御も間に合わない。

 

 ──通常の私ならば。

 

(手が足りないなら、足せばいい)

 

 私は回避を捨て、本来の両手を首の後ろへと回した。

 以前から構想していた、対・強者用の拡張術式。

 

 盆の窪あたりで指を外側へ強く絡ませ、手を合わせる。

 金剛界曼荼羅における『外縛印(げばくいん)』。 

 

 脳内で組み立てた理論を、呪詞に乗せる。イメージするのは、泥の中に根を張る蓮華。異物を接ぎ木する背徳感。

 

双根(そうこん)黒泥(こくでい)蓮華(れんげ)の接ぎ木」

 

 詠唱と共に、背中を激痛が走った。

 着物の下、白い肌を漆黒の紋様が侵食していく。焼けるような熱。

 

 迫りくる高圧の水滴など意に介さず、膨大な呪力が背中から噴出する。

 

「──開花(かいか)

 

 バヂュッ!!

 

 私の肩口から、漆黒の「二本の腕」が勢いよく飛び出した。

 新たな腕は、眼前に迫っていた水滴の嵐を、暴風のような掌底で薙ぎ払う。

 

「ギ……!?」

 

 水飛沫が霧散する中、呪霊が動きを止めた。

 

 本来の腕と合わせ、計四本。

 それはかつて文献で読んだ「呪いの王」の模倣であり、仏教における「阿修羅」の如き姿。

 

 拡張術式──『仮称(かしょう)双蓮(そうれん)』。

 

 私は四つの拳を同時に構え、嗤った。

 形勢逆転だ。

 

「さあ、単純(シンプル)な暴力でいこう」

 

 

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