【旧版】明治生まれの特級呪術師は、泥人形の夢を見るか?   作:須川ユイ

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第八話 :晒すこと、求むるが故に

 

 

 

 

 上野の山の裏手。

 鬱蒼とした木々に囲まれた、赤煉瓦造りの洋館。

 周囲には鉄条網が張り巡らされ、門には銃剣を持った歩哨が立っている。

 

 看板はない。ただ、漂ってくる「澱んだ気配」だけが、ここが尋常な場所ではないことを告げていた。

 

「……帰れと言っているのが分からんのか、小僧」

 

 受付の窓口。

 対応に出てきたのは、軍服を着た中年男だった。

 

 彼は私が差し出した引札(チラシ)を一瞥すると、鼻で笑って突き返してきた。

 

「軍は託児所じゃないんだ。迷子なら交番へ行け」

 

「この様な所まで来る迷子がいるなら見てみたいものですね」

 

 私は帽子を目深に被ったまま、努めて丁寧な口調で答える。

 だが、男は聞く耳を持たない。

 

「はっ! 口だけは達者だな。おい、誰かこのガキをつまみ出せ」

 

 男が顎でしゃくると、奥から大柄な兵士が二人、無言で歩み寄ってくる。

 

 どこの世界も、大人は子供の外見(ガワ)しか見ないらしい。

 

(……やはり少しの実力行使(プレゼン)は必要か)

 

 私は小さく溜め息をつき、懐から手を出した。

 兵士の手が、私の肩に伸びる。

 

 その瞬間。

「──失礼します」

 

 私は懐から取り出した鋭い乳白色の物体──『分骨(ぶんこつ)』──によって作られた白い骨の杭──を、兵士たちの足元へ無造作に放り投げた。

 

 カラン、と乾いた音が響く。

 

「あ?」

 

 兵士が眉をひそめ、一歩踏み出そうとした。

 その刹那。

 

「『外陣結界(げじんけっかい)』」

 

 私が手印を結ぶと同時、骨を基点に不可視の壁が展開された。

 

 ドォン!!

 

 何か見えない力に弾かれたように、大柄な兵士二人が後方へとたたらを踏む。

 

「な、んだ……!?」

 

 受付の男が目を見開く。

 兵士たちが再度踏み込もうとするが、私の周囲に張り巡らされた「拒絶」の空間が、物理的に彼らの進行を阻んでいる。

 

「年齢制限など書いていなかったはずです。あなた方が求めているのは、年齢や性別じゃなく……こういう『力』なのでしょう?」

 

 私は帽子のつばを上げ、三白眼で男を射抜く。

 口調は丁寧だが、その瞳に宿る冷徹さは隠さない。

 

 男の顔色が変わる。ただの子供ではないと理解したようだ。

 

「……通せ」

 

 奥から、低い声が響いた。

 

 兵士たちが道を開ける。

 廊下の奥から現れたのは、片目に眼帯をした、鋭い雰囲気の男だった。

 

 纏っている空気(呪力)が違う。こいつは──術師だ。

 

「結界を操るガキか。面白い。俺が面接してやる、ついて来い」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 通されたのは、殺風景な応接室だった。

 男はソファに座ると、軍刀を脇に置き、値踏みするように私を見据えた。

 

「名は?」

 

「夜永。家はありません」

 

「……ふん。訳ありか。まあいい、ここでは過去など問わん」

 

 男は机の下から、布のかけられた鳥籠のようなものを取り出し、ドンと置いた。

 

 布が取り払われる。

 中には何もいない──ように、一般人には見えるだろう。

 

 だが、私には見えている。

 

 籠の中でブンブンと飛び回り、硝子に体当たりを繰り返す、醜悪な羽虫のような呪霊が。

 

「単刀直入に聞く。お前は、この籠の中に何が見える?」

 

「……人の些細な負の感情から生まれるものでしょう?」

 

 私は平然と答えた。流石に蠅頭だの呪霊だのの固有名詞は、まだこの時代に使われてない可能性があって使えない。

 

 男の目が細められる。

 

「ほう。まぁ視ることはできるか。……さっきの結界を見るに、術式持ちだな?」

 

「だったら、どうします?」

 

「採用だ。衣食住は保証する。給金も弾もう。ただし──」

 

 男は身を乗り出し、眼帯のない方の目で私を射抜いた。

 くすんだ灰色だ。暗い、光を通さない大正硝子によく似た瞳だと感じた。

 

「ここは『軍隊』だ。命令には絶対服従。逃亡は死罪。……そして、お前のその力は、国のために使い潰されることになる」

 

「覚悟はあるか?」

 

 重圧(呪力の圧)

 

 並の子供なら泣き出す威圧感だ。

 だが、私は表情一つ変えず、涼しい顔で肩をすくめた。

 

「誤解しないでください。私は国のために死ぬ気などありません」

 

「なんだと?」

 

「これは取引(ビジネス)です。私は私の目的のために、あなた方の金と設備を利用する。その対価として、私の力を貸して差し上げる」

 

 私は男の目を、真っ直ぐに見返した。

 

「使い潰されるのは御免です。……使いこなせるものなら、どうぞやってみてください」

 

 静寂。

 やがて、男は口の端を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべた。

 

「……いい度胸だ」

 

 こうして。

 私は帝都の闇、その中枢へと足を踏み入れた。

 




 夜永は今後基本的には敬語を使います。礼節を持った言葉遣いというのは嫌でも相手の精神年齢を高く感じてしまうものですからね。
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