【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
──10歳、深夜。
私はいつものように、屋敷の裏山で呪力操作の反復練習を行っていた。
深夜の山は、澱んでいる。昼間には隠れていた低級呪霊たちが活発になる時間帯だ。
だが、今夜の空気はいつもと違っていた。
(……なんだ、あの速さは)
山頂付近から、麓の屋敷へ向かって一直線に下っていく、強大な呪力の塊。
現代の等級で言えば二級クラス、いや、ともすれば準一級に届きうる禍々しい呪力。この辺りの「主」かもしれない。
普段なら無視する相手だ。だが、奴の進行ルートが不味い。あそこには私の生活拠点である「離れ」がある。
「……面倒だな」
屋敷の人間がどうなろうと知ったことではないが、私の拠点を荒らされるのは困る。それに、あのクラスの呪霊が暴れれば、呪術師が出てきて騒ぎになりかねない。
「山遊びの後には後片付けをしろということか」
私は分身を先行させ、自身もその後を追った。
◆ ◆ ◆
接触は一瞬だった。
木々の間を滑るように移動する、黒い影。
先行させた分身が、影の前に立ち塞がる。
「──」
挨拶も、威嚇もない。
黒い影から伸びた長い腕が、鞭のように閃いた瞬間。
私の分身は、防御姿勢を取っていたにも関わらず、唐竹割りに両断されていた。
(……は?)
共有していた視界がノイズ混じりに途切れる。
私は足を止め、警戒レベルを最大に引き上げた。
泥人形の強度はコンクリートブロック並みだ。それを、ただの殴打でバターのように切り裂いた?
本体で現場へ踏み込む。月明かりの下、その異形が姿を現す。
顔があるべき場所には、裂けたような巨大な「口」だけがあった。
全身が、酷く濡れている。
「お、おぼ……おぼ、れ……」
水底から響くような、湿ったうめき声。
「ギ、ギギ……!」
呪霊が私を認識し、咆哮する。
瞬間、垂れ下がっていた腕がしなった。
「ッ!」
私は咄嗟に呪力強化した両腕を交差させ、防御体勢を取る。
ドォン! という重い衝撃。
骨がきしむ音がした。
(重い……! いや、違う!)
ただの打撃じゃない。触れたときに感じた圧力が実際の勢いと合っていない。チグハグな感覚だ。
「おぼれ、れれ、れてれてれて……ッ!!」
呪霊が身震いすると、その体表から無数の水滴が弾け飛んだ。
ただの水飛沫ではない。
ヒュン、ヒュンヒュンッ!
乾いた風切り音と共に、背後の樹木が蜂の巣にされる。
(……なるほど。水圧か)
理解した。おそらく奴の術式は、自身が纏う水に「超高圧」を付与するものだ。腕に纏えばウォーターカッターの如き斬撃となり、飛ばせば貫通力のある散弾となる。
攻防一体。単純だが、極めて殺傷力が高い。
一合、二合。
私は防戦一方に追い込まれていた。
弾丸のように飛来する水滴を弾き、鞭のようにしなる高圧の腕を捌く。隙を見て反撃しようにも、二本の腕では防御を解いた瞬間に蜂の巣だ。
(相性が悪い)
呪力総量は私の方が上だろう。出力でも負けていない。
だが、物理的な手数が足りない。
全方位から飛んでくる水滴と、変幻自在の長腕。これを二本の腕だけで完封するのは不可能だ。
一発でも直撃すれば終わる、死にゲー。
呪霊が大きく息を吸い込み、全身の水を膨張させる。
来る。さっきとは比にならない、広範囲への無差別掃射だ。
逃げ場はない。防御も間に合わない。
──通常の私ならば。
(手が足りないなら、足せばいい)
私は回避を捨て、本来の両手を首の後ろへと回した。
以前から構想していた、対・強者用の拡張術式。
盆の窪あたりで指を外側へ強く絡ませ、手を合わせる。
金剛界曼荼羅における『
脳内で組み立てた理論を、呪詞に乗せる。イメージするのは、泥の中に根を張る蓮華。異物を接ぎ木する背徳感。
「
詠唱と共に、背中を激痛が走った。
着物の下、白い肌を漆黒の紋様が侵食していく。焼けるような熱。
迫りくる高圧の水滴など意に介さず、膨大な呪力が背中から噴出する。
「──
バヂュッ!!
私の肩口から、漆黒の「二本の腕」が勢いよく飛び出した。
新たな腕は、眼前に迫っていた水滴の嵐を、暴風のような掌底で薙ぎ払う。
「ギ……!?」
水飛沫が霧散する中、呪霊が動きを止めた。
本来の腕と合わせ、計四本。
それはかつて文献で読んだ「呪いの王」の模倣であり、仏教における「阿修羅」の如き姿。
拡張術式──『
私は四つの拳を同時に構え、嗤った。
形勢逆転だ。
「さあ、