【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか? 作:須川ユイ
「さあ、
宣言と共に、私は地面を蹴った。
四本の腕を持つ異形となっても、思考は冷徹なままだ。
呪霊が反応し、迎撃の水弾を放つ。
ヒュンヒュンと風を切り裂く高圧の水。まともに喰らえば身体ごと持っていかれる。
だが、今の私には泥がある。
私は下の二本の腕で、地面を撫でるように掬い上げた。
(分身は泥に呪力を込めて練り上げたもの。ならば、泥そのものの操作も可能なはず)
拡張術式──『
ズズズッ、と地面が隆起する。
私の意思に呼応した泥が、蓮の花弁のように競り上がり、即席の防壁となって水弾を受け止めた。
バシュッ! バシュッ!
泥が弾け飛ぶが、本体へのダメージはない。
その隙に、私は泥の壁を蹴って懐へ潜り込む。
「ギッ!?」
呪霊が慌てて長腕を振るうが、それも計算内だ。
私は上の泥腕一本を、敵の腕に絡みつかせた。
泥の粘着性と呪力による拘束。
動きの止まったがら空きの胴体へ、残る三本の腕で掌底を叩き込む。
ドォン!!
重い手応え。呪霊の巨体が後方へ吹き飛ぶ。
だが、まだ倒れない。
術式持ちの準一級クラス。水圧の鎧は伊達じゃない。
(……硬いな。やはり打撃だけじゃ削りきれないか)
吹き飛んだ呪霊が、空中で体勢を立て直す。
全身の水圧を高め、最大出力のカウンターを狙っているのが分かった。
真正面からぶつかれば、泥壁ごと消し飛ばされるかもしれない。
だが、私は追撃の手を緩めない。
懐から、事前に生成しておいた二本の「白い杭」を取り出す。
拡張術式『
私はそれを、下の二本の腕に逆手で握らせた。
「オ、ボ、レ、ロォォォォッ!!!」
呪霊が突っ込んでくる。
水圧の鎧を纏った特攻。戦車のような質量攻撃だ。
私はそれを、上の泥腕二本と、『泥中蓮』で展開した泥の盾を犠牲にして受け止める。
バシャッ、と泥が弾け飛び、腕が千切れ飛ぶ。
だが、その一瞬の膠着があればいい。
私は下の腕で、握った「分骨」を呪霊の腹部へと深々と突き刺した。
グサリ。
二本の骨が、呪霊の肉に食い込む。
「ギ……?」
呪霊が動きを止める。
致命傷ではない。ただの骨を刺されただけだ。そう思っているのだろう。
甘い。
それは攻撃ではない。「
(──
脳内に、別の視界からの映像が流れ込んでくる。
戦場の隅、木陰に隠しておいた「もう一体の分身」。
私が前線で泥にまみれて殴り合っている間、そいつにずっと呪詞の詠唱と、印の構成を肩代わりさせていたのだ。
練り上げられた高密度の呪力。
本来なら戦闘中に棒立ちで行わなければならない儀式を、外部演算装置(分身)に丸投げする。
これこそが、私の術式の真骨頂。
私は呪霊の腹に突き刺さった「分骨」から手を離し、バックステップで離脱する。
撃鉄は起こした。あとは、引き金を引くだけだ。
「
カッ!!
突き刺さった二本の「分骨」が、避雷針のように輝いた。
直後、分身から転送された膨大な呪力が、骨を基点に炸裂する。
外側からの攻撃ではない。
『外陣結界』とは、自身の
精神の内側へ引き込む領域展開とは異なり、この空間は私の「体内」と定義される。
術師の体内は、高密度の呪力が循環する坩堝だ。
そこに異物が混入すればどうなるか?
私の呪力という消化液が、牙を剥いて襲いかかる。
「ガ、ア、アアアアアアアアアッ!!??」
呪霊の腹が、内側から弾け飛んだ。
水圧の鎧など意味を成さない。
強制的に私の「
水飛沫と黒い残穢が、雨のように降り注ぐ。
私は千切れかけた泥腕を解除し、残心をとく。
後には、半身を抉り取られ、炭化して崩れ落ちていく呪霊の残骸だけが残った。
「……ふぅ」
息を吐く。
多腕による攻防、泥操作による防御、分骨へのマーキング、そして分身による並列詠唱。
持てる手札をすべて切って、ようやくの勝利。
「悪くないデータが取れた」
私は崩れゆく父の似姿を見下ろし、冷ややかに呟いた。
これでもう、この山で学ぶことはない。
レベルキャップへの到達。
私は空を見上げる。
東の空が白み始めていた。
夜が明ける。
そして、私の「家出」の時間がやってくる。
拡張術式「分骨」は、骨を大枠に内部に呪術的価値を持つ心臓の一部や眼球、脳髄なんかが入っています。きっしょ。