【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第四話:泥の身で、それは成す(後編)

 

 

 

「さあ、単純(シンプル)な暴力でいこう」

 

 宣言と共に、私は地面を蹴った。

 四本の腕を持つ異形となっても、思考は冷徹なままだ。

 

 呪霊が反応し、迎撃の水弾を放つ。

 ヒュンヒュンと風を切り裂く高圧の水。まともに喰らえば身体ごと持っていかれる。

 

 だが、今の私には泥がある。

 私は下の二本の腕で、地面を撫でるように掬い上げた。

 

(分身は泥に呪力を込めて練り上げたもの。ならば、泥そのものの操作も可能なはず)

 

 拡張術式──『泥中蓮(でいちゅうれん)』。

 

 ズズズッ、と地面が隆起する。

 私の意思に呼応した泥が、蓮の花弁のように競り上がり、即席の防壁となって水弾を受け止めた。

 

 バシュッ! バシュッ!

 

 泥が弾け飛ぶが、本体へのダメージはない。

 その隙に、私は泥の壁を蹴って懐へ潜り込む。

 

「ギッ!?」

 

 呪霊が慌てて長腕を振るうが、それも計算内だ。

 私は上の泥腕一本を、敵の腕に絡みつかせた。

 泥の粘着性と呪力による拘束。

 

 動きの止まったがら空きの胴体へ、残る三本の腕で掌底を叩き込む。

 

 ドォン!!

 

 重い手応え。呪霊の巨体が後方へ吹き飛ぶ。

 だが、まだ倒れない。

 

 術式持ちの準一級クラス。水圧の鎧は伊達じゃない。

 

(……硬いな。やはり打撃だけじゃ削りきれないか)

 

 吹き飛んだ呪霊が、空中で体勢を立て直す。

 全身の水圧を高め、最大出力のカウンターを狙っているのが分かった。

 

 真正面からぶつかれば、泥壁ごと消し飛ばされるかもしれない。

 

 だが、私は追撃の手を緩めない。

 懐から、事前に生成しておいた二本の「白い杭」を取り出す。

 

 拡張術式『泥梨(ないり)分骨(ぶんこつ)』で作った、即席の短剣だ。

 

 私はそれを、下の二本の腕に逆手で握らせた。

 

「オ、ボ、レ、ロォォォォッ!!!」

 

 呪霊が突っ込んでくる。

 水圧の鎧を纏った特攻。戦車のような質量攻撃だ。

 

 私はそれを、上の泥腕二本と、『泥中蓮』で展開した泥の盾を犠牲にして受け止める。

 バシャッ、と泥が弾け飛び、腕が千切れ飛ぶ。

 

 だが、その一瞬の膠着があればいい。

 私は下の腕で、握った「分骨」を呪霊の腹部へと深々と突き刺した。

 

 グサリ。

 二本の骨が、呪霊の肉に食い込む。

 

「ギ……?」

 

 呪霊が動きを止める。

 致命傷ではない。ただの骨を刺されただけだ。そう思っているのだろう。

 

 甘い。

 それは攻撃ではない。「標的(マーカー)」の設置だ。

 

(──準備(セット)完了)

 

 脳内に、別の視界からの映像が流れ込んでくる。

 戦場の隅、木陰に隠しておいた「もう一体の分身」。

 

 私が前線で泥にまみれて殴り合っている間、そいつにずっと呪詞の詠唱と、印の構成を肩代わりさせていたのだ。

 

 (おさ)きに渡る詠唱。

 

 練り上げられた高密度の呪力。

 

 本来なら戦闘中に棒立ちで行わなければならない儀式を、外部演算装置(分身)に丸投げする。

 

 これこそが、私の術式の真骨頂。

 

 私は呪霊の腹に突き刺さった「分骨」から手を離し、バックステップで離脱する。

 

 撃鉄は起こした。あとは、引き金を引くだけだ。

 

穿(うが)て──『外陣(げじん)一点(いってん)』」

 

 カッ!!

 

 突き刺さった二本の「分骨」が、避雷針のように輝いた。

 直後、分身から転送された膨大な呪力が、骨を基点に炸裂する。

 

 外側からの攻撃ではない。

 

 『外陣結界』とは、自身の一部(分骨)を基点に、外部へ簡易的な生得領域を展開する術式。

 精神の内側へ引き込む領域展開とは異なり、この空間は私の「体内」と定義される。

 

 術師の体内は、高密度の呪力が循環する坩堝だ。

 そこに異物が混入すればどうなるか?

 私の呪力という消化液が、牙を剥いて襲いかかる。

 

「ガ、ア、アアアアアアアアアッ!!??」

 

 呪霊の腹が、内側から弾け飛んだ。

 水圧の鎧など意味を成さない。

 

 強制的に私の「体内(テリトリー)」にされた空間で、高密度の呪力の奔流が、呪霊の核ごと肉体を消し飛ばしていく。

 

 水飛沫と黒い残穢が、雨のように降り注ぐ。

 私は千切れかけた泥腕を解除し、残心をとく。

 後には、半身を抉り取られ、炭化して崩れ落ちていく呪霊の残骸だけが残った。

 

「……ふぅ」

 

 息を吐く。

 多腕による攻防、泥操作による防御、分骨へのマーキング、そして分身による並列詠唱。

 持てる手札をすべて切って、ようやくの勝利。

 

「悪くないデータが取れた」

 

 私は崩れゆく父の似姿を見下ろし、冷ややかに呟いた。

 これでもう、この山で学ぶことはない。

 レベルキャップへの到達。

 

 私は空を見上げる。

 東の空が白み始めていた。

 夜が明ける。

 

 そして、私の「家出」の時間がやってくる。

 





 拡張術式「分骨」は、骨を大枠に内部に呪術的価値を持つ心臓の一部や眼球、脳髄なんかが入っています。きっしょ。
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